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お酒はゆっくり呑む
実は同じことをいっているのだが、
文章に書くと反対の意味のことを書くことになる。
お酒はなにもあわてて手当たり次第に呑むことはないということである。
同時に、数多くお酒を呑まないと酒はわからないということである。

お酒の面白さに目覚めたころは
呑んだことがないお酒に出会うと片っ端から呑んでみたくなる。
銘柄違いで、同じ蔵元のランク違いで、と
見るお酒がどれも気になってしょうがないのである。

2杯が限界なのに
つい3杯目、4杯目を呑んでしまう。
そして気分が悪くなって後悔するのである。
が、また店が変わったら同じことを繰り返してしまう。

お酒の魅力と魔力がそこにある。
自分の体に十分な量を呑んだら
それ以上呑んでもちっとも楽しくないのに
いくらでも呑めてしまうということである。

ご飯なら
腹いっぱい食べたら
それ以上に食うことはできない。
ところがお酒は限界を越えていても呑むことができるのである。

アルコールで
理性がマヒしてしまうのだろう。
十あればいいものを
二十も三十も欲しがるのを貪欲という。

はたからみると
それはみっともない振る舞いである。
ところが
お酒は呑んでもう十分だとわかっていても呑んでしまうのである。

いっぺんに多くの種類を呑んでも
あとに記憶に残らない。
それよりは少ない数のお酒を
じっくり味わって呑んだほうがずっとお酒のおもしろさがわかるというものである。

日本酒のすごいところは
冷や(常温のこと)でも呑めるし
燗をつけて呑んでもうまいということである。
ただしすべての酒が燗をつけるとうまいというわけではないが。

そして冷やであっても
時間の経過でその味わいが
変わっていくということである。
その変化の妙がわかるとまた面白いのである。

ふつうお酒は
冷蔵庫から出してきたものをすぐグラスについでくれるから
じつは冷え過ぎなのである。
冷えた酒は欠点を隠す、というより美点がまだ眠っている状態なのである。

それがしばらくおくと
温度が上がってきてお酒がほぐれてくる。
そのお酒のよさが現れてくるのである。
冷えたお酒のうまさもあるが、そのお酒の美しさが感じられる温度もまたうまい。

じっくり呑んでいると、酸味が伸びる、辛口がしだいに強くなる、
といった味わいの変化を楽しむことができる。
一粒で二度おいしいではないが、
お酒も一杯で味のうつろいをいくつも楽しめるのである。
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by munojiya | 2005-07-31 22:11 | Trackback | Comments(0)
素人の利き酒
利き酒というと
なんとなくかっこよく感じるが、
なんてことはない、
お酒を評価することである。

しかも自分の舌で。
ただそれだけである。
プロの利き酒と
素人の利き酒は目的が違う。

プロの利き酒は商品の目利きである。
売るための評価である。
素人の利き酒はうまいお酒を選択することである。
うまいお酒を呑むための評価である。

利き酒は
テイスティングというといちだんとかっこよくなる。
ソムリエが
ワインの銘柄を当てる芸当を思い浮かべてしまう。

ワインの場合は
本当に銘柄がわかるときがあるらしい。
ぶどうという原料と出来上がったワインとの結びつきが密接だからである。
その点、日本酒はそれがないからひどい酒でないと銘柄を当てることは難しい。

例えば北海度で日本酒を造ろうというときに
原料の山田錦は他県から買ってくることができる。
水も、麹も、酵母もほかからいくらでも買ってくることができるから、
原料がすべて非北海道というお酒が造れるのである。

しかもいまでは空調で温度管理は自由自在だから
北海道という風土さえ感じさせない日本酒を造ることができるのである。
そういうお酒を呑んだとしたら
北海道の風土を感じるお酒だとわかるわけがない。

ワインの場合は、
ぶどうを摘んだら早いうちに造りにはいらないとぶどうがいたむから
原料を遠くに運んで工場で造るという芸当ができないのである。
だから出来上がったワインにはその風土の味わいがより強く残っているのである。

今の日本酒の最先端は
造り方が本当に洗練されている(イヤミで書いているのだが)。
全国新酒鑑評会で金賞とか入賞というお酒を呑んだから
どれも文句なしの美人顔をしている。

だから、二、三の銘柄を呑んだら
どれもがみんな同じに見えてしまうのである。
そういうお酒は呑み手はわざわざ利き酒をするまでもない。
だまっていてもきれいなお酒だからである。

呑み手の利き酒は
自分がうまいというお酒を見つけることである。
競馬をやらない人が競走馬を見たらみんな同じ顔に見えるが
わかる人にはそれぞれの個性を見分けることができる。

お酒も同様に
興味がないとみんな似たような味に思えるが、
一度その違いに目覚めたら
地獄である、いやお酒の世界がいっぺんに広がって目眩を感じるほどである。

自分にとってうまいお酒とはなにか。
利き酒とはそれを見極める旅である。
甘辛、酸味、米だ、酵母だ、やっぱり杜氏の技だと
めくるめくような日本酒の世界の扉をあけることなのである。
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by munojiya | 2005-07-30 22:50 | Trackback | Comments(0)
純米酒
まえに
本醸造酒の正体について書いた。
今回は純米酒の実態である。
純米はうまいのかということである。

最近の純米酒は
一般的にはいいお酒である。
ここでうまいお酒と書かなかった理由を述べなくてはならない。
庵主は純米酒を呑んでうまいと感じることが少ないからである。

とはいえ、
原料を吟味して
造りに気をつかった純米酒は
本当にうまいのである。

先に庵主の結論を書いてしまうが
お酒も料理と同じで
造り手のセンスの善し悪しで
うまかったりそうでなかったりするということである。

酒は呑み物であるが
食品なのである。
材料のよしあしによるうまいまずいと同時に
それを造った人の上手下手があるということである。

だから
庵主は
純米酒だからといって
うまい酒だと判断することはない。

呑んでみてから判断する。
庵主がうまいとおもう条件に当てはまっている純米酒ならうまい酒である。
そうでなかったら、
いくらいいお酒でも庵主にとってはうまい酒ではない。

いい酒というのは
いい原料を使って造ったお酒だったり
丁寧に仕込んだお酒のことをいう。
いいところのお嬢さんというときのいいである。

いいところのお嬢さんだからといって
そのだれもを好きになれるものではない。
好みというものがあるからである。
いいお酒も同様である。

いいお酒で庵主の好みに合うお酒がうまいお酒である。
いいお酒でもそうでないときはただのいいお酒である。
庵主に好みに合わないだけである。
それは悪いお酒ではないことはもちろんである。

純米酒だからといっても
必ずしもうまいとは限らないのである。
本醸造酒のほうがうまいということ
よくあることである。

庵主はうまいお酒しか呑めないから
必ずしも純米酒にはこだわらない。
うまい本醸造酒とそうでな純米酒があったら
ためらわずうまい本醸造酒を選ぶ。

ただ純米酒のほうがアル添よりは原価も高いはずだから
アル添酒を造るときよりは気を遣って丁寧に造っているのだろうと思う。
蔵元の中には純米酒はそこそこの味なのに
本醸造酒の方はかなりうまいという場合もあるから面白いのである。
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by munojiya | 2005-07-29 23:16 | Trackback | Comments(0)
「うまい」について
純米酒の実態について書く前に
確認しておくことがある。
「うまい」酒とはどういう酒かということである。
庵主はうまいと書くときに、カギカッコをつけて「うまい」と書く。

この「うまい」という意味は
あくまでも庵主がうまいと感じる味わいであるということである。
庵主が「うまい」と書いたお酒を呑んでみて
俺にはちっともうまくないぞといわれても困る。

庵主が日本酒を呑むのは
アルコールがほしいからではない。
それが「うまい」からにほかならない。
そして「うまい」お酒を呑んでいると気分がいいからである。

お酒も酔いがまわらなければいくらでも呑めるのに、
と庵主が冗談をいうと
長老は
酔っぱらうからうまいんだよと庵主を窘(たしな)めるのである。

庵主は
体質的に少量しかお酒を呑めないので
だらだら呑みつづけたときにうまさが身にしみてくるというお酒はダメである。
最初の一杯から「うまい」とわかる酒ではなくてはならない。

庵主にとってどういうお酒が「うまい」と感じるかというと
まず、あまい酒である。
日本酒には甘口と辛口という言葉があって
いまは辛口の酒が好まれるというが、そこでいう甘口のことではない。

日本酒の辛口と甘口とは
日本酒度のプラスとマイナスで表される指標であって
実際にそのお酒を呑んだときの
印象とは必ずしも一致しないのである。

辛口の酒なのにあまいと感じるお酒がある。
お酒のあまさというのは糖分の量のほかに酸の寡多も関係してくるからである。
だから甘口の酒なのに
それほど甘いと感じない場合もあるから呑んでみないとわからないのである。

庵主が好むあまい酒というのは
辛口であって口に含んだときに
あまく感じるお酒である。
酒質がまろやかな酒がそれである。

庵主が「うまい」と感じる第二の条件は
アルコールの度数が少し高い酒である。
標準とされる15度のお酒だとなんとなく薄いと感じてしまう。
度数が17度以上になると反射的に「うまい」と感じてしまうのである。

そして酸味がきれいなお酒である。
酒の酸味は日本酒のみならず「うまい」酒の隠し味なのである。
ウイスキーやビールなどでもそれがうまい酒なら
庵主は飲むことができる。

庵主が「うまい」と感じる日本酒は
その味わいの基準が
ある程度できあがっている。
その条件に当てはまるお酒が「うまい」酒なのである。

庵主が「うまい」と感じるお酒は
質の高いお酒であることが多い。
造りの手を抜いたお酒では満たされないのである。
だから庵主が「うまい」と感じるお酒の水準は一般的に高いということなのである。
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by munojiya | 2005-07-28 23:21 | うまいお酒あります | Trackback | Comments(0)
純米酒はうまい酒なのか
日本酒を知っている人にはあたりまえのことであるが
日本酒には
いくつかのタイプがあるということを知らない人が少なくない。
車でいえばトヨタの自動車にいろいろな車種があることを知らないのと同じである。

たとえば
お酒を呑まない人でも知っている
「越乃寒梅」も
いくつかのランクの「越乃寒梅」が造られているのである。

だから、一番安い「越乃寒梅」と他の蔵の高いランクのお酒を比べて呑んで
「越乃寒梅」はうまくないといってもダメである。
同じランクの酒と比べなくては意味がない。
トヨタの安い車と他社の高級車を比べたらトヨタの負にきまっている。

日本酒は大きく分けて
まともな順番に、特定名称酒、普通酒、三増酒、経済酒と四つのランクがある。
特定名称酒には八つのタイプがあるということは書いた。
普通酒とか三増酒とか経済酒なるものの正体についてはおいおい紹介したい。

特定名称酒以外の中身を知ったら、
きっとびっくりすることだろう。
いや、がっかりすることだろう。
メイド・イン・ジャパンに対する信用が一気に崩れる代物だからである。

庵主は馬鹿正直だから
それらの通称「日本酒」を国辱商品と言い切ってしまう。
それらの酒を「日本酒」と名乗ることを酒税法が許しているのである。
税金を取るためである。

それらの酒は
アルコールが入っている飲料だから
たしかに酒にはちがいないが
一言でいえば日本酒もどきの酒なのである。

日本酒の文化から派生した二級品である。
代用品なのである。
貧乏になったときに呑む非常用商品なのである。
おおっぴらに呑む酒ではない。

すくなくても
人に出すハレの酒ではない、と庵主は思っている。
うちで呑むケの酒である。
本当は素人が呑む酒ではないのである。

そういう酒が
日本酒の全生産量の
約70%を占めているというのが現実なのである。
日本人は貧乏人が多いからなのか。

違う。
日本人がうまいお酒を知らないからにほかならない。
ではうまい酒とはなにかというと、
特定名称酒と呼ばれているお酒の中にあるのである。

特定名称酒は
大きく分けて二つに分けられる。
米と米麹だけで造った昔からの造りを踏襲している本来の日本酒と
アルコールを添加して造ったいうなればモダンな味わいの酒である。

昔からの造りである純米酒こそが本物のお酒だから
純米酒はうまいという説がある。
が、そうは問屋が卸さないのである。
その実態は明日の話で明らかになる。
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by munojiya | 2005-07-27 22:33 | Trackback | Comments(0)
特別純米大吟醸
困るのである。
日本酒の特定名称を勝手に複雑にされては。
が、うれしくもある。
それを邪道だとは思っていてもそこにうまいお酒があるからである。

最近
特別純米大吟醸という酒が出まわっている。
たとえば
「天保正一」の特別純米大吟醸である。

天保正一といえば
「喜楽長」の杜氏であり、
能登杜氏の最高峰の一人だ。
その天保正一が特別純米大吟醸を世に問うたのである。

山田錦を
30%まで精白して醸したお酒である。
はたして本当にうまいのか。
その評価は文末までとっておこう。

日本酒という商品は
大きくわけて、普通酒と特定名称酒に分けることができる。
どこが違うのかというと
一応うまいお酒が特定名称酒とされている。

では普通酒はまずい酒かというと
そうではないのである。
普通酒はけっしてまずい酒ではない。
大手の日本酒メーカーが心を込めて造っている酒である、呑めない酒ではない。

ただ、まずくはないのだがうまくもないお酒なのである。
ちなみに庵主のからだはそれをうけつけない。
もともと酒が呑めない体質である。
うまくもない酒を無理して呑むことはないからである。

庵主にとっては
普通酒は呑んでも甲斐のない酒である。
呑んでいてもつまらないからである。
庵主は「うまい」酒でないと呑めない。

庵主が呑めるうまいお酒は
特定名称酒の中にある。
特定名称酒は
その原料と造りの違いによって八つのタイプに分けられている。

米だけで造ったお酒が
精米歩合の違いで4種類に分けられている。
純米酒、特別純米酒、純米吟醸酒、純米大吟醸の四つである。
精米歩合が小さくなるほどいいお酒ということになっている。

精米歩合というのは
たとえば精米歩合70%というのは30%を糠(ぬか)にして落としたということである。
純米酒で普通は70%ぐらいは磨いている。
特別純米大吟醸「天保正一」はそれを逆に30%まで磨いた狂気の酒なのである。

うまい酒に思えてきたでしょう。
純米酒に多少のアルコールを添加したお酒が本醸造酒である。
それがまた精米歩合の違いで4種類にわけられる。
本醸造酒、特別本醸造酒、吟醸酒、大吟醸酒の四つである。

特定名称酒の最高峰が大吟醸酒だとしたら
その極みのお酒として造ったのだという意気込みが付けた呼称が
特別純米大吟醸酒なのだろう。
庵主には蔵元の見栄と杜氏の悪乗りとしか思えないのだが。

特別純米大吟醸はうまいとかまずいとかは超越しているお酒である。
ただ黙って味わっていればよい。
それがどういうお酒であるかの一端は
庵主が「梵」の特別純米大吟醸を呑んだときに書いたとおりである。
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by munojiya | 2005-07-26 19:18 | うまいお酒あります | Trackback | Comments(0)
お酒のスキャンダル
★7月24日は休載です。
☆7月25日も休載です。


週刊誌に
美人局アナが
どうしたこうしたという見出しがあった。
庵主は字が読めるからためらわずに「美人局」を「つつもたせ」と読んだのである。

アナウンサーが美人局をしたのだと思って
よく見たら女アナウンサーの話題だった。
美人の局アナウンサーのことだった。
その美人の局アナがとんでもないことをしでかしたのである。

呑めないといって断った未成年者を強引に呼び出して
たらふくお酒を呑ませてしまったのである。
局アナの名前は御歳33歳の菊間千乃という。
テレビをもっていない庵主にはその名前が読めない。

誘惑されて
お酒を呑まされた未成年者は
なんでも「NEWS」という音楽グループのメンバーで
内博貴だということがネットで膾炙されている。

これまた名前が読めない。
内・博貴(ひろたか)なのか、
内博・貴(たかし)なのか。
いずれにせよ内博貴は明らかに年増女の見栄の犠牲者なのである。

未成年者が飲酒しているときに
大人がいてそれをとどめなかったときは
その大人には罰則が適用されるという。
なお酒を呑んでいた未成年者には酒を呑んではいけないとあるが罰則の適用はない。

したがって
未成年者内博貴は少年Aということになる。
それで事件を報道する場合には顔写真に目隠しを入れることになる。
あわれな犠牲者であって責任がないからである。

だと思っていたら、
NEWSが所属している芸能プロダクションが
その業界の大手といういうことから
テレビや新聞は気を遣って少年Aの名前を出さないというのが真相のようだ。

グループ名がNEWSだから、
その名にふさわしく自分でニュースを作ったのだろう。
少年Aの泥酔状態は前後不覚そのものだったという。
局アナにしこたまお酒を呑まされた少年Aはその後放り出されたらしい。

酩酊して
深夜の公園で大声を出していたところを
近所の住人から警察に通報されたのだという。
状況を聞くと局アナがもっぱら悪い。

可哀相なのは少年Aである。
有名なグループのメンバーだったから
日頃テレビを見ない庵主にまで名前を知られることとなった。
その局アナは先程買収を免れたあのフジテレビのアナウンサーだとういう。

局アナは嘘をつくわ
局も思惑があって局アナを庇うわで
大臣がその振る舞いを非難するほどの事件となってしまったのである。
未成年者にお酒を呑ませたときは最後まで面倒をみてあげないとダメだということである。

日本は法治国家である、この事例だと放置国家というべきか。
大正12年に作られた「未成年者飲酒禁止法」は今でも生きているのである。
局アナは一罰百戒にするしかないだろう、クビである。
酒にかかる法律はきびしいのである。
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by munojiya | 2005-07-23 23:35 | Trackback(1) | Comments(0)
重いお酒
生まれて初めて名門「剣菱」を呑んだのは
一年ほど前のことだったか。
あまりにも有名なお酒なので
かえってめぐり会えなかったのである。

昔から格調の高いお酒だった。
「越乃寒梅」がうまいとされていた時代に
美酒として
飲兵衛から一目置かれていたお酒である。

「剣菱」を呑んでいるということが
呑み手の格を誇示することにもなっていたのである。
名声高いお酒なのである。
おそれおおくて庵主は一歩退いてそれを見ていたのである。

金を出せば手にはいるからといって
ガキがセルシオに乗っているのを見るのは気恥ずかしい。
ビトンやエルメスを手にしているお子たちを見ると
つい親の顔を見たくなってしまう。

お酒もまた
かりに買うことは可能だとしても
呑むのは気恥ずかしい銘柄というのがある。
庵主でいえば「剣菱」であり、「惣花」である。

その「剣菱」を呑むことになったのは
たまたま入ったお店に
それしか呑めそうなお酒がなかったからである。
消去法で残った銘柄が「剣菱」だったのである。

「剣菱」はしっかりしている味わいだった。
酒としてはいい造りをしているのがわかるが庵主の好みの味ではない。
重いと思う。
いうなればしっかりものの奥さんという感じだ。

庵主はもっと軽い味わいのお酒が好きである。
目と目があったら
「やりたい?」って
かえってくるような軽い女の子が好き。

やりたいことは
いっしょに一杯呑むことである。
庵主の場合は本当に
一杯だけである。

現在の日本酒の味わいには
当今のモダン系のものと
昔ながらのがっしり系のものとがある。
庵主は古い味わいを引きずっているお酒が好きでない。

古いタイプのお酒は造りはしっかりしているのがわかるのだが、
呑んだ時に味が重いと感じてしまう。
「剣菱」の味わいがそれだった。
庵主はまた山廃造りのように乳酸由来の独特の味が出たお酒も嫌いである。

お酒の味も
少しずつ進化しているのである。
自動車のデザインがレトロと謳っていても
やっぱり新しい感覚のそれであるのと同様である。

もう昔のお酒を呑むことはできない。
「剣菱」はその時代に呑んだ呑み手の心の中で
そのうまさは
いまでも燦然と輝いているのである。
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by munojiya | 2005-07-22 23:33 | Trackback | Comments(0)
原酒
日本酒の原酒である。
原酒とあるとウイスキーのモルトを思い浮かべて、
いかにもうまそうなお酒にちがいないと思ってしまうが、
しかし、日本酒の原酒の定義はそうはいかないのである。

日本酒の原酒というのは
醪に加水しないお酒のことをいう。
醪に水を混ぜていないのだから、
まさにお酒そのものではないか、と思ってはいけない。

その醪にアルコールを添加してあっても
それに加水しなければ
原酒と表示していいとなっているからである。
すなわち原酒イコール純米酒ということではないのである。

加水というのは
醪を搾ったお酒に
水を混ぜてアルコール度数を落すことである。
なぜ水を加えるのか。

もっともらしい説明は
お酒を呑みやすくするためである。
純米酒の原酒でいえば、
アルコール度数が17度~20度ぐらい出るのである。

そのままではちょっと度数が高くて呑みにくい。
と、蔵元は説明する。
それもたしかに一理あるが、
庵主はその意見には与しない。

なぜなら
量を呑まない酒呑みだからである。
その場合、すなわち庵主の場合、
アルコール度数は17度以上あるお酒でないとうまいと感じないからである。

アルコール度数が高いということは
それだけでもうまいと感じる要素だということなのである。
たくさん呑んだら質の低いお酒は
やっぱりうまいお酒ではなかったとばれてしまう。

ところが、
アルコール度数を高めにしておくと
一口だけ呑んだ時にはそれだけでうまいと感じてしまうのである。
庵主は量を呑まないからそれはうまいお酒なのである。

呑みやすさを求めて
15度台に薄めたお酒は
呑んでいて
なんとなくたよりない感じがする。

いいお酒であっても
なんとなく弱い感じがする。
庵主にとっては呑んでいて物足りなく感じるのである。
ところでアルコール度数を下げることには別の目的があるのである。

税金を安くすることで
売価を下げるという目的である。
日本酒の酒税はアルコール度数15%~16%未満のとき
1,000リットルにつき140,500円である。

度数を1度下げると
1000リットルにつき9750円安くなるという仕組みになっている。
2リットル入りの紙パック酒が異常に安いとよく見たら、
そのお酒は13度~14度未満となっていたのである。

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2006年から、清酒の税率はアルコール度数に関係なく一律に課税されるようになった。
税率はアルコール分が22度未満の時、1キロ・リットル当たり120,000円である。
一升につき216円になる。
したがって、現在は酒税を低減するために度数を調整する意味はなくなっている。

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by munojiya | 2005-07-21 23:17 | Trackback | Comments(0)
お笑いアサヒビール
「お笑いなんとか」というのは
テリー伊藤が書く本の書名である。
今回はそれを真似させてもらった。
スタイルも、その精神もである。

アサヒビール「こだわりの極み」の能書きを読んでほしい。
次のとおりである。
【▼引用開始】
 原料、製造法、配送法にこだわりました。

 原料
 ●こだわり一、
 コクのある味わいのために
 ヨーロッパ産「スカーレット麦芽」を使用。

 ●こだわり二、バランスの良い「香り」と「苦味」のために
 イツ産ホップ「ヘルスブルッカー」を使用
 ●こだわり三、上質な国産米を使用。
 やわらかな味わいの秘密です。

 製造法
 ●こだわり四、
 ふんわりとした華やかな香りのために
 「ドラウフラッセン」を使用。

 ●こだわり五、
 すべての醸造工程は
 醸造責任者が自らの目で
 確認しています。

 配送法
 ●こだわり六、工場から店頭まで
 チルド配送(10℃以下)しておりますので
 「こだわり」が生きています。

【▲引用終了】
さらに
要冷蔵 賞味期間90日
チルド配送 生ビール(非熱処理)、とある。

藪蛇である。
こだわり六は
これまで肝心な輸送中の温度管理をしていなかったことが
ばれてしまうではないか。

原料で
「スカーレット麦芽」とか
「ヘルスブルッカー」ホップといわれても
わかる人がどれだけいるのか。

庵主も全然わからない。
大笑いは
こだわり三である。
これは日本酒の缶詰か。

「上質な国産米を使用」とある。
ビールは麦から造ると聞いているが
アサヒビールは米でビールを造るらしい。
それってビールなのだろうか。

しかも、国産米使用とあれば
これまでは外国産の安い米を使ってたのだろう。
ビール名の「極」が
極道の「極」に見えてくるお笑いビールだった。
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by munojiya | 2005-07-20 20:04 | Trackback | Comments(0)