「ほっ」と。キャンペーン
<   2005年 11月 ( 32 )   > この月の画像一覧
番外編・アクセスカウンター
「むの字屋の日本酒痛快速報」には
中途半端なアクセスカウンター機能がついていて
来客がどこから来るのかはわからないがアクセス件数だけはわかるようになっている。
最近アクセス数が増えているのである。

といっても一日平均30件ぐらいだから、
ブログの世界ではないに等しい状態である。
このブログに経常的に訪れる方がいるとしたら
その人はブログ界では極超少数派だということになる。

酔狂な方とまでは思わないが
客観的にいうならば
日本酒庵「むの字屋」の
数少ないお客様という地位にあるということである。

まちがってアクセスされた方がいたなら
これをご縁に、ぜひ、うまいお酒を口にすることの悦楽にひたっていただきたい。
お酒は読むものではなく、
呑んで楽しむものだからである。

いちおう、
女子供は口にしないようにと警告を書いておくことにする。
たばこの危険表示と同じである。
が、それはかえって好奇心をそそるのである。

うまいお酒というのは本当にうまいのである。
体がそれをすうーっと受けいれてしまうのがわかる。
そしていいお酒は心にしみるのである。
身も心も喜ぶから呑んでいると気持ちがよくなってくるのである。

だから
そういううまいお酒を
女子供に呑まれてはたまらないから警告するのである。
いいお酒というのはどうしても数が少ないからというのが本音である。

本当は数少ないうまいお酒を人に呑まれたら
庵主の呑む分がなくなるという意地の汚さがそこに隠されている。
というと、
本当にうまいお酒があると信じてもらえると思うからである。

ぜひ、一度まっとうなお酒を呑んでみてほしい。
日本人はこんなにうまいお酒を造れるのかと感動さえ覚えることは間違いない。
そういうお酒のうまさを分かち合える人が
少なくとも30人余はいるということである。

時々カウンターが跳ね上がることがある。
これまでの最高は60件である。
11月1日のことである。
とくに検索にひっかかるような内容ではないから不思議なのである。

以前、
フジテレビの菊間千乃アナウンサーがジャニーズの内博貴メンバーに
強引に酒を呑ませて未成年者誘飲泥酔者遺棄事件を起こしたことを話題にしたときに
カウンターが突然跳ね上がったことがある。

たまたま時の話題を取り込んだものだから検索でそれを見つけて
アクセスしてきたものだろうか。
が、「むの字屋の日本酒痛快速報」はお酒のブログである。
お酒に対する感性のいまだ低い人はすぐに退いていくのである。

その内メンバーの時でさえ37件だったから、
今度の60件は異常なのである。
なにが起こったのかわからないが
そのうちまた安定アクセス数30件台に戻ったのである。

-----

12月1日から、夜更かしをやめるため更新時間を午後10時ごろに変更します。
[PR]
by munojiya | 2005-11-30 23:11 | Trackback | Comments(0)
泣ける映画が大好き
庵主は泣ける映画が大好きである。
クイール(犬の名前)でも、子役で泣かせる映画でも
いかにものクサイ芝居で泣かせるものでもなんでもいい。
涙がこぼれ出る映画がたまらなく好きなのである。

今月の封切り映画には泣かせると評判の高い作品が続くので
思いっきり涙を流すぞと新しいハンカチを用意して待っているところである。
歳をとってくると笑えなくなる。
心から笑うということがなくなるのである。

感性が磨耗したというか
神経が図太くなったというか、
素朴な感情を忘れてしまったというか、
感動に対する反応が鈍くなってくるのである、老化である。

あなたは最近心から笑ったことはありますか、と聞かれたときに
すぐその場面を思い浮かべることができるだろうか。
大人の笑いはシニカルな感情を伴っていることが多い。
素直に笑えなくなっているのである。

ビジネス交渉の場で
ときに両者の間に笑いが起こることがある。
片方が笑うとその相手も笑いでこたえるのである。
その時の大人の笑い声をはたで聞いていると混濁率100%の笑いである。

大人の男が心ならずも利益を得るために
無理に繕っている含みの多い笑いは狐と狸のばかしあいである。
その笑い声の底流にある錆びついてしまっている感情が見えるようで
わきでその笑い声を聞いているとつい苦笑してしまうのである。

その苦笑は自分自身に対するほろ苦さでもある。
昔、心の底から大笑いしたこともあったのだということを思い出し、
自分もまた歳を取って感性が鈍くなってきたことをそこに見るからである。
歳をとると素直に笑えなくなるのである。

そして涙を流せなくなるのである。
涙を出す機能が衰えてくるということもあるだろうが、
大人が涙を流すのはみっともないという自制心が働くからなのだろう。
もっとも年寄りは涙もろくなるというから還暦を過ぎたら泣いてもいいのである。

悲しいから涙が出るのではなく、
涙が出るから悲しくなるのだよという映画のセリフがあったが、
映画を見て流す涙はもちろん悲しいからではなく、感情のリフレッシュのための涙なのである。
画面の中の役者が泣いているという場面に反応してこぼれる涙は娯楽の涙である。

心の中になんの憂いもない涙だから心地よいのである。
目からぽろぽろ涙があふれでることでいい気持ちにひたれるのである。
感動は快感なのである。
泣かせる映画はその快感をもたらしてくれるのである。

お酒を呑んで楽しいのも
「うまい」という快感が得られるからである。
泣かせる映画もまた快感の一つなのである。
それを知っているから庵主は好んで泣ける映画を見に行くのである。

庵主おすすめの絶対泣ける映画は
中国映画の「再見」(ツァイチェン)である。
この映画は心地よく泣ける。
涙をとどめようとしても感情が勝手に反応して泣けるから、泣いていておかしいのである。

本日の泣ける映画は「ALDAYS 三丁目の夕日」である。
泣けるぞ、泣けるぞと思いながらやっぱり出てくる涙のここちよいこと爽快である。
映画の中で「清酒 沖正宗」の幟(のぼり)が目についた。
そして明日は佐々部清監督の「カーテンコール」が待っているのである。
[PR]
by munojiya | 2005-11-30 00:08 | Trackback | Comments(0)
お酒のうまい順番
士農工商といえば江戸時代の身分の序列である。
身分の偉い順番である。
庵主は、天賦の才能の序列を師能巧娼としている。
くわしい説明はここではしない。

ビール、
発泡酒、
第3のビールと
お酒の世界にも序列がある。

うまい順番である。
ビールというのはまっとうな酒である。
当たり前の酒である。
疑問を抱かずに飲んでいい酒である。

発泡酒になると
自分を納得させて飲まないと
飲んだあとに不満が残る酒である。
財布の中身が寒いからしょうがない、という次善の選択である。

第3のビールになると
その名称からして偽りそのものである。
ありゃ、ビールではないのだから。
納得を越えて一線を踏み外してしまった酒である。

人造バターという言葉があった。
代用酒という言葉もある。
庵主ならためらわず如何物(いかもの)という品々である。
如何物をけなしているのではない、庵主はそういうのも好きなのである。

その如何物のヒット商品が第3のビール(以下、代用ビールと書く)なのである。
ビール・発泡酒・代用ビールを含めてビール類と呼ぶことにする。
ようするに見た目はビールみたないものという意味である。
実用上は代用ビールも十分ビールだからである。

ビール類の中に
上から、ビール・発泡酒・代用ビールという違いがあることは
その製造法なり違いなどを知らない人でも
だれもが知っていることである。

ビール類における
身分の序列なのである。
それを飲む人の身分を明らかにしてしまう
厭味な商品なのである。

もっとも
お金持ちはビールなどは飲まないだろうから
ビールを飲む人も
代用ビールでいいやという人も大した変わりはないのだが。

庵主は代用ビールが駄目でビールしか呑めない人である。
ということはビール類を飲む人ということである。
したがってお金が有り余っている人ではないことはもちろんである。
ビールを飲む時のあの貧乏感がたまらないのである。

世の中の大勢に
いま与(くみ)しているという安心感と連帯感がたまらなくうまいのである。
ようするにビールはうまいのである。
ただし代用ビールは味が惨めだから体が受けないということである。

貧乏はいいが、
せめて酒ぐらいはうまいものを飲みたいと思うのに、
そのせめてさえも満たしてくれないから
代用ビールは駄目なのである。
[PR]
by munojiya | 2005-11-29 00:25 | Trackback | Comments(0)
そういうお酒をクールな酒と呼ぼう
日本酒には
甘口と辛口という表現がある。
甘口は女酒と、辛口は男酒といわれることがある。
その辛口というのがやっかいなのである。

データー的には
日本酒度という
比重計を使った数字が明確に出てくるようになっている。
プラス3とかマイナス2とかいった数字が裏ラベルに書かれていることが多い。

ちなみに
プラスは辛口、マイナスは甘口の酒とされている。
されてはいるが、
実際にそのお酒を呑んだときの印象は必ずしもそうでないからやっかいなのである。

庵主の好みは
甘い酒である。
甘口の酒ではない。
正しく言うと日本酒度は辛口ではあるが、呑んだときに甘く感じるお酒である

プラスの3から6ぐらいの範囲で
まろやかな酒質のお酒が好きだ。
呑める上限が+7である。
+8とか、+10とか、+14とかのお酒は呑んでもまずうまいと思ったことがない。

「雪の松島」が+20というすごいお酒を出している。
その一升瓶を見ただけで庵主は後ずさりをしてしまうほどである。
例外は+14の「喜楽長」の超辛口である。
これだけは呑める。だから天保正一杜氏のお酒が好きになっちゃうのである。

+12の「春鹿」とか、同「刈穂」の辛口も
口にしてみると
「んむっ」とは思うが
やっぱり駄目である。

超辛口の酒は庵主には呑めないのである。
呑んでもうまいと感じないのである。
しかしである。
時にはその手のお酒が届けられることがあるから大変なのである。

ありがたいことであるが、
困るのである。
でもそういうときの必殺技を会得したのである。
安いカマンベールチーズを買ってきてそれを呑むと辛口の酒は存外いけるのである。

日本酒とチーズの相性は思いの外いいのである。
チーズはなにもワインだけのものではないのである。
お酒もチーズも醗酵食品ということで相通じるところがあるのだろう。
じつは辛口の日本酒に生チョコレートもいけるのであるが詳細は後日の話とする。

甘口、辛口は、洋酒ならスイートとドライである。
では超辛口のお酒はなんといおうか。
スーパードライではビールになってしまう。
庵主はそれをクールなお酒と呼ぼうと思う。

クールなお酒とは、冷えたお酒ではなくて、
庵主に舌につれないお酒という意味である。
歌の歌詞なら薄な酒というところである。
庵主の心に引っかからずに通り過ぎていく冷たいお酒のことである。

日本酒にチーズといい
日本酒に生チョコレートといい
そこまでしてお酒を呑みたいかといわれたら
貰い物の超辛口のお酒を無下にするわけにはいかないからと答えるのである。
[PR]
by munojiya | 2005-11-28 00:30 | Trackback | Comments(0)
きき酒師
きき酒師という資格がある。
SSIがその認定をしている。
資格を得るためになんだかんだで10万円ほどの費用がかかる。
まじめに受験勉強すれば取得できる資格である。

きき酒師の資格は
勉強が嫌いでなければだれでも取れる資格である。
庵主は受験者の50%以上が合格できる試験のことをだれでもと書いているのだが。
そしてきき酒師にはお金を出せばさらに上級の資格が用意されているのである。

それを見て、きき酒師の資格を資格商法だといって嗤う人がいる。
多くのうまいお酒を実際に呑んで知っている呑み手である。
お酒がわかっている人である。
本で覚えた知識なんかでお酒がわかるかという正論である。

たしかに、
この世で一番わびしい知識はなにかといえば、
呑みもしないお酒の知識をいっぱい持っていることだろう。
お酒を呑んでうまいと感動したことがない人のもっている言葉(知識)だろう。

映画の学校というのがあるが、
昔読んだ映画監督が書いた本の中に
映画館こそが本当の映画を学ぶための学校なのだと書いてあった。
映画の全体像をそしておもしろいか否かを金を払って見渡すことができるからである。

撮影現場の技術は映画を作るための技術であって
それは手段なのだから
技術からは映画は生まれない。
映画のおもしろさを知るためには映画館で見るということなのだという。

お酒も
酒造りの知識よりも
まずうまいかどうかを感じることができるかなのである。
そしてうまいお酒を実際に呑んでみることなのである。

いろいろなお酒を呑んだことがない人に
お酒のイメージがわいてくるわけがない。
まずはいろいろなお酒を呑んでみろということなのだが、
しかし、そのためには呑む前に多少はお酒の知識がないと困るのである。

いろいろなお酒を呑むといっても
白鶴、月桂冠、大関といった普通酒ばかり呑んでもしょうがないからである。
酒の違いを知っていないと遠回りをすることになる。
そのためには資格商法かもしれないが基本的なお酒の知識は有用なのである。

そもそも
つい最近までは
居酒屋はおろか酒販店までも日本酒に対する知識が十分とはいえなかったのである。
酒税を取る役所が呑み手に知らしむべからず依らしむべしを通していたからである。

そんな状態で酒を売っていていいのかという
お酒の売り方に対する反省から、
そしてもっと日本酒を知って呑み手にうまいお酒を提供しようという思いから
最低の知識を業界に広めようというのがきき酒師の資格なのである。

受験者は酒販店の店員だったり
居酒屋のおかみさんだったりする。
そして庵主のようなマニアも加わる。
お金が掛かるから一生懸命になって覚えるのである。

金がかかる資格商法を逆手にとってお酒の知識を取得するというわけである。
そういう点ではなかなかいい資格なのである。
ソムリエの資格試験に比べるとずっとまともである。
ただSSIはお金を取って上級資格を作ったからボロが出ただけなのである。
[PR]
by munojiya | 2005-11-27 01:04 | Trackback | Comments(0)
妹にはかなわない
沖縄こそが日本人の起源なのではないかという説がある。
沖縄ではおばぁが男よりずっと強いという。
たしかに日本人一般でもまともな男は女には頭が上がらないからである。
いや日本人の男の倫理観には女に対して一歩引く心の余裕があるということである。

レディファーストを標榜する白人文化には
裏があるという。
女を連れ立って歩くときは
男は車道側に立って女性を守ってあげるのがエチケットであるという。

なんてことはない。
当時は
建物側を歩くと
上から黄金の爆弾が降ってくることがあったから男がその難を避けるためだという。

部屋にはいるときに
うやうやしく女性を先に入れるのも
刺客(しかく)が潜んでいたときに
男が怪我をしないためだという。

よく車の後ろに貼ってある
お先にどうぞ、
天国へ、と同じ発想である。
白人男にとっては女なんかどうなってもいいという御身大切の発想なのである。

日本で男が女を立てるというのはそういう一面もあるだろうが、
男は女とけんかしても絶対勝てやしないからである。
処世術として西洋よりは一段と成熟しているといったほうがいいだろう。
女を崇める社会は文明度が高いのである(ということにしておこう)。

だから庵主も女にはさからわない。
庵主は妹にも頭があがらないのである。
庵主の出自は北海道の千歳市である。
小さいときから航空自衛隊が飛ばす戦闘機の爆音を聞いて育った。

新千歳空港に降りたら到着便出口の横にスナックコーナーがあって
そこで「サッポロビールクラシック」のお迎えを受けるのである。
つい目が合ってその生ビールを飲みたくなる、飲んでしまうのである。
するとすぐ庵主の顔は真っ赤になってしまう。

すこし時間をおくとさめるのだろうが
到着時刻を伝えてあるから
妹がその時間に合わせて
飛行場まで車で迎えにきてくれる。

だから
ビールを飲んだことがいっぺんにばれてしまう。
すると叱られるのである
昼間からお酒を飲んで顔を赤くするなんてみっともないんだから。

返す言葉がない。
まったくそのとおりだからである。
いまでは東京暮らしだから北海道の大地は庵主にとって旅先の地なのである。
旅に出た気分が庵主の気持ちを開放してしまうのである。

サッポロビールの「クラシック」がまたうまいのである。
顔が赤くなることはわかっていても
ふにゃふにゃの薄いプラスチックカップに入っている出てくる生ビールが
あっと言う間に喉を通り過ぎていくのである。

妹のいうとおりなのである。
真っ昼間から酒を飲んではいけない。
昼日中から顔を赤くしているなんて堅気の日本人の倫理観が許さないのである。
妹のおっしゃるとおりなのである。
[PR]
by munojiya | 2005-11-26 00:31 | Trackback | Comments(0)
朝届くお酒
その日の朝に
ホームページで見つけたお酒を
速攻で注文すると
要入金との連絡がある。

いまは
インターネットで
自分の銀行口座からの振り込みは
手元のパソコンでできるから支払いは早い。

おりかえし
ご注文のお酒は
本日発送しますとのメールがはいる。
そのお酒が翌日の午前中には届くのである。

お酒は
目利きが選択したお酒である。
心配のないお酒である。
ただただ期待が高まるお酒である。

じつは
そのお酒と同じ蔵元が造った米焼酎があって
それも一緒に買ったのである。
純米吟醸のそのお酒に混ぜて呑むためである。

その焼酎も
目利きによると逸品であるという。
しかし、庵主は
焼酎を呑んでうまいと感じたことがないから焼酎に過大な期待はしていない。

お酒は杜氏の名前が、いや、その名字だけが付けられた酒である。
自信のほどがうかがえる。
宅配瓶で届いた瓶を手に取ったときのうまそうなオーラもいい。
目利きが言葉豊かに語る宣伝文句がしっかり庵主の頭の中にしみこんでいる。

庵主は映画を見る。
映画は劇場で見る。
テレビで放映される映画みたいなものは、
あれは本物ではない主張する差別主義者である。

テレビがないからひがんでしまうのである。
テレビで流れる映画をバカにしてるのではない。
それを平気で見る人の感性を称賛しているのである。
だって、映画館でみる映画のほうがずっとうまいからからである。

テレビがないと、
ときどき無性に映像を見たくなることがある。
酔っぱらいたくなったら、まっとうなお酒を呑む、普通酒なんか呑まない。
映像を見たくなったら、映画である、テレビにそれを求めない。

飛び込みで映画館にはいるからその映画の意味を知らずに見ているのである。
だから見てもおいしいところの半分ぐらいしか理解できないのである。
あとでその解説を読んでうまいところを全然認識していなかったことを知るのである。 
その映画のうまいところをすっかり見落としていることが少なくない。

お酒もそれに似ている。
そのお酒の意味を知って呑むと2倍も3倍も楽しめるのに
知らないで呑むと、呑んだという記憶を残して消えていくだけである。
お酒をおいしく語れる人はだから業界の宝なのである。

ちなみに
目利きの人とは
酒商人の「銘酒市川」さんである。
お酒を語るその言葉を読んでいるだけでも庵主はお酒に酔ってしまうのである。
[PR]
by munojiya | 2005-11-25 00:14 | Trackback | Comments(0)
酒は先、後(あと)
お酒の呑ませ方には順番があるということである。
呑み手からいえば呑む順番ということになるが、
ここではお店に対する注文なので呑ませ方と書いている。
アメリカ在住の樺沢紫苑さんのメールマガジンにこういうのがあった。

▼引用開始。
22時20分の回を見ようと劇場に着いたが、案の定チケットは売り切れになっていた。
同じ公開初日のニコラス・ケイジ主演「ウェザーマン」を見て、
24時からの「SAW2」を見ることにした。

「ウェザーマン」は、ジワリと感動する映画。とても良かった。
間違いなく言えるのは、「SAW2」→「ウェザーマン」の順番で
ハシゴしなくてよかった、ということである。
▲引用終わり。

お酒も
「SAW2」→「ウェザーマン」のような順番で呑んだのでは
損をするというか、
せっかくのお酒の楽しさが十分に味わえないことがあるということである。

ようするに
お店の人は
呑み手がおいしかったと満足できるように
それぞれのお酒の味わいを知った上で上手に呑ませてほしいということである。

お酒を呑む時の一般的なセオリー(原則)はある。
度数の低い酒から順次高い酒に向かうということである。
これを逆にして呑んだら後から出てきたお酒が頼りなく感じられるからである。
度数の低いお酒のうまさがしっかり味わえなくなるからである。

淡麗なお酒から濃醇なお酒に向かうということである。
まずい酒からうまい酒に向かうということである。
冷たい酒からあったかいお酒に向かうということである。
どれも一つひとつのお酒をしっかり味わうためのセオリーである。

それらを逆の順番で呑んだら
後から呑むお酒がさびしく感じるから
せっかくのお酒のうまさが
右肩上がりで味わえないというわけである。

セオリー通りに呑めば
最初のお酒もうまく感じるし
その後のお酒もますますうまく感じるから
その夜は幸せな夜になるというのである。

そして順番というよりも
呑ませ方のめりはりとして
うまいお酒ばかり連続して出してもらっても困る。
呑んでいて疲れるのである。

うまいお酒の間に息抜きのお酒をいれてほしいのである。
うまいお酒が剛速球だとしたら、
その間に変化球を投げてほしいのである。
お酒を楽しませてほしいからである。

お酒を出す順番がうまく決まっていると
呑んだあとには
おいしかったという幸せの気分にみたされるのである。
お酒の出し方の後先に、お店は気を使ってほしいということである。

その時お店にあるお酒の味わいの状態はお店の人しかわからないのだから、
お酒はお店に任せるしかないからである。
上手に出て来たお酒はうまく感じるから庵主はついもう一杯余分に呑んでしまう。
だから、お店も儲かる、庵主もいい気持ちになってお店を出られるというものである。
[PR]
by munojiya | 2005-11-24 00:25 | Trackback | Comments(2)
呑まれちゃった年金資金
川柳で、お金を呑まれてしまったと
からかわれているのが
酒店主でつくる全国小売酒販組合中央会の年金共済資金不正支出事件に伴う
横領事件である。

関係者からの告発にはこうある。
その責任が逮捕された関秀雄元事務局長だけの問題であるわけがない。
現在は中央会の会長をやっている藤田利久も絡んでいることは当たり前だろう。
当時の年金運営委員会の5名の委員のうちの一人だったのだから、と。

そういえば、
1億円を受け取った元総理大臣がそのことをすっかり忘れてしまい、
闇献金事件となったときに
当時、平成研の会計責任者だった村岡兼造だけの責任とされたことがある。

そんなわけがないことは常識でわかるが、
マスコミは、本当にアホなのか、それともお利口なのか、それは指摘しないのである。
いまどきのマスコミは強いものに対してなあなあですませてしまうから
信用しない人が増えるのである。

日本人が大好きな正義を忘れた
新聞・テレビ・雑誌など
だれが信用するかい、
といったところである。

その中央会には関連政治団体として全国小売酒販政治連盟(酒政連)という
右翼結社の名前みたいな組織があって
元事務局長は酒類販売免許の自由化に抵抗するために
酒政連が政界工作を展開したときの中心人物でもあったという。

だから、
本人が着服しましたといっているからと報道されていても
どこまで真実なのかわからないのである。
さきの村岡兼造の場合などは私ははめられたと「真実」に歯向かっているのである。

酒類販売免許の原則自由化の流れに抵抗して陳情活動を展開した酒政連は
関秀雄の活躍で
特定地域での酒店の新規参入を制限する議員立法の緊急措置法を成立させたという。
一部地域では酒販免許の申請を受理しないということになった真相だったのである。

法を曲げるほどの成果を上げるまでによく頑張った人なのである。
できれば、
もっとお金をばらまいて
酒類販売免許の規制をもっと厳しくしてほしかったと庵主は思っている。

最低限のお酒の知識もない酒販店や「児童」販売機で子供に酒を売るような店には
販売を許可しないということにまでもっていってほしかった。
どこにでも酒が売っているという状態が異常なのである。
もっとしっかり酒類販売免許の自由化に反対してくれたらよかったのに。

酒は有害食品である。
その害が緩慢だから数多く売ってもいいというものではない。
同時に徴税商品である。
法律でいくらでも利益を確保できる商品だから多売の必要はないのである。

氾濫する酒には威厳がないのである。
もっと酒をまじめに、そして大切に取り扱ってほしいのである。
酒を食い物にする、おっと、飲み物にするか、
酒にたかる人たちの実態をさらけだしちゃえばいいのである。

その呑んだお酒を
今度は
真実といっしょに
洗いざらい吐いちゃえばいいのに。
[PR]
by munojiya | 2005-11-23 00:35 | Trackback(1) | Comments(1)
「杉錦」絶好調
絶好調といえば
巨人の中畑である。
そして静岡の酒「杉錦」(すぎにしき)が
いま絶好調なのである。

「杉錦」の「純米原酒濃醇山廃 ひやおろし」である。
滋賀県産玉栄(たまさかえ)を55%まで磨いて
日本酒度マイナス8、酸度2.0というお酒を醸しだしたのである。
玉栄はときとしてこういう大ヒットを飛ばすから庵主は好きな酒造好適米である。

杉井均之介社長が自ら醸している「杉錦」が
このところ絶好調なのである。
どの酒を呑んでも酒造りの技を感じさせる味わいを体験できるのである。
その技が冴えているのである。

だから
呑んでいておもしろくてしょうがない。
庵主が贔屓にしているは静岡のお酒である。
一本一本に主張があるお酒だから面白いのである。

夜の池袋を歩いていたら
店頭に置いた黒板に
今日のおすすめのお酒を書いたお店があった。
それが庵主の目を引いたのである。

黒板にチョークで書かれていたお酒は3本である。
「蓬莱泉」「夢筐」(ゆめこばこ)特別純米 ひやおろし。
「墨廼江」(すみのえ)特別純米中汲み ひやおろし。
そして「杉錦」純米原酒濃醇山廃 ひやおろし。

だまっていても
「杉錦」に目が吸いよせられるのである。
その黒板のお酒の説明を見れば
そのお店がただものでないことがわかる。

「蓬莱泉」「夢筐」(ゆめこばこ)特別純米 ひやおろし。
愛知・関谷醸造、とあって
さらに米、精米歩合、日本酒度、酸度が書かれている。
お酒の名前にちゃんとふりがなを振ってある。

「墨廼江」(すみのえ)特別純米中汲み ひやおろし。
宮城・墨廼江酒造、とあってそのお酒のデーターが書かれている。
「杉錦」純米原酒濃醇山廃 ひやおろし。
静岡・杉井酒造、そしてお酒のデーターと続く。

ひやおろしとは
「春先に一度火入れして貯蔵し
秋には火を入れずに樽詰めします」
とまで書かれている。

今夜呑むお酒はもちろん「杉錦」である。
いま絶好調の杉井社長が今度はどんなお酒を造ったのかが気になるではないか。
注文すると、「ぬる燗にするとおいしいですよ」とのこと。
ためらわず、それにして、である。

日本酒度が-8のお酒ではあるが、
酸度も2.0と高くて、
その酸味がいいのである、きれいなのである。
うまとはいわないが、甘口と酸のバランスが絶妙にいいお酒なのである。

ぬる燗にしたときの味わいは
まさに技の冴えとしかいいようのない、甘さと酸のハーモニーが魅力的である。
「杉錦」は絶好調なのである、怖いぐらいである、庵主はうれしい。
お店は南池袋にある「硯家」(すずりや)である。
[PR]
by munojiya | 2005-11-22 00:44 | Trackback | Comments(0)