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2010-05-31 五月に飛び込んできたお酒
5月の晦日〈みそか〉に間に合うように飛び込んできたお酒は「腰古井〈こしごい〉」である。
生貯蔵の普通酒であるが、これが なかなかの味なのである。
「なかなか」という言葉は「そこそこ」に似ているが、今一だという意味ではない。
「なかなか」というのは、お主やるではないか、という気持ちを含んだ共感の言葉である。

その技に味があるということを認めながらも素直にそれを言えない大人の物言いなである。
年をとると、素直に物事をほめることができなくなるのである。自惚れが膨らむからである。
相手が優れていることを認めながらも、自分の方がそれよりは少しは上だという見栄である。
そして、感動を口にすることは気恥ずかしいから、それをごまかす時の大人用語なのである。

「腰古井」のなにが なかなか なのか。
普通酒なのに十分にうまいのである。普通酒はうまくもなんともないのが通例なのである。
うますぎるのである、普通酒に期待されるうまさに対して、その上をいくうまさなのである。
千葉の地酒である。そこそこのお酒かと思ったら大間違いなのである。なかなかなのである。

こういうお酒に出会うとお酒は本当に綺麗になったと思う。
うまくなったと思う。普通酒でこれなら庵主はお酒を語らない。
満足している心に不満を語る言葉は必要ないからである。呑めないはずの庵主が口にしても
体はそれを拒もうともしないお酒のうまさに酒造りの技の冴え〈さえ〉を見るのである。
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by munojiya | 2010-05-31 01:49 | 酩酊篇 | Trackback | Comments(1)
2010-05-31 小さな心遣い
ラジオの、永六輔の、「50円の小言」というコーナーで聞いた話である。
書店で図書カードを使うという。余談であるが今は図書券はない。カードになったのである。
使い切ったカードのときに、このカードは処分してもよろしいですかと聞かれるという。
もう使わないので処分してくださいというと、その先の対応に二つあるのだという。

そのカードをカウンターの下のごみ箱にポイと捨ててしまう人と、
後の棚などにそっとそのカードを置く人とである。
いらなくなったものだから、ゴミなので、ポイと捨ててもかまわないのだが、
それをやるのは客がいなくなってから見えないところでやってほしいというのである。

それが小さな心遣いではないだろうか。永六輔さんもそれに頷くのである。
いらなくなった犬・猫のペットを見えないところで処分するのも小さな心遣いなのである。
アメリカ軍の戦闘の様子をTVの映像で流さないのも小さな心遣いなのである。
お酒に醸造アルコールを混ぜることを見えないところでやるのも小さな心遣いなのである。

要するに、汚いものは見ないということで存在しないことにしてしまう智恵である。
そうすることで気分よく生活するできるからである。美しく生きるための処世術なのである。
美の裏には必ず醜が貼り合わせになっているのである。表を文化といい、裏面を宗教という。
美しい人は醜に目を瞑れる人である。それができない人は酒で心を紛らわせるのである。
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by munojiya | 2010-05-31 01:46 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2010-05-31 笑い話 日本ユ偽フ
国連の一機関にユニセフというのがある。
堂々とその名称を名乗っているのが日本ユニセフ協会である。
その名前を見たらだれもが国連のユニセフの傘下だと思うだろう。
それが違うのだという。別組織なのだという。特定公益増進法人なる財団法人なのだという。

ネットでは日本ユニセフ協会は日本ユ偽フ協会と呼ばれている。
振り込め詐欺だという人もいる。
寄付金を振り込ませて、そこから20%を必要経費として抜いてしまうからだという。
自分達のための募金なのだろうというのだが、募金にはそれぐらいの経費はかかるのである。

日本ユニセフは、ユニセフの偽物じゃない、という説がある。
別物だというのである(17番)。
なるほど、代用ビールも、あれはビールの偽物じゃないのである。
別物である。お金持ちが飲むのがビール、そうでないのが別物ビール。

日本ユニセフは別物だとはいっても、国連のユニセフも似たようなものだという。
『日本ユ偽フがそうであるように、本家ユニセフも詐欺組織には違い無いんだよ。』(63番)
その国連も戦勝国組合なのである。平和機関なんかじゃない。特定国利益増進機関である。
なお、ビールに関しては、欧米では労働者階級の飲物だと見られているとも聞くのである。

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法律用語では「馬券」を勝馬投票券という。「天下り先」は特定公益増進法人というのかな。
これが可笑しい。『他のキーワード: ユニセフ  日本ユニセフ 違い  日本ユニセフ 詐欺
日本ユニセフ 問題  日本ユニセフ協会の謎  日本ユニセフ アグネス
グーグルはちゃんとわかっている。 グーグルは素晴らしい。』(129番)。
グーグルの検索窓に「夫」と入力したら恐い真実が浮かび上がることはご存じの通りである。

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by munojiya | 2010-05-31 01:27 | 笑い話 | Trackback | Comments(0)
2010-05-30 日曜日のくつろぎ篇 本醸造酒醸造貯蔵所
東京特許許可局である。
トウキョウ トッキョ キョカキョクである。
そんな役所はないが、早口言葉である。
ホンジョウゾウシュ ジョウゾウ チョゾウショである。

そんな言葉もないが、早口言葉に使える。
ショウヒシャ ショウシカ ショウというのもある。
消費者少子化相である。正しくは消費者・少子化担当相である。
福島瑞穂さんである。おっと罷免されてしまった。消費者少子化相消職。舌を噛みそう。

その福島瑞穂さんは、赤城広隆農水相が外遊中の農水大臣の臨時代理だったという。
宮崎の口蹄疫の対策をさぼって外遊していたと非難されている赤城大臣が不在の時は
その代理が対応することになっていたのだが、その仕事をしなかったと指弾されている。
民主党は政治主導方式だから、大臣が決断しないと農水省は行動できないのだという。

東国原英夫知事は連日ほとんど寝ないで口蹄疫の拡大を防いでいるという。立派である。
一カ月余にわたってなお終息の気配が見られないのだから疲労の極にあると思われる。
語呂合わせではないが、疲労にはユンケルを送ってコウテイエキを飲み干してもらおうか。
宮崎は焼酎の本場だから、うまい焼酎をいっぱいひっかけて眠るという手もあるのである。
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by munojiya | 2010-05-30 01:10 | 日曜日のくつろぎ篇 | Trackback | Comments(0)
2010-05-30 マスコミにはなじまないいくつかのニュース
多分それは談合によるものなのだろう。
各新聞社やTV局が歩調を合わせて一社も報道しないというのだから。
報道されない事件はマスコミにはなじまないニュースだということである。
いま、マスコミになじまないニュースはこれである(ブログ「株式日記と経済展望」)。

記者クラブ制度を擁護するのがこの人である。
「いくら貰いましたか」と聞いてみたくなる気もするが、幸い庵主はその人とは接点がない。
フリーランスも記者会見に出られるようになったら、官房機密費がいくらあっても足りない
ということを心配してそれを言っているに違いないと忖度しちゃうのである。

こういう誰もが知っている話もマスコミにはなじまないニュースである。
自分の命の安全を賭してまでやる商売じゃないのである。ジャーナリストというのは。
マスコミの給料が高いのは、記者たちの口止め料の意味合いもあるのだという説もある。
ネットの出現で、マスコミが情報を抑えるということが少しやりにくくなってきたのである。

そこでもっともらしい理由にかこつけてのネット規制がくるぞというのが識者の予言である。
年間百万人にもおよぶ自動車事故による死傷者もいまでは話題にもならない。
その程度の死傷者は必要悪という見方である。そう思わないと自動車会社の広告が取れない。
アルコール依存症の実態も悲惨だが、それもまた同様に報じられることはないのである。

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『>>サギ報道、サギジャーナリズムと責められるのは当然
日本の主要報道ゴロ、マスコミ・ゴロの従業員年収
http://moneyzine.jp/static/images/article/26808/01-1.gif
http://moneyzine.jp/static/images/article/26808/02-2.gif

学歴社会を批判して、自社は大卒のみ採用。
格差社会を批判して、自社は下請けからピンはね。
派遣労働を批判して、自社は派遣を使い捨てる。
隠蔽体質を批判して、自社の不祥事はもみ消す。

談合社会を批判して、自社は記者クラブで馴れ合う。
口利きを批判して、自社はコネ入社を許す。
天下りを批判して、人事院にマスコミOBの「指定席」を持つ。
こんなヤツらが 「庶民感覚」 を語ってるんだから、もはやブラックの世界だ。』出所

引用はネットでは時々目にする定番のネタではあるが、一流の新聞社にしても、
なかなか、言うことと、やることを一致させることは難しいものだということである。
宗教新聞もまた同じで、記事に書いてある理想はすばらしいが、
教祖様の振る舞いを見たらそれとはまったく逆ということはよくあることなのである。

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by munojiya | 2010-05-30 01:08 | 時局物 | Trackback | Comments(0)
2010-05-30 無音という闇
歴史というのは残された記録である。いや、伝え続けられる記憶である。
逆に言うと、
記録が残ってなくて、記憶を伝える人がいなくなったらその歴史は消えるということである。
よって、記録をすべて廃却し、関係者をすべて始末すれば事実は消滅するということである。

目にしないお酒は、また口にする機会がないお酒は存在しないのと同じということである。
日本最大の宗教団体である創価学会(池田教)と
日本最強の武闘派暴力団後藤組とが懇ろの関係だったという事が当事者によって暴露された。
創価学会が国政を窺っているということは承知の通りである。

その組織力には感心するのである。寒心するのである。関心をもたざるをえない。
日本人が創価学会に違和感を感じるのは、その朝鮮人性格によることが分かっている。
教祖となった池田大作名誉会長の出自が朝鮮人だからというのが定説である。
その創価学会が手広くマスコミにお金をばらまいているということである。

その事実を報道して自分の食い扶持をふいにする馬鹿な記者や経営者はいないのである。
昔なら、情報源はマスコミが握っていたから、そのだんまりがわからなかったのである。
ネットのおかげでだんまりが行なわれているということがわかるのである。記録されている。
幸い「むの字屋」は酒業界の身内ではないのでお酒に関する発言に制約がないのである。
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by munojiya | 2010-05-30 01:02 | 酒の肴 | Trackback | Comments(0)
2010-05-29 天皇陛下は鬱病の特効薬である
「無責任」であること。
これが鬱病の対症療法である。
人は、過度の責任をもたされると心が疲れるのである。
必要以上の責任を持たせないことである。

無責任といっても、鳩山総理のそれではない。
あれは、ご本人の認識が狂っているので、周囲の期待値と行為の結果とがずれているために
生じている現象である。本人に悪意はないのである。間違って総理になった人なのである。
それは責任が期待されてる人がその責任を果たさない無責任である。

一方、ここでいう「無責任」は、責任からは解放されているという意味の「無責任」である。
身が軽いということである。心が軽いということである。
庵主は、プチ鬱症の傾向があるから、健康のために今は「無責任」に生きている。
銭金〈ぜにかね〉に替えられないからである。薬を飲むという趣味がないからである。

天皇陛下は、実は鬱病の特効薬だという話である。なお、日下公人は庵主のそれである。
日本人が稟議書など個人が責任を取らない仕組をとるのはそのための知恵なのかもしれない。
さすがに、現民主党政権の無責任には辟易している人が少なくないようであるが。
うまいお酒も庵主にとっては鬱症を解消する手段である。伝統と歴史を味わえるからである。
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by munojiya | 2010-05-29 01:42 | 酩酊篇 | Trackback | Comments(0)
2010-05-29 「陰と陽は表裏一体」
大相撲の光と陰である。
表は「デブの裸踊り」、裏は「ヤクザのしのぎ」だというのはこの人である。
ただ、裏がのこのこ表に出てくるようになったら世も末である。世紀末である。
それが真実であっても性器を露出して歩くキチガイは見たくないのである。性器末である。

隠しておく部分はちゃんと隠しておく。
それが文明である。
左翼人にいま一つ品性を感じないのはその弁えがないからである。
品がない人、それが左翼の定義である。

やっていることは暴露だからである。
そんなことはみんな分かっていることなのである。
知ってて知らないふりをしているだけなのである。
そういうことはわざわざ人前に晒すことはないのである。

表だけ見ている分には、自分がいい人でいられるからである。
自分が美しく見えるからである。人は美に生きるものなのである。
で、お酒には裏があるとささやくのが庵主の悪い癖である。品がないのである。
裏なんか知らない方がいいからである。でもそれを知るとうまいお酒が見えてくるのである
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by munojiya | 2010-05-29 01:41 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2010-05-29 笑い話 無闇に悪人を造る商売
『警察と宗教家は人間の屑』(駄菓子本)という割り切った考え方が可笑しいのである。
なにをとち狂ったものか、石原慎太郎東京都知事がエロ表現規制に乗り出した。
それを推進するのが自民公明連合。通称アグネス連合軍である。【日本ユ偽フ特攻隊か。】
一方どじでぐずでのろまな民主党が勇躍それに反対するというのである。気は確かか。

ドジで、愚図で、のろまな民主党が、なぜかこれには機敏に対応したのである。奇怪しい。
気はたしかかというのは、民主党は規制に大賛成する側でなかったのかということである。
規制の対象は「非実在青少年」のエロ表現であるという。
他人の想像力に難癖をつけるというトンデモない法律である。ほとんど気違い沙汰である。

『殺人「行為」は許されないが、殺人「表現」は許される。
同様にロリセックス「行為」が許されなくても、
ロリセックス「表現」は許されなければならない。 』(140番)。うまいこという。
つまらないことに難癖をつけて、犯罪人を増やすことはしなくてもいいのである。

たとえば喫煙禁止法を作って煙草を吸ったら犯罪人だとするのは野暮なことである。
そういうのを徒に、いたずらに犯罪人を増やすというのである。具の骨頂である。
無垢の子供にお前には原罪があるという人、犯罪人を増やしたがる人、確かに屑である。
酒呑みにはゲンザイしかないのが悲しい。現在だけ。呑んでいるときには過去も未来もない。

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『感情論とかじゃなくて別に今現在誰も困ってないし
犯罪の統計とかでも別に影響がないんだろ?
触れるべきじゃない箇所にわざわざ手をつっこんでいくって
愚行だと思うんだよね』(188番)。触っちゃいけない所に手を突っ込むのは犯罪だな。

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by munojiya | 2010-05-29 01:39 | 笑い話 | Trackback | Comments(0)
2010-05-28 発泡酒とされるもう一つのビール
発泡酒というのは、代用ビールだと庵主は書いている。
かつ法律の抜け穴をついた脱法ビールなのであるが、脱法と書いたのでは語弊があるので、
酒税回避を目的とするビールだから道を外れたビールだとしているのである。
発泡酒というのは麦芽の使用量を減らしたビールで酒税がビールより安いのである。

ビール会社は、酒税を少しでも安くするのが目的で発泡酒を造っているのである。
うまいビールを造るという正道を踏み外しているビール造りだから邪道なのである。
ビールの酒税は350ML缶で82円(税税込み)もかかっている。
小売価格は一缶220円ぐらいだから、そのうちの4割弱が酒税だということである。

ビールは庶民が飲む酒なのにやたらと酒税が高いのである。清酒なら350MLで44円。
それでは売れないことから、ビール会社は競って安い似非ビールを造っている。
第三のビールであり、新ジャンルだときた。物造りの方向が間違っているのである。
で、発泡酒として売られているビールには、その代用ビールとは違う本物のビールがある。

たとえば神奈川のサンクトガーレン有限会社が造っている発泡酒「湘南ゴールド」である。
『この商品はプレミアムビールと同じく麦・麦芽100%ですが、フルーツ(湘南ゴールド)を
使用するとビールと表記する事ができないので、発泡酒となっています。税率はビールと
同じです。』。品質はビールなのに、果汁が入っているために表示は「発泡酒」なのである。
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by munojiya | 2010-05-28 00:21 | 酩酊篇 | Trackback | Comments(0)