2017年 11月 08日 ( 2 )
2017-11-08 「セックスは終わりの始まり」
二律背反という。二つの事が同時には成立しない願望のことである。
思いっきり酔っぱらいたいけれど、量は呑みたくないという場合である。
盃1杯では酔いは回らない。その二つの願望は両立しないのである。
さて、ラジオで聴いた恋の相談である。

夫とは仲はいい三十代女性が、二十歳年上の人に恋をしたという。
時々二人だけで逢って話をする仲になったという。
肉体関係はないが、それに類することはしているという。
それでいま心がトキメイているというのである。

そういう彼ともっと仲良くするにはどうしたらいいかというのである。
そして、この禁断の恋をこの先も続けるにはどうしたらいいのかという相談である。
恋は酔っぱらっている状態と同じである。
さめると馬鹿馬鹿しいのだが、その最中は楽しいのである。自縛から解放された状態だから。

で、回答は、「これ以上仲よくなったら、それは心トキメク恋ではなくなってしまう」という。
「恋をし続けたいのなら、仲良くなってはダメだ」というのである。非日常と日常は両立しない。
そして「セックス(成就)は恋の終わりの始まりになるのだ」と。それが日常になるのだから。
セックスの一歩手前が一番トキメクというのである。もう一杯の一歩手前が一番おいしいように。

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二律背反といえば、中韓人の日本侵略発想がそれである。
中韓人は、今の日本が理想的なので、すなわち住みやすいので、どんどん日本に移住して日本を
乗っ取ってしまえと思っているようである。
しかし、中韓人が跋扈する日本になったら、それはもう今の日本じゃなくなってしまうのである。

今の、中韓人が憧れる日本は、中韓人のような野蛮人がいないという事で成り立っているのだ。
日本人の清潔文化(伝統風習)があるから日本なのである。
それがない、というより、日本人とは逆の不潔信仰の中韓人に占領されたときには、日本の国土
はもう日本ではなくなってしまうということである。空気が濁り、川が汚れたきったない日本は。

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by munojiya | 2017-11-08 00:04 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2017-11-08 「エタ」という言葉
北海道では「部落」という言葉に差別の意味はない。
ただ単に田舎の小さい集落という意味である。
それが“内地”に渡ると、とりわけ関西になると禁断の言葉になるようである。
庵主が40年ぐらい前に初めて奈良に行ったときに見た街中の立て看板にこう書いてあった。

「部落差別はやめましょう」
やめましょうといっているのだから、現に盛んに行なわれてるというなのである。
何も行なわれていないのに、それをやめましょうという人はいないからである。
「宇宙でオシッコをするのはやめましょう」という立て看板は立てても意味がないからである。

「飲酒運転はやめましょう」に類した標語やポスターはよく目にするのである。
その実態がなかったらそんなものを掲げるわけがないのである。
部落民を「エタ」と言う事は「橋のない川」で知ったのだったか。本は読んでいないから映画か。
庵主の今のワープロの辞書では「盲〈めくら〉」同様、「えた」は一発で漢字に変換できない。

最近、司馬遼太郎と村上春樹はどうやら穢多(エタ)らしいとわかってきたのです。穢多に
共通している点は国家がありません。司馬遼太郎には国家という概念がありません。』(典拠)。
その人はどうやってそれが分かったのかは書いていないのである。
「国家」といい、「恩」といい、「恥」という概念がない人達がいるという事である。

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李氏朝鮮時代は支配階級の両班が威張っていて、借金でお金が返せなくなると、常人のところ
へ来て「おい、お金を出せ!」と言います。常人が「お金が無い」と言うと、「お金がないなら、
娘をもらっていくぞ」と娘をもらって牢獄に入れてしまうのです。お金ができるまで毎日ぶっと
ばすのです。

金をつくってくるまでバチバチぶっとばすのです。その話が親族に入ると親族はどんなことを
やっても金をつくって釈放してもらうのです。そのような社会です。
このような朝鮮人の悪習慣をみんな日本人が止めさせたのです。死刑の方法もこれ以上ない残酷
な方法で罪人を死刑にしていたのです。

中国もそうです。生きながら肉を削いで本人の前で刺身にして食べるとか、この世とも思えない
方法で死刑にしたのです。拷問を禁止したのも日本です。日韓併合したのですから、そのような
悪習慣は止めなければいけません。近親相姦も止めさせて、「白丁を苛めてはいけない」という
ことを教えたのは日本です。近代国家としてそんなことをやったら笑われます。

そのことも[南鮮の]教科書ではウソを教えているのです。銃剣をもって日本の軍部が押しかけ
てきて、「お前ら今日から奴隷にする。従わない奴はぶっ殺すぞ」と言ったのが日韓併合だと
いうのです。これは事実ではない大ウソです。』(典拠)。
嘘をついても恥ずかしくないという文化の人達と日本人は共生できないのである。

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どうみても朝鮮人は人間ではありません。日本政府も「しまった!」と思ったのでしょう。
朝鮮人がこんな悪習を持っているとは知らなかったのです。もう日韓併合をやってしまったの
ですから、仕方ありません。「なんとか朝鮮人を直していかなければいけない」と思って教育
したのですがダメなのです。

福沢諭吉は「中国人と韓国人を何人も面倒を見てきたけれども、みんな裏切った」と言っている
のです。中国人と朝鮮人はもともと人間ではありません。約束という概念がわからないのです。
「約束を守る」というDNAが入っていないのです。その連中を相手に日韓併合をするなど
間違いです。これが実態です。』(典拠)。なるほど。チョウセンは奥が深いのである。

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by munojiya | 2017-11-08 00:03 | 世話物 | Trackback | Comments(0)