2017-08-10 長崎の原爆
なぜかキリスト教に詳しいので、ご宗旨はキリスト教原理主義とも思われている宇野正美先生が
広島の原爆をこう言ったのである。
広島の原爆の爆心地は、写真では広島県産業奨励館とされているが、その辺りは実は悪場所で、
原爆は広島の人間の悪業を焼き払ったというのである。

ならば、長崎の爆心地はカトリック浦上教会とされている。
長崎の原爆もまた人間の悪業を焼き払ったのだろう。カトリックという悪業を、である。
欧米では広島よりも長崎の原爆の方が実はインパクトがあるように思います。
当時東洋一と言われた教会の真上に落として信徒ともども焼き払ったのですから。

アメ公は無辜の市民を大量虐殺したわけで
「終戦を早めた」という設定にすることでようやく誤魔化しています。
キリスト教徒にとって「キリスト教徒を大勢無差別殺害した」
という事実は彼らにとってトラウマものになるようです。』(典拠)。

当時のアメリカ人をキリスト教と見たら共食いに見えるが、当時からアメリカの正体は湯田金
だったと見れば、それはユダヤ人によるカトリック教徒に対するホロコーストなのである。
広島の爆心地にも、ひょっとしてプロテスタントの教会があったのではないか。
人類皆兄弟という発想は、アル添酒もお酒だというような杜撰な、否、危険な思想なのである。

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本文引用文のオチ。『だからと言って韓国人ではないので永遠に謝罪と賠償を要求するニダとか
そういうことは日本人の感覚には合いません。
お隣は永遠にたかり続けることが正しいことのようですけど。   
そういう卑しい人間にならないようにしたいものです。』(典拠)。

日本人とニダヤ人、おっと南鮮人が同じ人間だと言ったら、多くの日本人は違和感を感じる筈だ。
どう見たって異質だからである。ああはなりたくないからである。ソレに与したくないゆえに。
乱にあって暴動を起こす民族と、未曾有の大地震にあっても社会秩序を見だす事がない日本人の
民度が同じだと思う人はまずいないだろう。

人種の坩堝(差別用語かな)と呼ばれているアメリカも、乱にあって暴動を起こす国である。
ハリケーンが街を襲って大被害となると、大統領が被害者の救済を表明するよりも前に、
武装した州兵が真っ先に出動するというのである。
黒人らの暴動を銃器で鎮圧するためである。アメリカの州兵は自国民を撃つ軍隊なのだ。

人種差別のない自由の国アメリカというのは、人類皆兄弟という犠牲、おっとっと擬制〈うそ〉
によって支えられているのである。乱が起こるとその嘘のメッキが剥げてしまうのである。
日本の建前〈うそ〉はすぐ脱げる上着だが、アメリカのは容易に脱ぐわけにいかない鎧である。
アメリカ人とは常時その嘘を信じなければならないストレスに苛まされている人達なのである。

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by munojiya | 2017-08-10 00:04 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
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