2017年 08月 02日 ( 2 )
2017-08-02 内海新聞
内海新聞というのは、サイト名なのだろう。
紙に活字を刷って発行している新聞ではないようだ。
ネット上の新聞を、例えば「朝日新聞デジタル」といった具合に「なんとかデジタル」と称する
のが慣例になっているから、それは「内海新聞デジタル」なのだろう。

その内海新聞のサイトが、プロバイダーによって、サイトごと削除されたというのである。
<内海新聞 アメブロ、サイトごと消すとは思わなかった>
官邸や加計学園がサイバーエージェントに圧力をかけたのか』(典拠)。
その見出しが今流行りのヒッカケ見出しでないとすれば、そういう事件が起こったという事だ。

そのサイトの中の特定の記事に、誰かにとっては都合の悪いことが書かれていたのだろう。
庵主のサイトにも、時々、特定の記事の削除要請(「送信防止措置」要請というのか)が来るが、
先方の言い分がもっともだと分かれば、当ブログは悪意をもって書いているものではないので、
即、削除ないし先方の意にそった内容に改稿しているのである。

内海新聞は、そういう手当てをしなかったのかもしれない。
マスコミに報道しない自由があるように、庶民には発言する自由があるからである。
苦情の殺到で、業を煮やしたプロバイダーが頭にきてサイトをそっくり削除したものか。
お酒なら、不味いお酒に出合っても、蔵元に苦情は入れないものである。二度と呑まないから。

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これかな。
加計学園問題は、簡単に言うと、「公金詐欺」だということ。獣医大という張りぼてで国や
自治体から2倍の見積もりでカネを合法的にもらい、自分たちや政治家で山分けすること。
教育内容の追求より偏差値の低い母集団の学生を集めて稼ぐのがビジネスモデル。』(典拠)。

今般の加計学園の獣医学部の開設に当たっては、総理はなんら関与していない、というのが
安倍総理擁護派の言い分だが、加計学園の問題は、何も昨日今日はじまった事ではないのだ。
すなわち、長い事件の中の今一瞬を捉えてこれは犯罪ではないというのは間違っているのである。
そういう物の見方を近視眼的観測というのではないのか。内海新聞は核心を突いてしまったのだ。

官房機密費に忖度したマスコミの新聞社より、内海新聞の方がずっとわかりやすいのである。
結局、加計学園の理念って「Fラン大学」「定員オーバー」「土地の無償譲渡」「2倍見積」
「天下り受け入れ」「政界工作」で「教育」という文字がないです。』(同前)。
加計学園の理念が二行で判るのである。それを報道したマスコミはあるか。忖度して書かない。

加計学園の実態はこうだという。
加計学園にはホームページで見えている理事、天下りの大物以外、多数の中小役人の天下りや
新聞社OBが「養老院」で飼われているそうです。』(同前)。
加計学園は養老院なのだという。学校利権ではなく、養老院〈あまくだり〉利権なのである。

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でも、安倍首相みたいに「法律にのっとってるから」「悪いことをしてもいい」というところ
まで、日本国民、その代表の政治家が堕落したということです。悲しいことです。』(典拠)。
それって、チョウセン人の発想なのではないか。規範が自分の内〈うち〉にないのだから。
ホリエモンと同じだ。その人は「チョウセン人だ」と仮定すると、何の不思議もないのだが。

日本に罰則のない法律が多いのは「日本人は本来道徳で動く人が多いから、幼稚にいちいち
罰則を言わなくても、自分で悪いと思うことはしないほうを期待する。そのほうが人間的に
レベルの高い姿だから」という思想が根底あるからです。』(同前)。
日本にはそれが理解できない御仁がいるのである。「御」に「チョウセン」という読みはないが。

内海新聞の読者はさらに厳しいのである。
安倍,麻生は日本の敵だ。』(同前米1)。
「あべ」も「あそう」も、「徳あ」なのである。徳のある「あ人」なのである。
自民党はまだその程度だが、民進党〈ちょうせんとう〉は「日本の癌」なのである。

2017年4月の週刊文集には、加計氏の発言として『安倍氏と遊ぶのに年間1億円ぐらい
出している』とありました。この記事のとおり年間1億円を加計氏が安倍氏に出している事実が
あれば、国家戦略特区諮問会議の議長に対する賄賂と考えるのが当然でしょう。』(同前米5)。
総理と加計氏が表面ら出てこない仕組みは内海新聞がそのサイトで書いている。なるほど。

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by munojiya | 2017-08-02 00:04 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2017-08-02 資格は「一定以上の語彙の持ち主」
皇室は外国に出すな、という説もあるのである。
悪用されかねないからである。
昭和天皇がチャイナ国を訪問したときがそれだったのである。
仕組んだのは福田赳夫総理だったか。

その見返りに、福田さんがチャイナ国からいくらお小遣いを貰ったものかは聞いていないが。
皇太子と同妃だけは外国に出さない方がいいというのは正論のようである。
外での行儀が悪すぎるというのである。
マスコミはなぜその「真実」を報道しないのか。

個人に、海外取材はできないが、大新聞社や大TV局なら、それぐらいの費用と取材陣は容易に
準備できるはずである。それを記事にする意欲とその能力がある人がいないのか。勇気もか。
マスコミはそういう状態なので、ネットから正論を探して読むしかないのである。
例えば、こういうサイトである。

海外に行っていただきたくないのです、皇太子と雅子妃。恥ずかしいのです。目を伏せます。
ちなみに反論は受け付けますが、一定以上の語彙の持ち主にお願いします。
感情だけの幼稚な罵りは不毛だし、うざいので。』(同)。
一定以上のうまさがないお酒を呑んでも甲斐がないのと同じである。語る楽しみもないのである。

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人並みの頭脳があれば、仮に心情的に東宮批判を苦々しく思ったところで、
擁護は無理とすぐわかるはず。』(典拠)。
見ぬもの清し、という。ここは見ぬもの聖し、か。知らない方が幸せだという事もある。
お酒がそうである。どんな造りをしているか判らないのである。

旨いお酒も、なまじ知らない方がいいのかもしれない。
それが本当に実在する(馬から落馬か)と知ったら、もっと旨いお酒を呑みたくなるからである。
しかもその期待が容易に叶えられるから困るのだ。お酒がやめられるなくなるのである。
皇太子と同妃の振る舞いについてはそのサイトに詳しいのである。こりゃ、だめだ、と。

言わずもがな、天皇陛下は日本国神道の最高位の神官です。ところが
その後を継ぐべきお方が、伊勢の神宮すら忌避され、雅子妃は鳥居をいっさいくぐられず、
名だたる神社の神饌料さえほぼお出しにならない、「神様嫌い」ぶりが露骨。
なんなんですか、[東宮の]この有り様は。』(同前)。

神饌を捧げるのに、天皇陛下はじめ秋篠宮の名札はあるのに、東宮の名札だけがないといった事
が本当にあるらしいのである。
創価学会員は意図して鳥居を潜らないという事を聞いたことがある。雅子妃はそれなのかも。
クリスチャンの皇后陛下とか、皇室は宗教の坩堝化しているのである。真剣にやってほしいのに。

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by munojiya | 2017-08-02 00:03 | 世話物 | Trackback | Comments(0)