カテゴリ:日曜日のくつろぎ篇( 139 )
2017-04-16 日曜日のくつろぎ編「キラキラ苗字特集」
【衝撃】どんなに好きでも結婚できない!? 女性が嫌がる「なりたくない苗字」まとめ』
典拠)である。
庵主は、キラキラネームを見ると吹き出してしまうが、キラキラ苗字には同情してしまう。
つい「御愁傷様」と言いかねないのである。

可愛い女の子が生まれたので、優しい、菜の花のような子に育ってほしいと思って、
「優菜〈ゆな〉」と名付けたという。あとから辞書を引いたら「湯女」と同音だったのである。
男の子に、心たくましく、肝っ玉の太い子になってほしいと思って「心太〈しんた〉」と
名付けたという。あとで辞書を引いたら「心太〈ところてん〉」だったという。

「鬼頭〈きとう〉」という苗字は、「優菜」ちゃんの例である。耳で聞いたら、語感がねぇ。
「御手洗〈みたらい〉」は「心太」君か。
「毒島〈ぶすじま〉」になると読めない。
古い人なら、野球の選手に毒島選手がいたから読めるだろうが。

酒銘の「獺祭」もお酒呑みなら読めるが、普通の人は果たしてどのぐらい読めるものか。
「月桂冠」も「優菜」ちゃんに近い酒銘だが、みんな気がつかない振りをしているのである。
「越乃寒梅」に「灑」というお酒がある。「れい」ではない。庵主には読めなかったのである。
いうならば、キラキラ酒銘である。呑んでみたら存外うまかったので良しとするのである。

[PR]
by munojiya | 2017-04-16 00:04 | 日曜日のくつろぎ篇 | Trackback | Comments(0)
2016-07-04 舛添竜太郎伝
「竜太郎」という名前事態がDQNネームなのではないと思いたくなるのである。
「竜」の字を好むのはチョウセン人的センスなのではないか。金田龍之介は如何。
あの泣きの野々村議員も、名前は竜太郎ではなかったか。
坂本龍馬という名前にピンとこなければならないのである。

その動画によると、舛添竜太郎は、舛添要一のご子息の名前だという。
数々の武勇伝がある子供だというのだ。
どこまでホントで、どこから嘘かは、庵主には知る由もない。
真偽の程はそれをネットにアップした人の責任である。

庵主は、例によって、又聞きの受け売りである。
余計な自慢話とかするもんじゃないなぁ。』(典拠3:28)。
『子への同情心が霧散したわ』(同3:34)。
親が親なら、子も子だな』(同3:37)。子供は親の背を見て育つとはいうが。

父親だけでなく、母親もああだからな。』(同3:41)。
聞けば聞くほど聞きしにまさる親子みたいである。
「知れば知れるほど」というフレーズが浮かんでくるのである。不憫な人達である。
呑めば呑むほど聞きしにまさるうまいお酒がある日本人は幸せなのである。
[PR]
by munojiya | 2016-07-04 00:03 | 日曜日のくつろぎ篇 | Trackback | Comments(0)
2015-03-30 殺されて祝福された人
人を呪えば穴二つ、という。
他人の不幸を祝ってはいけないというのは日本人なら常識以前のわきまえ事ではあるが、
この場合だけは、41歳で暗殺されたことは慶賀という以外に言葉がないのである。
森有礼のことである。

有礼は、庵主は、伊藤博文を「はくぶん」と読むように「ゆうれい」と読んでいるが、
正しくは「ありのり」と読む。
その森ユウレイの主張が通っていたら、今の庵主はいなかったからである。
森ユウレイは時の文部大臣である。

森は10代で英国に留学しており、英語が非常に堪能だった。
この日英バイリンガルの大先輩は「日本語を廃止して、英語を日本の国語にすべきだ」と
考えていた。漢字の複雑さを特に問題視していたようだ。
』(典拠)。
森ユウレイは日本語を英語にしようとしたが、フランス後にしようと言ってのは志賀直哉だ。

この二人を日本の「二大気違い」と呼んでも差し支えないだろう。
その漢字を廃止した国があるという。ご案内の通りである。狂気に突っ走っているのである。
箍〈たが〉が外れてしまったと言った方がいいかもしれない。笑うしかなのである。
日本がもし漢字を廃止していたら、「本醸造酒」という器用な言葉は作れなかったのである。

-----

日本語の場合は、ケント・ギルバート氏が書いているように言葉が前後しても助詞に使い方
で言葉の順序が自由にできる。ケント氏の話だと英語から日本語に訳すのは楽だが、日本語
から英語に訳すのは主語述語の語順を守らなければならないし、語彙の数も日本と英語の国語
辞典を見れば分かるように比較にならない。
[原文のコピベ]』(同)。

さすがに、この助詞の使い方では、日本語でも通じないのである。
こういう画期的な助詞の使い方もできるというユーモアなのだろうが、
それが「助詞に使い方」ではなく、「助詞の使い方」だということが、ちゃんと読み手が修正
できるのだから、よくできているのである。

-----

小中高校の学習内容を定めている学習指導要領の全面改訂について、下村博文文部科学相は20日、中央教育審議会(中教審)に諮問した。国際的な人材育成に向け、小学3年から英語
教育を始め、高校では英語で討論できるレベルを目指す。高校の日本史の必修化や規範意識を
学ぶ新科目の創設も議論する。中教審は2016年度中に改訂内容を答申する見通し。
』(同米)。

今、その森ユウレイの亡霊が彷徨〈さまよ〉っているというのである。
日本語という外堀を埋めて喜ぶ文部科学省』(同前)。文科省廃止論を思い出した。
中狂信、おっとっと、誤変換である、その中教審というのは、いったい何者なのか。
委員はみんなアメリカ人だったりして。審議会の実態は主管官庁の口パクだとされている。

[PR]
by munojiya | 2015-03-30 00:04 | 日曜日のくつろぎ篇 | Trackback | Comments(0)
2015-01-25 日曜日のくろつぎ篇「恐ろしや3Dアニメ」
すごい。
3Dアニメで、ここまでできるとは。
おっと、そういうのが嫌いな人はクリックしないでください。
それを見たら卒倒しかねませんから。

今の人類は、すでに「ジュラシックパーク」で生きている恐竜を見ているから、3Dアニメで
それができても少しも不思議ではないのだが、しかし、造り手の執念には感心するのである。
指の動きのなめらかなこと。
からだの動きのやわらかいこと。

舌のぬめりの質感のみごとさ。
髪の毛の一本一本まで感じさせる繊細さ、と見事なものだ。ただし、肌感はイマイチである。
さらに、くわえながらセリフが言えるという器用なところは驚異的でもある。
この技術が進化すると、そのうち、生の俳優なんかいらなくなるのではないか。

俳優が死んで著作権が切れたら、昔の美男美女俳優や個性的な俳優が使い放題になりそう。
健さんや、はたまた、市川雷蔵や夏目雅子がスクリーンで復活するのも夢ではないのだ。
しかし、『画質が問題ではない 絵なんかで逝けるか?』(同米4)。
たしかに、映像で、いくらうまいお酒を再現してもらっても、それじゃ酔えないのである。

-----

庵主の「変態」という言葉の定義はこうである。
「やればできるが、やってはいけないことを、本当にやってしまうこと」。
3Dアニメを見ても、昂るよりも可笑しくなってくるのは、その変態性によるのである。
変態文化ニッポンの面目躍如たるアニメではあるのである。

-----

賢者の指摘は鋭い。
3Dでアニメ声はヤメてほしいわ』(同米9番)。お酒でアル添はやめてほしいわ。
無表情でいかれても困る』(同米11)。まずい酒で酔わされても困る。
3Dアニメはもっともっと改良の余地があるということである。お酒もである。

-----

3Dフィギュアも頑張っているのである。
形のあるものなら、忠実な複製ができるのだろうが、
さすがに、お酒の味わいを忠実に複製できるプリンターは作れないだろう。
即ち、お酒はいつの世になっても手造りでしか造れないから味わっていても楽しいのである。

[PR]
by munojiya | 2015-01-25 00:05 | 日曜日のくつろぎ篇 | Trackback | Comments(0)
2015-01-04 日曜日のくつろぎ篇「宇宙戦艦ヤマト」
庵主はテレビを持っていないので、テレビ界の様子はほとんど知らないのである。
もっとも、テレビがないことで不自由な事はないといっていい。
世間の流行からは数年遅れることはあっても、本当に流行っているものなら、それなりに
伝わってくるものである。

テレビを見る事がないので、そのストーリーは知らないが、庵主は「宇宙戦艦ヤマト」の歌は
知っているのである。だれもが知っているという意味でそれは名曲と言っていいだろう。
なんだこれ、めちゃくちゃかっこいい! 聞いている間だ、鳥肌が出てきて気がついたら
涙が出てた。アニメソング聞いていて涙が出てきたのは初めてだ。
』(前同米)。

泣ける名曲をもう一つ
今年の最後にこの動画見れてよかった美空ひばり川の流れのように 泣けた』(同前米17)。
美空ひばりの歌はやっぱりいいな、大晦日に最適だ』(同前米18)。
俺も美空ひばりの良さがわかる歳になっちまったぜ。』(同前米34)。
                         
私も日本が大好き。日本人が大好き。そりゃあ嫌な人に理不尽に傷付けられた事もある。
でも日本人で良かった。日本に産まれて良かった。
大人になってそう思うようになった。
』(同前米82)。
そして、うまいお酒を呑んで涙するようになったら立派な日本人である。

-----

素人にいきなりカメラ向けて許可なしに動画アップするのは考えものだな
アメリカでそれやってたまに切れられてるの見るし
』(同前88)。庵主もそう思う。
『[ヤマトは]なんか、もう、直立不動で敬礼したくなるね。この歌聴いてると。すごいよ。
この歌は永久に不滅だよ。自衛隊はこの歌を隊歌にしたほうがいいよ。
』(典拠米)。同感。

今はどうか知らないが、以前の自衛隊は観閲式などの演奏に、軍艦マーチなどの日本のマーチ
を演奏せずに、アメリカの行進曲を演奏していたという。
テメェ、どこの国の軍隊なんだと言いたいが、アメリカ軍の下請け軍としては、どうやらそれ
しかできなかったらしいのである。だったら「宇宙戦艦ヤマト」でも演奏すればいいのである。

[PR]
by munojiya | 2015-01-04 00:05 | 日曜日のくつろぎ篇 | Trackback | Comments(0)
2014-12-21 日曜日のくつろぎ篇 唇フェチ
庵主は、唇フェチである。
といっても、歌を唄う映像で、歌い手の唇の動きと音声がぴったり合っている映像を見ると
ゾクゾクとするフェチなのである。
そういう映像を見ると、うっとりしてしまうのである。

たとえば、この映像である
唇の動きに合わせて、寸分のズレもなく、音が出ているように聞こえるのである。
正しくは、そう見えると言った方がいいのか。
たぶん、精密にいえば、映像と音声はズレている筈である。

目で見る光と、耳で聞く音とでは、目が見る方がはやく認識できる筈だから、映像と同時に
録った音をそのまま出したのでは、音が遅れて聞こえる筈だからである。
花火大会で、花火がパッと花を開かせてからかなり後になって音がドンとくるようにである。
だから、映像と音声が同時に聞こえるようにするためには音声を何駒かズラしてある筈である。

それを、見た目にはぴったり同じ瞬間に進行しているように見せるというその技〈わざ〉
シビれてしまうのである。実は、うまいお酒も造り手の技が成し遂げるうまさなのである。
普通に造ったお酒は大してうまいものではないからである。
この映像も亦いい。庵主が一番気に入っているのはこの映像の唇と音である。殆ど恍惚。

-----

これなんか、歌はめちゃくちゃうまいのに、微妙に、唇と音声がズレているのである。
本当は、これが映像と音声が同時進行の本来の映像なのだろうが、しかし、見た目では音が
ズレて見えるのである。
対して、それを微調整してある筈である園まりの「♪愛されたいとくちびるに」は絶妙である。

[PR]
by munojiya | 2014-12-21 00:05 | 日曜日のくつろぎ篇 | Trackback | Comments(0)
2014-12-14 日曜日のくつろぎ篇「嘘」
歌謡曲に「嘘」という歌がある。山口洋子詞、平尾昌晃曲、である。
「折れた煙草の吸がらで
あなたの嘘が わかるのよ」
である。

「あなた残した悪いくせ
夜中に電話かけるくせ
鍵をかけずに ねむるくせ ねむるくせ」(典拠)。
裏目読みでは、「アナタは国防に金をかけずに安逸を貪る悪いクセを残した」と読むのである。

冒頭に、曲名を「嘘」と書いたが、それも嘘だった。正しくは「うそ」だったのである。
一方で[アメリカ占領軍は「朝日新聞」を使って]「いい白人たち」も宣伝した。
京都や奈良に空襲被害はなかった。京都が原爆投下候補地で、奈良は過疎すぎたから通常爆弾
による空襲はなかった、が正解だ。

GHQはそれを「ラングドン・ウォーナーの文化財保護勧告を受けて空襲をやめた」ことに
して、古都を護ったいい米国という嘘を朝日に書かせた。
』(典拠)。
日本酒業界には、「本醸造酒」という嘘がある。「普通酒」という大嘘もあるのである。
「朝日新聞」の嘘なんて、まだまだ児戯にも等しいのである。

-----

嘘はどこにもあって、宗教ではそれを「方便」と呼ぶというのだと聞いたことがある。
こういう内容も「方便」というのだろう。後藤忠政著「憚りながら」からである。
[後藤忠政]は初め、その日原[博]から頼まれて、用心棒みたいなことをやっていた。
何しろ当時は〝学会利権〟にありつこうと、色んな悪い奴が次から次へと集まってきたから。

ただ当時はまだ、俺もチンピラみたいなもんだったから、今から考えたら鼻くそみたいな
小遣いで、日原のために動いてやったんだ。
』(同)。宗教は悪を呼ぶというのである。
で、話変わって、裏目読みでいえば、「あなたと逢ったその日から 恋の奴隷になりました
あなたの膝にからみつく 子犬のように」の「あなた」を「アナタ」と読むのである。

[PR]
by munojiya | 2014-12-14 00:05 | 日曜日のくつろぎ篇 | Trackback | Comments(0)
2014-11-23 日曜日のくつろぎ篇「古い歌でも聴こう」
庵主は、テレビを持っていないので、最近の流行り歌を知らないのである。
だから、知っているのは古い歌ぱかりである。
ゆえに、歌を聴くという時は、いつも古い歌のことをいうのである。
日本に力が漲っていた時代の作品[中略]曲が壮絶に良い!

まだ日本人が日本に誇りを持っていた時代の遺産だ!』。その遺産を聴いてみよう。
このCM最初に接し、「春色の……」と歌いだした瞬間、鳥肌が立った。昔の声が出なくて
も、彼女がこの歌で出す情感が可憐であることは不変にして普遍。

その普遍的な歌を聴いてみよう。

反対に、お酒を呑む時はいつもは新しいお酒である。新し過ぎてつまらない事もあるが。
一般的にいって、古いお酒はみんな呑まれてしまっていて残っていないからである。
しかし、時に古酒とか大古酒とか、さらに長期熟成酒と称する古いお酒に出合うのである。
うまいのか。うまいものもあるのである。そういうお酒は想像を越えてうまいのである。

「達磨正宗」の「昭和五十四年果実香」とか、数年前に呑んだ「岩の井」の二十九年物は
うまかった。この二つの味を知っているだけでも、庵主の宝物である。
「果実香」はすでに流通在庫はない筈である。今でも持っている人はいるかもしれないが。
「二十九年物」は庵主がこれまでに呑んだ一番美しいお酒だったのである。

-----

なんでベテランさんはレコード通りに歌わないんだろ?
渡辺美里もマイレボリューションの♪♪走り出せるぅ~のところがすげぇ嫌なんだけど、
この聖子ちゃんもタメてて気持ちよく聴けないのが残念。
』。
「年年歳歳花相似たり/歳歳年年人同じからず」。参考

〈さくら〉は変わることはないのに、歌手〈ひと〉は齢をとるということなのだ。
お酒は逆である。お酒は年々変わるのである。今はどんどんうまくなっている。
しかし、呑み手の期待値(おもい)は変わらないのである。だから、呑み手にとって一番
うれしいお酒とは、昔呑んだ時の記憶と味わいが今も変わっていないお酒なのである。歌も。

[PR]
by munojiya | 2014-11-23 00:05 | 日曜日のくつろぎ篇 | Trackback | Comments(0)
2014-11-02 日曜日のくつろぎ篇「昭和アイドル」
かわいい。たまらん。』。
アイドルにふさわしいかわいらしい曲ですね。この曲が入ったアルバム全体が、気持ちよく
聴けた昔を思い出します。
』。
若い頃の歌が懐かしい、あの頃帰りたいなあ』(2014年10月31日から2週間前)。

あの頃というのは、この歌の発売が1985年だから、その頃中学生(15歳として)とする
と今は44歳ぐらいの人の懐旧心である。
懐旧は、すなわち昔はよかったという思いは老化現象なのだろう。
庵主は、昭和の酒は美味かったとは聞いても、それを懐かしむことはない。

今のお酒がうまいからである。そもそも昔の酒は、今は呑めないからでもある。
日本酒の世界は、昨日の酒より今日の酒、今日の酒より明日の酒がうまい世界なので、
過去を懐かしんでる暇がないのである。
人は齢をとっても、お酒は齢をとらないのである。常に、今のお酒なのである。

当時、初戀の戀という字、すらすら書けた中学生でした。いい曲だよねぇ。卒業より思い
入れあるな
』。『武部さんのアレンジと、筒美京平先生と松本隆さんのタッグはいい歌を
作った!

作詞:松本隆 作曲:筒美京平 編曲:武部聡志、である。「初戀」。

-----

庵主も、当時、筒美京平を同時代で聴いていたが、この歌は、今(2014年10月31日)
初めて知ったのである。
手元にある「筒美京平の世界」を繙いてその発売日を見たら、1985年8月21日だった。
29年前の歌を今聴いても違和感がない。うまいお酒同様、うまい歌もいっぱいあるのである。

歌一曲で、これだけの話を書ける人がいるのである。
昭和の歌謡曲は、語る事がてきたのである。
「よい子の歌謡曲」などの、アイドルソングの評論誌〈ファンざっし〉があったほどである。
今時の歌にはそれができないのが惜しい。大体どんな歌が作られているのかも知らないので。

[PR]
by munojiya | 2014-11-02 00:05 | 日曜日のくつろぎ篇 | Trackback | Comments(0)
2014-10-12 日曜日のくつろぎ篇「昔の歌でも聴こうか」
今の日本酒は米から造られているのではないといったらびっくりする事だろうが、
それは必ずしも間違った言い方ではないのである。
たしかに、原料は米なのである。しかし、それに大量なアルコールを混ぜて造っているのだ。
もちろん、米だけで造ったと称する純米酒もあるが、醸造量全体ではわずかなものである。

日本酒とはいうが、お酒を呑んでいるのではなく、多くはアルコールを呑んでいるのである。
純米酒とアル添酒はどっちがうまかいというと、甲乙つけがたいのである。
しかし、中には頑〈かたくな〉に純米酒しか認めない呑み手もいるのである。
ちょうど、「まちぶせ」は三木聖子が本来であって、石川ひとみのそれは駄目だというように。

まずは石川ひとみの「まちぶせ」である。これ、画面の色遣いが美しいのである。
バラエティー番組などの原色を多用した目に煩い画面は朝鮮人感覚で作られたものなのだろう。
しかしこちらのセットは日本人好みの静謐で落ち着いた色遣いでここちよいのである。
そして元祖の三木聖子の「まちぶせ」である。庵主は石川系だが、どちらも味わう派である。

石川さんも良いですが、三木さんのほうがシックリします。』(同前米)。
石川さんのバージョンよりもエモーションを感じる。
とりわけ「胸のおくでずっと」の「おく」の部分、「あなたを振り向かせる」の「なたを」の
部分に焼け付くような情念が込められている気がします。
』(同前米)。
[PR]
by munojiya | 2014-10-12 00:05 | 日曜日のくつろぎ篇 | Trackback | Comments(0)