2017-03-21 観相術入門
「観相」というのは人相を観ることである。
「見る」はただ目に映すだけ。
「観る」は観察して洞察することである。
「人相」というのは、顔だけでなく、全身の雰囲気やその振る舞いも合わせて人の相という。

観相によって、その人の人柄が分かるのか。
その将来が分かるのか。
その末期は見透せるのか。
先の話となるとハッタリの世界だろう。「世界の終わりが近づいています」というようなものだ。

観相の入門というより、観相が実用的であることの実例がこれである。
複数人が一人の人物として振る舞っている事があるということである。
たとえば、北鮮のボスである金正恩は二人以上いるというのである。

すなわち、どの写真が金正恩なのかが判らないということである。
二枚の微妙に顔かたちが異なる、しかも素人目にも別人と直ぐ別る金正恩の写真があったとして
も、それは二枚とも影武者の写真なのかもしれないのである。
昔「森伊蔵」の影武者、おっと偽物が出回ったことがある。それは呑み手の舌が見破ったけど。

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振る舞いの観相では、平気で嘘をつくチャイナ人とチョウセン人に対して、
嘘を嫌う日本人という見方がある。
つまり、日常的に嘘をつく癖のある人は日本人ではないと観る事ができるということである。
たとえば「福山哲郎」と名乗るこの人はネットでは中国人「陳哲郎」と呼ばれている。

その振る舞いはこうだという。嘘なんか気にしない人だというのである。
庵主が見ると、日本人にしか見えないが、しゃべっているのを聞くと、多少日本語が不慣れなの
かなと思われる事もあるから、国籍はともかく、この男は日本人でないと観てもいいのかなと
思えなくもないのである。要するに、庵主には鑑定できないのである。観相無用なのである。

官報には帰化人として「昭和37年1月19日生」の「福山哲郎(陳哲郎)」が載っている。
念のため福山哲郎参議院議員の公式ホームページのプロフィールを見たら
福山哲郎(ふくやま てつろう) 1962年1月19日生まれ』(典拠)とあるから
同一人物なのだろう。どこで生まれたかは書いていないのは愛嬌というものなのだろう。

満州で生まれた日本人「なかにし礼」とか、朝鮮で生まれた日本人「五木寛之」という例は
いくらでもあるから、逆に日本で生まれたからといって必ずしも日本人だとは限らないのだが。
福山哲郎議員とか、蓮舫議員とか、白眞勲議員などは、チャイナや南鮮がスパイとして養成した
人達なのだろう。日本人には何のメリットもない議員だからである。むしろ、おっと行数切れ。

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観相にはまた、その人物が写っている場所まで観る流儀もあるようである。
その人が好んで撮影する場所をも相〈そう〉として取り込んで観るというのである。
たとえば、こんな具合に背景の様子からその人の相を見透すのだという。
皇太子一家写真の背後の壁……

これは等間隔に穴の空いた板「有孔ボード」。100円ショップセリアの「パンチングボード」
みたいですね。なぜこの壁なんでしょう?
急ごしらえのパーテンション?
何か背後をかくしているのでしょうか?

お花もかわいらしいですが、皇室なら背後に高価な盆栽や壺とか、立派な額縁にはまった風景画
とかが欲しいところですね。』(典拠米)。
高い地位の人にはそれにふさわしい背景〈センス〉が求められるのである。
それが表現できないようだと教養の欠如を窺ってしまうことになりかねないというわけである。

日本語における最高の、というかこの場合は最低のといった方がいいのか、侮蔑言葉は
「親の顔が見たい」である。
この場合もそうだが、恩を知らないチョウセン人の振る舞いを見た場合も、親の顔が容易に想像
できるので、だれも改めてそう言わないのだろう。最初から諦められているともいうけれど。

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by munojiya | 2017-03-21 05:58 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
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