2017年 09月 04日 ( 2 )
2017-09-04 スター誕生
スター商売というのは、庵主のような神経が細い人間にはできない商売なのである。
もし、自分が「山崎郁三郎」だったなら、こういう指摘〈コメント〉に耐えられるか、である。
山崎育三郎を人気者にしようと東宝が頑張っているけど、所詮は小物だからなあ、歌も下手で
はないけど舞台で見ると魅力ないしなあ、なんで持ち上げるのかわからないけど』(典拠)。

人気者〈スター〉というのは、夢を見る商売なのかもしれないが、同時に、自分の現実を
思い知らされることになる商売なのである。
TVドラマの主役を張っているのに、その評価は『所詮は小物だからなあ、歌も下手ではない
けど舞台で見ると魅力ないしなあ』と言われて動揺しないか、ということである。

庵主ならだめである。そういうことに耐えられないのである。
自分が見ている鏡と、他人が見ている自分の姿とはそんなに違っているのかとがっかりして
しまうからである。人の言葉は心に刺さるのである。言葉という凶器に耐えられるか。
庵主は耐えられないのである。そういう凶器の言葉を「寸鉄」と言うのではあるが。

後に大スターになる人も、最初は小物なのである。ケチは見返してやるためにあるのである。
それが化けてスターになる。多くの人がその人に期待をすればスターの貫祿がつくのである。
お酒も最初は、呑んでもどおってことのない味わいだが、ときには搾った時が一番おいしかった
というお酒もあるが、旨いお酒は、そういうお酒が呑み手の期待に応えて化けたものなのである。

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庵主が初めてそのステマ記事で知った山崎育三郎という俳優はミュージカルスターなのか。
「育」の字を見るとつい、チョウセン人好みの漢字だなぁと思ってしまうのは、ネット中毒に
よって無意識に生じる前提条件を無検証で受け入れてしまったために起こる症状なのである。
ネット中毒というのは、ネットの嫌韓記事ばかり読んでいるとそうなるという事である。

前提条件の一。芸能界はチョウセン人が跋扈する、おっと活躍している世界である。
その世界での人気者なら、きっとそうなのだろうという邪推である。
前提条件の二。ジャニーズのタレントはみんな在日チョウセン人である。
そのジャニタレの重岡大毅と山崎育三郎はよく似ているといわれている、とされている。

ということは、その二人は同類なのだろうという推論である。
庵主の推論は杜撰で、結婚は同民族でするのが普通だから、チョウセン人の南果歩と結婚した
渡辺謙もやっぱりそうなのだろうと推論してしまうのである。
山崎育三郎主演のTVドラマはミュージカルが売りで、最終回は総勢50人で踊るという。

ミュージカルシーンというのは、夢見る物語の事である。
醜い、もしくは見たくもない現実を夢〈うそ〉で覆い尽くす唄って踊っての華麗な場面を映画で
はそう呼んでいる。本来の技法は、現実の見るに忍びない事柄を映像的に美しく表現して、その
現実をさりげなく晒すというものなのである。そのTVドラマにその現実は描かれているのか。

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by munojiya | 2017-09-04 04:03 | 余外篇 | Trackback | Comments(0)
2017-09-04 愛を告白されることは迷惑
知らない人から、あるいは知っている人からでも、自分の意に副わない人から「愛している」と
告白されることは迷惑だという恋愛話である
相手によってはそう言われてうれしい場合もあるが、多くはその逆なのである。
島倉千代子なのである。

♪ 想うひとには嫁がれず 想わぬひとの言うまま気まま』(典拠)である。
庵主が欲しい絵は高くて買えず、庵主が買えるような絵には欲しいものはないのと同じである。
好きな人は相手はそうでなく、好きでない人に惚れられてもしょうがないようなものである。
幸いなことに、お酒はそうでないのである。

好きなお酒は、庵主の呑みたいという希望をちゃんと叶えてくれるのである。
ただ、そういう旨いお酒に出合えるかどうかという事だが、これまた幸いなことに、庵主は
そういうお酒と出合う機会に恵まれているのである。
それを酒徳と呼んでいる。旨いお酒との機縁に恵まれていることを、である。

知らない人から愛されて一番困るのは「神様」だろう。
愛を売り物にしている宗教は迷惑以外の何物でもないのである。
日本人は、よくチョウセン人から愛されてしまうのである。
ね、知らない人から一方的に愛されるということはこの上ない迷惑でしょう。

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国家資格の告白士という権利ビジネスのチャンスか
3級告白士から告白は可能で
士の資格取るのに試験3万円の講習一週間5万円の
士の維持に年1万2千円のだな
 
で5年ごとに更新料2万円くらいか
あっ消費税別な』(典拠)。
どこかで、聞いたことのあるようなビジネスモデルだと思ったら、
「き(口篇に利)き酒師〈ききさけし〉」の資格がそれに似ているのだった。

自分はひょっとしてモテるのではないか、という誤解から不幸〈ストレス〉は始まるのだ。
愛はまた、好きでもない人から、「好きだ」と言われてもストレスになるだけなのである。
そういうストレスを「迷惑」と訳すのである。
日本人はチョウセン人によるストレスに日頃から苛まされているから、それは実感である。

愛というのは相手と気を交わす快感のことだが、人を相手にすると相手の感情もあって煩わしい
が、それがお酒相手だとそこに煩わしさがないからいいのである。
人気商売というのは、すなわち、顔を売る商売というのは、相手からの一方的な愛を引き出す
商売だから、そういう人達のストレスは大変なのだろうなと同情するのである。

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by munojiya | 2017-09-04 00:04 | 世話物 | Trackback | Comments(0)