2016年 03月 03日 ( 3 )
2016-03-03 「デモしてる暇があったら働け」
デモしてる暇があったら働け』(典拠3)。
遊んで暮らしている人が、不平や不満を漏らした時の万能解決法がそれである。
働くと、自由な時間が減るから恰好の時間潰しになる。
しかも収入がついてくるから生活が楽になるという二重の利点があるのである。

加えて、仕事を終えた後に飲むビールはうまいという余得まであるのである。
今度の不満は、奨学金の借金が負担なので無償にしてほしいというものである。
金を掛けて勉強した成果が、デモばかりやって遊んでいるというのだから、当然の結果だろう
というわけである。

志位るず牛田「奨学金、本当に無償になってほしい。正直言って、俺個人の生活に関しては
憲法云々よりも奨学金という名の借金600万の方がはるかに切実。
』(同)というのである。
強いるず、おっとっと、志位るずのメンバーは共産党が面倒を見ているのではないようである。
庵主は、てっきり共産党がきちんと援助しているものだと思っていた。援助交際なのだと。

600万円もかけて学んだ知恵の使い方が間違っているのだろう。
奨学金といえば、外国人には無償で大盤振る舞いされているからである。
そこを衝けないようでは牛田君には600万円も掛ける意味がなかったという事である。
もっといいお酒を呑まなけりゃ。そうか、学生さんにはいいお酒も呑めないのか。
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by munojiya | 2016-03-03 00:04 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2016-03-03 漫画の歴史
日本人なら、まちがいなくその洗礼を受けるのが漫画である。漫画の歴史である。
庵主は古い人だから、知っている漫画家は、手塚治虫とか、横山光輝とか、福田三郎とか、
関谷ひさしとか、寺田ヒロオとか、である。
最近の漫画家の名前は知らない。知っていてもその絵が浮かんで来ないのである。

それ以前に、最近は漫画が読めなくなってしまったのである。
かろうじで読めるのが、床屋に置いてある「ゴルゴ13」ぐらいである。
おなじ床屋にある「ワンピース」や「イニシャルD」は殆ど理解できなかったのである。
どこが面白いのかという以前に、何が描いてあるのかが判らないのである。

そもそもが判らないのだから、面白いのかどうかも判断できないのである。
いよいよ惚けて来たかと思ったら、似たような人がいるのを知って安堵した。
漫画が読めなくなったという人である。
他人の妄想に感動するよりも、自分の妄想に耽〈ふけ〉った方が楽しいからである。
                            
というよりも、齢をとると、若い世代の人が考える事がつまらなくなるのである。
感性が、だんだん鈍感になってくるという事なのかもしれない。
しかし、逆に老化する事で見えてくるものが有るのである。長生きする事の余得である。
うまいお酒を呑む。いや味わう。いやいや嗜む。出会う。有り難い故に、うまいのである。

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実は、庵主は、詩文も読めないのである。
散文の中に詩文が折り込まれているとその部分だけ読めなくなるのである。
目が泳いでしまうのだ。その部分の文字を目で追う事はできるが、意味が把握できないのだ。
ただ、メロディーに乗っているそれだけはなんとか意味が理解できるのである。

上に挙げた漫画が読めなくなった人は、外国の文化スピードになじんでしまったために、
日本の文化スピードについていけなくなったものだろう。
東京で生活していると、地方に行くと時間が緩慢に過ぎていくので、だんだんイライラして
くるようなものである。その時間の流れについていけなくなるのである。

庵主が漫画を読めなくなった理由は、ひょっとして、最近は漫画を文庫判とかA5判に印刷
された小さいサイズで読んでいるからなのかもしれない。
本来はB5判の大きさで読むものを、小さいサイズに印刷されたもので読んでも、その世界が
正しく伝わってこないのである。理解できないのはまともな漫画を読んでないからだった。

本来ならアルコール度数15度のお酒を半分の7.5度に薄めて呑んでいるようなものだ。
文庫判の活字本はスペースの節約だろうが、文庫判の漫画本は詐欺商品なのである。
度数を薄めたお酒をこれは本物だと称して売っているようなものだからである。
そういうセコいお酒では本当の味がわかるわけがない。うまい漫画を読みたいものである。

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by munojiya | 2016-03-03 00:03 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2016-03-03 半径5Mの生活では見えない風景
庵主は、半径5メートルの世界で小さく過ごしている。
いてもいなくても世の中の大勢にはまったく影響がないということである。
逆に言えば、そうやって生活していれば生きていける恵まれた環境にあるという事である。
さらに、うまいお酒には事欠かないという贅沢な生活をしているのである。身に余る幸せ。

後藤田正晴(その息子の嫁が水野真紀)が警察官僚の時に、警備の責任者を任されたという。
大勢の人出がある沿道の警備をする機動隊員にこう指示したという。
自分が任された左右3メートルの範囲だけは暴漢が飛び出してきても必ず阻止せよ、と。
隣に並んで警備している隊員の所で何が起こっても自分の持ち場から離れてはならない、と。

庵主は自分の持ち場を守っているのである。他人の責任範囲には容喙しないのである。
故に、半径5メートルの外の世界は他人の責任範囲だとしているのである。
日本に、南鮮の出稼ぎ売春婦が5万人も浸入していると聞いてもそれが見えないのである。
まして、いま世界的に流行している「難民」が日本で急増していることも知らないのである。

「難民申請をすれば手続きしている間は滞在資格を得られる」。この方法で特定活動ビザを
取得した自称難民が既に
[2016年2月時点]もう数万人。これが更新できなくなったら
日本社会はどういう反応を示すかなと関心を持って見ていますが。
』(典拠米)。
すでにそれだけの数の「難民」が浸入している事が見えてこないのである。マスコミも盲だが。
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by munojiya | 2016-03-03 00:02 | 世話物 | Trackback | Comments(0)