2017年 06月 14日 ( 2 )
2017-06-14 この人は今の「不都合な真実2」さん
まだご健在だったようだ。アル・ゴアさんのことである。
「不都合な真実」を引っさげて登場したものの、節電を主張しながら、馬鹿広い邸宅で、冷暖房
完備の自宅ではパソコン数台を電源点けっぱなしにしていることがバレてしまい、その言い分は
気違いの戯言か、誰かの操り人形〈クチパク〉だということが見透かされてしまった人である。

再びの登場だという。
こういうのは、「おめおめと」というのか、「悪びれなく」といったらいいのか、なんとも形容
できない人なのである。日本でいえば鳩山由紀夫さんみたいな人である。
一言でほ言えば、「宇宙人」ということになるのだろう。

その心は、関わり合いにならないほうがいい、である。
この人が言ったら嘘だということが判るという点では有用な人なのである。
絶対予想が当たらない競馬評論家と同じである。
その予想した目は安心して外せるからである。

そういう嘘をばらまくことで儲かる人達がいるのだろう。
大金を掛けて嘘映画を作っても元がとれるほどの財力と利益がある人達なのである。
情弱な庵主には到底太刀打ちできないのである。生暖かく眺めているしかないのである。
お酒は嘘がすぐ判るからいい。不味い、ということでそのお酒は間違っていると判るのである。

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by munojiya | 2017-06-14 00:03 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2017-06-14 この映画が面白そう「22年目の告白」
藤原竜也という俳優は、狂気の悪役を演じたら他を寄せつけない俳優である。
日本映画が生んだ新悪役像の権化である。
これまでの日本映画の悪役は民衆の感情に根ざした悪役だった。
日本人なら、誰が見てもこいつは許せないという犯人像だったのである。

まだ、日本人なら、その心情を理解する事ができたのである。
しかし、新悪役はそうはいかない。
これまでの日本人には理解できない犯人なのである。
逆に犯人を非難するどころか、逆にもてはやす人が出る始末なのである。

新悪役像のキャラクターは、いうならば、チョウセン人のそれなのである。
日本人には理解できるわけがないのである。そんなみっともない犯人の心情なんか。
だから、映画としては物珍しいものが見れるという好奇心をくすぐるから面白いのである。
過去の日本人を引きずっていないからその違和感は科楽特奏隊に似ているのである。

お酒も過去を継承していない酒は目新しいけれども、やっぱりつまらないのである。
その藤原竜也の新作が「22年目の告白-私が殺人犯です-」だという。出来がよさそうである。
評判はいい。『どんでん返し系の映画好きだから、この映画かなり見応えあった。』(典拠)。
ということは真犯人は藤原竜也ではないという事である。心地よく騙されてみたくなるのである。

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そうそう、まずこれだけは伝えねば。
なんか割とポップに宣伝されていますが、この映画結構精神的に来ます。
終盤みてて苦しくなります。
ですので、軽い気持ちで行くの禁止。ある程度の覚悟を持って見に行ってください。』(典拠)。

裏の裏の裏をかかれ、結局騙され、知らぬ間にのめり込んでしまいました。
確かに、物語前半から飛ばしていて違和感があったが(ネタバレになりそうなので控えます)。
まさに、こんな展開ファンタッスティク。また、予告の使い方が秀逸だと感じた。先入観を植え
付けられるとはこういうことか。

普段、邦画はほとんど見ませんが、この映画はよく考えられた構成で日本らしいといえば日本
らしい映画だと思いました。こんなのコナン君でも解けるかどうか。
アクション厨の自分には新鮮な映画でした。』(典拠)。
予告に騙されてた。気分が良い。』(典拠)。その予告篇である。

仮に 実は真犯人コイツでした〜ってなっても最早驚かない役者陣。』(典拠)。
という手がかりから、役者の顔ぶれを見て「真犯人」を予想すると、大穴は「悪の教典」でも
サイコパスの犯人をやった伊藤英明か。一番怪しくない仲村トオルもちょっと臭うのである。
ならば藤原竜也が犯人の代役を演じる利益は何だったのか。やっぱり観に行かなきゃ。

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by munojiya | 2017-06-14 00:02 | 余外篇 | Trackback | Comments(0)