2017年 06月 10日 ( 4 )
2017-06-10 生理的に嫌いなものは変えられない
生理的に嫌いなものは変えられないというのである。
蛇が嫌いだという人は理屈ではなく、なぜか、生理的に嫌いなのである。
いくら「蛇は可愛いよ」とか、「これほどシンプル・イズ・ビューティフルな生き物はいないよ」
と言われても気持ち悪いのである。生理的な嫌悪感は拭えないのである。

どういう思惑で日本の国会議員をやっているのかわからない辻元清美議員は皇室が嫌いだという。
思想じゃねーだろう
自分で「生理的」って言ってんだから
生理的なものが他人の指摘や意見で変わることはないだろう』(典拠2:56)。

辻元清美議員が『皇室は生理的に嫌だ。同じ空気吸いたくない』と過去に明言しているという。
若い頃の発言なので、それから何十年もたって、今はそうは思っていない、とは言っているが、
生理的に嫌なものが、果たして簡単に変わるものか、という事である。
二日、三日で、蛇が好きになるものなのか。それよりなぜ嫌いな蛇の国の議員になったのか。

「同じ空気を吸いたくない」というのは究極の差別だろう。嫌悪の究極だろう。
例えば、もし「チョウセン人と同じ空気を吸いたくない」といったなら、相手方は劣化のごとく、
おっと烈火の如く謝罪と賠償を要求してくるのではないか。それほど極めつけの言葉なのだ。
旨いお酒は逆にお相伴である。同じお酒を分け合って呑むものなのである。実に親和敵なのだ。

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「同じ空気を吸いたくない」という人に対するアンチワードは
「だったら、息を詰めて死んだら」である。
これスレタイ詐欺じゃなくて本当に言ってたのかよ』(典拠2:19)。
息止めて死んでほしかった』(同前2:23)。

日本人がマジギレする2大タブーは食い物と皇室って事もわからないんだなコイツ
(同前2:54)。
いっそのこと「日本人であることに耐えられません」くらいのこと言ってくれよ
なんでこんなのが政治家やれるんだ』(同前2:44)。某国のスパイだから、じゃないか。

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by munojiya | 2017-06-10 14:51 | 酒の肴 | Trackback | Comments(0)
2017-06-10 チョウセン人の特徴
特徴だから、いいとか悪いとかいうことではないのである。
そこに際立った個性があるということなのである。
旨いお酒も個性なら、不味いお酒も個性である。旨い不味いは好みであって善悪ではないように。
前者は旨いという事が特徴で、後者は不味いという事が特徴なのである。

旨いお酒と不味いお酒があるけどどっちがいいか、と訊かれたら、一般的には旨いお酒の方が
無難だが、しかし、旨いからといって楽しいかというとそうではない事があるのである。
呑んでいて本当に楽しいお酒は、可愛いお酒なのである。
可愛いお酒とは、呑み手の期待どおりの味わいを楽しませてくれるお酒の事である。

女の特徴はこうだという。
大人になっても
女はすぐ泣く
女はすぐ嘘をつく

女はあることないこと陰口をいう
など子供時代よりえぐい存在になるよことである。』(典拠)。
たしかに女は面倒だなと思いつつ、「女」を「チョウセン人」に置き換えたら、そっくり重なる
ので苦笑してしまったのである。女を劣等としたら、チョウセン人も、おっと行数切れである。

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by munojiya | 2017-06-10 14:35 | 笑い話 | Trackback | Comments(0)
2017-06-10 チョウセン人の特徴
特徴だから、いいとか悪いとかいうことではないのである。
そこに際立った個性があるということなのである。
旨いお酒も個性なら、不味いお酒も個性である。旨い不味いは好みであって善悪ではないように。
前者は旨いという事が特徴で、後者は不味いという事が特徴なのである。

旨いお酒と不味いお酒があるけどどっちがいいか、と訊かれたら、一般的には旨いお酒の方が
無難だが、しかし、旨いからといって楽しいかというとそうではない事があるのである。
呑んでいて本当に楽しいお酒は、可愛いお酒なのである。
可愛いお酒とは、呑み手の期待どおりの味わいを楽しませてくれるお酒の事である。

女の特徴はこうだという。
大人になっても
女はすぐ泣く
女はすぐ嘘をつく

女はあることないこと陰口をいう
など子供時代よりえぐい存在になるよことである。』(典拠)。
たしかに女は面倒だなと思いつつ、「女」を「チョウセン人」に置き換えたら、そっくり重なる
ので苦笑してしまったのである。女を劣等としたら、チョウセン人も、おっと行数切れである。

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by munojiya | 2017-06-10 14:34 | 笑い話 | Trackback | Comments(0)
2017-06-10 三位一体
三位一体というのは、宗教用語である。たしかキリスト教のそれだったと思う。
光まぶしき主と、その子である光さすイエスと、加えて光かがやく聖霊をいう。
中国語では、三つの光ということでそれを三光と呼ぶのだったか。(ここは嘘〈いやみ〉である)
キリスト教が通った跡にはなんにも残らないというのである。シナ人が通った先もそうであるが。

日本では、『ヤクザ、右翼、朝鮮人、これらは三位一体』(典拠)なのだという。
ソレらが通った跡にはなんにも残っていないというわけである。
「やくざ」は、数字で「893」とも書けるので、庵主はそれを「3桁ナンバー」と読んでいる。
「8+9+3=10」で「ブタ」だから博徒を「やくざ」と呼ぶのだという説がある。

ブタというのは、『役に立たない・まともでない事や物を指す』(典拠)というのである。
要するに、やくざとはチョウセン人の体質そのものだということである。
その体質ゆえに、日本人には毛嫌いされているのである。世界中でもそうらしいけれど。  
それは生理的な嫌悪感だから、知性ではぬぐえないのである。

多くの人が蛇を嫌うのと同じである。
知性や理性をいくら磨いても、蛇は好きになれないのである。
お酒では、「甘・辛・しゃん」を洒落て「三味一体」と呼んでいる。
「甘」と「辛」はわかるが、「しゃん」って、一体なんなのだろうか。

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いやいや、「甘・辛・しゃん」でなくて「甘・辛・ピン」だったか。「甘・辛・酸」だったかも。
いや、「酸・甘・ピン」というのだったか。
旨いお酒の3要素がそれだというのである。
それらのバランスがいいお酒が旨いお酒だというのである。

ほんのり甘くて、切れがよくて、酸味が美しいお酒のことである。
酸味の美しさというのはまた呑んでみたくなるそれのことである。
美人を見たら、また会ってたくなるように、それと同じ意味での「美しい」お酒のことである。
記憶に残る、せつなさ、なつかしさ、いとおしさ、のことである。それは専ら酸味によるのだ。

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by munojiya | 2017-06-10 13:45 | 世話物 | Trackback | Comments(0)