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カテゴリ:酩酊篇( 1682 )
2016-10-24 フランスワイン「ベル・エキップ」
ワインを飲む。
庵主は、お酒(日本酒)と焼酎は「呑む」と書き、それ以外の酒は「飲む」と書き分けている。
庵主も、最近はワインの味わいが分かるようになってきたのである。
どんな酒でも、体がウンという酒はうまい酒なのである。

庵主の体がなじむワインと出合えるようになったということである。
庵主の専門は日本酒だが、といっても、酒呑みに専門もなにもあったものではないが、
ワインの酸味に体が馴染むようになったのである。齢をとったという事なのかもしれない。
下手なお酒は酸味が弱いのである。酸味の弱いお酒は呑み続けられないのである。

酸味が頼りないお酒が多い中で、酸味がピタッと決まったお酒に出合ったときは僥倖である。
その旨さは至福という言葉を思い出させてくれるのである。
瞑想法には、静的瞑想と動的瞑想があるという。座禅が前者でランナーズハイは後者だ。
そして、本当に旨いお酒は、呑む瞑想法ともいえる境地に導いてくれるのである。

美酒に酔いしれることで、己〈おのれ〉をむなしくできるからである。
この場合は「酔いしれる」ではなく、「美酒の余韻ひたる」と言うべきか。
造り手の気合と、その旨さとに共鳴したときの、自我から解放された瞬間なのである。
で、「ベル・エキップ/カベルネソーヴィニヨン」に辿りつけなかったのである。
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by munojiya | 2016-10-24 00:05 | 酩酊篇 | Trackback | Comments(0)
2016-10-20 むの字屋からのお知らせ
パソコンの入れ替えのため、しばらく更新ができなくなっています。
これまで使っていたパソコン(XP機)が突然起動しなくなってしまいました。
それで一気にウインドウズ10に換えましたが、庵主のパソコンの技術力では、
引っ越し作業などがいつ終わるものか見当がつきませんので。

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by munojiya | 2016-10-20 13:28 | 酩酊篇 | Trackback | Comments(0)
2016-10-10 日本酒の定義
国税庁はこのほど[この記事の配信日時からして2015年のことか]、日本国内で国産の
米や水を原料に製造された清酒だけを「日本酒」と呼べるよう酒類業組合法を改正することを
提案した。背景には、安価ながら質のいい「日本酒」が中国などで製造され出回っていること
があるようだ。

そうしたなか、長春理工大学の李爽さんは、日本酒をめぐる中国人と日本人の交流について、
作文に次のようにつづっている。
』(典拠)。
まず前段について、庵主はそういう噂を知らなかったのである。
酒税法は、お酒を「日本酒」とは呼んでいないのである。国税庁にそんな概念があったっけ。

なぜか、それでは困る事情が税務当局にはあるからである。
醸造アルコールで増量した混ぜ物の酒を日本酒と呼んだら嘘になってしまうからである。
日本酒は本来は醸造酒なのに、今のお酒の殆どのものはそれにアルコールを混ぜたリキュール
なのである。それを見掛けがお酒とよく似ているという事で「清酒」と呼んでいるのだ。

お酒を「清酒」と呼べば、それが醸造酒でもリキュールでも嘘ではないからである。
米を原料として造った醪を漉した透明な酒を「清酒」と称しているのである。
見掛けだけでそれをお酒と呼べば、中身の品質に関係なく徴税できるからである。
現在の酒税法は酒税を確保するために、見掛け課税であって、品質課税ではないのである。

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後段の中国人のおじいさんの話に移る。
そのおじいさんは、若い時『日中戦争』で兵士として参戦したが、深手を負ったときに日本兵
に救われたという。
その日本兵と日本酒を呑む間柄になったのだという。以来日本酒が好きになったのだとか。

その話は若い中国人が話しているのだが、日本語作文コンクールの作文なので「中日戦争」
ではなく、「日中戦争」と言っているのか、あるいは中国には日本とシナの分閥(地方を割拠
している勢力の事で統一政府としての機能まだ有していない言うなれば馬賊の事)との事変を
いう言葉がないので日本語の「日中戦争」を使ったものかは分かりかねるのである。

そもそも「日中戦争」という言葉自体、庵主が若い頃にはなかった言葉である。
存在しなかったものに「従軍慰安婦」と名づけたように、それもまた左翼が、「天皇制」と
いう言葉と同じように、でっち上げた「歴史用語」なのではないのか。
日本は統一国家だが、中国側は分閥なのだから国家間戦争ではないのである。よく言って事変。

深手を負ったおじいさんを介抱してくれた日本兵が言っていたのだという。実話か否かは不問。
「日本酒の中には家族の温かさがある」』(典拠。以下も同)と。『そして、日本酒は二人の
「友情をつなぐ橋」として、彼らの感情を深める役目をしました。
』『おじいさんはこの世を
去る時、「日本酒をもう一度飲みたい」と言い残しました。
』。お酒は純米酒だったものか。

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アル添の日本酒造りが始まったのは昭和17年と聞いている。
戦局の悪化で、食べる米にも事欠くようになっために、原料米の不足を補うために、少ない米
で必要量のお酒を造れないかというのが、そもそもの切迫した事情だったのである。
まともなお酒が呑めない状態になったら、もう敗戦を認めればよかったろうに。

昭和20年3月10日、東京に大空襲があっても(左翼はなぜそれをアメリカによる
「東京大虐殺」と呼ばないのか。左翼の正体が見えてくるというものである。)があっても、
即ち、帝都が敵に思うように蹂躪されても勝てると考えていた当時の日本人のファンタジーに
感心するのである。始めた戦争はなかなかやめられないということは知っててのことであるが。

「言う易し、行なうは難し」という。
「禁酒」がそれだが、戦争もそれなのである。「始めるは易し、収むるは難し」である。
お酒がやめられない理由と同じだろう。酒を飲むというそれまでの価値観が崩れていくからだ。
容易に禁酒に踏み切れなかった気持はよく分かるのである。株で損切りができないと同じだ。

人の気持というのはそんなものなのである。損を思うと悪場面でもそれを切れないのである。
で、その中国のおじいさんが、昭和17年以前に、日本兵との出会いがあったなら、二人が
呑んだお酒は純米酒である。しかし、17年以降の出会いだと、それはアル添酒である可能性
が高い。そのおじいさんはどっちのお酒が好きだったのだろうか。シナ人だから酎でアル添か。

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余談である。
中国東北地方の小さい町で育てられた私が、物心が付いた時から人に教えられたものは無残
な日中戦争のことばかりだった。日本人
[日本兵という意味だろう]が来ると、殺りく[殺戮]、
強姦、放火、略奪など、悪事の限りを尽くしたということを聞かされて育った。

正直に言って、日本に対して親近感どころか、まるで永遠の敵のように思い、「いつか必ず仇
を討つ」という考えがいつの間にか芽生えてしまっていた。
その考えを抱きながら私は高校生になり、そして自分にとって人生のターニングポイントを
迎えた。
』(典拠)と、
「中日友好」路線に持っていくのがレコードチャイナ節である。

「中国東北地方」とあるが、満洲のことである。日本には中国地方があるのに、国名を「中国」
と呼んだり、おなじく東北地方があるのに、それをパクって「中国東北地方」と称したり、
紛らわしい事はなはだしいのである。
翻訳するときは「満洲」、「シナ」としなければならないのに、その記事はレコードチャイナ。

「日本人が来ると、殺りく、強姦、放火、略奪など、悪事の限りを尽くした」と、中国少年が
教えられたことは、どうやら「中国兵がくると」と読み替えたほうが正しいみたいなのである。
ベトナムにおいては、「韓国軍が来ると」としたら、その部分は歴史的事実なのである。
嫌韓で、日本人は韓国を辟易するが、その「韓国」の部分は実は「米国」と置き換え読むのだ。

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国税庁には「日本酒」という概念がないと書いた。その理由は上述の通りである。
そのことは、チョウセン人には「恩」という概念がないという話と同じなのである。
国税庁の本心は、欲しいのは旨いお酒ではなく、「税〈かね〉よこせ」とという事なのである。
チョウセン人も、それ故に、欲しいのは謝罪なんかではなく、本心は「金よこせ」なのである。

即ち、国税庁が「日本酒」の定義を提案するというのは、ちゃんちゃらおかしいという事だ。
その可笑しさを指摘する言葉がある。
「日本にあるのは酒造法ではなく、酒税法なのである」と。
なお、「シナ人だから酎〈ちゅう〉でアル添酒か」というのは、紂王に掛けた駄洒落である。

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by munojiya | 2016-10-10 00:05 | 酩酊篇 | Trackback | Comments(0)
20169-09-07 なんなんだ「君の名は。」でラガブーリン
「893」と書いて「ヤクザ」と読む。
では「826」は。
「君の名は」と読むのである。その映画の封切日である。「うまい」と読んでもいいのだ。
今年公開されたアニメの最高という人もいる。庵主もそれに異はない。楽しく酔えたから。

それを「良くできている」と言ったら、上から目線ということになるのか。
「面白かった」と言ったら、お前には知性はないのかと言われるのか。
いいお酒を呑んだ時に、ただ「うまかった」と言ったのでは、何も言っていないのと同じ
だからである。なにが旨かったのかを言葉で示して、それは賛辞となるのである。

庵主は、お酒を呑んだ時に「いいお酒だね」と言うことがある。
その前に「どうでも」という言葉を、ぐっと呑み込んでのことである。
「うまかった」と言うのもそれと同じで、その前の言葉が気になるのである。
「今日呑んだお酒の中では」とか、「期待してなかった割には」とかが、略されていないかと。

庵主は「君の名を。」を、定宿のバルト9で、2016年9月6日の午後3時の回で見たが、
なんと、平日のその時間の回なのに、上映階では入場規制がかかっていたのである。ほぼ満席。
男女高校生の入れ替わり映画かと高を括って観に行くと見事に裏切られる。庵主がそうだった。
観終わった後に久しぶりに決め酒の「ラガブーリン」を飲んだが、それもやっぱり旨かった。

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この場合の「定宿」は「いつものこや」と読む。「こや」とは「劇場」のことである。
庵主が贔屓にしている劇場のことである。庵主にとって居心地がいい映画館のことである。
岩波ホールみたいに、その中にいるだけでなんとなく場違いを感じる小屋もあるからである。
岩波ホールの観客は、みんな頭がよさそうに見えて、庵主は気後れしてしまうのである。

で、その贔屓のバルト9が、やらかしてくれたのである。
新宿ピカデリーの悪い病気が感染ったようにである。
スクリーンの左右のマスキング幕(画面の大きさに合わせて移動させる黒い幕)を調整しない
で上映してくれたのである。

マスキング幕が、画面の端から見た目で5センチ(実寸ではそれ以上)ほど外側にあるまま
上映していた。明るい画面の端から、マスキング幕の間に光が当たらないスクリーンが見える。
その部分は黒いのだが、マスキング幕の漆黒と違って、目障りな暗部なのである。
それに気がつくと、見ていて、落ち着かないのである。


バルト9は、13階にある館内で一番客席の多いスクリーンである。
その下の階は11階だが、上映開始の少し前にエスカレーターで11階まで上がったときに、
そこでストップをかけられてしまったのである。
13階のフロアが混み合っているために、しばし11階で待っていてくださいというのである。

バルト9は客席429のスクリーンで、そこにほぼ満席の客が押し寄せたために、上映開始前
のフロアには客があふれてしまったようである。
庵主はたまたまその日は休みだったが、平日の午後3時に映画館にくる客層はどんなものかと
眺めてみたら、多くは、若い人で、学生のカップルなどでいっぱいだったのである。

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by munojiya | 2016-09-07 00:05 | 酩酊篇 | Trackback | Comments(0)
2016-08-31 白眉の酸味「新政/ラピスラズリ」
庵主が今年になって呑んだお酒の中でこれが一番うまいお酒である。
いな、庵主の体は、最近は酸味がうまくないお酒はだんだん呑めなくなってきたが、
このお酒はそれとは逆に、体が喜んで呑んでしまうのである。
うまい、と思った時には、盃が空になっている。そして、もう一杯呑みたくなるのである。

その二杯目も、今注いだお酒がもうなくなっているのである。
日本酒が醸しだした酸味の白眉だと思う。このお酒の酸味のうまさは絶品である。
その酸味は、うまいまずいという観念的なうまさではなく、官能的なうまさなのである。
ちなみに、お酒の甘さの白眉は「ちょびっと乾杯」である。果汁が入っていないものである。

庵主は、お酒の甘〈かん〉と酸〈さん〉の頂点に出合ったのである。
もう、求めてお酒を呑むこともなくなったということである。
競馬に「馬なり」という乗り方がある。馬を走らせるのではなく、馬を楽しむ乗り方である。
庵主は、これからはもう「酒なり」でお酒を楽しむことができるようになったのである。

絶妙な酸味が味わえるそのお酒は、「新政〈あらまさ〉/ラピスラズリ」である。
能書を書く必要もない呑めば分かるうまいお酒である。うまいを超越した官能的なお酒である。
普通の酒は、お酒を呑んでアルコールに酔うのである。
しかし、「ラピスラズリ」は、お酒に酔うのである。そのうまさに身も心もとろけるのである。
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by munojiya | 2016-08-31 00:05 | 酩酊篇 | Trackback | Comments(0)
2016-08-19 「鳥貴族」の経営者はサントリーでないよね
虚報の「朝日新聞」によると、『焼き鳥チェーン「鳥貴族」(大阪市)は[2016年8月]
15日、千葉県柏市の南柏店で、焼酎ではなく手の消毒に使うアルコール製剤で作った酎ハイ
を客に出していたと発表した。7月19~23日の5日間に151杯を提供したが、同社は
「現時点では健康被害の報告はない」としている。
』(典拠)という記事があった。 

お酒を「消毒薬」と言って呑む人もいるから、手の消毒用のアルコールでも、人によっては
似たような気分で飲めるのだろう。
どうやら、南柏店では、知ってて消毒用のアルコールを酎ハイに使っていたようなのだ。
消毒用アルコールといっても食品添加物アルコール製剤と呼んでも似たようなものだが。

飲用に転用できないように添加物いれてるんだろ?』(典拠)。
ベタ甘の香料ジュースを混ぜたらその程度の苦みは気にならなくなる筈である。
苦みがかえって、うまいと感じさせる事があるから、甲類焼酎割よりうまかったりして。

で、庵主は、「鳥貴族」の本社が大阪市と見て、店名からして、ひょっとしてその経営母体は
サントリーではないのかと邪推してしまったのである。紛い物酒ならサントリーだからである。
ビールはキリンからサントリーに変えたとあるから、経営母体はサントリーではないようだが、
サントリーさんの指導よろしくという可能性も、そんなことはないか。邪推に過ぎたのである。

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「朝日新聞」記事の引用。
鳥貴族によると、従業員が7月19日、焼酎の容器を接続するドリンクサーバーに、誤って
食品添加物アルコール製剤の容器(18リットル)を接続した。アルコール製剤はサトウキビ
からつくったエタノールが原料で、食品にも使われるが、同社では手の消毒に使っていた。

容器の大きさや形が似ていて、液体も透明で違いに気づかなかったという。店のマニュアルで
はどちらの容器も、段ボール製の包材に入れておくことになっていたが、南柏店では包材を
捨てていた。
』(典拠)。
「謝って」という部分が「虚報」らしいのである。「謝って」は「誤って」の誤植だった。

通常の酎ハイより泡立ちが多く、客から「味がおかしい」との指摘が数件あったが、店は原液
が原因とは考えず、23日にサーバーの修理を依頼して誤りが分かった。飲んでしまった客に
は返金して対応する。問い合わせは平日の午前10時~午後5時、窓口(050・8881・
2798)へ。
』(同前)。

「鳥貴族」は、どうやら、わかっていて安い食品添加物用アルコールを使っていたようなので
ある。
それで作った酎ハイを飲まされた客が、異変に気がついたというが、庵主なら多分全然気が
つかなかった事だろう。敏感な人がいるのである。

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庶民の短艇の推論はこうだ。ただし、「確信犯」は本来の意味でなく、俗用の意味である。
知ったかするゴミ多いから書いとくと
アルコールは飲む目的のものは酒税高くするけどそれ以外は安い
飲めないものは無税

この場合食品にかけても無害なものだから不味くして酒税軽くしてるたいぷな
度数75あるから焼酎の3倍に薄める必要があるからウッカリはありえない
焼酎と同じ割合で入れてればどんだけ鈍感でも客も絶対気づく
つまり確信犯
』(典拠)。

しかしな~、賃料安くするために路面店にしないとか細かい経営者が、手洗い用に食品用の
アルコール使うかな?
』(同前)。
甲類焼酎の代表的な大五郎が、4リットルで2000円。それが、食品添加物アルコール
製剤なら267円です。そら、儲かってしようがないわ。
』(同前)。要するに脱税。

酒税法違反だともいう。
非飲用アルコールを薄めて飲用の焼酎を造ったことになるから、密造だというのである。
酒造会社がやってることを鳥貴族ができるわけがない
これは相当闇が深い
』(同前)。やっぱり指導はサントリーさんかな。

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by munojiya | 2016-08-19 00:05 | 酩酊篇 | Trackback | Comments(0)
2016-08-17 8月16日の二等兵ビール
8月15日は、靖国神社にとっては、年始の初詣に並ぶ書き入れ時だろう。
全国から、靖国マニアが集まって来るからである。
普段は靖国神社なんか見向きもしないのに、この日は靖国マニアの物日で、中にはコスプレで
やってくる人もいる。どこから買って来たものか綺麗な将校の軍服であることが多い。

二等兵の軍装でやってくる人もいるのだろうが、庵主は見た事がない。
といっても、庵主が8月15日に靖国神社を訪れたのは1度だけだから、たまたまそういう
コスプレに出会わなかっただけなのかもしれないが。
当時の戦場で使われた二等兵服を着てくる老兵はもう生き残ってはいないのかもしれない。

ということは、今時使われないコスプレ服を作っているメーカーがあるということである。
世の中にはいろいろな商売があるのである。その又草鞋を作る人がいるのである。
今年も、8月15日の靖国神社の境内は超満員だったのだろう。周辺でもこんな感じ
映像で、ポリス印の赤いチョッキを着ているデモ行進者は日当で動員された人達みたいである。

靖国マニアでも、通は、8月15日の参拝を避けるのだという。人が多いからである。
例えば、靖国少女の稲田朋美防衛大臣は、その日を避けるためにジプチに外遊したという。
その靖国神社も、翌16日はがらがらである。本当の通はその日に参拝するのである。
そして境内にある茶屋で二等兵ビール(600円)を飲んで帰って来るのである。
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by munojiya | 2016-08-17 00:05 | 酩酊篇 | Trackback | Comments(0)
2016-06-24 「初めて呑んだ日本酒が最愛ちゃん」
BM旋風が、お酒の世界に及んでいる。
『初めて呑んだ日本酒が最愛ちゃんでした』(典拠4:37)。
「最愛」というお酒があって、それがBMのメイトの目にとまったというのが発端である。
お酒の名前は「さいあい」だが、字が読めないメイトがそれを「もあ」と読んでしまったのだ。

もちろん、洒落である。
そうなると、「ゆい」ちゃんはないか、「すず香」はないか、ということなって、
そういうことでは仕事の早いネット職人が、あっという間にサイトを作ってくれるのである。
「すず香」というお酒だけがないというのである。

ベビメタ効果で「最愛」ってお酒が売れているとか……
でもメイトなら三点セットだよね?
(すず香ってお酒が見つからない……)
』(同4:40)。
「寿ゞ香〈すずか〉」という焼酎はあるという。

「最愛」は若水(酒造好適米)の60%精米の特別純米酒みたいである。
「ゆい」は栄光冨士(冨はワ冠)の特別純米酒である。結納用みたいで金箔入のお酒である。
「寿ゞ香」はお酒ではなくて、本格芋焼酎である。本格とあるから乙類なのだろう。
栄光冨士の「ゆい」は呑まなくても想像できるが、「最愛」は呑んでみないと判らない。

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香坂酒造の香梅こそが日本一の酒だと思う
しかし最愛、慶事に贈りたいいい名前の酒だね
』(典拠39)。
日本一のお酒を持っている人は幸せである。最愛の妻を持っているのと同じだからである。
毎回、呑むお酒が変わる庵主のような酒界の漂流者は、不幸の淵に浮いているみたいである。

現実は厳しいのである。その実態はこれだという。
A、いや、甲と呼んでおこう。一緒に並びたいですか。
乙がこれ。これなら一緒に呑んでもいいか。
丙もある。そういう商品を作っている人もいるということである。

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by munojiya | 2016-06-24 00:05 | 酩酊篇 | Trackback | Comments(0)
2016-06-23 黒糖焼酎 「黒悪魔」の正体
「黒悪魔」という黒糖焼酎があるらしい
この黒糖焼酎は、当店でしか手に入らない希少品だというのが宣伝文句である。
値段を見ると四合瓶で2700円(税込)とある。
庵主の中では、ワインと焼酎は四合瓶で千円以下というのが常識なのでそれは高級品である。

度数が、25度でなく、30度になっているから、販売政策的にはそんなものかもしれない。
売政策というのは、イメージ代の上乗せのことである。
高そうに見えるように造って、そのイメージの分だけ値段を高くするのである。
良く言えば、呑み手により高い満足感を与えるためである。

醒めた視線で言えば、「俺は、中身の酒しか呑まないから、瓶の美醜はどうでもいい」という
ことになる。しかし、食べ物は、飲物もであるが、見掛けの美しさも大切なのである。
韓国料理や、沖縄料理は、不味くはないのだが、見た目が良くないものが多いので、
二の足を踏むのである。一方、豚カツ、天麩羅、握り寿司のなんと簡素で見た目の爽やかな事。

で、そのプレミアム黒糖焼酎は、どこで造っているのかとその宣伝サイトを最後まで読んだ
のだけれど、蔵元の名前が見つけられなかったのである。小さく、西平本家だと書いてあった。
アマゾンの書籍の広告がそれである。肝心な、版元の名前が最初に出てこないのである。
お酒も本も、どうやって造ったかよりも、誰が造ったかが肝心なのである。
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by munojiya | 2016-06-23 00:05 | 酩酊篇 | Trackback | Comments(0)
2016-05-10 2016長野の酒メッセ
5月10日午前3時は、パナマ文書の公式リストが発表されということで注目されている
時間(時刻のこと)である。
5月11日午後5時も、お酒が好きな人なら見逃せない時間である。
東京で「2016長野の酒メッセ」が始まる時間だからである。

場所は、品川プリンスホテルのアネックスタワー5Fにあるプリンスホールである。
入場料は2500円。入場料は次の手間を惜しまなければ2000円になるという。
長野県酒造組合HPへ掲載しているDMの印刷または、A4サイズチラシをご持参戴いた
場合も500円引き
』になるという。庵主はDMを頂戴しているのでそれで500円引き。

長野県内の酒造メーカー約60社の500種類にのぼる清酒の試飲』ができるという。
呑める人には天国である。呑めない庵主には地獄である。
普段は出会う機会がないうまそうな(うまいかどうかは呑んでみない判らないが)お酒を目の
前にあるというのに、それを存分に呑むことができないからである。

長野の酒メッセでは、誘惑に負けてしまい、つい呑み過ぎてしまった事が再三で、今回は、
呑まずに、見る事に徹することにするつもりである。呑んでいる人の表情を観てくるのである。
「つもり」だから、また誘惑に負けてしまう事は必至である。
もし出品されていたら、「御薗竹」の「十二六」だけは味わってこよう。うまいからである。
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by munojiya | 2016-05-10 00:05 | 酩酊篇 | Trackback | Comments(0)