2017-01-04 百年前の現実
「写真」を真実を写すものと読むのなら、これらの写真は100年前の真実なのだろう。
一つだけ、違和感のある国もあるが。それは後に日本が一気に底上げしてあげた国である。
100年前のアメリカの風景に圧倒されるのである。
アメリカの繁栄の象徴だったデトロイトの没落を写した写真もある。過去の壮観が見られる。

一体アメリカに何が起こったのか。
なぜ自動車産業は衰滅したのか。
否、である。
自動車産業は世界の経済を引っ張る機関車産業として、今、ますます発展しているのだ。

では、アメリカの自動車産業だけがなぜこのような惨状を呈しているのか。
アメリカは湯田金に乗っ取られたからである。
グローバリズムを標榜する湯田金に騙されているからである。
その真実を知ると、人は反ユダヤ人になるのである。その憤りは正義だからである。

アメリカはやっばり凄いな。』(典拠5:08)。
100年前のお酒は果たして今と比べてどうだったのだろうか。
洗練された今のお酒よりも、昭和50年代のお酒の方が旨かったと言う人がいる。それは(欄外)
三増酒は昭和17年頃始まったお酒だから、百年前は当然純米酒である。それは凄かったものか。

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今は化粧も上手になって美しく見えるようになった女の子の、まだまだ素朴だった頃の方が
親しみを感じたというようなものなのではないのか。
すなわち、回顧趣味である。昔は良かったという老人特有の感情のことである。
なぜなら、その栄光の過去は今は決して手に入れることができなものなのである。

ということは、過去という既に実証できない物を取り出してきて、俺は、お前らの知らないその
素晴らしさを知っているということで優越感に浸っているというわけである。
回顧は年寄りの自褒め〈じぼめ〉なのである。そんな言葉があったかは知らないが。
自撮りがあるのだから自褒めがあってもいいだろう。

年寄りが過去の栄光にひたるのは、あるいは過去のそれを自慢するのは、今となっては、
新しいことに挑戦する気力も体力もなくなってしまった年寄りにとっては、過去にすがることに
よってしか自分の存在価値をアピールできないからなのである。
懐古趣味というのは、自分のピークは過ぎたとという諦めの表白なのである。

老いてもなお仕事のある人は過去にすがることをしないのである。
現在の不満や不便は自分の力で変えていく意欲と希望があるからである。
過去に拘る人が疎まれるのは、チョウセン人の振る舞いがそれなのでよく辟易している処である。
過去というのは未来を生かす恥を沢山かくためにあるのだというのは故・田中角栄の遺言である。

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by munojiya | 2017-01-04 13:13 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
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