標題は「虎カス」ではない「虚」である。まず、この
異様な光景を見ていただきたい。
何が異様かというと、広島カープファンが「六甲おろし」を唄っているということである。
あの阪神ファンがそれで泣いたというのである。
『桧山の引退試合生で見てたけど対戦相手の巨人ファンも残ってた
『そりゃ引退試合のときはファン残るだろ敵でも』(同米)。
『たかねん 残らないのが巨人。残る方もいるが、ごくわずか。』(同米)。なるほど。
『カープファンはなぜか当たり前のように他球団の応援歌も歌えます。笑 でもそれは対戦
チームの攻撃も楽しく見れるように応援歌とかチャンテとか勉強して行ってます。』(同米)。
『いや、これ当然だから。どっかの虚カスは当然の事が出来ないらしいけど。』(同米)。
『虎の兵庫県、鯉の広島県に挟まれた岡山県に在住の私は、両球団のファンです。
(どっちかというと虎寄り。)どっちの歌でも歌ってやるぞと意気込んでいます。ま、両球団の
色(黄・赤)を混ぜ合わせたような球団は応援する気などありませんが。』(
典拠米)。
『あんたとはうまい酒が飲めそうだ笑』(同前)。
庵主はプロ野球の事情にも疎いが、嫌われている球団が一つあるようである。嫌韓ならぬ嫌虚か。
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阪神ファンの結束の強さは、これは庵主の仮説だが、阪神って在日チョウセン人のチームだから
ではないのか。阪神ファンの核心は在日チョウセン人が担っているとしたらどうだろうか。
阪神ファンのあの熱狂的応援風景はまさにソレのそれだからと思えば合点がいくのである。
阪神の正体はその心情が反日精神で、在日チョウセン人の激情をかきたてるものがあるのだ。
広島カープファンが親神(阪神に親和的な事)的なのは、広島がヤクザの本場であるように、
ヤクザといえばソレの適職だと言われていることから類推するに、広島はソレの勢力下にあるの
で阪神ファンと広島ファンは同根だから心情に通じるところがあるからなのではないか。
話は突然変わって、この唄い方にはまってしまったのである。曲は流石の古関裕而である。