2016-03-09 仮説「売国奴か、小泉、田島」
仮説である。
もし、そう仮定したら辻褄が合うのではないかという想定のことである。
その想定が間違っているかもしれないし、あるいはそれが当たっているかもしれないのである。
仮説を立てたら、というより閃いたら、次にそれを検証するのである。

通説の不自然さを、仮説は乗り越えられるか、ということを。
今の皇后陛下が今の天皇陛下と結婚することを、日本人は誰も知らなかったというのである。
つまり誰がその結婚を決めたのか判らないというのである。
なのに、「正田美智子」が現天皇の妃に決まってしまったというのである。

「正田美智子」はコードネームとして書いたものなので敬称は付けていない。為念。
つまり、日本人はみんな騙されていたのである。否、騙され続けているのである。
では、いったいあの女は、すなわち、コードネーム「正田美智子」は何者なのか。
その検証が進んでいるのである。その事情はこのサイトに詳しい。

ちなみに、標題の小泉は小泉純一郎ではない。
現天皇の「正田美智子」との結婚を推進した「売国奴」(←検証中なので未確定)小泉信三の
事である。田島は田島道治宮内庁長官の事である。この二人の動きが怪しいというのである。
正田家の本家は醤油屋だという。それが酒屋だったらまだ説得力があったのだろうが。

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○平井委員 長官の説明を了としますが、われわれ、世上というか、宮内庁係の新聞記者
連中ともよく知っておりますし、いろいろ聞くところによれば、小泉さんと田島さんが非常な
推薦者であった、あとはむしろそう賛成をなさらなかった、これはどうだか知りません。世上
の話でございます。

そこで小泉さんあたりの教育の仕方がいいと言う人もあるし、悪いと言う人もある。私、小泉
さん、田島さんがどういう意味で強硬に推薦されたか知りません。推薦する方にもまた考えは
あると思いますが、非常な推薦をして、ついに宇佐見長官も同意をしたというふうに聞いて
おりますし、また東宮御所において、皇太子殿下が学友を集めてわあわあ言うた結果とうとう

きまったのだというようなことが、御婚約の後にぼつぼつ週刊朝日などに載るようになりまし
たときの責任や重大なるものがあると思いますが、この点長官いかがお考えになりますか。
○宇佐美説明員 今度の御選考につきまして、皇太子殿下の御教育に顧問として参画しておら
れる小泉博士あるいは前長官であります田島氏や、その他の方々といろいろ御相談したことは

事実でございます。略
』(典拠)。
「正田美智子」が何者なのか誰も知らなかったというのだ。それを強く推したのが二人である。
小泉さんあたり少しどうかしておられますまいか。よほど慎重に考えてくれなければ困る。
もう皇室の尊厳というものは、小学校の本にもないし、だんだんなくなってくる。
』(同前)。

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○高瀬委員 略 国会も何ら御結婚について知らされておりません。公式発表の十日前、
つまり十一月十七日のニューズ・ウィークには事こまかに、全部私は翻訳して持っております
が、「皇太子の恋」という表題で詳細に報道されております。結局知らないのは国民だけだ。
』(典拠)。「正田美智子」はGHQのシナリオだったのだ。

「ニューズ・ウィーク」の記事に対するそのサイト主(BBさん)の感想。
BB:GHQ作のラブストーリーが日本には「テニスコートの恋」というタイトルで、
逆輸入されたわけです。本当におかしな話。アメリカには関係のない、日本の皇室の話なのに。
誰よりもいち早くアメリカが知っていた、という事実。
』(同前)。高瀬委員の質問に戻る。

略 皇室会議というものはただ一度しか開かれていない。結局皇室会議を一度開きまして、
決定をやったのは既成事実をただ承認しただけ、椎熊前副議長などに聞きますと、その日に
正田家の家系その他いろいろ書類を渡されて、それにただ無言で賛成しただけだというふうに
も聞いておるのでありますが、こういうふうになりますと、皇室会議などというものは非常に

形式的なものであって、国民や国体と重大な関係にある皇太子妃を決定するということは、
あまりにも非民主主義的なやり方じゃないか。皇室会議というものは非常に形式的なものに
なって、たった一回、既成事実を承認するというだけになってしまったのでは、皇室会議の
あり方としては非常に危険じゃないか、こういうふうに思うのであります。
』(同前)。

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『[正田富美は]日本人の血が一滴も流れていない嫁、妻だったからでしょう。
強引に、明仁皇太子との婚約を押し通した、慶応塾長小泉信三と田島道治宮内庁長官は、
形ばかりの家系調査で、「胡散臭い正田富美」はやばい事情を知りつつ、省いたのでしょう。

[中略]

正直者の、田島は日記で、「母方の系譜には疑問が残る」と書いていますが、
そもそも富美についての調査は最初からやる気もなく、しなかったのでしょう。
25回も「見合い」で断られた正田美智子。その中の一回は、三島由紀夫です。
後年、覚悟の割腹自殺を遂げる三島ですが、面白い話が有ります。

「盾の会」結成後、三島と美智子の見合いの事実を知った、メンバーが「先生、実は振られた
んでしょう(笑)」とからかいました。
すると、三島は烈火のごとく怒り、「あんなお母さん(富美)じゃあとても無理だよ」と否定
したそうです。

当時から、日本人らしくない富美の「奇矯な言動」は有名で顰蹙の的だったのでしょう。
それでも、「最初から正田美智子入内ありき」の形式的な調査でしたから、小泉も、田島も
「富美はアンタッチャブル」で調査を終了させたのでしょう。
』(典拠)。
滅私奉公の田島道治初代宮内庁長官も、踏み入る事ができない聖域が、否、闇があったのだ。

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by munojiya | 2016-03-09 00:04 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
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