2017年 09月 11日 ( 1 )
2017-09-11 歌を唄う
水森かおりが唄う「悲しみ本線日本海」である。
泣けます。サビの部分の「あなた」をメゾピアノで歌い「泣いてくれますか」フオルテシモで
歌うあたり私の心を揺さぶり、しびれ、涙がでます。』(同米)。
念の為、森昌子が唄う「悲しみ本線日本海」を聴いてみた。水森の圧勝である。

森昌子の歌は、それを一曲だけ聴いたら、充分に上手いのである。なんでも器用に唄いこなして
しまう森昌子なのに、しかし、水盛のそれと聴き比べると、物足りないのである。
めりはりがないというのか、貶す所もないが印象に残る所もないという唄い方である。
庵主がいう「いいお酒」もそれなのだ。その前にあるぐっと抑えた言葉は「どうでも」である。

で、水森の歌に共感したので、同じ水森が唄っている「池上線」を聴いてみたのである。
かおりちゃん オリジナルの様な心に迫るものが無いねぇ。カバーだからって 手抜きをして
居るとはかおりちゃんの事だから絶対に思っていませんよぉ〜。でもね、カバー曲ほど歌唱力を
問われる物はないんだよ。だからねぇ、オリジナル以上に歌い回して下さいねぇ。

いつも応援していますネェ。アッ俺ぇ68歳だから。歌い回すって、わかるかなぁ。歌唱力の事
だよぉ〜。2017年2月28日(火)午後14時18分』(同前米)。
庵主と同じ年頃の人の感想である。分かるのである。上手だけで歌は唄えないよ、というわけだ。
お酒は時と場合で美酒・駄酒・いい酒を呑み分けるように、歌も唄いわけが肝心なのである。

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「池上線」は森昌子も歌っているが、水森の「池上線」より、ずっといい。上手いとは書かない。
ただ「いい」のである。その前に「どうでも」が付かない、素直に悪くないという意味である。
感情過多の水森の歌い方に比べて、淡々と歌っているから聴いていて静かだからいいのである。
「池上線」は感情を押しつける歌ではなくて、感情に共鳴する歌だからである。

「池上線」は感情の起伏は伴奏がやってくれるのである。
歌は、その心の乱れを抑えようとしてただ淡々と奏でるだけでいい。唄わなくてもいいんだよ
水森の「池上線」は編曲がそういう意味では弱いのも、森の「池上線」に負けている理由である。
でも一番いいのは西島三重子のそれである。編曲と歌の不安定なバランスが絶妙にいいのである。


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by munojiya | 2017-09-11 00:04 | Trackback | Comments(0)