2017年 09月 13日 ( 1 )
2017-09-13 「極秘情報」というギャグ
ウディ・アレンという、多分気違いに近い人なのだろう、俳優・映画監督がいる。名言家だった
その人が作った映画は、都会人のセンスにあふれているという事でそれが分かる人には好評なの
だが、庵主はその映画を何本か見たものの全然その面白さがさっぱり分からなかったのである。
すなわち、庵主は都会向きの人間ではないという事なのである。その前に映画が分からないのか。

そのウディ・アレンの名セリフが庵主は好きである。
「私が会員になれるような倶楽部には、私は入会したくない」というものである。
それを自虐的セリフの最高峰と見ていいものか。「健康のためなら死んでもいい」を凌駕する。
あるいは自己愛〈ナルシシズム〉の最高表現と見るべきなのか、戸惑うところである。

俺は、下賤なお前らとは格が違うんだぞという矜持というか強烈な自己顕示欲の表白である。
そのセリフは応用がきくのである。
「私と結婚したがる女とは、結婚しても甲斐がない」という一生無縁の孤高主義や、
「私が読めるような本なんか、読んでも何の役にも立たない」という具合に使えるのである。 

ただ、お酒に関しては、庵主の所にやってくる旨いお酒は、分を弁えずに有難く頂くのである。
「極秘映像」なるものがネットで見ることができる。これである
「庵主が見ることができる“極秘”映像なんか、見たってしょうがない」、それステマでしょう。
「庵主でさえ知っている“陰謀論”なんて、知ってもしょうもない」。却って恥ずかしいだけだ。

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ウディ・アレンの名セリフの原文があった。
それは『私を会員にするようなクラブには入りたくない。』(典拠)と訳されていた。
I’d never join a club that would allow 
a person like me to become a member.』(同前)。

庵主の記憶の中のそれとは微妙に違っていたのである。
「私が呑めるようなお酒なんか呑みたくない」といった感じであるが、それを実践したら、
旨いお酒が呑めなくなるという事なのである。禁酒をしたい人にとっては格好の言い回しである。
酒なんかに呑まれてたまるか、と己の意志を高く評価して矜持をくすぐるセリフだからである。

「私と結婚したがるような女とは一緒になりたくない」とか、
「私が読めるような本は読みたくない」とか、
「私が買えるような絵は欲しくない」とか、
「私が見てわかる映画なんか観たくない」などと使える言い回しなのである。

それは、どれも、俺は俗塵には染まりたくないという事だから、気違いの発想なのである。
それらは要するに自己否定だから、精神的な病気だという事である。
即ち、同じ伝で「私の口に入るような食い物は食いたくない」と言って、それを実践したら餓死
してしまうのである。自分には生きる価値がないという絶対矛盾下にある狂気の発露なのである。

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by munojiya | 2017-09-13 00:03 | 世話物 | Trackback | Comments(0)