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面白い、と言ってはいけない

つい、言ってしまうのである、面白いと。
面白いという言葉は物を書くときには禁句である。
芸人の名前が思い出せないが、その芸を見てただ面白いというと怒る人がいたという。
面白いのは当たり前で、どこが面白いのか自分の言葉で語れというのである。

おかしいも面白いだし、心にしみるも面白いだし、泣けるも面白いだから、
面白いというのは何でも使えるので何も言っていないのと同じだというわけである。
文章を書くときは、好きだと書いてはいけないというのがセオリー(経験則)である。
好きという気持ちが読者に伝わる別の表現を考えるのが書き手の技の見せ所である。

吟醸酒を初めて呑んだ人が
「うぁーおいしい。まるでワインみたい」とお酒をワインにたとえることがある。
これも禁句である。
言った人は最高のほめ言葉のつもりなのだが、感想になっていないからである。

ただ、似たような美しいものにたとえただけだからである、お酒に対して失礼である。
前日の「ちょっといい話」の締めがよくなかった、面白いと書いてしまったのである。
庵主が書くお酒の感想が平面的だとすれば、彦坂氏の批評は立体的なのである。
だから、おお、こうすれば作品が浮かび上がってくるのかと知って感心したのである。

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なぜ、お酒をワインにたとえてはいけないのか。
お酒に対して失礼なのか。
ここに素敵な女性がいたとする。
吉永小百合に雰囲気が似ている女性だったとする。

それを、まるで吉永小百合みたいといったら、
その人は吉永小百合の二番煎じだということである。
その人のイメージはわいてくるが、
それは結局は吉永小百合を褒めているということなのである。

褒めるのは、吉永小百合ではなく、その女の人の魅力的なところでなくてはならない。
吉永小百合を超える、いや吉永小百合とは違う美点を讃えなくてはいけないのである。
それを、吉永小百合みたいに素敵だと言ってしまったら
吉永小百合以上の魅力がないと言っているようなものなのである。

最大限でも吉永小百合のデッドコピー(引写し)でしかないということである。
コピー(模倣品)はオリジナル(本物)よりよくなることはないという限界があるから
誰かに似ているというのでは褒め足りないというわけである。
その人の本当の魅力を何にも語っていないということなのである、手抜きでなのである。 

by munojiya | 2008-08-28 01:30 | Trackback | Comments(0)

うまいお酒があります その楽しみを語ります


by munojiya