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2014-10-02 カメラを盗った男

日本人がカメラを盗ったということで話題になっている。
アジア大会で、水泳の我が冨田尚弥選手(25)が、韓国メディアの取材記者が持っていた
カメラを泥棒したというのである。
それを聞いた時の最初の感想は「みっともない野郎だ」というところだろう。

カメラなんか日本には掃いて捨てるぐらいあるのに、なにもわざわざ韓国に行って、
しかも晴れのアジア大会の場で盗ってくる事もあるまいと思われるからである。
監視カメラでその「犯行」が露顕して、当人も犯行を認めているというのである。
かつ、選手団は当該選手を追放したというけれど、追放で汚名は拭えまい。

なんだこれ』(典拠4)というのが、大方の第一印象だろう。
代表選手に選ばれてつらい練習に取り組んで成果を試す大会に来て盗みを働くって病気だろ
普通のメンタルなら考えられらない
』(同20)。病気という事にすれぱ免罪符にはなるが。
スポーツをやるような人は「病気」の人が少なからずいるという理解でいいものか。

「病気」だったら、除名するのではなく、やさしく看護してやるのが筋だろうから、今の時点
では真相がよくわからない事件である。
しかし、酒の肴にはなるのである。あれこれ邪推と妄想がふくらむからである。
選手が例によって例のごとしなら日本人は胸をなぜ下ろせるのだが、今回はオチに困りそう。

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同時代の、しかも同時間にいても、そこで何が起こったのかが分からないものなのである。
はたして、情況証拠から「真実」を見いだすことができるのだろうか。
まして、何十年、何百年前の「歴史的事実」の信憑性はどこまで信用すればいいのか。
本人の「証言」があれば裏付けが取れるではないかと思う人は浅慮というものである。

本人の「証言」などは、人間は平気で嘘をつくから端から信用できないのである。
嘘をついているつもりでなくても、記憶違いということは多々あることである。
韓国の「従軍慰安婦」の「証言」は、言う度に内容が異なることがそれを物語っている。
信用以前に、「この秘密は墓場まで持っていく」といって頑に語らない人もいるのである。

それは「偽証」よりも始末におえない。
事実を隠蔽してしまうのだから「真実」に辿り着くための重要な手がかりがないのでは
核心に迫れないのである。邪推でその穴を埋めるしかないのである。
そこで、歴史学者が書いた歴史は、学者の邪推は、はたしてどこまで信用できるのだろうか。

案外、そんなものはみんな嘘なかもしれない。みんな的外れの解釈だということである。
ただ、共同幻想で、その集団が一番喜ぶ解釈の集大成なのかもしれないのである。
その極端な例が、そして分かりやすい例が現在の韓国の歴史がそれだということである。
冨田尚弥選手の「窃盗事件」も、報道という表の事実を疑う人がいるのである。

by munojiya | 2014-10-02 00:03 | 時局物 | Trackback | Comments(0)

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