2016-12-27 「歴史」って本当に面白いですねぇ
「映画って本当に面色いもんですね」という言葉をキャッチフレーズにしていたのは映画評論家
の故・水野晴郎である。
「映画」は「はったり」と読むのである。いや「こけおどし」か。
もし、映画のいうことを信じるならば、人類はすでに数回以上滅びている筈なのである。

なのに、庵主は、幸いにして、今、こうして生きているのである。キーを打っている。
「我思う。故に我あり」という言葉があるが、庵主は「我書く。故に我あり」状態である。
書き続けていることだけが、自分が生きている事の確認行為なのである。
建設会社のように歴史に残る仕事はなにもしていないのである。競技場建設費の中抜きのような

言葉を換えれば、真っ当な庶民生活を送っているということなのだろう。
歴史って本当に、面白いですね!』(典拠米)。
面白いはずである。「こけおどし(スベクタクル)」なのだから。
歴史業界では、次から次に新しい真実が掘り返されるのである。

「真実」はこれだ、という新論は学者の新製品というわけである。次々に真実が出てくるという
事は歴史家が今言っていることはみんな嘘だという事である。「歴史」もルビは「はったり」か。
「聖徳太子」はいなかったという説が今の教科書には載っているらしい(事実未確認)。
「真実〈ほんもの〉」が面白いのは旨いお酒である。やっぱり真実のお酒が一番おいしい。

-----

虚栄心とはったりの歴史業界に対して、本家「映画〈はったり〉業界」は潔いのである。
この映画は[中略]歴史の事実から飛躍して自由に創作した物語である
(典拠:大映映画「日蓮と蒙古大襲来」冒頭)であると言い切っちゃうのである。
こんな映画〈でたらめ〉を信じる人は馬鹿だというわけである。

歴史書とか歴史の教科書もそれに似たようなものなのだろう。
信じる人は騙されるのである。映画を信じて見る人はいないから映画の方が高尚なのかも。
歴史の核心というのは、嘘の集大成からにじみ出る一つの真実のことである。
ただ、真実は一つだけではないということなのである。部分の事実ではなく全体像が肝心。

-----

ネットでは各宗派の宣伝映画を見ることができる。映画会社の営業映画ともいえる。
宗派〈スポンサー〉からお金を引いてきて作った映画である。リスクは金主持ちの映画だ。
「空海」は真言宗の映画だ。「弘法大師御入定1,150年御遠忌記念映画」である。
庵主は、一瞥して、うっかり「1,150年御用達」と読んでしまった。NHKの方が面白い。

日蓮宗はこれ。「日蓮」。中村登監督だという。
日蓮は親鸞の生まれ変わりみたいである。萬屋錦之助の以前の役を次の映画で見ることができる。
日本では日蓮宗が一番うざい仏教団体ですね。』(同前米)。創価学会がそれを受け継ぐ。
「ウザい」は漢字では「日蓮宗」と書くものらしい。日蓮の国策映画は「日蓮と蒙古大襲来」。

庵主が子供の頃に観た記憶に残っているのが「親鸞」。田坂具隆監督の映画である。
月形竜之介が演じる法然上人が庭先で語る場面だけが記憶に残っていた。
大トリはなんといってもこれだろう。「釈迦」。三隅研二監督である。日本初の70ミリ映画だ。
若い頃は女優だった市田ひろみも出演しているのである。庵主は市田ひろみの筆跡か好きだから。

各宗派がなぜ壮大な伽藍を要しているのかということは、青雲和尚が教えてくれる
仏教は、権力者による金持ちのための宗教だから、庶民である庵主などにはおよそ無縁な思想
なのである。「宗論はどっちが勝っても釈迦の恥」という川柳がある。諍うのが宗教なのだ。
西洋では、同じ旧約聖書の中でキリストとマホメッドが諍いしているのである。推して知るべし。

[PR]
by munojiya | 2016-12-27 00:04 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://munojiya.exblog.jp/tb/23744260
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。


<< 2016-12-28 殆ど笑い... 2016-12-26 日本人の... >>