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大晦日のお酒
諺には反対の意味のものがちゃんとあってどんな場合でも応用できるようになっている。
その時に都合のいいものを使えるようになっているのである。
たとえば、善は急げに対して、急いては事をし損じるというのがある。
武士は食わねど高楊枝に対して、据え膳食わぬは男の恥というすごいのもある。

すなわち世の中はなんでも一つの原則で通せるものではないということである。
べつな言葉でいえば、いい加減なものだということである。
一年の計は元旦にありとはいうが、終わりよければ万事よしというのもある。
年間を通してお酒を呑んでいると年初に呑んだお酒のことなどは覚えていない。

年末近くになって呑んだお酒が記憶にうっすらと残っているだけである。
庵主はケチだから呑んだお酒のことを一々こうして記録しているのだが無駄である。
二度と出会うことがないお酒のことを書くのは死んだ子の歳を数えるようなものである。
ただしそれは今呑んでいるお酒がどのあたりのあるのかを知るための地図にはなる。

今年最後に買ったお酒は福井のお酒「白駒」(はくこま)の本醸造である。
試飲して気にいったのだが、後から見たら麹米が50%、掛米が70%でこれがうまい。
さらにアルコール度数が19度とあって、庵主のツボにはまったお酒だったのである。
終わりよければ万事よし、今年も庵主はお酒には恵まれていたのである。
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by munojiya | 2006-12-31 00:43 | Trackback | Comments(0)
酸味の輝き
お酒のうまさは呑む人の好みによっていろいろあるだろうが、
庵主がうまいと感じるお酒はまずは甘いお酒である。
というのも基本的にはお酒だけしか呑まないからである。
肴が混じるとお酒の味が“にごる”からにほかならない。

というのも、庵主は量が呑めないので猪口にわずか2杯のお酒である。
肴を口にしながら呑むほどの量ではないからである。
酒が回って酔っぱらってくると食い物の味わいがわからなくなる。
というより、料理の味はどうでもよくなるから折角の食べ物が勿体ないと思うからである。

量を呑まないときには甘いお酒ではないと酒を呑んだという満足感が残らないのである。
水のようにさわりのない呑んだのだか呑まないのか分からないようなお酒とか、
超辛口のように味覚の必要がない男気の強いお酒は駄目である。
そういうお酒は駄目というよりは呑んでいて面白くないということなのである。

なぜなら能書きが言えないので時間持ちがよくないからである。
甘い酒だから必ずしもうまいというわけではないが、
甘くてうまいと感じるお酒はその酸味がうまいのだということに気がついたのである。
爾来お酒を口にするとまずその酸味を心して味わうことが庵主の流儀となったのである。
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by munojiya | 2006-12-30 12:06 | Trackback | Comments(1)
おかしな表示
日本酒のラベルに記載されている製造年月日というのはお酒を醸した年月日ではない、
ということを御存知だろうか。
それはお酒を瓶詰した日にちなのである。
極端な話が、何十年物の古酒を今日瓶詰したら2006.12.29製造ということになる。

製造年月日は若いのに中身は相当古いお酒がはいっているものもあるというわけである。
知らない人がそれを見つけて日付をごまかしているといいかねないのである。
それではまぎらわしいということから独自の判断で
上槽年月日2005.12.1、製造年月日2006.12.29というように2段書きしている蔵もある。

庵主のようにどちらかというと新酒より1~2年熟成したお酒の方が好きになると、
実際に造られたのが表示されている日にちより1年~2年前位のお酒がうまいわけで、
製造年月日を見ただけではそれがわからない現在の表示は不親切なことこのうえない。
熟成させたお酒は「3年熟成」などといった表示があるからそれだけが頼りである。

お酒の製造年月日の表示でいえば、中には読みにくいものがある。
表示というのははっきりわかるように書いてもらわないと困るのである。
なぜ平成18年(あるいは西暦で2006年)年12月29日と明確に表示しないのか。
煙草の注意書きみたいに大きな字で表示できないのかその理由が知りたいものである。
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by munojiya | 2006-12-29 01:00 | Trackback | Comments(0)
甘口のうまいお酒
日本酒は辛口の酒が人気なのだという。
庵主は辛口は駄目だ。
辛口の日本酒を選ぶ人とは好みが違うということである。
日本酒度というのがあってプラスは辛口、マイナスは甘口とされている。

が、それはスペック(仕様=表面的な見掛け)であって
実際に呑んだときの印象は必ずしもその数字通りではないのである。
お酒だけは呑んでみないと分からないから一通り口を付けてみるものなのである。
というのは呑ん兵衛の理屈である。

お酒を飲む口実ならなんでもいいのである。
こんなまずい酒呑めますか、
ほら、呑んでみたらやっぱりまずいでしょう。
そういう酒でも庵主には吐き出せないのである、もったいないから。

庵主はお酒のうまさはその甘さにあると思っている。
超辛口がお好みならば焼酎などの辛口アルコールを呑んだほうがいいのではないか。
そういう好みの人が、米から造ったお酒なのにそのうまさを振り切った辛口酒を選ぶのは
呑む酒の選び方が間違っているのである。
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by munojiya | 2006-12-28 12:06 | Trackback | Comments(0)
ゴチになる
たまたま入った居酒屋で一人でお酒を呑んでいたら、
隣に坐ったお客様からいいお酒を御馳走になったことがある。
燗酒を一本もらって呑んだあと、そろそろお店を辞そうとしていた時だった。
中年の男とお歳を重ねられた女の人がはいってきた。

男の人はお店の常連のようである。
いいお酒を揃えているお店だからいいものがわかる人にちがいない。
品のいい女の人は松山から来られたご母堂だという。
親子なのである。

そのときに客は3人しかいなかったが、二年振りに上京した母親とのお酒なので
みんなで乾杯しましょうということで庵主にもお酒を振る舞ってくれたのである。
「今夜もみんなで楽しくお酒を呑みましょう」という庵主の惹句どおりの夜だった。
いいお酒を御馳走になった。

庵主好みの品のいい味わいのお酒である。
はんなりした味わいのお酒で、きれいな甘さをほんのりとたたえたお酒だった
青森の「豊盃」(ほうはい)の大吟醸の斗瓶取りである。
ごちそうさま。
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by munojiya | 2006-12-27 01:31 | Trackback | Comments(0)
日本酒の虎の巻
日本酒の能書きを書くために、なくてはならない本の新版が発行された。
フルネット刊の「日本酒酒蔵住所録2007年版」(3150円税込)である。
全国の1807蔵が収録されている。
これがあるとやっとお酒の名前が読めるようになるのである。

庵主が高知の「亀泉」を「きせん」と読んだことはいつも書いているとおりである。
昨夜の女の子はそれを「かめせん」と読んでいた。
もっともその女の子が坐っていたカウンターには
泡盛の「八重泉」や「瑞泉」が並んでいたからその伝でいえば「かめせん」もありである。

庵主がこの本を手放せないのは
「浦霞」が「うらがすみ」だったか、「うらかすみ」だったかすぐ忘れるからである。
「三千盛」が「みちざかり」か「みちさかり」かも覚えられない。
そういうときにこの本を引くのである。

「初亀」も「はつがめ」と濁るのか「はつかめ」なのか振りがながないと読めないだろう。
今度の版から蔵元の名前にも振りがながつくようになったのはありがたい。
俳句の歳時記ではないが、この本を眺めているだけでいろいろな思いが湧いてくる。
「亀泉」は「かめいずみ」、その他のお酒は濁らないのが正しい。
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by munojiya | 2006-12-26 01:16 | Trackback | Comments(0)
まぎらわしい今年の酒
たとえば、ただ単に「2006年新酒」というラベルが貼られていたら
それは今年の酒なのか、去年造られた酒なのかわからないことがある。
酒造年度は暦年度とかなりずれていることから時にこんがらがることがある。
酒造年度は7月1日から翌年の6月30日である。

「2006年新酒」という表示が今年の6月までなら、
それは「2005酒造年度」中に造ったが2006年になってから醸した酒だと分かる。
7月にならないとまだ2006酒造年度は始まっていないから
その6月中までは2006酒造年度のお酒は存在しないからである。

本来ならその表示は、正しく「2005酒造年度新酒」とするか、
あるいは「2006年新酒(2005BY)」とするべきなのであるが、
新春になってから醸した新しい酒だよという清新な気分を伝えるために
「2006年新酒」というさわやかな書き方をしているわけである。

がしかし、そのお酒が師走の時分まで酒売場に残っていると、
2006酒造年度の新酒が出回るから
ただ「2006年新酒」とあるだけでは
2005酒造年度の酒なのか、2006酒造年度の酒なのか分からなくなるわけである。
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by munojiya | 2006-12-25 01:19 | Trackback | Comments(0)
正月進行
まだ年内なのにすでに年が明けたという想定で仕事をすることを正月進行という。
嘘つきは泥棒の始まりというが、正月進行は許されるウソとされている。
多くの日本人はまだ明けてもいないのに
「あけましておめでとうございます」と年賀状を年内に書いている。

元旦早々に届けられる年賀ハガキはウソの固まりなのである。
一年の計は元旦にありというが、
新年はウソに始まるのだから
その一年はそのままウソということになる。

そんなウソの日常生活の中にあってほっと真実に戻れる瞬間が酒にひたる時間である。
その時間は人間の虚飾がそがれて地が出てしまう。
それは恥ずかしいことだから酔ったといってごまかすのである。
酒の上でのことは見て見ないふりをするのが日本のならわしである。

ウソが上手な国に生れてよかったと思う。
ウソは、ときに方便と呼ばれ、お世辞と呼ばれて重宝されている。
時には普通酒と呼ばれ、冗談の度を越したそういうお酒もまた清酒とされているのは
日本人がウソを上手に操っている証(あかし)なのである。
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by munojiya | 2006-12-24 00:24 | Trackback | Comments(0)
ユーモア(横取りシリーズ15)
ネットにあった日本酒初心者のスレから。
『山口県下関市には幻の銘酒「関娘」があります。
味、値段ともに料理酒と差がないことで有名です。』
正直すぎて身も蓋もない書き込みがおかしい。

『上善如水、美味しかった記憶があって買ってみたんだけれどちょっときつかった。
冷酒じゃなくて、お燗にして呑むもの?
割った方がいいもの?
一升、ほとんど余っているので、おすすめの呑み方教えてください 』
 
『上善如水ってまさに水のごとき(水っぽい)酒だったと思いますが。』
『日本酒自体の臭みとかは殆どないような酒なので
体調に拠ったとかもともと日本酒自体苦手とか。
体調や酒の状態によっては飲みやすい酒もきつく感じることもある。

日本酒カクテルにして飲んでみては?
普通のカクテルよりすっきりして飲みやすいよ。』
『そこまでして呑む必要はないと思いませんか?』
忌憚のない書き込みを読んでいると「上善如水」がかわいそうに思えてくるのである。
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by munojiya | 2006-12-23 06:49 | | Trackback | Comments(0)
まっとうな結論(横取りシリーズ14)
『私の知り合いは、日本酒が全然ダメで、
アルコール類を飲むと必ず二日酔いになっていたのに、
質の良い日本酒を飲むようになって、量も飲めるようになったし、
また、二日酔いもしなくなりました。

逆に、管理の悪い酒屋で買ったものは、
大概、老ねており、質の低いものも多いので、
アルコール臭い、米の雑味が酷い、とにかく色々な面で臭いなど
所謂、日本酒の嫌なイメージを持つものが多いので注意してください。

もし可能でしたら(難しいですが)、十四代という銘柄の
本丸かフナ垂れの本生を新酒の段階でお飲みになってみてください。
もしくは、香りの高いものや活性酒系統をお勧めします。』
ネットにあった日本酒初心者のスレからの引用である。

『キチンとした酒屋さん(ディスカウントではない)に行けば、
店の人が好みに合わせて対応してくれるでしょう。
基本は、まともな酒屋を見つける事かも知れませんね。』
この最後の一行は庵主の結論と一致する。
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by munojiya | 2006-12-22 01:09 | | Trackback | Comments(0)