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人は一人では生きていけない
人は一人では生きていけない、としみじみと思う、と人はいう。
そんなことは当たり前のことじゃないかということなのだが、しかし、
その人が言いたいことは自分はなぜ生きているのかということなのである。
たしかに不思議なのである。

人は食い物を食わないと生きつづけることができない。
なのに、庵主は、いまだかつて自分で食う物を自分で作ったことがないのである。
だれかが食わせてくれているのである。
しかも、庵主に対しては、義理も、縁も、借り、もない人がである。

庵主が食べる物を作ってくれる人はなぜ庵主に尽くしてくれるのか。
名前も顔もわからない人達はなぜ庵主に食わせてくれるのか。
庵主は、生きているのではない、生かされているのだということなのである。
ということは、庵主の存在もまた他の名も知らない人を支えているということである。

ただし、庵主が口にしているお酒を造っている人の顔と名前は、何人かは見知っている。
お酒の世界では、他人に頼ってもいいのである、依存しても非とされることがない。
わが国では自分が呑むお酒を自分で造ってはならないという決まりがあるからである。
悪法も法なりという重宝な言葉があるから、ちゃっかり便乗しちゃっているのである。
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by munojiya | 2009-01-31 02:04 | 酩酊篇 | Trackback | Comments(0)
食う歯、話す歯
永六輔(えい・ろくすけ)の話である。
庵主は、永六輔が午前中のラジオでこれはおもしろいと勧める芸人や公演を、
即、その日の午後には見に行くほどの永六輔の信者なのである。
永六輔の言葉を、芸人に対する評価の言葉だけは素直に信じるのである。

見巧者(みごうしゃ)の言葉ならまず外れることがないからである。
ザ・ニュースぺーバーを知ったのも、マルセ太郎を見ることができたのも、
たしか教祖様の言葉を聞いてその公演に駆けつけたのがきっかけだったと思う。
庵主に関しては、その言葉を信じたことで世界が広がったのである。

たぶん、庵主のお酒に対する言葉も信じられる人は幸せになれるはずである。
嘘を書いていないからである、うまいお酒しか勧めないからである。
前置きが長くなったが、その永六輔の入れ歯の話である。
入れ歯には、食い物がおいしく感じる歯と発音が明瞭になる歯とがあるという。

それは二律背反で、どちらかを選ぶしかないのだという。
究極の選択といえるが、永六輔はどっちを選んだのか、答えはラジオを聞いて頂きたい。
庵主、うっかり舌を噛んでしまい、痛みが走るものだからしばしお酒の味が判らなかった。
歯周が確かでないとお酒が味わえなくなるから、庵主なら、いやそんなには生きたくない。
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by munojiya | 2009-01-31 02:02 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
時局物 盃がよくない
全国民に定額給付金を配るという、いや、在日外国人にももれなく配るという。
獄中の受刑者にも配るのだという、囚人がそのお金を居酒屋にでも行って使うというのか。
たった1万2千円を配るのに要する費用は、すなわち税金の無意味使いは800億円。
いや、軽く1千億円はいきますよ、と見る人もいる。

損害予想額は実際よりかなり多く、経費は実際より少なく出すというのが役人の癖である。
年金特別便を出したら相当数が宛てどころ不明で戻ってきているという。
再確認の通知を出すとなったら当初の経費予算内で収まるわけがないのである。
そういう杜撰なことを平気で提案するから創価学会、おっと公明党は嫌われるのである。

新聞のアンケートによると定額給付金に反対する人は8割近くになるという。
さもしいお金はいらないという人が多いのである、ほしがる人もいるけれど。
それを強硬に実施しようという公明党の太田代表からきちんと説明してほしいものである。
背中をつつかれてそれをやる総理はさもしい金といってその裏側を示唆しているのである。

その言葉の意味を理解できなかったら、「漢字が読めない」総理より程度が低いではないか。
創価学会に頭があがらない新聞でさえ、お得意のアンケートでそれを揶揄しているのだ。
うまいお酒が呑めるのも流通のお蔭であるが、定額給付金はその流通が不備なのである。
お金の使い方で人の器がわかるが、器に品がないのである、それを盃がよくないといおう。

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庵主は、その盃にはいっているお酒もまたよくない、とまでは言わないのである。
ただ、いまのところそれは庵主の好みのお酒ではないということは確かである。
盃は、美酒であろうと駄酒であろうとわけへだてなく受け入れるのである。
中のお酒のよしあしを判断するのはその盃を手にした呑み手の器量なのである。

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by munojiya | 2009-01-31 01:32 | 時局物 | Trackback | Comments(0)
純米酒と本醸造酒は名前が逆
納豆と豆腐は名前が逆だという説がある。
それらをイメージしてほしい。
大豆を醗酵させたものを納豆と呼んでいるが、醗酵とは腐らせることであるから、
納豆は、豆を腐らせた物なので豆腐と呼ぶべきではないのか、というのである。

一方、豆腐は、大豆を搾った豆乳をニガリで固めて枠にいれて四角四面にしたものだから、
それは枠に納めた豆乳ということで、納豆というのが正しいのではないかというわけである。
納豆は実は豆腐で、豆腐は納豆だというのであるが、結論は今のままで正しいのだという。
納豆も豆腐も名称の由来を調べたら間違いはなかったという論証を読んだことがある。

お酒に純米酒と本醸造酒というのがあるが、これはよく考えたら逆なのではないか。
純米酒とは、米と米麹だけで造る伝統的な酒造法で造った清酒をいうとされている。
本醸造酒というのは、米・米麹で造った酒にアルコールを添加して香味を整えた清酒である。
しかしである、本醸造酒とあったら本来の醸造法による酒と思うのが日本語の常識である。

本格焼酎と新式焼酎とあったら、本のついてる方が本来の造りをした酒をいうのだから、
アルコールを添加して新しい造り方をした酒を本醸造と呼ぶのは間違っている。
純米酒というのは原料表示だと理解すれば、米以外の麦とか粟などは使っていない酒だ
という意味でとれば本醸造酒は十分純米酒なのである、純米酒と本醸造酒は逆なのである。
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by munojiya | 2009-01-30 00:15 | 酩酊篇 | Trackback | Comments(0)
チラリズム
チラリズムといい、色気といい、猥褻といい、男心を擽るのは好奇心を刺激するからである。
見えそうで見えないという状態である。
見えない部分を想像で補うから、その想像部分が楽しいのである。
庵主がお酒を語るのは、その想像部分が楽しいからである。

すべてが見えてしまったらつまらないということである。
見えてしまったら結論は一つになりかねないから夢を語る部分がなくなるということである。
人は夢がないときには生きていく気力が低下してしまうものである。
だから色気と猥褻は心にとって必須の栄養素なのである、ない物が見える想像力をいう。

チラリズムの意味についてはここでは説明しないので、解らない人は放っておくが、
それは料理でいえば先付けであり、とりあえずビールである、夢の世界の入口なのである。
歴史とは真実を語るものだと思っている人がいるが、夢を語るのが歴史なのである。
手品がそうであるように、一つの出来事も表と裏では違って見えるものなのである。

その片面を真実だと言い張ってもはじまらない、ともに一面の真実なのだから。
また一人の人が同時に表と裏を見ることはできないから、
二つの見方があれば楽しい方を取ればいいだけのことである。
一つのお酒をうまいと言うもまずいと言うも表裏にすぎないのだから楽しい方を語るのである。
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by munojiya | 2009-01-29 02:17 | 酩酊篇 | Trackback | Comments(0)
時局物 ダブルスタンダード
二重基準ということである。
同じ現象を違う基準で評価することをいう。
同じことに対して同じ人が異なる評価をすることをいう。
同じ原爆なのに、アメリカの核は悪、共産国のそれは善だというのがあった。

我が身を守るための共産国の核が善なら、日本の核武装もまた正義ということになるが
それは駄目なのだというから、わが国の左翼というのはよく分からないのである。
普通に考えたらそれをいう人は相手側に都合よく利用されているということである。
善意ならお人好し、悪意なら筋金入りの活動家というわけである。

老ね香(ひねか)というがあって、日本酒の老化現象による味わいの変化をいうが、
それをうまいと感じたときは吟醸香(ぎんじょうか)と呼び(年寄りの感覚)、
ちょっとよくないなと感じるときは老ね香と呼ぶ(若い人の感覚)のである。
同じ現象なのにである。

評価の違いは、要するにその人の好き嫌いだという他愛ない理由によるのである。
オバーマ大統領の就任に当たっては当面はその新政を暖かく見守ってやろうという新聞が
就任してまだ3か月余の麻生総理を叩くのである、筋を通すなら暖かく見守ってやれよ。
それは理ではなく好き嫌いなのである、お酒も惚れ込めばそれがうまく感じるのである。
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by munojiya | 2009-01-29 01:07 | 時局物 | Trackback | Comments(0)
超猥褻 <水曜日は二本立>
ストリップショーは猥褻だとされている。
その猥褻に庵主は心引かれるのである、猥褻が好きなのである。
なにが面白いのかわからないけれど、猥褻と聞くだけで心がトキメクではないか。
そこに何かがありそうだという期待が膨らんでくるからである。

本当は何もないのに、である。
猥褻とはむなしいものという意味なのかもしれない。
ショーを演じるストリッパーの裸体もまた猥褻とされている。
女体の表面を晒すのが猥褻というなら、もっと卑猥なものがある。

女流作家である。
女体の内側まで頭の中身まで晒けだしてしまうのだから、これは超猥褻である。
女作家の書いたものは、見せてはいけないものを見せる公然猥褻罪なのである。
女心を読んで妄想をたくましくする薬みたいなものだから、公然猥褻剤か。

猥褻は心楽しいのである、なぜか心がはずむのである。
淫らはおいしいのである、なぜかそれにひたりたいのである。
淫靡はうまいのである、なぜかまたやりたくなるのである。
それってお酒と同じじゃないか、だからお酒は猥褻なのである、∴庵主=お酒が好き。
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by munojiya | 2009-01-28 00:57 | 酩酊篇 | Trackback | Comments(0)
電子投票は採用してはいけない
電子投票というのがある。
アメリカではすでにホントにそれをやっているところもあるという。
不正満載の投票方法である、当選者をいかようにも変えられる投票法だといわれている。
アメリカではパンチカード方式の投票方法もあってこれもインチキの温床だった。

アメリカの有権者にはまともに字が書けない人が多いのだろう。
電子投票といい、パンチカードによる投票といい、不正選挙の源泉になるから、
不正を嫌う日本人にはなじまないと思うし、それはやってはいけない投票方法である。
選挙はTVのクイズ番組ではないのだから、人手でやるものなのである。

なぜなら、政はまつりごとである、選挙はお祭なのである。
それを機械なんかにやらせるのは根本的に間違っているからである。
神輿をロボットに担がせるようなものである、お酒なら自分が酔うために呑むものなのに
機械に酒を呑ませてその酔いを求めようという人がいたら馬鹿である、いや愚昧である。

投票時に自筆で字が書けなくなったら投票権は消滅という方向でいいと思う。
当選させたい、もしくは当選させたくない候補者を自筆で書くのが一番明確だからである。
電子投票はすぐ結果が判るから便利だというなら、どうせ死ぬのだからとすぐ死を選ぶか。
お酒を呑んで瞬時に酔っぱらってぶっ倒れるのなら、酒を呑む楽しみはないのである。
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by munojiya | 2009-01-28 00:56 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
番外篇 常用漢字からの袂別
時代は変わったのにいまでも常用漢字というのがあるという。
世間はすでにその水準を上回っているというのに。
学校業界と官庁業界だけはそれに固執しているのは役人の利権だからである。
食糧管理法が戦争が終わっても長く続いたのは利権となっていたからである。

庵主は戦後十数年たったときに米穀通帳というのを見たことがある。
米の配給に必要だったのである。
それがないと米を売ってくれないというのが建前だったようである。
その頃には形骸化していたように思えるが、いまとなっては記憶が定かではない。

常用漢字表もそういった利権と化しているのである。
日蝕を日食と書くのはやめようよ、みっともないから。
真摯を真しと書くのはやめようよ、読みにくいから。
航空機をこう空きと書くのはやめようよ、美意識に悖(もと)るから。

別れることを決別と書くが、これは袂別が正しいという人がいたので辞書を引いてみたら、
決も訣も別れるという意味があるので、決別でも訣別でも全然問題はなかった。
ただし、常用漢字の縛りに袂を振って別れるときには袂別と書きたいのである。
別れに呑む酒を訣飲というとあるが、酒を本当にやめる時に最後に呑む酒なら袂飲だろう。
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by munojiya | 2009-01-28 00:55 | 番外篇 | Trackback | Comments(0)
時局物 疑問
世界中が経済不況に落ち込んでいる、とくに欧州は深刻らしい。
お金が回らなくなると、人の心も落ち込むから、
多くの人が悲観論に走ると、そうでない人も引きずり込まれてしまうのである。
あんたらの悲観論は傍迷惑ですよといいたいが、金が目先の世の中なのである。

一度手にしたお金が減ることは恐怖感を伴うからである。
よく考えてみれば、生まれてきたときはお金なんか一銭も持っていなかったのである。
お金とか財産というのは生まれてから身にこびりついた垢(あか)なのである。
不況とは溜まり切った垢を落とすことなのである。

いうなればお風呂で垢を落として気分をさっぱりさせるような機会なのである。
不況というのは戦争と同じで、人智を越えた社会的生理現象なのではないだろうか。
個体では自ら自分の病気を治すように、社会的な病理はそれで治しているのではないか。
ところで日本国内に1億2千万人も国民がいるのに国内だけで経済は回らないものなのか。

海外に経済侵出しないと日本はやっていけないのだろうか。
日本は資源がない国だから海外に侵出しないと経済は回らないと学者先生は言うのだが、
本当にそうなのかということが、庵主の疑問である。
日本酒はこれまで日本国内だけでちゃんと回ってきたのを見ているからである。
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by munojiya | 2009-01-28 00:52 | 時局物 | Trackback | Comments(0)