2017-06-10 三位一体
三位一体というのは、宗教用語である。たしかキリスト教のそれだったと思う。
光まぶしき主と、その子である光さすイエスと、加えて光かがやく聖霊をいう。
中国語では、三つの光ということでそれを三光と呼ぶのだったか。(ここは嘘〈いやみ〉である)
キリスト教が通った跡にはなんにも残らないというのである。シナ人が通った先もそうであるが。

日本では、『ヤクザ、右翼、朝鮮人、これらは三位一体』(典拠)なのだという。
ソレらが通った跡にはなんにも残っていないというわけである。
「やくざ」は、数字で「893」とも書けるので、庵主はそれを「3桁ナンバー」と読んでいる。
「8+9+3=10」で「ブタ」だから博徒を「やくざ」と呼ぶのだという説がある。

ブタというのは、『役に立たない・まともでない事や物を指す』(典拠)というのである。
要するに、やくざとはチョウセン人の体質そのものだということである。
その体質ゆえに、日本人には毛嫌いされているのである。世界中でもそうらしいけれど。  
それは生理的な嫌悪感だから、知性ではぬぐえないのである。

多くの人が蛇を嫌うのと同じである。
知性や理性をいくら磨いても、蛇は好きになれないのである。
お酒では、「甘・辛・しゃん」を洒落て「三味一体」と呼んでいる。
「甘」と「辛」はわかるが、「しゃん」って、一体なんなのだろうか。

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いやいや、「甘・辛・しゃん」でなくて「甘・辛・ピン」だったか。「甘・辛・酸」だったかも。
いや、「酸・甘・ピン」というのだったか。
旨いお酒の3要素がそれだというのである。
それらのバランスがいいお酒が旨いお酒だというのである。

ほんのり甘くて、切れがよくて、酸味が美しいお酒のことである。
酸味の美しさというのはまた呑んでみたくなるそれのことである。
美人を見たら、また会ってたくなるように、それと同じ意味での「美しい」お酒のことである。
記憶に残る、せつなさ、なつかしさ、いとおしさ、のことである。それは専ら酸味によるのだ。

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by munojiya | 2017-06-10 13:45 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
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