2016-12-02 「愛子様 激やせ」
2016年11月22日の話題である。
愛子内親王が激やせしたと報じる週刊誌の記事のことである。
物の見方が別れるところである。
知識がないと、その写真を見て「痩せた」と見えるのである。

そうでない場合は、「代えた」と邪推するのである。素直でない場合は、である。
「激やせ」する前のお姿がないので、その写真だけでは判らないが、
見比べる時の観点は、鼻の向かって右側にある黒子だという。
歯並びと耳の形だという。見比べ写真がこの記事のずっと下の所にある。目の大きさもだ。

お酒に米だけで造った純米酒と、それに醸造アルコールを混ぜて造ったアル添酒とがある。
という観点を教えられても、実際に呑み比べてみるとその違いが判らないのである。
庵主が自信を持って、「これは純米酒だ」と思ったお酒が、実はアル添酒だったりすることが
往々なのである。その逆も亦〈また〉多いのである。

以来、庵主は判定することをしなくなったのである。
ただ、その旨さを味わうだけである。楽しむだけである。嗜むだけである。
お酒は旨ければそれで十分なのである。それ以上は期待しないのである。気品があってもつまら
ないお酒とか、格調は高いお酒でも超辛口のお酒のように口に合わないお酒があるからである。

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愛子内親王だというこの写真を見ると「激やせ」にも見えるが、
事情について聞かされていると別人だと判〈みえ〉るのである。
庵主は、「別人」に「いかがわしい」とルビを振ることまではしないけれど。
しかし、そのサイトの書き手はどうやってこの手の写真を手にいれるのだろうか。

皇室内にいる関係者なのかもしれない。異常に内部事情に詳しい人なので。
そのへんのところはともかく、この指摘が鋭い。人が代わって猫が変わったものか。
セブンという名のネコだそう。「にんげん」と愛子さまが名付けたネコは
どこへ行った?』(同前)。猫だから、きっと“寿命を全う”したんじゃないのかな。

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厭味の極致である。考えるのは「水」ではなくて、「水俣」だろうというのである。当意。
愛子さまは[2016年]8月1日、皇太子ご夫妻とともに東京都千代田区であった
「水を考えるつどい」に出席。初めて経験する公的な行事で、治水や環境に関する専門家の話を
聞く機会をもった。

同11日には長野県松本市であった第1回「山の日」記念全国大会の式典にご夫妻と出席した。
典拠)という記事を引用して、追い打ちをかけるのである。
「水を考えるつどい」に父親と出るなら、母親の実家祖父がいかに水俣病患者に残酷な仕打ち
をしたか、学んで欲しいものです。』(同前)。原罪という言葉があるなら、それだろう。

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by munojiya | 2016-12-02 00:04 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
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