2017-01-05 老害の思想
当てずっぽうの予感だが、もし違っていたらチョウセン人の名誉を傷つけることになるが、
半可臭い人はみんなチョウセン人と看做すという日本の慣習にしたがって仮にその名称を上げた
だけなのだが、その『老害様(ルビは「タワケ」か)』も所謂チョウセン人なのではないのか。
もしそうでなかったとしたら、「チョウセン人」の名誉をいたく傷つけることになるのである。

本物のチョウセン人はその程度のヤワな発想ではないからである。
もっとタチが悪いからである。だから日本人はチョウセン人には敵わないのである。
それで、日本人の対極にいるという意味でそういう人達を「チョウセン人」と呼ぶのである。
だから、「チョウセン人」でなくてもいいのである。それを「ユダヤ人」と呼んでもいいのだ。

いずれも嫌われ者の代名詞である。
蛇足だが、老害様の固有名詞は安斎隆セブン銀行会長である。
日本人は「倭」と呼ばれようが、「日本鬼子〈リーペンクイズ〉」と呼ばれようが、「ジャップ」
と呼ばれようがそれに反論をしない。相手が間違っていることが分かっているからである。

しかし「チョウセン人」と「ユダヤ人」はそれを差別だと声高に叫んで糾弾してくる差別商売を
やっている人がいるために、ことさら嫌われているのである。触らぬ神に祟りなしとされている。
「日本酒はまずい」と言われても、酒呑みはその言葉を糾弾することはない。それは本当に旨い
お酒を呑んだことがない不憫な人の言葉だと分かっているから同情するだけなのである。

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本文で引用した年頭の挨拶が、今年一番優れているそれではないだろうか。
年寄りが世にしゃしゃり出てはいけないということである。
次代を担うのは若い人達なのだから、そういう人達に、私利を図って、もしくは連中の手先と
なって、嘘を教え込むな、というのである。年寄りの若者と競う様はみっともないというのだ。

グローバリズムによる、多民族共生はすでに欧州で実証されたように、社会を混乱させるだけで
しかないので、そんな政策をとるのはためにするものだということである。そこに悪意がある。
グローバリズムとは、換言すれば新奴隷制度のことなのである。人権抑圧・人権支配なのである。
そんなものに与するのは本物の馬鹿というしかないのである。安倍総理のカジノも、である。

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by munojiya | 2017-01-05 06:59 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
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