人気ブログランキング | 話題のタグを見る

接点のないお酒

うまい日本酒を知った人は
大手の日本酒メーカーが造るお酒を呑まなくなる。
正しく言うと大手メーカーが造るうまい日本酒は
入手が困難だからである。

白鶴月桂冠大関沢の鶴松竹梅と、
ナショナルブランドと呼ばれる
だれもが知っていて
どこでも買える普通酒を呑んでもつまらないからである。

いつでもどこでも均質な味が味わえるお酒を造る技術と
呑んでうまい酒とは一致しないからである。
そしてうまい酒は量が造れないから
同じ日本酒とはいってもその質が異なるということなのである。

庵主はうまい酒でないと呑めない。
大手メーカーが造る普通酒は最初から体に合わないし、
1万円クラスのお酒はそれなりにうまいのだろうが、
値段のことを考えると他の蔵元のうまい酒を選ぶということになる。

大手メーカーの高級酒は
中元や歳暮などの贈答用に使われることが多いため
値段がびったり1万円とか5千円といった
現金がわりの値付けがされている。

だからその酒質と値段が必ずしも比例しないのである。
それよりも安くてうまいお酒がいくらでもあるから
どうしても大手メーカーのお酒を呑むということは
後まわしになってしまう。

庵主と大手メーカーが造る日本酒とは
そういう事情から接点がないお酒なのである。
大手メーカーのお酒はうまくないというのが定評だが、
大手メーカーが造ったうまい酒を呑む機会が少ないということだと思う。

生産体制が機械装置を駆使して大量にお酒を造る構造になっていると
手間暇をかけてうまい酒を多少造ったところで、
そのメーカーの全生産量に占める割合は小さいから
販売にも力がはいらないのだろう。

庵主に関していうならば、
大手メーカーのお酒をうまくないという定評に与する以前に
それを呑む機会がないお酒だということである。
呑んだことがないものの善し悪しをいうことができるわけがない。

庵主が日本酒を呑み始めたころ、
今から三十年ぐらい前のことであるが、
純米酒を探してもほとんど売っていなかったものである。
ただ、菊正宗の「雅」(みやび)が手に入る純米酒の白眉だった。

当時庵主が呑んだお酒でうまいという記憶が残っている
数少ないお酒の1本である。
その味を基準にして、それを物差しにして
いろいろなお酒を呑み比べていたものである。

いまでも「雅」は百貨店に並んでいるが1升瓶で5000円である。
今は四合瓶では売られていないようであるが、
かつては2500円の四合瓶を買ってきてよく呑んだものである。
その「雅」も、もう何年も呑んでいない。        
by munojiya | 2005-04-23 22:49 | Trackback | Comments(0)

うまいお酒があります その楽しみを語ります


by munojiya