2017年 11月 19日 ( 4 )
2017-11-19 ボヌーがすべてうまいわけではないが
一昨年(2015年)のボヌーが存外うまかったことを覚えている。
しかし、去年(2016年)のそれは期待外れだったので特にそれについて書く事はなかった。
どうでもよかったからである。
そして、あまり期待しないで飲んだ今年のボヌーは、庵主が飲んだものは当たりだった。

もっともそれは1本3000円もするワインだったから、うまくなけば詐欺といっても過言では
ないが、お祭りに詐欺という言葉は合わないから、そういうのは御祝儀と呼んで笑い飛ばすのが
常なのだが、ボヌーというお祭りでもなければ庵主は1本3000円もする酒を買うことはない
のだ。時には高貴な酒をお買う気分を味わうのも悪くはないのである。お金が勿体ないけれど。

お酒なら、四合瓶で1本3000円も出したら、最高級のお酒が買えるのである。
ワインなら、その金額は「普通酒」の値段なのである。
お酒は庶民の最高の贅沢である所以である。お酒の世界では最高級のお酒が安いのである。
しかも、日本人はお酒を知らない人が多いから、旨いお酒がより取り見取りなのである。

目の前にある旨いお酒に気がつかない人が多いのでそれが売れずに残っているからである。
他人の無知というのは有り難いことである。旨いお酒を奪うあう必要がないからである。
庵主がうまいと思った今年のボヌーはルイ・ジャド社のそれである。ルイ・ジャド蔵というのか。
「ボージョレ・ヴィラージュ・プリムール」1本(750ML瓶)3080円(税別)である。

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by munojiya | 2017-11-19 00:05 | 酩酊篇 | Trackback | Comments(0)
2017-11-19 日本は宣教師の墓場
日本は、キリスト教団から「宣教師の墓場」だと言われたという噂〈はなし〉流れている
一つの考察がある。
そうなのか。ギリシャ語から派生した英語を学ぶと、言葉自体に神が存在している。
そういう言語になっているのだ。それが、キリカト教[ママ]信仰の根強さ、なのだ。

西洋人は生まれた時から、キリスト教徒として育てられる。』(同1:40)。
南鮮人も、幼少の時分から反日教育を受けたことで反日教徒になってしまうのかもしれない。
本当は無垢ないい人達なのに。その宗教がよくないというわけである。しかし、悪習を引き出す
にも素地がなければ反日にはなりえないから、やっぱり元がよくないからなのかとも思えるが。

日本語には、愛蔵、善悪、美醜というような言葉があり、
愛=憎悪 であり、
善=悪であり、
美=醜、であり[ママ]。[この辺は、庵主が言う「紙の裏表」という比喩と同じである]

それらは、愛がなければ憎悪はないというように、表裏一体、一つの事の両面である。
愛とは、憎悪とは、などと一つのものを分割した形而上学的定義はしない、すれば嘘になる。
という(釈迦や老子の?)弁証法思考が、言葉の中に、含まれているのです。』(同2:02)。
浩瀚な聖書の説教も、一杯の旨いお酒の感謝には敵わないのである。ここ日本では、であるが。

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by munojiya | 2017-11-19 00:04 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2017-11-19 言いも言ったり「金魚のフン」と
『[2017年11月]6日の晩餐会の挨拶で安倍首相は、アイゼンハワー元大統領と岸信介
元首相のエピソードを引き合いに出して「さらに2度もゴルフをするのはよほど好きなやつと
しかできない、ではないでしょうか大統領?」とトランプに秋波を送り、ゴルフを通じた友情を
アピールしていたが、2人の姿は「友情」どころか、ヤクザの親分につきしたがう三下、

大企業の幹部を接待中の中小企業の係長、ガキ大将にくっついている金魚のフン……。
典拠 )。
リテラの記事である。
「ヘイト」を糾弾するリテラにとっては、「金魚のフン」は「ヘイト」ではないらしい。

俺はクソ総理よりずっと偉いのだから、クソの振る舞いは「金魚のフン」だというのである。
そういう感情のことをヘイトというのではないのか。お里がしれる、とも言うのか。
一方ではヘイトを糾弾し、一方では自分は平気でヘイトを行なうのをダブルスタンダードという。
共産主義者の、いわゆる左巻きが好きなのがダブルスタンダードである。救いようがないのだ。

自分はできないことを人には要求してやまないのである。
日本人がそういう振る舞いをみっともないと見るのである。はっきり言って馬鹿にするのである。
もっと大人になれよ、と。
ちなみに、もしお酒に人甘をまぜる輩がいるとしたら、それもまたみっともないのである。

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by munojiya | 2017-11-19 00:03 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2017-11-19 笑っちゃいけない笑い話
いうなれば、これは南鮮の不幸でもあるから、笑っちゃいけないのである。
しかし、笑うしかないのである。
声に出して笑うわけにはいかないから、心の中で抑えて笑うものだからますます可笑しいのだ。
まずツカミから。

まじで皇太子さまに頭がさがるべ
この方がいてくださることでどんだけ日本が救われているか』(典拠1:26)。
南鮮では、他国の国葬の際に派遣する人に事欠いているというのである。
日本はこういう場合、皇室や縁が深い元首相が沢山いるから楽だよ』(同1:35)。

韓国なんて皇室はもちろん、元大統領すらほとんどいないから人選が大変だわ
(同1:42)。
オチはこれである。『みんな務所の中か死んでいるかか?』(同1:49)。
もし韓国の元大統領を送ったとしても、みんな前科者だしな。』(同1:52)。

たしか1人だけ犯罪者&死んでないはずで生存者は前科者[文意が不明]
前科者は容易に海外に出られないのが国際常識
これで詰んでる』(同1:57)。
詰んでいるといえば、酒造りで人甘をまぜる発想がそれである。それはもう異界の酒なのである。

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by munojiya | 2017-11-19 00:02 | 時局物 | Trackback | Comments(0)