2017年 08月 08日 ( 1 )
2017-08-08 物事には表と裏がある
一つの出来事の解釈には相反する膾炙が可能だということである。
昔、長岡鉄男というオーディオ評論家がいた。
オーディオ評論家という商売があったのである。今もあるかも知れないが。
その長岡鉄男が言っていた。

オーディオ機器の改善と称する工夫は、それを音を良くするための改善と解説することもできる
が、それを、却って音を劣化させる事につながる改悪であると解説することもできるのだと。
オーディオ趣味というのは独りよがりを楽しむ趣味のようなのである。趣味だからそれでいいが。
お酒も似たような趣味だから、いい酒を同時に悪い酒だと言うこともできるのである。

「獺祭/磨き二割三分」を美酒ともいえるが、究極の罰当たり酒だとも言えるのである。
昭和天皇が重い病床にあるとき美智子妃殿下は陛下の部屋に入ることが許されなかった。
そして意識が無くなり臨終が近づいたとき、ようやく入室を許され美智子妃殿下は部屋の隅に
一人膝まずき一心に祈ったということです。

たしかサンデー毎日に掲載されて少女時代の私はなんて残酷な皇室の人々。美智子さまを除け者
にして会わせなかったんだ。いや、しかし意識あるうちは、ということは昭和天皇は美智子妃
殿下を認めていなかった、遠ざけていたのか、と思いショックを感じました。』(典拠米)。
少女の理解は間違っていたのである。本当は逆だったのだと、大人になって気付いたという。

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引用した文章には、その前後にある文章を省略してある。次の二文である。
『[美智子皇后は]立后会議を飛び越えて皇后になってしまわれた、と初めて知ることで自分の
中で符合したことがありました。』(典拠米)。
改めて美智子様は昭和天皇にとって息子の妻、ただそれだけ。
未来の皇后ではなかったのですね。納得いたしました。』(同前米)。

大人になって真実が見えてきたというのである。異教徒に呪われても、おっと祈られてもねぇ。
物事の「表」と「裏」というのは、敢えて言えば、「子供の解釈」と「大人の解釈」という事だ。
どっちが正しいというよりも、見た目を素直に信じる事を「建前」といい、その裏側を詮索する
事を「邪推」と呼ぶのである。邪推は大人の楽しみというわけである。

一応精米歩合50%だから規格上は大吟醸酒で、アルコールを添加していないから純米酒だと
称する、安いけれど、呑んでも、うまくもなんともない、見掛けは立派な純米大吟醸酒がある。
大人は邪推するのである。なぜ、こんな中途半端な酒を純米大吟醸と称して売るのかと。ただの
特別純米酒ではないのかと。その程度の酒を造る大手酒造会社の製造技師に同情するのである。

純米大吟醸酒とは、杜氏の矜持を掛けたお酒だからである。
一口含んだ時に、明らかに旨いと感じさせる気合がこもっているお酒の事をいうからである。
精米歩合50%以上で、かつ吟醸造りをしたお酒というのは純米大吟醸の最底辺の定義であって、
その呼称は、杜氏の矜持に委ねられているものなのだ。「田酒」の純米酒にも及ばない酒を。

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邪推をすることを「差別主義」と呼ぶ場合もあるのである。
アメリカの白人少女が化粧をして着物を着ていることにかみついた人がいるという。
日本の着物を着る事は、アジア人に媚びる行為だから「アジア人差別」だというのである。
「アジア人」って、「差別される人」という意味だったのか。

もともと「アジア」という言葉、ヨーロッパの白人文化以外のその他もろもろという意味で、
その他諸々だから、そこに地理的な共通点以外の共通点はないのである。
日本はアジアかと聞かれたら、定義に従って言えばアジアではあるが、日本人とチャイナ人や
チョウセン人とは何の共通性もないのである。親日日本人と反日外国人のどこに共通点があるか。

「アジアは一つだ」と言う人は、糞と味噌は同じだと言っているようなものである。
その杜撰な感性がきったないのである。日本人が嫌がる不潔なのである。
日本人は、お金を積まれても、チャイナ人やチョウセン人やモンゴル人にはなりたくないのだ。
美意識が違いすぎるからである。

差別というのは、白人やチョウセン人が非白人や非チョウセン人に対しる振る舞いをいう言葉
なのである。ユダヤ人とチョウセン人が世界中から嫌われるのはその振る舞いによるのである。
このクレームほぼ間違いなく韓国人。本音は、外国人(特に白人女性)が、日本の文化(特に
着物)を喜んで受け入れているのを見て嫉妬しているのだろう。』(典拠米)。ご明察である。

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こういう写真も、見方は二分するのである。
客観的には、プーチン大統領が大雨の中で傘を差さずに突っ立っている写真である。
戦没兵士の慰霊式典の時の写真だという。
一つの見方は、プーチン大統領は立派だと見るものである。

どうしてプーチンは傘をささないのか。傘を忘れたのか。傘が嫌いなのか。
どうして傘をささなかったのかと尋ねられたプーチン大統領は、
第二次世界大戦中、ロシアの兵士はどんな天候だろうと昼も夜も戦った。
人々はそこで暮らし、そこで死んだ。それはとても恐ろしい状況だ。と回答。

また、式典の際、私は何かを考えていたわけでも、決断を下したわけでもない。
頭の中に「こうすべきだ」という思考が浮かばなかった。[贋プーチンなので知恵がないとか]
それは決しておかしなことではなく、私たちは砂糖でできていないし溶けない。予期せず雨が
降ったが、雨は突然降るものだ。と語っている。』(典拠)。天気予報もできない国なのか。

それに引き換え、うちの野田聖子は、とそのサイトは語るのだが、それは措いておいて、
その写真を見て、ロシアには大雨に耐えるまともな傘がないからだとも見る事ができるのである。
それ以前に戦没兵士の慰霊式典が大雨だという事は、小学校の校長先生の論理でいえば、ロシア
は戦没兵士に呪われているという事である。日頃の振る舞いがよければ天気は晴れるものだから。

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ものの見方には、異角があるのである。
雨に降られても髪型の変わらない唯一の大統領』(典拠)。
そもそもその「プーサン大統領」が本物かどうかも判らないのである。
雨濡れ要員の影武者だったのかもしれない。それだったらあざとい演出にすぎないのである。
一方、日本の皇室という写真がある

雨ならシャワー代わりに、なるが、雪だとこれはかなり冷たいのである。
その吹雪も日頃のお二人の振る舞いのせいになってしまうが、そこまでは考えずに、素直に公務
に精励されるお二人のお姿に責務の輝きを見るのである。『紀子様この時妊娠中』(同前)。

『岐阜県で消防団員が土砂降りでずぶ濡れになってもテントの中で雨に打たれることもなく観覧
してた野田聖子はトップの器ではない。本当のリーダーなら自らテントの外に出て雨に打たれる
ものだ。』(同前)。『野田聖子の今の旦那は韓国料理店をやってるような怪しい人だからなぁ
日本人のためにずぶ濡れになるなんて嫌なんだろうよ』(同前)。自民党もみんなチョウセン人。

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プーチンは、ノルマンディー上陸作戦記念式典で、原爆の映像が出た時、各国首脳の中で唯一
十字を切ったからな[その時はまだ本物で、その後暗殺されて今は贋プーチンという説がある]
一方オバマなガムを噛んで拍手をしていた』(典拠)。

『トランプはアーリントンの無名戦士の墓に詣でている。
プーチンもクレムリン横の無名戦士の墓に詣でている。
日本の首相も千鳥ヶ淵へ行けばいいだけ。
靖国とか言い出すからもめる。』(同前)。千鳥ヶ淵には霊性がない不毛の空間なのである。

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by munojiya | 2017-08-08 00:04 | 世話物 | Trackback | Comments(0)