2016-02-15 人を見る目がある人
一見すると似たように見える、日本人とシナ人とチョウセン人の違いが判るかという事である。
信じられないかもしれないが、中華人民共和国人と南鮮人は、子供の頃から、日本人を憎しみ
呪えという教育を受けているのである。それが国是だという。日本人から見れば狂気である。
「敵」という言葉があるが、それを「かたき」と読んだら、中韓人はまさしくそれなのだ。
すなわち、現行の日本国憲法がそれを容認しない所の「平和を好まない諸国民」なのである。
わが国に、武力を行使せよと使嗾する勢力なのである。襲ってきたら戦わざるを得ないから。
抵抗しないと、日本人を皆殺しにすると明言している人達だからである。迷惑な隣人である。
だれだって死にたくないのである。否、選択肢は常に生きるというのがルールなのだ。
死を選択する事を卑怯という。落伍とも、犬死にともいう。生を全うできない事を無残という。
そのルールを生命と呼ぶのである。生きることが命〈きまり〉だというのである。
さて、この人は日本人か、はたまた非日本人かが見分けられるかという眼力のテストである。
大戸屋は韓国の食材を使っているからソレだというのである。外食産業はどれもそうだろうに。
そこにおいて、こうして見分けるのだという人がいる。『大戸屋のHP見てみ?
社長の顔と名前がまさにアレ。』(典拠644)。庵主には顔でも名前でも判断できないが。
クボタ姓なのでアレだというなら、お酒の「久保田」は。「久保田」の噂を聞くと微妙だが。
-----
もう一つ、この顔は、勝ち目の顔なのか、負け目の顔なのかを見わける事ができるだろうか。
『今まではローリスクローリターンだった運用が
安倍ちゃんに変わってからハイリスクハイリターン(しかしリターン無しw)の
運用に変わったって何かで見ましたね。
真贋は知りませんが。
貧乏神みたいな顔してるのに勝てるワケないんですけどね。』』(典拠米)。
博打打ちの顔には向いていないようである。
その顔を看板に掲げる日本人の顔が、今はそれなのだということなのだろう。