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2017-07-31 面白いけれどつまらない映像
例えば、初値ミクのホログラムを見て面白いかということてある。
確かに、面白いと思うが、やっぱりつまらないのである。
そしてこういう映像がある。
ちょっと面白いのである。そしてやっぱりつまらないのである。

映画でCGを見て、騙されたと思うよりも、そんなものを見て喜んでいる自分がむなしくなる。
作る人は、それを、今まで実現できなかった表現だというのである。
つまらないから、マトモナ人はそんなことをしなかっただけなのである。
煙草を吸って、煙を耳から出すという“手品”がある。

種は簡単で、誰にでもできるのだという。
鼓膜が破れていれば、である。
先の映像の4:35から始まるシーンは、いくつもの部屋の襖を次々に開け続ける趣向だが、
鈴木清順が撮った、高橋英樹のヤクザ映画「刺青一代」に同様の場面がある。

殴り込みに行った屋敷が異常に広い構造で、CGの嘘映像よりそういう異様な設定〈アイデア〉
が映画の面白さなのだが、開けても、開けても、そこはまた空の部屋なのである。
映画にはこの場面はどうやって撮ったのかという興味があったが、CGにはそれがないのだ。
次から次に栓を抜いても、中にはお酒が入っていな空瓶ばかりという場面があったら悪夢である。

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鈴木清順で検索していたら、こういうサイトがあった
「続けんかえれじい」の脚本である。
脚本〈ほん〉はできあがっていたが、それは撮影されることはなかった。
しかも、そこでは横書きなのである。

日本の映画は脚本は縦書きなのである。
思えば、英語の映画は、シナリオは横書きなのだ。
日本の映画は縦書きで映画が進むが、アメリカ映画は横書きで進んでいるのである。
見た目は同じ映画だが、その内実は純米酒とアル添酒のように異なっているのである。

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by munojiya | 2017-07-31 00:03 | 番外篇 | Trackback | Comments(0)
2017-07-26 ユウツベで、未来が観れる
ユウツベでは未来を観ることができる。
ユウツベはそまで技術が進んでいるのである。
これがそれである
前の日に、翌日の映像を流しているのである。

2017/07/24に公開
※拡散希望※ これを知っても報道機関を信じますか。地上波のタブーを加戸氏[元愛媛県知事]
が暴露。その後、訪れる悲劇を前川[元文科省事務次官]は知らない。
【青山繁晴】《偏向報道》※歴史的証言の部分です※

≪国会:加計学園問題 安倍総理出席≫
参議院~平成29年7月25日 予算委員会閉会中審査~』(同)。
7月25日の映像を、7/24に公開しているのである。
競馬の中継もそうなのかと期待しながら、庵主は今からせ今週末を楽しみにしているのである。

7/24か、7月25日のどちらかが、もしくはどちらも間違っているのだろうが、誤植の
面白ネタである。面白議事録というネタもある。ネタの種は尽きないのである。
「いろいろ事情があって」が、「いろいろ情事があって」になっていたという誤植を思い出した。
事が引っくり返ると大変なのである。徳利を引っくり返しても大変だけれど。お酒が勿体ない。

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by munojiya | 2017-07-26 00:35 | 番外篇 | Trackback | Comments(0)
2017-07-10 今週の誤植「生前体位」
いまの皇室、具体的には天皇陛下皇后陛下は狂っているというのである。
雅子妃とその娘が正常でないことはだれの目でも確かだがその親御さんもオカシイという。
少なからぬ税金でお育てした内親王をフリーターの出自怪しげな男と結婚させようとする
無責任。天皇辞めるのに税金で私的活動したい職員は減らさないとのたまう身勝手。

腹がたつばかりです。』(典拠米)。
皇室は庶民〈にほんじん〉を怒らせてしまったのである。日本人を怒らせると恐いよ。
税金で暮らしているのに、スポンサーたる国民に理解しろ、口出しするなと言わんばかりの
態度にいい加減にしろ、と言いたいです。

やはり、一つの家系に皇統を独占させている状況だからこそ女系だの女性宮家だの生前体位だの、
意向一つで法を変えようというワガママ増長が出てくるのでしょう。
こうした動きの牽制の為にも旧宮家の方々の皇族復帰が必要なんじゃないでしょうか。』(同)。
正田美智子、小和田雅子と続いて今度だから、宮内庁の役人にも観相能力はないようである。

あの場合の態位を「体位」と書くのは間違っているという説がある。
「体位」というのは「体位向上」の体位であって断じてそのありさまを言うのではないという。
その場合は「態位」と書くべきだというのである。死んだら体位もなにもないから生前体位か。
「本醸造酒」も醸造酒だから間違いではないが、生前体位同様怪しい言葉なのである。

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「本醸造酒」というのは、純米酒に原料白米重量の10%以下の醸造アルコールをまぜて造った
お酒のことである。アル添酒を「本醸造」と呼んでいるのである。詐欺用語である。
よく言っても「日本酒リキュール」なのである。
例えば、果汁1%のオレンジ飲料があったとする。それをジュースと言えるか。

言えまい。ちなみにアルコール度数1%未満の飲料も酒とは言わないのである。
ならば、1%オレンジ飲料にオレンジ香料を混ぜたらオレンジジュースと呼べるか。
そんなものは紛い物だろう。似非ジュースである。清酒にアルコールを混ぜたものをお酒と
呼べるか。アルコールで希釈したのだからお酒と呼べないことはないけれど。

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by munojiya | 2017-07-10 00:03 | 番外篇 | Trackback | Comments(0)
2017-06-25 見やすいコメント欄
コメント欄が読みやすいブログはデザインのセンスがいいということである。
コメント欄の文字の大きさが、本文の文字より小さいものがある。
庵主のように齢〈とし〉をとった目には、小さい活字は読みにくいのである。
活字とは書いたが、いまはフォントというのか。

コメントの区切りがこういうデザインのコメント欄が庵主には分かりにくいのである。
どこが区切りなのか、混乱してしまうからである。
そのコメントは横線と横線の間が一つのコメントなのか、横線の上の日付からコメントが
始まっているのかが紛らわしいのである。

コメント欄のデザインで一番見やすいのはこのスタイルである
一つのコメントが、一つのボックスにおさまっているスタイルである。
このスタイルなら、どこからどこまでが一つのコメントなのが明瞭である。
こういうデザインをする人が好きである。でも、投稿後に訂正や削除するときはどうやるのか。

ならば、当ブログのコメント欄はどうかというと、悪くはないが、よくもないという
お酒でいえば、不味くはないが、うまくもないというお酒と同様に、つまらないデザインである。
ただ、当ブログはコメントを期待していないので、そんなコメント欄でも支障はないのと、
庵主にはその不満足なデザインを変更する技術がないのでそのままにしているのである。

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「齢〈とし〉」という表記について
庵主は「としをとる」を「齢をとる」と書くが、普通は「齢」を「とし」と読まないのでご注意。
年をとる と 歳をとる
どちらが正しい書き方なんですか』(典拠)。

常用漢字表では「歳」に「とし」という訓を掲げていないので、公用文や学校では
「年をとる」と書いた方が無難です。
ただ、「歳」には「年齢」「歳月」という意味があるので、個人的な文章に用いる場合は
「歳をとる」と書いてもいいのではないでしょうか。』(同前)。

その例に倣って、 「齢」には「年齢」という意味があるので、個人的な文章に用いる場合は
「齢をとる」と書いてもいいのではないでしょうか、というわけで、当ブログにおいては、
「としをとる」は「齢をとる」と表記している。
「年をとる」とか「歳をとる」と書いたのでは、庵主の感覚では「年齢感」がしないのである。

「年齢〈とし〉をとる」と書いたらいちばんしっくりするが、「年齢」では2字になるので、
「齢」と書いて「とし」と読むことにしたのである。
「齢」は普通は「よわい」と読むが、当ブログでは「齢をとる」とあるときは「よわいをとる」
ではなく、「としをとる」と読むのである。

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by munojiya | 2017-06-25 00:02 | 番外篇 | Trackback | Comments(0)
2017-03-11 今週の誤植「誤り方」
もうほとんどの国民が、
安倍本人が口利きした主犯だと知ってるんだが。
参考人招致を拒否ったミスがデカいわ。
自民党は、もう今は誤まり方と幕の引き方しか考えることないだろw』(典拠)。

引用文の最後の「w」は消し忘れではない。
通常は文末の「w」は「。」に置き換えるというのが当ブログの表記の原則であるが、
今回は原文どおり残しておいたのである。
誤植は「誤り方」である。これは「謝り方」の間違いである。

でも、こういうが一番躊躇うのである。
わざと「誤り方」と書いている可能性も拭えないからである。嫌味である。
「謝り方」を「誤ったんだよ」というわけである。
謝ったら、もし総理が自分の発言に責任をもつ人なら辞任ということになるがそれはないだろう。

安倍さんは息を吐くように嘘を吐く人だからである。その実例を集めたサイトを見た事がある。
かみさん同様、チョウセン人体質に近い人だから、今度もその嘘言は実行されないことだろう。
坊さんがつく嘘は方便といい、政治家の嘘はナントカという。そのナントカが思い出せない。
酔っぱらいは「俺は酔っちゃいないよ」とよく嘘をつくがそれは酔態というのであるが。

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武士がつく嘘は武略というのだという。
光秀は、こんな名言を残しています。
「武士の嘘を武略と言い、仏の嘘を方便と言う。土民百姓はかわゆきことなり」』(典拠)。
ならば、政治家の嘘は「政略」というのかというとそれはちょっと意味が違うし。

「方便」というのは、真実を知っている導く嘘で、誤魔化すための嘘ではないのだというが、
坊さんが言っているのだからそれも方便なのかも。
「政治家の嘘を何というか」で検索していたら、こんな言葉に出合ってしまった。
コンピュータは旧約聖書の神に似ている、規則は多く、慈悲は無い典拠)。

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by munojiya | 2017-03-11 00:03 | 番外篇 | Trackback | Comments(0)
2017-03-05 今週の誤植「おっしゃっているわけではない」
『[(愛称)安倍晋三記念小学校には]6200万円もの補助金が交付されるもので重大なもの
なのです。私は、総理が関わっているとおっしゃっているわけではありません。
あんまりむきになって反論すればするほど怪しいから冷静にご答弁をお願いしたいんですけど
典拠22:23)。

民進党の福島伸享議員は、自分の発言を「おっしゃって」しまったのである。
議員も、「冷静に」、そして、きっと不慣れなんでしょうけど「日本語で」、質問をしてほしい
ものである。日本人の振る舞いは、自分を立てるのではなく、相手を立てるものなのである。
むきになって反論すればするほど怪し』く思われるので、反論はされるまでもないけれど。

旨いお酒を造ったときの杜氏の言葉もそうである。
「このお酒は私が造ったのではない。ただ育てただけだ。お酒は神様が醸してくれのだ」と。
この学校は[校地を]最初賃借でとやったのはですね、学校の用地は普通は買うんですよ。
国有財産を。それを特例でいろいろ議論があって、[中略]この学校はお金がないから

賃借にしてくれということで寄付金集めが設置認可の条件になるほど苦労されていました。
(同前22:44)。
資金がないのに学校を設立しようという創立者と、その人に8億円の土地をただ(同然)で
プレゼントした人とを結ぶ補助線があって、それは「加計孝太郎」だとネットはいうのである。

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by munojiya | 2017-03-05 00:02 | 番外篇 | Trackback | Comments(0)
2017-03-04 「ラ・ラ・ランド」は「君の名は。」は同工異曲
日本ではアニメ映画「君の名は。」がやっている事と同じことをやっているのが、アメリカ映画
の「ラ・ラ・ランド」がやっているというのが、「前田亭」と、庵主が呼んでいる前田有一の
「超映画批評」の評論である。
映画の勢いが、プロの評論家の感性をも狂わしてしまったというのである。

そういう狂騒状態を「お祭り」というのである。知性は関係ないのである。
「同じアホなら、踊らにゃ損損」である。
踊った方が、見ているよりも、もっと面白いということである。
「ラ・ラ・ランド」を撮った監督の前作があの「セッション」である。あれは怖い映画だった。

競うということは、頂点の一人に対して、その下に数多くの敗者を作るという怖い映画である。
自分の才能に自信を持っていてそういう世界が好きな人にはたまらない映画なのだろうが、
自分の才能の限界が判っている庵主にとっては見ていて精神的に耐えられない怖い映画だった。
教育とはそれを感じさせないためにやるのである。非才者に対するアフターケアなのである。

勉強中はまだ自分には可能性が残っているぞと思わせて、人が絶望の淵に沈むことがないように
希望を与えるのが教育のやっていることなのである。
アフターケアというよりは、ビフォーケアというべきか。
お酒で宿酔の時に飲むシジミ汁はアフターケア、和らぎ水を飲みながら呑むのがビフォーケア。

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「君の名は。」と同じ現象がアメリカで起こっているというのである。
ツイッターその他で私は本作を平凡と評したが、他の人たちは思っていてもなかなかそれを
言い出す勇気はなかったことだろう。それくらい映画業界における「ラ・ラ・ランド」狂想曲は
凄まじかったし、物言う評論家たちも絶賛の嵐であった。

もっともそうなることは見た瞬間、私はすぐに予想できたし、理由もはっきりとわかった。
結論から言えば、本作はとくにアメリカ在住の中年以上の業界人、ようするにオスカー会員の
ような人たちから確実に「愛してもらえる」要素を、きわめて計算的に盛り込んだ作品という
ことである。』(典拠)。
オタクのツボをついたというのである。

ロサンゼルス、すなわち夢の国を意味するタイトルからして、そうしたコンセプトだと明言
しているのであり、それを完璧に具現化したデイミアン・チャゼルの手腕は見事といえる。』を
「『君の名は。』は、すなわち夢〈あこがれ〉の国〈ひと〉を意味するタイトルからして、そうした
コンセプトだと明言しているのであり、それを完璧に具現化した新海誠の手腕は見事といえる。」

としたら、二つの映画はまったく重なるのである。
それ以降の解説はそのまま「君の名は。」で使っても違和感がないのである。
前作「セッション」のような才気を感じてみたいといった人に全く本作は向いていない。
というところなんか、「君の名は。」とぴったりなのである。

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by munojiya | 2017-03-04 00:02 | 番外篇 | Trackback | Comments(0)
2017-02-20 今週の誤植「非人道的な原爆を日本に透過」
世の中で何が人に嫌われるかといって、「他人が書いた文書の誤植を指摘する事」に敵うものは
ないだろう。
庵主は性格が悪いのそれを平気で、というより天真爛漫にやってのけるのである。
故に、人からは煙たがられているのである。

煙たがられているというと、マイナスイメージだが、実はその逆で、他人がこっちにちょっかい
を出してこないから庵主は平穏な生活が送れるということなのである。めでたしめでたしである。
人がちょっかいを出してきたことが何度かあったが、その都度お金を騙し取られたものである。
だから、笑顔で近づいてくる人を見るとどうしてもそれに見えてしまうのである。

最近は、入信しても何の役にも立たない宗教の勧誘とか、保険料を払っても何の利益もない保険
の勧誘の電話しかないから、そのときは格好の世間話の時間になっているのである。
さいわい、御布施は出せませんよと言い、保険料なんかいまさら予算計上していませんよと
いうと先様はなぜか諦めて去っていくのである。根性のない勧誘なのである。

齢をとると後に何も残らないものが身軽でいいのである。蔵書、美術品、財産等は重荷になる。
その点ではお酒は呑んだ後に何も残らないからいいのである。旨かったという記憶だけが残る。
さて『戦後世界覇権を握る為に、非人道的な原爆を日本に透過しても、アメリカが良い国であり
続けるためには、原爆を投下された日本が悪い国であり続けなければならない。』(典拠)。

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以下、その続きの文章である。
それはアパホテルの元谷外志雄会長が書いた本からの引用だという。
だから、アメリカは虚構の南京大虐殺や従軍慰安婦の強制連行を否定せず、プレスコード
(日本新聞遵則)によってメディア報道を縛り、東京裁判史観を押し付けてきたのだ。

このプレスコードは昭和29年9月21日に公表されたが、プレスコードで禁止された30項目
をここに記す。
(1)SCAP(連合軍最高司令官もしくは総司令部)に対する批判
(2)極東国際軍事裁判批判→いわゆる東京裁判の批判

(3)GHQが日本国憲法を起草したことに対する批判
(4)検閲制度への言及
(5)アメリカ合衆国への批判
(6)ソ連への批判

(7)英国への批判
(8)朝鮮人への批判→いつの間にか日本人だった戦犯となるべき朝鮮人が戦勝国入りしている
ことへの批判の禁止ということ
(9)中国への批判→支那人の日本人虐殺事件等に対する批判の禁止ということ[次節に続く]

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(10)その他連合国への批判
(11)連合国一般への批判(国を特定しなくとも)
(12)満州における日本人取り扱いについての批判→支那朝鮮人が日本人を殺害陵辱強奪した
ことに対する批判のこと

(13)連合国の戦前に対する政策に対する批判
(14)第三次世界大戦への言及→これは日本の報復を恐れたため
(15)冷戦に関する言及
(16)戦争擁護の宣伝

(17)神国日本の宣伝
(18)軍国主義の宣伝
(19)ナショナリズムの宣伝
(20)大東亜共栄圏の宣伝

(21)その他の宣伝
(22)戦争犯罪人の正当化および擁護
(23)占領軍兵士と日本女性との交渉→米兵御用達の日本人売春婦宿が存在することへの禁止
のこと[さらに次節に続く]

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(24)飢餓の誇張
(25)闇市の状況→朝鮮人暴力団朝鮮進駐軍の暗躍に対する批判のこと
(26)占領軍軍隊に対する批判
(27)暴力と不穏の行動の扇動

(28)虚偽の報道
(29)GHQ記または地方群生部に対する不適切な言及
(30)解禁されていない報道の公表→ここに朝鮮人電通の関与が登場』(典拠)。
最初の行の『非人道的な原爆を日本に透過しても』は「投下しても」の誤植である。

そういう分かりきったことをわざわざ人から指摘されると、自分の書いてものに自惚れている、
おっとっと、自信をもっている自尊心のある書き手ほどそんなお節介がカチンとくるのである。
金甌無欠の筆者に向かって何をぬかすかと。しかもそれは明らかに間違っているものだから、
振り上げた拳〈いかり〉のやり場に困るのである。それほど癪に障ることはないのである。

ただこの誤植は、引用元の誤植も忠実に引用したものか、引用者が打ち直した時に誤変換が発生
したものは判らない。引用元が紙の本だというから、多分打ち直したときに間違えたのだろう。
引用時にすでに違っていたものなら「非人道的な原爆を日本に透過(ママ)しても」とか、文末
に「原文どおり」などと表記される筈だから。いずれにせよ嫌がられる事にかわりはないけれど。

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by munojiya | 2017-02-20 14:10 | 番外篇 | Trackback | Comments(0)
2017-02-11 今週の誤植「期待にそぐわないご飯」
『[その電気炊飯器を使った時の]使用内容:
        米 = 南魚沼産コシヒカリ(奮発してみました。)
        量 = 1合 
見た目では輝きが“ゆめりか”よりも輝いていて、味も文句のつけようがないという感じです。

当たり前のことだと思いますが、米によってこんなに違うと改めて実感させられました。
使用する米は“ゆめぴりか”以上だと期待にそぐわないご飯が炊けると思います。
この炊飯器のお陰で最近ではご飯に合うおかずを考える日々になりました。』(典拠)。
同じ電気炊飯器なのに、この機種は、いいお米を炊くと俄然おいしく炊きあがるというのである。

お酒の場合は、その逆で、同じお酒でも、それを呑む器によって味が変わるのである。
いや、その炊飯器と同じか。酒盃が同じなら、中に入れるお酒がよくなると旨くなるのだから。
で、最初の「“ゆめりか”」は、勿論、「“ゆめぴりか”」の誤植である。
それは、誰が見てもすぐ分かるからどうでもいい誤植である。

問題は次の部分である。
期待にそぐわないご飯が炊ける』。ここでその書き手が言いたいことは、「いいお米を炊いた
ときには期待を裏切らないうまいご飯が炊きあがる」という事である。ならば「そぐわない」は
そぐわないのである。意味が逆になる。「期待に違〈たが〉わない」と言いたいのだから。

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by munojiya | 2017-02-11 07:59 | 番外篇 | Trackback | Comments(0)
2016-12-10 なんだこの「写真」は
「写真」といっても、そこに写っている被写体の事ではない。
その「写真〈がしつ〉」のことである。以下の「写真」は全て「がしつ」と読んでほしい。
「美しい」のである。この写真である。二枚目の写真の立体感には泣ける。
一眼レフがデジタルになってから写真をやめた庵主にとっては驚異的な写真に見えるのである。

「男子三日会わざれば刮目して見よ」という。
「写真」もそうだった。
「ISO(フィルム、おっとセンサーの感度のこと)40000」といった数字を見ると
笑っちゃうのである。写真は、フィルム写真の時代とは別次元になっていたからである。

今どき、楽しく零戦〈れいせん〉を愛でている時に、世の最先端は、すでに無人機がバンバン
爆弾を落としてくる時代になっているようなものである。技がいらなくなったのである。
そういった最新の技術(思想)についていけない自分に笑っちゃったのである。
で写真は面白くなったのかというと、つまらなくなったのである。『化け物』になったから。

お酒も「三日会わざれば刮目して呑め」である。
花酵母で造ったお酒がある。当初のそれはエグい味わいで、笑って呑むしかない代物だった。
が、しかし、造り手はその癖を手なずけて、最近の花酵母酒は存外呑めるようになったのである。
お酒は先入観で呑んではいけないのである。出合ったら、必ず自分の舌で確かめることである。


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by munojiya | 2016-12-10 10:03 | 番外篇 | Trackback | Comments(0)