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アル中
アル中とあるとアルコール中毒のことだと思うのが普通である。
うちはアルコール中学校だといっている会があった。
正しいお酒の呑み方を研究する会だという。
洒落で付けた名前である。

本来アルコール依存症と言うべき症状のことをアル中と呼ぶのが世の慣用である。
ドラフトビールを生ビールと呼ぶようなものである。
専門用語と日常用語の違いである。
馬券は勝馬投票券というのが正しいなどといっている人は馬鹿にされるだけである。

アル中の症状が進んだ状態をアル高、アル大と呼ぶのは洒落にならない野暮である。
「うちのお父さんはアル大生だから」とグチをこぼすときには使えるかもしれない。
病気の名称もどんどん「進化」してきており、今は「アル中」が「アルコール依存症」、
「色盲」が「色覚障害」、「成人病」が「生活習慣病」、「痴呆症」を「認知症」という。

アルコール依存症の患者数に絞ればどうやって調べたか詳しくはわからないが
全国の飲酒人口6000万人に対して80万人だという説があった(厚生労働省研究班)。
自動車事故の死傷者の発生率が0.9%だから、アルコール依存症のそれは同程度で、
本人とご家族にはお気の毒だが社会生活上は許容範囲内の犠牲者だというわけである。
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by munojiya | 2006-11-30 00:35 | Trackback | Comments(0)
まずい酒を造るのは犯罪である
タイトルは過激であるが、
意とするところはそれぐらいの気持ちでまともなお酒を造ってほしいということである。
まずいお酒を造ってはなぜいけないのか。
米が可愛そうだからである。

美形の女の子をわざと汚くして人前に出すようなものだからである。
美しいものはより美しくして人前に出すのが日本の文化だからである。
きちんと造ればうまいお酒になるのに手を抜いて造るという姿勢がよくないからである。
それは特定の人だけに許可された酒造権の乱用だからである。

だれもが自由にできないお酒造りを引き受けた以上うまいお酒を造るのは当然である。
お酒ではなく、ただのアルコールを造るだけなら
最初から飲用アルコールと表示して売ってほしい。
これはそんな志が高いお酒ではありませんと。

うまいお酒というのは人それぞれだからまずい酒というのはないという人がいる。
庵主は今お酒の美しさについて語っているのである。
アルコールなら何でも酒だという身も蓋もない話をしているわけではない。
お酒の質の違いが分かるということを楽しんでいるのである。
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by munojiya | 2006-11-29 00:53 | Trackback | Comments(0)
適正なうまさ
呑んでいて一番楽しいお酒は適正なうまさをたたえたお酒である。
お酒は、その時呑みたいと想定してるうまさよりうますぎてはいけない。
それ以下になってしまってはうまくもなんともないというラインの、
そのちょっと上のラインにある味わいのお酒が呑んでいて一番満足できる酒である。

うますぎる酒は2杯呑めない。
最初はうまいが、過ぎたうまさは印象が強いだけにすぐに鼻につくからである。
いうなれば真っ白に厚化粧した役者に一瞬心ひかれるようなものである。
インスタントラーメンのスープの最初の一口のうまさにだまされるようなものである。

まずい酒はせっかくお酒を口にしたというのに後に満足感が残らないのがいけない。
高いお酒はうまいのが当たり前だと思って呑むから外れたときには落胆が大きい。
その点、期待しないで呑んだお酒が予想以上にうまかったときはうれしさ倍増である。
自分で造ったわけではないのに我が意を得たりと得意満面になるのである。

そういうお酒に出会えたことの幸せにひたることができるからである。
こういううまいお酒を自分一人で呑んでいいのだろうかというすまなさと恥ずかしさと
知らない人はほうっておけばいいのだという居直りと
うまいお酒を口にしてやっぱり生きていてよかったという思いにつつまれるのである。
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by munojiya | 2006-11-28 00:02 | Trackback | Comments(0)
しつけ
食べ物を捨てると言ったら、目がつぶれるぞと横っ面張られて
三日ぐらい飯を食わされなかったり、
ご飯を弁当箱に一粒でも残したら親父に殴られたという時代をへてきた人がいる。
いまは日本の残飯の量はとんでもない量なのである。

庵主もそういう時代の尻尾に属しているから
ご飯粒は一粒でも残すのは勿体ないという質である。
ましてそのお米から造ったお酒を残すなんて人間の風上にもおけない行為なのである。
だからまずい酒を造る人を許せないのである。

そんな呑むにたえない酒なんか造るなという思いからである。
そしてまた呑めないという酒を強要するなんてのは世も末の風景なのである。
さらに呑むにたえない酒を金儲けのために押しつける商売には辟易しているのである。
もっともそれでも売らなきゃ食っていけないとわかっているから目をつぶってはいるが。

呑めない人は五勺で注文して下さいという札を貼ってあるお店のことを書いたことがある。
人それぞれ適量というのがあるのだから1合酒を強要するのはよくないという見識である。
庵主の最近のお酒の呑み方はこうである。
「今夜もみんなで楽しくお酒を呑みましょう」。
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by munojiya | 2006-11-27 00:20 | Trackback | Comments(0)
庵主の意見ではないけれど(横取りシリーズ7)
ネットにあった日本酒初心者のスレから。
これは庵主の意見ではありません、酒初心者のスレからの引用です。
『上善水如ってほんとに水の如しでしょ。八海山もそんなにおいしくないですよ。
久保田の万寿なんて一万円の「水」です。新潟の酒は止めといた方がいいです。』

こういうことをあけすけに書かれたらかないません。
知らない人が読んだら信じてしまいかねないからです。
「上善水如」は、正しくは「上善如水」ですし、
「久保田」の「万寿」は、できれば「萬寿」と書いたほうがそれらしく感じます。

つぎのは庵主の気持ちに近い感想です。
『八海山・久保田・寒梅・雪中梅・・etc
それらメジャーな酒が酒屋にあっても私は買う気も起きません。
何故なら他にいい酒があるから。』

庵主の場合は、それらのお酒よりもっとうまいお酒を先に呑むものですから、
呑める量が少ないこともあってそれらのお酒を呑むまでにたどりつけないのです。
それぞれのお酒の上位ランクのお酒なら庵主にも呑めそうです。
新潟には「鶴齢」「村祐」「根知男山」「越の華」という庵主が好きなお酒があります。
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by munojiya | 2006-11-26 00:39 | Trackback | Comments(0)
精米歩度(横取りシリーズ6)
ネットにあった日本酒初心者のスレから。
『ところで基本的な質問いいですか?精米歩度(ほど?)って
数字が少ない方が高くなるんですか? 』
『↑の質問はお金のことです』

精米歩度とか精米率という言葉が出てくるが精米歩合というのが正しい。
精米歩合40%というのは、40%磨くのではなく、磨いて40%にすることである。
米粒の表面を精米機で削って外側の60%を糠にして落とすと精米歩合40%となる。
精白率という言葉はそれと逆で、精米歩合40%の米は精白率60%となる。

精米歩合と精白率は似ているが意味は逆なのでちょっとまぎらわしい。
精米歩合は数字が小さいほどいいお酒ができることが分かっている。
精米歩合を上げるというときは精米歩合の数字を小さくすることだからややこしい。
精米歩合の数字が大きい米は、低精白率の米ということである。

高精白率のお酒はそれだけ原料の米を沢山使うから値段は高くなる。
そうして造った高いお酒がうまいお酒になるかどうかはまた別の問題である。
最初の質問は、精米歩合の数字が小さい方が品質もお酒のお値段も高くなりますが
それが必ずしもうまいお酒であるとはかぎりません、というのが回答である。
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by munojiya | 2006-11-25 00:16 | Trackback | Comments(0)
なんだか忘れてしまったが「菊水」(横取りシリーズ5)
ネットにあった日本酒初心者のスレから。
『菊水の何だったかは忘れてしまいましたが』
庵主も呑んだお酒のこまかいデーターを忘れてしまうことが少なくない。
まして初心者なら呑んだお酒の酒銘を覚えてるだけでも異常である。

現在の日本酒は酒銘が長い。
大印(おおじるし)に加えて純米吟醸とか本醸造とくるからである。
その上、無濾過である、しかも生原酒であると書かれている。
そのへんから庵主は記憶力に自信がなくなる。

さらに中汲みで、米は静岡産山田錦で、その65%だとなったらもうだめである。
そのお酒が全国新酒鑑評会金賞受賞酒という勲章がついたらもう覚えられない。
庵主などは呑んだあとには下手すると酒銘まで忘れてしまうことがよくある。
それほどお酒がうまいときには酒の名前なんかどうでもよくなるからである。

呑んだお酒の酒銘を覚えていればそれだけで十分に有力な手がかりである。
そこからお酒にはいろいろな造りの違いがあって、
また、いろいろなタイプの味わいがあるという話に続けていくことができるからである。
さらに話は全国にはうまいお酒がいっぱいあるということにつながっていくのである。
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by munojiya | 2006-11-24 00:30 | Trackback | Comments(0)
馬鹿にしないでよ(横取りシリーズ4)
ネットにあった日本酒初心者のスレから。
『女の子だからひめぜんからって、あまりないと思いますけど。』
『発泡系の薄にごりのちょっとあまいのを。
やっぱり、まともなうまい酒を。』

女性にやさしい日本酒はありませんかという質問に対する答えに
低アルコールの微発泡性の口当たりのいいお酒がいいという模範回答がある。
[すず音」「ひめぜん」「小悪魔」「ぷちぷち」「ねね」といったお酒がある。
それらは実は庵主の好みでもある。

山口百恵が「馬鹿にしないでよ」と唄ったのは「プレイバック part2」だった。
女性を甘く見ちゃいけないよ、というわけである。
先の質問の答えは、『やっぱり、まともなうまい酒を』が正解である。
うまいお酒を教えてあげるとそのうまさをちゃんとわかってくれるからである。

男がうまいと思っているものなら、大方、女性もうまいというものである。
もっとも、庵主が最初の一杯の前に呑む発泡系のあまいお酒が好きなように、
女性もまたそういうお酒を勧めると「おいしい」といってくれるのであるが、
庵主はお酒を呑みたいという女性には最初からうまいお酒を呑んでもらうのである。
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by munojiya | 2006-11-23 01:57 | Trackback | Comments(0)
幸せ、それとも不幸せ?(横取りシリーズ3)
ネットにあった日本酒初心者のスレから。
『1)賀茂泉純米(広島)、西の関純米(大分)、梅錦純米(愛媛) →
2)〆張鶴純、雪、月(新潟)、八海山本醸(新潟)、越乃寒梅本醸(新潟)、
  手取川吟醸(石川) →

3)越乃景虎純米(新潟)、久保田万寿など(新潟)、黒龍吟醸、仁左衛門、石田屋、
  八十八号(福井)、凡超吟(福井) →
4)奥播磨各種(兵庫)、岩の井5年古酒(千葉)、墨廼江純吟生(宮城)、三井の寿各種
  (福岡)、鶴の友各種(新潟)、男山復古酒(北海道)、美丈夫純吟おりがらみ →

5)十四代中取り純米(山形)、太平海無濾過本醸生(茨城)、飛露喜純吟無濾過生(福島)、
  長珍純米無濾過生(愛知)、義侠生60%(愛知)、早瀬浦隠しアル添(福井) →』
とさらに続くのだが、その人がそれまでに呑んできたお勧めのお酒のリストである。
銘柄を見ると庵主は全部口にしたことがあることに気づいて苦笑したものである。

『6)常きげん山廃純米(石川)、〆張鶴純(新潟)、田酒特純、山廃純米(青森)、久保田
 百寿、千寿(新潟)、雪中梅本醸(新潟)、義侠生60%(愛知)、醸し人久平次吟醸(愛知) 』
それらの銘柄を全部呑んだことがあるというのは幸せというべきか、それとも不幸せ?
東京ならそれらが全部呑めてしまうというのだから、庵主が酒都東京と呼ぶ所以である。
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by munojiya | 2006-11-22 00:21 | Trackback | Comments(0)
酒銘にはふりがなを(横取りシリーズ2)
ネットにあった日本酒初心者のスレから。
『満寿泉 マンジュセン』
「とよしろ」とか「ミチモリ」とか読まれたお酒もある。
「ばいきん」と読まれたのは「梅錦」(うめにしき)である。

「満寿泉」は「ますいずみ」である。
知っている人には当たり前でも知らない人には時として酒銘は読めないものなのである。
庵主も「亀泉」が「かめいずみ」か「きせん」なのか判断に困ったことがある。
「きせん」をくださいといったらそれには答えずに「かめいずみ、1杯」と通された。

面と向かってそれは「かめいずみ」と読むのだと客の無知を笑わなかったのである。
庵主は客に恥をかかせないためにも酒祭りにはふりがなをつけるべきだと主張している。
お店の対応としては、客がライスといったときにはご飯ですねといってはいけないという。
牛乳くださいと注文されたらミルクですねと言いなおしてはいけないのである。

二人の客に「ごはんとライスどちらになさいますか」と聞いてきたウエイトレスがいた。
「あっ」といって気づいたウエイトレスに、一人はライスを、もう一人はご飯を注文した。
「こちらライスです」「はい、ご飯です」と勝ち誇ったような顔をしてご飯を置いたという。
「とよしろ」は「十四代」、「ミチモリ」は「三千盛」である。
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by munojiya | 2006-11-21 00:16 | Trackback | Comments(0)