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「夏子の酒」は許せない
尾瀬あきらの漫画「夏子の酒」。
この漫画を読んで潰れかかっていた蔵を継ごうと覚悟を決めたのが
「るみ子の酒」の森喜(もりき)るみ子さんである。
影響力の大きな漫画なのである。

この漫画で日本酒に興味をもったという若い人も少なくない。
日本酒入門には恰好の漫画なのである。
最初は、なんだか理解できない日本酒関係の本を読むよりも
これを読んだ方がお酒のことがよくがわかるのである。

庵主はそれがテレビドラマになるというので、
妹にビデオを録っておいてもらい
あとでまとめて見たのだが、
夜分になってそれを見はじめたらやめられなくなって徹夜したことがある。

というのは
庵主はテレビを持っていないので
人から貰ったビデオテープなどは
妹を訪ねてそこで再生してもらわないと見ることができないという事情による。

テレビを見なくなった時期とお酒を呑みはじめたのは
同じ頃だからもう三十余年になる。
うまいお酒を呑むのにテレビはいらないということである。
テレビCMをやっている大手酒造メーカーの酒は庵主には呑めないからである。

「夏子の酒」のストーリーは
東京で広告会社に勤めていた蔵元の娘である夏子が
蔵の後継ぎだった兄の急逝で
地元に帰って蔵を継ぐという話である。

兄が死ぬまで夢見ていたお酒を造るという物語である。
いまは廃(すた)れた幻の酒米「龍錦」を復活させ
その米で醸したお酒を造り上げるまでの物語である。
その間に日本酒の問題点やお酒とはどういうものかということが語られる。

舞台となったのは新潟の久須見酒造である。
漫画では「龍錦」となっている幻の酒米は
「亀の尾」のことである。
今、久須見酒造からは「亀の翁」として「亀の尾」で醸したお酒が売られている。

「亀の尾」は
いまでは毎年それを使っている蔵元が「亀の尾サミット」を開くほどに
多くの蔵が使うようになった酒米である。
蔵によって表情が異なるお酒が醸されるおもしろい酒米である。

その「亀の尾」が出てくる「夏子の酒」は漫画である。
その文庫本が出ていたのである。
あの小さいサイズの本である。
その文庫本の「夏子の酒」が許せないのである。

漫画の本はもともとB5判の週刊誌に載っていたものである。
活字と違って、漫画にはその大きさというものが必要な表現である。
それなのに限界を越えて縮小したものをこれが漫画ですよと
臆面もなく世に出してくる出版社の姿勢が許せないのである。

性能が同じで4分の1に縮尺した自動車を出してきたら呆れるだけだろう。
実用のためには必要な大きさというものがあるからである。
中身は同じ酒だからといってミニチュア瓶入りのお酒を出されても困る。
酒に酔うためには必要な量がないと用をなさないのである。

同様に漫画にも必要な大きさというものがあるのだ。
本屋の棚に並べるのに便利だからといって縮小してしまった漫画を蔑ろにした本というのは
お酒を何倍にも水で薄めて出すようなものなのである。
尾瀬あきらには著作者人格権のまっとうな行使を主張してほしいのである。

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2013年2月3日追記。テレビの「夏子の酒」は今はネットで只で見ることができる。

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2013年12月3日に追加。「夏子の酒」の異聞。読まない方がいいかもしれないが。

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by munojiya | 2005-07-16 21:13 | Trackback | Comments(3)
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Commented by 円達磨 at 2009-02-10 01:21 x
大手はダメだという理論はどうも解せないですね。
個人の趣味をとやかく言うつもりはありませんが、大手とひとくくりにするのはどうかと思います。
確かに大手の大半は酒とも言えない飛んでも無いものを作ってますが、月桂冠など糖類を廃止した所もあります。
逆に雪漫々でおなじみの出羽桜は意外にも最下位では糖類を使っている現状があります。

大抵の人間が最初に口にする日本酒は大手の日本酒でしょう、悔い改めた大手にかんしては正当な評価を下すのが、日本酒を愛するものの正しい姿だと思います。

漫画の縮小についてはごもっともですね。
漫画の主体はあくまで絵なので、小さすぎるのは実用性に欠けますね。
Commented by munojiya at 2010-01-14 13:16
大手酒造メーカーのお酒はダメだという意見はもちろん暴論です。
小さい蔵と違って、造っている量が違いますから、大量生産のお酒と手造りのお酒ではその目的とするところが異なるからです。
大手のお酒には大手なりのいいところがありますが、というよりお酒は好みですから、そういうお酒が心地よいという人はそれでいいのです。
呑み手がそれで満足しているお酒をダメだという理由がありませんから。
Commented by munojiya at 2010-01-14 13:19
大手酒造メーカーのお酒に対する庵主の経験からすると次のようになります。
庵主がお勧めするうまいお酒はそういうお酒ではないという主張から、「むの字屋」では、大手のお酒は呑むにしても後回しにしなさいとご案内しているわけです。

敬遠という言葉があります。
王、長島という怪物はよく敬遠されていましたが、その敬遠です。
大手酒造メーカーが造っているお酒に対して、庵主は敬して遠ざけているのです。その心は、恐いから。

大手にも庵主が呑めるうまいお酒はあるのでしょうが、庵主はなぜかそういうお酒と出会うことがないために「大手のお酒にはうまいものがない」ということになっているのです。経験則によるものです。

「むの字屋」は庵主が経験した事実に基づいて書いていますので、呑んだこともないお酒のことは分からないとそのまま書いているだけなのです。

いずれにしても、初心者は大手酒造メーカーの普通のお酒は避けた方が無難だと思います。


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