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お通し

居酒屋に行くとお通しという名の小皿が出てくることがある。
タダなのかと思ったら、あとでちゃんとレシートに勘定がついている。
お通しをめぐってお客とお店との攻防戦になるときがあるという。
お客は、こんなものは頼んだおぼえはないと勘定を拒む。

するとお店はそれが当店のしきたりになっておりますのでと答える。
それならそうと紙にでも書いて貼っておかなきゃ分からないじゃないか。
あいすみません。
頼みもしないものを持ってきて代金を請求されても払えないよ。

お酒を楽しんでもらうための最初の一皿なので
サービスの気持ちをこめさせていただいております。
それだったらなんでこんなうまくもないものを出すんだよ。
ご注文の料理が出るまでのつなぎという気持ちでございますので。

バーになじんでいる客なら
テーブルチャージの領収書がわりだからその中身に意味はないと悟っているので、
その領収書がわりにピーナッツ(1粒=百万円相当)が出てきたりすると
今日は大枚を払ったような気分になってうれしくなっちゃうのである。

居酒屋のお客はそうは考えない。
粗末な小皿でも300円とか400円も取るからである。
それで一杯お酒が呑めるではないか。
場が変わるとお酒の価値が変わるということである。

お酒はすぐ出てくる。
いまどきのお酒は冷やしたものを平気で持ってくるから
酒瓶から注いですぐ出せるからである。
燗酒だと出てくるまでに一呼吸ある。

それでは間がもたないので
とりあえずビールということになる。
ビールも出てくるのは早い。
ビールが出てきたときになにもないのが寂しいのである。

そんなときにすでに卓上に用意されているお通しがありがたいのである。
これは酒呑みのためを思ってのお店の気持ちなのである。
それなのに300円かそこらでお店にケチをつけるなんて
酒呑みの風情ではない客なのである。

一説には、
お通しはこれから注文する料理の水準を示すデモンストレーションなのだという。
デモンストレーションというのは示威行為と訳していいのかな。
お通しがうまかったらどんどん料理も頼んでくださいという誘い水なのだという。

その説は、
そのお通しがちっともおいしくないことで粉砕されるのである。
しかもそんなものに300円などと値段がついてることで頭に来るのである。
したがって庵主は酒呑みの風情でないということを知るのである。

というのもそれはお勘定を払ったときにちゃんとレシートをくれるお店だということである。
庵主は、しっかり明細を確認してそこにお通し代を見つけるからである。
レシートを出さないというお店は、そういうことにならないように
酒呑みの気持ちを先取りして配慮しているということなのだろう。

庵主がレシートのくれるお店が好きなのは
それを貰わないと後でそこで呑んだお酒を思い出せないことがあるからである。
酔っぱらうと今呑んだばかりのお酒も忘れてしまうことがある。
レシートが出てくれば記憶が蘇ってくるのである。

庵主は酒瓶の中身を呑んでいるのではないと前に書いた。
呑んだあとの余韻が庵主にとってはお酒なのだとこれも以前に書いた。
レシートに酒銘まで書いてあるお店は余韻をたっぷ楽しめるから好きなのである。
そういうレシートだったなら、まずいお通しが付いていてもつい許しちゃうのである。 
by munojiya | 2006-02-18 22:08 | Trackback | Comments(0)

うまいお酒があります その楽しみを語ります


by munojiya