2018年 01月 11日 ( 2 )
2018-01-11 ロボットの悲劇
新しい公害として、「新幹線の中でバソコンを使う奴〈ばか〉のキーボードのタイプ音」というのがある。
人は、自分の気に食わないことをやる人は「奴〈ばか〉」に思えるものなのである。
すなわち、神とは自分の事をいうのである。
幸いなことに、人は、自分の目で、自分を見ることはできない。その背中は、である。

自分で見ることができる自身の姿を「自分」というのである。
自分の目では見ることができない部分を「神」と呼ぶのである。
「神様はいますか」。「あんたの背中にいます」。
「神様」が見えるようになったら、人は一人前なのだという。

見えないうちはまだまだ子供、だということである。
それを若いと言い換えても同じだから、若いって素晴〈あほ〉らしいのである。
一番おいしい部分をまだ知らないということだからである。
「旨い」というのは、「不味い」を沢山知っている方がより有り難いからである。

お酒を呑むと、「不味い」方のお酒を一杯(沢山という意味の方である)経験できるのである。
おっと、ロボットの悲劇だった。「アイボ」というソニー製の犬型ロボットがある。
そんなものを飼うと、いや買うと、と書くところか、ロボットなのに情が移るというのである。
すなわち、相手の情というのは、自分の心の中にある「虚像」だということである。紙数切れだ。

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by munojiya | 2018-01-11 00:04 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2018-01-11 穂口雄右賛「秋の気配」
「ほぐち・ゆうすけ」と読む。作曲家である。
その人が書いた歌の話である。
秋の気配」である。
和泉知子というアイドルが唄っていた。「いずみ・ともこ」は読めるだろう。

その音源は、最後のところでテープがのびてしまっているけれど。
若い人には理解できないだろうが、昔は録音テープで音を撮っていたのである。
テーブレコーダーという録音機があったのである。
そのテープがのびてしまうと音が変な風になるのである。それを聴くことができる貴重な音源だ。

和泉知子の歌ではこれを先に聴いた方がいいのかもしれないが。
その「蒼い水平線」のライブの音源がある。音が良く録れている。
このカセットデッキ(キャーリングタイプ)SONYのTC-D5もしくはあと型追加型番
M(メタルテープ対応品)ですか。[以下、欄外]』(同前米)。

和泉知子のレコードと変わらない美しい歌唱力に、そして素人録音の音の良さに感心する。
当時はテープデッキで音を取りまくる生録という趣味があった。その成果である。
お酒にうまいお酒というのがある。旨さの最低ラインを余裕で超えているお酒のことである。
穂口雄右のこの歌も悠々とそれを超えていて聴いていて満足できるおいしい歌なのである。

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話は突然、神田広美に変わるのである。多分、若い人は、まずその名前を知らないに違いない。
古い人もまた忘れていたのである。
唖然。現役でいらしたのですね。「人見知り」でデビューした頃より全然劣化してないじゃ
ないですか。』(典拠米)。

アイドルから消えたけど、いい感じに活躍されているようですね。』(同前米)。
そして、その「人見知り」である。
その歌で穂口雄右に繋がるのである。
庵主は、その「人見知り」を知らなかったのである。「薔薇詩集」がデビュー曲だと思っていた。

この曲[「人見知り」のこと]、好きでした。
当時、私は小学生でしたが歌詞の1部[一部]と寂しいメロディーが印象に残っています。
オバサン年齢になって改めて聴くと歌詞の意味も判り、尚更感動しました。アップして下さり
有難う御座いました。

この時代のように華やかで、良い歌と上手い歌手ばかりだった芸能界には戻らないのだろか。
(同前米)。年寄りの共通語は「今どきの歌は覚えられない」と「昔は良かった」なのである。
庵主は、神田広美の声を「薔薇詩集」の透き通った声で覚えているのである。
だから「人見知り」も神田広美ではなく、今のジャズシンガーもまた別人に聞こえるのである。

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by munojiya | 2018-01-11 00:03 | 余外篇 | Trackback | Comments(0)