2017-04-06 フォトショのお仕事
写っている人はみんな有名人の写真である。真ん中の人は分別のある人だと思ったが。
しかも2枚もある。
一枚目、そして、二枚目である。二枚目の写真はフォトショのお仕事である。真ん中の人の顔も
ひょっとして顔だけ取り替えたフォトショのお仕事なのかもしれないが。

一枚目の写真で、庵主が最初に目が行ったのは後ろの掛け軸である。
額に入っているから掛け軸とは言わないか。
扁額の中の書の線〈ちから〉のひ弱さが気になったのである。書に気合が感じられない。
庵主は洋画を観るときに、まず出てくる酒と字幕の誤字をさがしてしまう性格なもので。

書は李登輝元総裁の揮毫らしい。これで観ると清気を感じるいい字である。
庵主は観相能力もないが、書を観る能力もないのである。これが3悪人には観えないのである。
「……児童新天地」と庵主でも読める明瞭な楷書に李総統の誠実なお人柄が偲ばれるのである。
気障に、草書などで書かれた分には教養のない庵主には読めないのである。

籠池泰典さんも総裁を名乗っているから、総統つながりの書みたいである。
金閣寺の管主(でよかったか。一番偉いお坊さんの名称は)はその書を売っている。
李登輝元総統も似た様な商売をやっている様である。あるいは籠池さんは台湾人なのかも。
同郷の誼で書を貰ったものか。籠池さんはチョウセン人と確定しているからそれはないか

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この写真もフォトショかな。写真は、昔は「画像」と書いたが、今は「偽像」と書くのである。
色紙のサインに、書き手の誠実さが窺われるのである。
ラーメン屋などの壁に飾られている芸能人の色紙を見ると、だれが書いたものか名前が読めない
ごちゃごちゃしたサインのものが多い。読めても、その名前を知らないことが多いのである。

その点、このサインは読みやすいのである。しかも揮毫者は庵主も知っている人である。
横一文字というのびのびしているサインのデザインもいい。直情な心を感じさせるのである。
ただ、作家先生は読者を煽る商売なので、庵主同様、人を見抜く観相能力はないようである。
詐欺師〈くちさきおとこ〉(「さぎし」と読まないで)を教育者と見間違えている。

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写真の右側の人は昔と代わったというのである。『「彼は瓶底みたいな黒縁メガネをかけていて、
髪の毛もフサフサ。何が好きかなど、自分の
ことをはっきり言わない。証人喚問でも臆することなく答える今の姿とは別人のようで、自分の
同級生だと気づかなかったほどです」』(典拠)。「背乗り」としたらなんでも解決できるが。

でも、やっぱり変わっていないともいうのである。いったい、どっちなのか。
「彼が自身満々に話しているときに『それは違う』と思うことが多々ありました。本当は
知らないのに知ったかぶりをするんです。中身がないのに、ウソをついて外側だけつくろおうと
する。だから誰も寄り付かなくなっていましたね。当然、モテなかったです」』(同前)。

一般財団東アジア共同体研究所の理事の茂木健一郎さんて、ネトウヨ会議の広告塔にもなって
るの?
世界友愛フォーラムとか。
もうあっちもこっちもこの国はダメだは。』(典拠米)。

「この国はダメだは」は「この国はダメだわ」の間違いだろう。確かに日本語が「ダメ」である。
ネットには「チョウセン人」(日本語があやしい人はそう看做されるのである)が跋扈している
ようである。校正マニアの庵主がいう皮肉だから真に受けないように、であるが。
この人と一緒に写真を撮ると、一緒に写った人がなぜか小者に見えてしまうのである。

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by munojiya | 2017-04-06 00:03 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
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