2017-06-16 報道しない自由と自由に書く自由
BB[そのブログの主]は独自ルートからキム圭小室が、在日であることを突き止めています。
週刊誌のルートを探ってみたら、彼らも承知でした。
国もトップのほうでは、政治家役人とも知らぬ人はいないそうなの。
なのに、皆黙り込んでる。』(典拠。以下も同じ)。大本営発表の裏面が報道しない自由である。

戦後レジウムのひきずり、GHQの仕掛けた在日による日本毀損勢力に抗えない、というのも
あるでしょうが、週刊誌のほうはもっと実利的理由からみたいで、記事にしたらどこからの圧力
か、あるいは自己規制か知らないけれど、広告主が引き上げちゃうらしいのです。
それは、小和田恒のスイスにおける軟禁状態も同じこと、だとか。

週刊誌は掴んでいるのに書けない。
小和田も、あちらの出自でおまけに創○だし(雅子妃母方は部○)なんだか
日本の戦後病理の凝縮みたいな、出来事ではないかなあ。
なら、国民が精一杯眞子さまの婚約にはダウトを、突きつけなければならないと思うのね。』。

「ダウト」というより「アウト」だろう。
なぜチョウセン人が駄目なのかは欄外のエピソードの通りである。
日本人の感性から見たら「気違い」だからである。在日チョウセン人は身中の毒なのである。
アルコールも酒中の毒である。いやその毒を酒と呼ぶのか。「お酒」と「お避け」は同音なのだ。

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20年ほど前、パチンコ業界の仕事をしていた関係で某設備会社の新商品展示会に行ったこと
があります。当時はパチンコが30兆円産業といわれたイケイケの時代で、パチンコ店の設備
機器を扱う同社の展示会は一流ホテルの大会場で盛大に開かれました。イベントの1つとして
著名人の講演があり、そこに張本勲氏が登壇しました。

最初は同社の発展を讃えるところから始まった講演はそのうち雲行きが怪しくなり、日本人と
日本社会を貶め、いずれ在日同胞が日本を支配する、共にがんばろう、といったアジテーション
に変わりました。』(典拠)。
在日チョウセン人は、ユダヤ人と同様に郷に入っても郷に従わないから嫌われるのである。

昔の話なので張本氏の実際の発言は記憶しておりませんが、次第に熱を帯び大きくなる張本氏
の声とオーバーアクション、そしてそれに呼応するように千人近くの聴衆が興奮し、拍手や賛同
の声が盛んに飛び、最後は咆哮のような歓声に包まれた会場の異様さは、そのとき感じた恐怖と
ともにはっきりと覚えています。まるで民族大会のクライマックスのようでした。

パチンコ業界関係者の出身国構成比は当時3:3:2:1(韓国:中国:北朝鮮:日本&台湾)
と言われていましたが、それを身を持って知る出来事でした。
この時の光景があまりにも異様で強烈だったため、今でも張本氏をテレビで見かけるたび思い
出してしまいます。』(同前)。ネットの情報はマスコミよりも親切なのである。

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by munojiya | 2017-06-16 00:03 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
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