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ネットで物を買うということ
いまはネットで物を買うのが流行っている。
なぜか。
便利だからである。
地元の酒屋では絶対手に入らないお酒がネットでなら簡単に買えるからである。

アマゾンで本を買うことを覚えるとこんな便利なものはないと思うようになる。
書籍の数は多いから欲しい本に限って近所の本屋にないのである。
本屋が扱う売れる本と自分が読みたい本とはなかなか重ならないからである。
近くに大型書店があっても店内で1冊の本を探すよりアマゾンで探した方が早い。

支払いはクレジットカード(借金札)でやる。
ポイントがたまって得するからである。
しかし、そういう便利というのは実はプライバシーをばらまいているようなものなのである。
買い物の履歴を知ればその人の好みなどの性向がわかるからである。

携帯のGPS機能と合わせたなら下手すると行動までわかることがある。
そういう観点からいうと現金払いというのはプライバシーを守る最高の手段なのである。
だから居酒屋ではいつもニコニコ現金払いなのである。
何処で何を呑もうと、酒を呑んでいる時ぐらいはプライバシーを保ちたいからである。
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by munojiya | 2007-01-31 01:12 | Trackback | Comments(0)
呑み逃げができない理由
むかしは学校には各自が弁当を持っていったものだが、
いまは強制給食なのだという、かわいそうに貧乏もできない時代なのである。
その給食代を踏み倒すご家庭が少なくないという。
文科省がまとめたところによると全国で食い逃げされた給食費が年間22億円だという。

2005年度の給食費滞納者総数は全体の1%にあたる9万8993人だという。
滞納の児童・生徒がいる小中学校は、全体の43.6%にあたる1万3907校だという。
都道府県別で見ると(1)沖縄県6.3%(2)北海道2.4%(3)宮城県1.9%の順で多かった。
食い逃げの沖縄、貧乏の北海道、惨めな宮城といった順番である。

世の中には貧乏な人が1%ぐらいいることがわかる。
経済的なあるいは精神的なビンボー人が、である。
自動車事故による年間の死傷者数がだいたいわが国の人口の1%ぐらいだから
放っておくと食い逃げをする人も大体それぐらいいるというのは普通の現象なのだろう。

その点、酒代はいつもニコニコ現金払いが原則だから支払いは厳しいのである。
かつ酒代というのはそのときお金がある人が払うという心やさしい社会主義だから
酒を呑むことは経済的にも精神的にも余裕がある人でなければできないことなのである。
22億円ぐらい食わせてやればいいのである、国の無駄遣いをやめれば出せる金だから。
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by munojiya | 2007-01-30 01:24 | Trackback | Comments(0)
ごしゅうしと打ったら御酒嗜と出る
庵主のワープロの辞書は
いつもお酒のことしか書いていないので
普通の文章を書く時に変換するとお酒の言葉が第一に出てきて苦笑することがある。
御宗旨と打とうとしたらキーを間違えたこともあって御酒嗜と出てきたのである。

宗教の欠点は人間にニオイがつくということである。
今煙草が世界的に排斥されている。
ニオイがくさいのが嫌われているのである、麻薬をやるともっとくさいのであるが。
煙草を吸っている分にはそれには気がつかないということである。

健康志向というのがある。
ここでも庵主の辞書は健康嗜好となってしまったが、
健康志向というのは、精神的不健康の最たるものなのである。
それはよくあることなのだが、手段の目的化という、本末転倒なのである。

宗旨の話に戻ると庵主にとってお酒を呑むということは神との交信なのである。
口に含んだお酒を通して天の声が聞こえてくるのである。
生きてるかいと聞かれるから、うん、うまいと応えるのである。
お酒が神の言葉と庵主の命をつないでくれるのである。
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by munojiya | 2007-01-29 00:23 | Trackback | Comments(0)
庵主の御宗旨
耶蘇教にのめりこんでいる人からアンタはなにも考えていないと言われたことがある。
当たっていると思った。
庵主は、面倒くさいことを考えるのは苦手な方だからである。
べつに宗教にこらなくても十分生きていけるからでもある。

心臓の仕組みを多くの人は知らないがそれでも生きていけるのである。
中途半端に知識があるとかえって不安の素になることは少なくない。
天に順(したが)って素直に生きるというのが健康の秘訣である。
自分はなんのために生まれてきたのかなどと考えはじめると気を詰めるだけなのである。

そういうことが好きな人がいるが、それはまたその人が持って生れた性格なのだろう。
愛国心を声高に語り、天皇制を分析する人に魅力がないことは周知の通りである。
そういう人を見ると、庵主には、頭、いいですね、としかいいようがない。
それよりもお酒を語れる人の方が魅力的である。

なぜなら、そういう人は、あるいはお酒を語っている時は聞く人を縛らないからである。
商売宗教の欠陥は人の心を束縛するということである。
生きていることの真実(神)が一つならば数多の宗派があること自体がおかしいのである。
庵主はただ天に従って生きているから普段は商売宗教は必要がないのである。
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by munojiya | 2007-01-28 00:34 | Trackback | Comments(0)
輸入ビールを飲む人は馬鹿だ
「輸入ビールを飲む奴は馬鹿だ」と言い切った人がいる。
ビールなんてものは出来立てが一番うまいのであって
造ってから何か月もかけて持ってきた外国ビールを飲むということは
いうなれば干からびた野菜を好んで食うようなものだというのである。

蒸留酒なら出来立てはまずくて、というより荒くて飲めたものではないが、
ビールはなるべく早く飲んだ方がフレッシュでうまいというのは当たっているのだろう。
その点、清酒は若くても呑めるし、熟成しても呑める酒である。
冷やでも呑めるし、燗をつけても呑めるのだから器用な酒なのである。

いろいろな酒があるが、その酒が一番うまいと感じるアルコール度数があるように、
それぞれの酒には一番うまい飲み頃というのがあるということである。
せっかく酒を飲むのなら一番うまい状態で飲むべしという意見が
「輸入ビールを飲む奴は馬鹿だ」というわけである。

でもそういわれたら、
庵主ははさっそく、
ではそのうまいビールを実際に飲ませてくれとせがむのである。
そして言う通りにそれがうまかったらご教祖様と崇めてその人の信者になるのである。
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by munojiya | 2007-01-27 00:12 | Trackback | Comments(0)
それをいっちゃあおしまいだよ
愛国心はならず者の最後の拠り所だといった人がいる。
言っていることがおかしいと思っても表面から否定できないものがあるからである。
愛国者の御身(おんみ)だけは安全に守られるようになっているというわけである。
「愛国心」が間違っているのはそれが政治用語だからである、「天皇制」と同じである。

陰謀論もそれに似ている。
それを持ち出したらその時点で思考が停止してしまうという欠陥があるということである。
庵主は面倒くさいことを考えるのは苦手な質(たち)なので
世の中の出来事がなんだかよくわからなくなったときには陰謀論で結論をつけてしまう。

それが精神的健康に一番いいからである。
わからないことはわからないということでいいのである、真実を知る必要はない。
真実を知ってもしょうがないことが多いからである。
たとえば食肉の造り方を知ったらしばらくは肉が食えなくなるだけである。

お酒なんてどれを呑んでもおんなじだよ。
そういうセリフも、愛国心であり陰謀論である。
それをいっちゃあおしまいなのである。
せっかくのお酒の楽しみを、お酒の面白い部分をすべて捨ててしまう言葉だからである。
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by munojiya | 2007-01-26 00:01 | Trackback | Comments(0)
国際陰謀論
庵主は国際陰謀論が大好きである。
郵便ポストが赤いのも今の日本が悪いのもみんな陰謀によるものだというものである。
この世の中にある理解できない事柄はみんな宇宙人の仕業だとしてしまうようなもので
あらゆる悪事の原因がすべてみごとに氷解してしまうので精神的健康にいいからである。

国際陰謀論の構造はこうである。
いまや世界は国境で区分されている国家が覇権を争っているのでない。
国境を越えて人類を支配下におきたいという変な意欲に満ちている人たちがいて
そういう人たちが世界中に戦乱と飢餓と貧困と差別を造り出しているのだというのである。

ではその一団とはどういう人たちなのか。
使い切れないお金を手にしてもなお貪欲という言葉を知らない国際金融資本であり、
食っていくためには戦争を起こさないことにはやっていけない強大な軍事産業である。
いずれも同根で狡猾冷血な白人という狂気の人類がやっている仕業だというものである。

日本人の食生活が米から麦に無理やり切り換えさせられたがそれも陰謀なのである。
麦食に馴染んだ舌には日本酒の味は合わない、そのうまさがわからなくなるのである。
味覚を狂わせてお酒のうまさがわからない日本人をつくるという文化破壊なのである。
陰謀論では主にアメリカに巣くっている一団が企てた謀略の一環だと相成るのである。
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by munojiya | 2007-01-25 01:00 | Trackback | Comments(0)
僕たちの漫画は紙の上に浮かんでいた
庵主にとって映画というのはフィルムの画像を映写してスクリーンで見るものだった。
ブラウン管で見るそれは気のぬけたビールを飲んでいるようなものだと馬鹿にしている。
ところが今大型のプロジェクター(投影機)で大型のスクリーンに映し出した
デジタル画像がフィルムに比べてそんなに違和感がないのである。

細かいことをいうと、よくよく意識して見れば色が電気くさいのだが
だまって見ていたら本醸造と純米酒のようにほとんど違いがわからないのである。
とすると映画というのはその画面の大きさのことだったのか。
ブラウンから大型ディスプレーに変わって自宅で映画が見られるようになったのである。

つまり、表現にはそれに相応しい大きさがあるということである。
酒でいえばその酒が一番うまく感じるアルコール度数というものがあるのと同じである。
庵主にとっては漫画はB5判のざら紙に乗っているものである。
よく文庫判の漫画が売られているがあれは邪道だと思っている、否あれは犯罪である。

自動車メーカーがその縮尺版を本物の自動車だといって売っているようなものである。
愛蔵版と称する必要以上にいい紙に刷られた漫画も庵主に言わせると贋物である。
やたらとパッケージ(入れ物)に金をかけたお酒を呑んでいるようなむなしさを感じる。
表現にはそれがいちばんおいしい大きさと品位があるということである。
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by munojiya | 2007-01-24 01:12 | Trackback | Comments(0)
お酒の前に肴がなくなる
白人は、自分たちの風習では鯨を食わないという理由で、
己にとってはかわいいと感じる鯨を食する日本人が気に食わないからと因縁をつけて
日本人から鯨文化を奪ってしまった、鯨を食うことがいいか悪いかは別として。
こんどはマグロを日本人に食わせない運動をやっているという、おっとこれは僻目か。

庵主は鯨を好んで食う習慣がないからどうでもいいのであるが、
捕鯨規制は鯨に愛着がある人にとっては人より鯨という理不尽ないいがかりだろう。
己は人間よりも動物の方がかわいいからといって牛肉を食うことを規制できるのか。
もし牛肉が規制されたらステーキの味を知っている人はそれを懐かしむことだろう。

マグロ資源が減少しており、適正に管理しなければ失われてしまうと警告を発するのは
今神戸で行なわれている国際的なマグロ資源管理機関の合同会合である。
捕れば金になるということでマグロの乱獲が進んでいるというのである。
世界的な鮨ブームなどでマグロを食う文化が世界に沸き起こったせいみたいである。

庵主はマグロも好んで食さないので食生活上はどうなってもかまわないのであるが、
それを肴にしておいしいお酒を呑んでいる人にとっては不愉快の極みだろう。
文化が、自然保護という名目で破壊されていくことに抵抗できない非力に泣くのである。
もっともそれでまた悲しいお酒が呑めるのだからお酒を呑むタネは尽きないのである。
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by munojiya | 2007-01-23 01:06 | Trackback | Comments(0)
健康ブームで納豆は売り切れるのに
健康ブームというのがある。
品を変えていつも繰り返されている人の心の気まぐれのことである、病的ブームをいう。
紅茶キノコだの、ココアだの、寒天だの、ポリフェノールだのが体にいいと喧伝されると、
ココアが突然売れ出し、寒天が売場からなくなり、赤ワインが売れるのである。

所詮流行りだからそのうち飽きるまでに時間はかからないのだが、
今度は納豆がスーパーなどの売場で売り切れてしまったのである。
テレビが納豆を食べると痩せるとかいって煽ったものらしい。
後日放送局がそれはウソだったと釈明したがおかげで納豆の常連客が困ったのである。

普段食べていない人が突然納豆を食っても体にすぐ効くというものではないと思うが
テレビの影響というのは馬鹿にできないもので、
テレビの言う通りに人は動くのものなのである。
一時赤ワインが売れたのは有効成分ポリフェノールが体にいいからなのだという。

ポリフェノールがなんに効くのかだれも知らないのにそれで人気が出たのである。
日本酒も口先の上手な人がテレビで煽れば突然売れ出すのかもしれない。
麹の働きが肌にいいとか、花粉症に効用があるとかホラを吹けばいいのである。
お酒を定量で呑んでいるとお通じがよろしいことだけは確かなようであるが。
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by munojiya | 2007-01-22 00:48 | Trackback | Comments(0)