2018-01-21 南鮮人の「康京和」は男か、女か
庵主は、チャイナ人やチョウセン人の名前を見ても、それが男なのか、女なのか判らないことが
多いのである。
現在の、南鮮の外務大臣の「康京和」さんは男なのか、女なのか、名前の漢字を見ただけでは
庵主には判断できないのである。

ウィキを見ても名前のあとに性別が書かれていないから困っちゃう。
経歴を見ると女子校を出ているから、その顔写真と照らし合わせて、女だとは推定するのである。
今時は「LGBT」の時代なので、女子校を出ているからといって、現在も女性だとは限らない
ので、安易に判断できないという事である。

ウィキも、見出しを「康京和」としないで、「康 京和(女性)」とちゃんと書いておけばいい
のに、所詮は素人の親切サイトなのでそこまでは気が回らないのだろう。親切なれど不便なり。
人に物事を伝えるノウハウがまだまだ拙いのである。そのうち、経験を詰んで上手になるの
だろうが、ならないかもしれない。

チャイナ人の名前でも、「江青」とか「鄧穎超」は、男なのか、女のなのか、庵主には判らない。
たまたまその結婚相手が「毛沢東」や「周恩来」なのでいずれも女性だと知るのである。
日本人の名前でも、「朝倉摂」、「恩田陸」、「石坂啓」は、性別が判らないのである。
酒銘なら、「獺祭」、「菊姫」、「天明」とあっても、杜氏さんが男か女は判るのだが。

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# by munojiya | 2018-01-21 00:04 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2018-01-21 ヤンキーの一言
泣けた。その動画の話には。というより、読んでいて涙がこぼれてしまった。
齢をとると涙もろくなるというが、まさにそれである。
先だって、出先で、たまたまNHKの朝のTV番組に出演している小澤征爾を見る機会があった。
老いた小澤征爾も、涙もろくなってすぐ涙が出ると言っていた。芸術家も齢には勝てないのだ。

庵主は音楽業界とは縁がないので、最初その老人を見て、この人誰だ状態だった。しかもその時
の服装というか、服装以前といっていい着ているものがなんと赤いジャージーだったのである。
音楽家なら正装の姿を思い浮かべてしまうのに、それとはかけ離れた身なりだったのでますます
誰なのか判らなかったものだ。アナウンサーはちゃんと「小沢征爾さん」と言っているのに。

小澤征爾とあれば、「あ、あの人か」と分かるのに、小沢征爾とあると人の顔が思い浮かばない
のだから文字の力は恐ろしい。「黒沢明」とあったら、歌謡コーラスの歌手かと思ってしまうが、
「黒澤明」とあれば、すぐ「七人の侍」はじめいくつもの映画を思い浮かべることができるのだ。
漢字を読んでいるのではなく、その字面で覚えてるからなのだろう。漢字は「絵」なのだ。

庵主が不意に落涙した一言は、実は一言ではない。欄外のように長いセリフである。
あまりよくできているセリフなので創作かとも思うが、話は面白ければ嘘でもいいのである。
というより、感動的な小説とか映画は、みな創作〈うそ〉なのだから。
お酒も、嘘〈あるてん〉でもいいのである。それがうまければ、であるが。

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するとのそのお兄ちゃんが乗客みんなに大きな声で、
「みなさん、このお母さん本当は〇〇まで行きたかったのです。
でも赤ちゃんが泣いちゃって迷惑かけると思って、
こんな大雨なのに降りて歩こうとしてるんです。

赤ちゃんが泣いちゃうのは当然の事だし、お母さんも悪くないです。
だから! だから!
赤ちゃん泣いちゃってるけどお母さん頑張っている!
皆さん温かい心でこのお母さんと赤ちゃん乗せてやりませんか?」』(典拠1:05)。

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# by munojiya | 2018-01-21 00:03 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2018-01-20 「横綱相撲」が分からないという人達
白鵬の相撲が汚いということで、横綱の風格がないと見られているが、それに対して、「横綱の
風格」とは何だと言う人がいるのである。
「まだ子供の横綱に風格を求める方が無理だ」というのである。
しかし、日本人なら、そんなものは教わらなくてもそれをちゃんと知っているのである。

それが分からない人達というのは、以下、ご想像におまかせします、である。
横綱相撲とは、美しい相撲のことなのである。
勝てばいいだけ相撲は美しくないと見るのが日本人の美意識である。
それが備わっていない人達も、今、この日本に、同じ時にいるということなのである。

「人を殺してはいけません」とか、「人の物を盗んではいけません」という事に対して、
そんなことは法律で禁止されているのか、と言い出す人がいたら日本人はその感覚を奇異に
感じるのである。そんなことしてはいけないのは当たり前のことだからである。
人に教わらなくても、日本人ならだれでもそんなことは分かっていることだからである。

旨いお酒を呑んだときに、日本人なら「ああ、日本人に生まれてきて良かった」と思うのである。
その味わいにひたれる幸せを感じるからである。「旨い」のではなく「ありがたい」のである。
自分は生かされているのだという感謝の念に満たされるからである。
白鵬の相撲の何か悪いのかと言う人は、日本人から見れば、ただ残念な人達なのである。

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日本人なら、誰でも白鵬の相撲が間違っていることは分かるのである。
それが分からない人のためにこうやって教えてくれる人がいる。
白鵬は、張り手・かちあげに、見せかけた卑怯きまわりない反則技を考え出し、相手力士を
一撃で脳しんとう[脳震盪]を起こさせる非常な危険な行為を繰り返してきた事は事実である。

これを黙認してきた相撲協会も問題はあるが、一歩間違えると生命にかかわる重大な事故に発展
[「発展」はいい方向に向かうことだから、この場合は不適な言葉遣いだろう。「招来する」と
でもしておこうか]することも予想されることであり、張り手・かちあげは立派な相撲の技だと
主張するのは間違った認識だといわざるをえない。』(典拠米)。

柔道にしても空手にしても、日本で生れた格闘技は日本人の精神が込められている。しかし、
考え方や価値観が違う外国人が関わると、その内容は変質する。[中略]
相撲も外国人力士が増えたことで大分、変わった。外国人が相撲をすることに私は反対して
いない。だが、日本の相撲と国際相撲とはっきりと分けるべきであった。

柔道も一緒である。日本の柔道は日本固有のものなので、国際柔道と別にするべきである。
国際試合を見ればわかる。いかに柔道が変質しているということが。』(典拠)。
強いだけの格闘技を見ても、華がないからつまらないのである。だから、見てもしょうがない。
辛口の酒もそれである。味に華がない(ものが多い)から呑んでも心楽しくないのである。

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# by munojiya | 2018-01-20 00:04 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2018-01-20 ウザい
「ダサい」という言葉がある。「ださい」には漢字がないので、可読性のため片仮名で書く。
文字どおり、というか、語感どおりにダサい言葉である。
教養がない、というか、垢抜けしていない、というか、それでも愛嬌はあるといったところか。
一説には、その語源は「だって埼玉だもの」だという。それはおそらく後付けの駄洒落だろう。

埼玉人はそれを聞いて怒るのである。そんなのはこじつけのでっちあげだと反論するのである。
そういう反応を見て、それをまた「ダサい」というのである。
シャレの分からない不粋な奴だというわけである。
「ダサい」という言葉は、「ダサい」と言っている人が一番ダサいという天唾言葉なのである。

「ウザい」という言葉がある。これまた当てる漢字がない。
こういうように使われるのである。
もううざいから』(典拠米)。こっちに来ないでくれ、という嫌悪感のことである。
「ヤバい」という言葉がある。

先の伝でいえば、その語源は「やっぱりバ韓国だから」かもしれない。
庵主も、吐韓をもってソレから脱却したから、今は朝鮮とか韓国と書くのもウザいのである。
酒の国というのがある。二日酔いですっかり酒が嫌いになっても、三日目にはまた恋しくなって
帰って来たくなる国だという。K国は永久におさらばしたい国なのである。日本人は敵わない。

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# by munojiya | 2018-01-20 00:03 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2018-01-19 男子三日会わざれば刮目して見よ
だったか、「武士は三日会わざれば刮目して見よ」だったか。
人は、変わるというのである。変わることもある、と言った方が正しいのか。
庵主のように、いつ見ても代わり映えのしない人もいるけれど。
女子も、刮目して見よ、のようである。

いや、逆か、三日ぶりに見たら、刮目せざるをえないほどに顔が変わっているというのである。
そんな化け物がいるのかと思ったら「愛子様」の事だという。
どれだけ仮面を持っているのか分からないが、日替わりで顔が変わるみたいなのである。
顔が太ったり、やせ細ったり。あった筈のホクロがなくなったり、等々である。

「愛子様」と名乗るこの人は誰なのか
子供に他の子の身代わりを押しつけるのは、その子の“アイデンティティ”を破壊する児童虐待
だという声もあるのである。
庵主が知っている愛子内親王はこんな顔なのだが、今度の顔が同じ子に見えるかどうか、である。

お酒も、同じ蔵のお酒なのに、以前とは打って変わってきれいになることがある。
蔵元の気持が変わったということである。人もまた、気持が変われば顔も変わるのだろう。
人目に晒すのだから、可愛い方が見ていて好ましいには違いないのだが。
AとBサムネ5:01の「愛子様」は同じ顔に見えるか。庵主には判断できないのである。

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この子は、本物の愛子様の発達障害を隠蔽するために登用され、整形手術を繰り返した、
替え玉(影武者)です。
知らない人は、「愛子様 替え玉 目歯比率」で検索してみてください。
単なる成長やダイエットでは説明がつかない決定的な違いが、本物と替え玉ではあります。

東宮夫妻は児童虐待を止めろ。
本物の発達障害を公開して、適切な養育を受けさせろ。
替え玉の少女を解放して、本物の親元へ返せ。
児童虐待を肯定するお前らに、皇位を継ぐ資質はない。』(典拠米)。

あの御夫婦は特殊だから、日本人の常識が通用しないのである。
「資質はない」という所は誰も否定できないだろう。資質がないというより、無理。
ご公務となったら、わずか10分も続けられない雅子妃と、すなわち、体力的に無理な人と、
外国の公式行事で自らカメラを取り出す皇太子と、すなわち知的に無理な人なのだから。

『いまだに「成長しただけ」「ダイエット」「写真写りの問題」で替え玉の存在を否定できると
思っている、無知蒙昧および東宮擁護の工作員がコメント欄にいますね。以下の動画で、そんな
カビの生えた古臭い詭弁は、掃いて捨てるほど見てきましたよ。上記3つ[庵主校正:三つ]は、
すでに論破されています。[原文にあるリンク先]』(同前米)。なるほど。

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# by munojiya | 2018-01-19 00:04 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2018-01-18 「文科省は廃止せよ」という意見
以前、「文科省はぶっ潰せ」という意見を見たことがある。これを聞いたらそう思うに違いない。
このザマである。今学校では、平安時代は古代だと教えているというのである。
ゆとり教育といい、その主犯は寺脇研(朝鮮耳の男である)らだったか、この歴史書き換えと
いい、もうめちゃくちゃなのである。耳が寺脇似のこういう事務次官もいた。

「日本政府は日本最大の反日団体である」という人がいる。現トップの耳も見てみよう
その日本政府の文科省だけのことはあるのである。
文科省のやることは直接子供達に、今は「子ども」と書くのも文科省の指導なのかもしれないが、
与える影響が大きいだけに、これは危険な兆候である。日本を壊しにきてると見る事もできる。

今どきの夏の暑さは異常ともいえるものがあるが、そういう状態にあっても、文科省は教室に
クーラーを設置させないというのである。それって小学校なら児童虐待じゃないのか。
学校は、地方自治体の管理だから、文科省ではなくて各自治体の財政が貧乏なので、クーラーが
設置できないのかもしれないが。庵主は学校業界の事情にも疎いのである。

一方、財務省は、アル添酒を日本酒だと強弁しているのである。
日本酒は醸造酒なのである。それに醸造アルコールを混ぜたらリキュールになるのだ。
なのに、アル添酒さえも日本酒だとして売っているのである。さすがに「清酒」と称しているが。
その事情は分かるのである。不味い酒を売って税収を確保するためである。

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日本の歴史はここまで捻じ曲げらているのか。なんで中共・朝鮮の捏造歴史を配慮する必要が
あるのか。今回の新国立競技場建設疑惑と言い、文科省は一度解体すべきだ。』(典拠米)。
「ゆとり教育」の失敗の落とし前もつけていないではないのか。
落とし前をつけたのかもしれないが、庵主は聞いていないのである。

文科省もそうだがすべての教育機関は人員整理と解体をすべきだ』(同前米)。
解体をしたあとどうするかという提案がなければ、ただの捨てぜりふでしかないが、
再構築する必要があるという事には頷くのである。本来の意味でのリストラが必要なのだろう。
いま、公明党あたりが「教育の無償化」を謳ったポスターを町中に張りまくっている。

昔の「地域振興券〈ばらまき〉」とか、最近の「子宮頸癌ワクチン接種〈おんなごろし〉」とか、
公明党の提案は善意を装った悪意だが、今度の無償化もきっと裏があるに違いないのである。
実は教育の無償化とは学生数が減って経営危機になった大学を救うためという裏があるという。
少子化のせいもあって、一部の大学では学生数が確保できずに経営に困難をきたしているという。

加計孝太郎さんの学校も軒並みそうである。それを救おうという友情の持ち主もいるのである。
それはさておき、学生が来ない大学というのはレベルが低くて入学するメリットがないからだ。
そういった低レベルの大学まで救おうとする理由は、そこに文科省の役人が講師とか教授とかで
天下りしているので、天下り先を確保するためなのだという。真偽のほどは判らないけれど。

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# by munojiya | 2018-01-18 00:04 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2018-01-18「Kネタ見るだけで吐き気がする」
Kネタ見るだけで、吐き気がするのは、俺だけか』(典拠米)。
いや、お酒も同じである。
いくら好きなお酒であっても、呑み過ぎると、物事は度が過ぎると吐いてしまうのである。
吐く原因は、お酒が作るのである。

二日酔いを経験すると、二度とお酒は呑みたくなるものである。
ほどほどにしておけばその二日酔いでも、三日後にはまた呑みたくなるものだが、
それが中毒を起こしてしまったら呑み手の体が危うくなってしまうのである。
時には、アルコールの過剰摂取で死んでしまうこともある事は、ご存じのとおりである。

K国は呑み手に無理に呑ませすぎたのである。もう、三日目にまた恋しくなる事はないだろう。
呑み手自身の身を守るためには、お酒を断つしかないからである。
日本人の頭の中にある地図から、韓国は消滅したんだよ。』(同米)。
平昌冬季五輪のHPの世界地図には、日本がなかったというから、お互いさまである。

もう終わった話で、あとは韓国内政の問題。』(同米)。
ついに嫌韓は吐韓にたどり着いたようである。韓という毒を吐き出してすっきりしたのである。
韓国など付き合う価値もない国だ。』(同米)。『話題にする価値もない国』(同米)。
朝鮮語で「さよなら」は何というのだろうか。「ありがとう」なら、「カムサハムニダ」だけど。

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座布団5枚。
今日は無視の居所がいいなぁ』(典拠米)。
ソレを見ないですむことの清々しさ、というのだろう。
しかし、テレビや映画を見ると、そこに出ている俳優〈ソレ〉達がいやでも目に入ってくるのだ。

それらのソレらはスクリーンやブラウン管という一線の向こう側の存在だからいいものの、
日本人を装った国会議員などは、それが直接日本人に影響を及ぼすから始末に困るのである。
朝鮮半島という、かつての日本人によって社会基盤が整備された国土があり、それなりの能力も
あるのだから、自分の国でその能力をはっきすればいいものを、である。

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# by munojiya | 2018-01-18 00:03 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2018-01-17 「新年快乐」
「快乐」は史那語で、日本語で書くと「快楽」である。
「新年快乐」は「あけましておめでとう」だろう。
新年早々なにがおめでたいのかという、チャイナにガッキーのそっくりさんが出たというのだ。
それを見た日本人が『似ててビビった』(典拠)というのである。

中国のオーディション番組「来吧!灰姑娘」でグランプリを獲得した龙梦柔さん(22)が
話題となっている[龙=龍、梦=夢]
龙梦柔さん(愛称:栗子)は現役大学生。グランプリを獲得以降、Instagramや中国の
SNS・微博に自身のポートレートなどを投稿している[中略]

日本では「中国の新垣結衣」「めっちゃガッキー」と話題になっており、自身も新垣さんの存在
を知っていたため、「逃げるは恥だが役に立つ」の恋ダンスも披露した』(同)。
予想の5倍くらいガッキーやん』(同)。
似てねぇよって突っ込もうとしたら似ていて驚いた案件。』(同)

めっちゃガッキーしてた。』(同)。『めっちゃ可愛い~』(同)。
可愛いという感覚は、日本人もチャイナ人も共通するところがあるようである。
なのに史那人はなぜ好んで日本人を憎むのか。キチガイの発想にはつきあえないのである。
アル添酒も「純米酒に似ていないと突っ込もうとしたら似ていて」驚くのである。

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# by munojiya | 2018-01-17 00:04 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2018-01-17 モモクロZの有安杏果
芸能界には特殊な言葉遣いがある。
例えば、「視線」のことを「目線」という。
「老化」のことを殊更に「劣化」と呼ぶ。
そして「引退」は「卒業」というのである。老優ならば「卒業」とは「隠居」と同義語だろう。

2018年1月15日、ネットに「速報」がとんだ。
【速報】「ももいろクローバーZ」の有安杏果さんが卒業を発表』(典拠)。
たまたま、TBSラジオを聴いていたら、その有安緑が出演していたのでそれを知ったのである。
その話し振りがしっかりしていると思ったら、もう22歳なのだという。新成人とは違うのだ。

思えば、22歳でアイドルをやっているというのも大儀なことである。
子供相手の商売だから、気が疲れるのだろう。
モモクロのファンは「もののふ」と呼ばれている。
「もののふ」の元の言葉は「ファン」ではなく、「おこたち」なのかもしれない。

アイドルといっても、22歳で飛んだり跳ねたりでは体がキツくなってもくるだろう。
ももクロは、青が去り、緑が抜けて、4色となった。残るは紫黄桃赤か。
「シキトウセキ」で意味をこじつけようとしたが、思いつかなかった。
お酒業界では、「アル添酒」を「本醸造酒」という特殊な言葉遣いをするのである。

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セキ・トウ・キ・シを組み合わせてなにか言い意味の言葉が作れるかということである。
「泡坂妻夫〈ア・ワ・サ・カ・ツ・マ・オ〉」という推理作家がいた。
本名は「厚川昌男〈ア・ツ・カ・ワ・マ・サ・オ〉」という、それをいったんバラバラにして、
組み合わせて作ったペンネームが泡坂妻夫である。厚川昌男はアマチュアマジシャンでもある。

そこでモモクロなら、「キ・シ・トウ・セキ」とか、「シ・キ・セキ・トウ」と組み合わせて、
何か洒落た言葉にしたいのである。
「旗幟トウセキ」というのもないし、「四季セキトウ」もないし。
「闘志奇跡」でもないし、何かいい言葉ができないものか。緑ファンにとっては「悼惜起死」か。

「モノノフ」には別の意味もあるらしい。
モノノフとかいう知的障害者達が必死にイジメ被害者叩き&イジメ加害者擁護してて面白い
典拠米137)。
ファンの言葉は口さがないのである。

男ができたんだろ』(同前米28)。『結婚が決まってるらしい』(同前米80)。
他メンバーからハブられて孤立してたしなぁ。幸せになってくれ』(同前米5)。
歌唱の要抜けたら終わりやん』(同前米74)。
新年早々俺の1年は幕を閉じたのであった』(同前米84)。そのファンには「既死悼惜」か。

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# by munojiya | 2018-01-17 00:03 | Trackback | Comments(0)
2018-01-16 「こうしてみんな業者に騙される」
庵主はTBSラジオを聴いている。それしか聴かないから北鮮状態なのである。
朝は、森本毅郎〈もりもと・たけろう〉のニュース番組から聴き始めるのである。
今朝(2018年1月15日)のネタは成人式の晴れ着だった。
今、成人式では、女は振り袖を着るのが「常識」になっているというのである。

着物は買うと高いのと、成人式にしか着る事がないので、レンタルですます人が多いという。
レンタルでも数十万円かかるという。そんなにするなら買った方がいいという人と、そんなもの
にお金を使うなら、そのお金で旅行などの他のことに使った方がいいという人もいる。
成人式に振り袖を着ない人は肩身が狭いのだという。

森本はいう。昔はそんな事はなかった、と。そりゃそうだろう。多くの人は貧乏だったからだ。
今は誰もが着物が着られるように豊かになったと言えないこともないのである。
なにも成人式に振り袖を着る事はないのに、最近のそういう風潮は着物のレンタル業者にみんな
騙されているのだ、というのである。そういう発想を古い常識と言えないこともないのである。

森本毅郎さんがやっている仕事も、また、レンタル業者と同じだからである。
自分たちにとって都合のいい情報をリスナーにバラまいて、間違った常識を植えつけているから
である。みんなが晴れ着を着たのでは個性がないではないか、というのである。みんな同じ情報
を信じるというのもそれだろう。今ではお酒はアル添酒が常識なのである。常識は変わるのだ。

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# by munojiya | 2018-01-16 12:49 | 世話物 | Trackback | Comments(0)