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2014-04-10 「諦」と「諱」

「諦〈てい〉」と「諱〈き〉」である。
ここでは、「あきらめる」と「いみな」と読んではいけない。
「諦」とは『自暴自棄になることではありません。物事を明らかに見て、正しい知恵をもって
正しい判断をすることです
』(典拠)。故に「諦韓」とは、実は前向きな言葉なのである。

その説明には前段があって、『現実問題として、あらゆる望みが万全にかなえられるなどと
いうことはあり得ません。その結果として、韓国人は「恨」を抱え、「恨」によって韓国人は
更に歪んでいくというスパイラルにはまっています。
』(同)という。
それに対して『日本人には、「諦」という知恵があるはずです。』(同)となる。

「諱」は、宦官、纏足、墓暴き等々と並んで日本人が取り入れなかった支那の発想だという。
「諱(き)」の本質は、偉い人のためには、その恥を隠すし、それもただ隠すだけでなく、
隠すためには、嘘をついても構わないし、むしろ積極的に嘘をつくべきだと教えているわけ
です。
』(典拠)。嘘をつくことを日本人は悪とみるが、シナ人にとっては善なのである。

それらの発想は日本人の心情とはなじまないのである。それが分かっている事を教養という。
水と油がそうであるように、日本人とシナ人は親和することはできないということである。
諦をもってうまいお酒を見極め、諱をもってまずいお酒は見ないことにするのである。
お酒をおいしく呑むコツである。まずいお酒とは最初から関わらないことが正しいのだが。
by munojiya | 2014-04-10 00:04 | 世話物 | Trackback | Comments(0)

うまいお酒があります その楽しみを語ります


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