2017年 09月 21日 ( 2 )
2017-09-21 クラウドという罠
「クラウド」という言葉を初めて聞いた時には、庵主はそれがイメージできなかったのである。
パソコンが出始めたころ、それは何に使うものなのか分からなかったように、である。
すぐに、それが便利だということに気付いて、さっそくシャープMZ-80を買ったのである。
以来、いまはバソコンがなければ生活できないようになってしまった。

昔は万年筆で手書きにしていた文章はすべてワープロで書いている。
確かに便利なのである。しかし、それには大きな罠が仕掛けられているということである。
ワープロで書いた文章は、機械の障害が起こったら読み出せなくなるのである。
核爆弾が爆発すると強力なパルスを発するが、それで電子データーが飛んでしまうという。

そうなったら、それまで書きためた文章は二度と読むことができなくなってしまうのである。
紙の原稿用紙に書いておいても、戦災などで焼失したら同じ事か。
電子データーが消えるということは、記憶をなくしたのに等しい喪失感をもたらすのである。
庵主は、HDDが読めなくなったときにその絶望感を二度経験しているのである。

クラウドの罠はこうである。『実は流失した写真は斉藤か開業医のどちらかがネットにクラウド
保存していた画像が外部からハッキングされた可能性が高い。』(典拠3:24)という。
クラウドはデーターの秘匿性を放棄する「便利」なのである。そんなものは便利といえない。
お酒はクラウドに保存できないから、出合ったら即呑んでしまうものだからいいのである。

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クラウドから不正にハッキングされた画像だとしたら、それを知ってそういう不法な画像を雑誌
に掲載した人は犯罪の共犯ということになる。
つまり雑誌のその報道は犯罪行為だということなのである。
野心的で有能な弁護士がいたなら、斉藤由貴は雑誌社からたっぷり慰謝料を取れそうである。

斉藤由貴の不倫報道のタチが悪いのは、相手の開業医の名前を出さないという事である。
不倫というのは必ず相手がいる事なのだから、その二人は言うなれば“共犯”なのである。
共犯の片一方だけを、不正に取得した「嘘画像」で糾弾するのは間違っているのである。
悪意のある報道で使われた「写真〈しゅだん〉」は「嘘〈いほう〉」といっていいのである。

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by munojiya | 2017-09-21 00:04 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2017-09-21 映画を観るという事、それは自殺行為に等しい
ここに一本の映画がある。
「スペースバトルシップ」と英語で書かれた「ヤマト」である。
西崎義展(故人)の当たり狂言である。
何度も、何度も、あきもせず、繰り返し、しつこく再演されている。

そういうドル箱映画が、こうしてネットで只で観ることができるのは、そこにチャイナ語の字幕
がついている事で分かるように、チャイナ人が、著作権法なにくその精神でネットに掲上した
からだろう、と思われる。この映画を世に広めたいという熱い情熱のほとばしりなのだろう。
しかし、これは、思うに、おそらく、著作権法違反の“コンテンツ”である疑いが強いのである。

常識的に考えれば、どうもそうらしいそんなものを見てもいいものか、著作権法に楯突くのか、
と言われても、しかし、庵主は著作権法を気にしないタチなので全然平気なのである。
日本国憲法の精神がしみこんでいるからである。すなわち、世の中に我が国に仇なす好戦的な
諸国民がいるわけがないという前提を信じている(振りをしている)からである。

つまり、世の中に著作権法を蔑ろにする悪い奴がいるわけがないという信頼に基づいて、この
コンテンツが違法である筈がないという思いから、それを自由に観ることは基本的人権の快楽権
の実現に合致するという判断によるのである。しかし、それが罠なのである。
お酒が、一見、いや一含みするとうまいと感じさせられるように、である。酒は毒なのだから。

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いま午前9時30分である。
うっかりアクセスしたそのコンテンツは、上映時間が『2:18:07』(典拠)もある映画
なのである。
いまは、自宅で、映像盤を再生して観る事が多いのでそれを「上映時間」と呼ばないのか。

「再生時間」とか、「所要時間」とでも呼んでいるものかは、テレビがない庵主にはどうでも
いいことではあるが、ネットでも観るその「鑑賞時間」は庵主にとっては自殺行為なのである。
今それを再生すると、観終わった時には2時間18分の時間が消えている事になるからである。
若い人にとっては無限にあると思えている人生の時間も、老齢の庵主には有限のそれなのである。

すなわち、これを観るということは、残り少なくなった時間から、そのうちの2時間余を無為に
捨ててしまうという事なのである。
それが面白い映画だったとしても、観終わったときには、時計の針は11時半を回っている。
〈うち〉で、時計を見ながら観る映画は異常に長いのである。

そして、観終わると2時間が消えてなくなっているのである。これは3S政策である。陰謀だ。
日本人から、貴重な思考時間を奪ってしまう湯田金の陰謀なのだと嘯いてみたくなる。
その2時間を捨てるだけの価値があるのかと思うと、どんな映画でも、しょせんは他人が考えた
嘘っぱちなのだから、洗脳される意外のさしたる価値はないのである。

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洗脳とは、時に、だれかにとって都合のいい常識を植えつけられるということである。
例えば、南鮮では、大韓民国は、戦後、戦後である、すなわち1945年以後に日本と戦争した
いうのが常識なのだという。そう教え込まれるからである。それは洗脳といっていいだろう。
噴飯をとおりこして憐れを催すしかないが、それは日本に牙を向ける危険な常識なのである。

南鮮のそういう常識と似たような常識が、日本人にも施されているのである。
それを「嗜虐史観」と呼んで、間違った常識からの解放を叫ぶ人もいる。
同じ日本人にも、共産主義という常識に毒されるている人が少なくないのである。
共産主義というのは、その理想が成就したら地獄の始まりという思想である。

狂っているのだ。未来に希望がない常識なのである。
未来は、希望にあふれていないと面白くないのである。
人は夢がないと生きていけない。その夢を自分から潰してしまうのが共産主義なのである。
利口な人は信じないように、あるいは卒業するように、そういう狂っている常識もあるのだ。

「ヤマト」もまた、狂った常識を押しつけてくる、いな、さりげなくしみこませてくる湯田金の
陰謀の一つである。そもそも宇宙戦艦をなぜスペースバトルシップと呼ぶのか。ここは日本なのに。
かつ、宇宙で戦う戦艦なのになぜ防御装備が甲板の上にしかないのか。上も下もない宇宙空間で。
悪の宇宙人は艦底側からは攻撃してこないのか。ヤマトはそもそもが欠陥戦艦なのである。

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4日前[すなわち、2017年9月16日の事である]
こーゆーのってアップロードしてええの。』(典拠米。以下も同じ)。
「こーゆーの」というのは、案外、こっちの事をいっていたりして。
駄作、新解釈ストーリーに無理がある。

精神体に進化してる生命体がなんで遥か銀河をまたいで征服しなければいけないのかな。地球を
ガミラスと見立てたら進化具合から行くと火星移住が快適で普通だがな。太陽系が消滅の危機
ならほかの銀河に候補地が沢山あると思うがね。』。宇宙戦艦ヤマト世代の私らからすれば
実写版ヤマトはまったくの別物、キムタクは相変わらずの演技だし観る価値無い』。

ただ、映画を観るだけなのに、著作権に気を使ってしまうのが、日本人の真面目な所なのだ。
中韓人(「ヤバンジン」と読むのではない、「ちゅうかんじん」と読む)は気にしないのである。
駄目だよ、本当はね。中国人がやってるから分からないだろうけど。』。
それ分かってて見るのも犯罪やぞワロタ』。

台湾か中国の方なので構わないでしょ〜、ってか。笑。』。
あいつらは野蛮人だから聞き分けがないという事を建前にして、本当は、親切〈ものずき〉
日本人の仕業なのかも。建前を繕うために、わざわざ支那語や朝鮮語の字幕を付けていたりして。
観ても犯罪とか迷惑すぎ[る]ぞ。』。同感。『てか、すげー豪華キャスト笑』。映画が重い。

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by munojiya | 2017-09-21 00:03 | 世話物 | Trackback | Comments(0)