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2011-06-30 日本は確かに神(紙)の国
日本人の識字率が高いことの一つの理由に紙が豊富だったことがあるという。
懐紙〈かいし〉という言葉がある。下世話にいえば、チリカミである。
捨てるための紙である。
日本人には水と安全は只という考え方があると書いてある本がある。

ならば多くの外国ではそうではないということなのか。庵主は酒でしか外国を知らないが。
そのことは日本と外国を比較しないと分からないのである。比べてみて判ることである。
お酒も二つ以上のものを同時に呑み比べないとその違いが判らないことがある。
比べることは物事の違いを知ることでもあるが、差別のはじまりでもあるのである。

韓国の茶道〈さどう〉ではトイレットペーパーを使うというネタがある。
日本では、トイレットぺーバーは、実は高級紙なのにそれを平気で使い捨てているのである。
なんと贅沢なことか。過剰包装も紙がふんだんに有るからこそできる文化なのである。
紙がなくてはそれはできない。日本では只のものに紙も加えなくてはならないだろう。

水と安全と紙は只の国なのである、日本は。贅沢な国なのである。
その水と安全が、福一の原発事故で、一転して高いものになりかねない状況になってきた。
そのうち、お酒も水が放射能で汚染されるようになったら安心して呑めなくなったりして。
この國難(國酒にふりかかってき危難)を乗り切れるか否か、それは今後の楽しみである。
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by munojiya | 2011-06-30 00:47 | 酩酊篇 | Trackback | Comments(0)
2011-06-30 「俺ら死ぬのけ?」
俺ら死ぬのけ?駄菓子本(36番)
東京の一部の地点では、セシウムの汚染度が福一に近い茨城県のそれを上回っているという。
東京全域が一様に汚染されているのではなくて部分的にそういう土地があるというのである。
それをホットスポットという。放射能の汚染は風向きなどの関係できまぐれ汚染なのである。

東京人はなぜ今回の放射能汚染に対して鷹揚にかまえているのか。
その答は簡単である。
3000万人の避難所なんか、世界中どこにもない』(同上)からである。
福島でも、当初、とりあえず安全な地域にいる親戚をたよって避難したという。

ところが、しばらくすると親族とはいえ、いくつかの家族が一所にくらしていると
あずましくない(=落ち着かない)ということで、結局自宅に戻ることにしたという。
なにかと息苦しい避難先より、危ないのはわかっていても今日明日〈きょうあした〉どうなる
ものではない自宅の方がずっと落ち着くからである。生活のリズムを戻すためである。

生活上は、多少の放射能より人圧の方がより体にこたえるからである。
なんとなく煙草に似ているのである。健康被害を避けるために吸わない方がいいのは分かって
いるが、それを我慢するよりも吸った方が生活上は心のメリハリになるということである。
お酒を呑むのもメリハリのためだと思えば。いや、呑めない人は無理に呑むことはないが。

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放射能 みんなで吸えば 怖くない

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by munojiya | 2011-06-30 00:43 | 笑い話 | Trackback | Comments(0)
2011-06-30 小沢昭一の美学
人様に、現金を渡すのは失礼だという。
私(小沢昭一)なんか、そんなものを出されたら、断りますよ、と言いかけて、
断ることもあるかな、と逡巡して、相手の厚意を無為にするのは失礼ではないかと懊悩し、
相手の気持をよくさせるのが芸人だと悟って、不本意ながらそれを受け取るのだという。

折角いただいたお足である。使うことでそれは経済的効果を発揮するから、
退蔵することなく世間にばらまくのだという。
個人に病気があるように、社会にも病気が起こることがあって、
突然みんながお金を使うことをひかえるようになることがある。

そうなるとお金が回らなくなって却って景気が悪くなるのだが、
頭の中ではそれが分かっていても自縄自縛の行動をやめられなくなるのである。病気である。
さて、分厚い現金を相手に渡すのは確かに不粋なのである。
そういうときは薄いものがいいのである。

一枚の小切手や商品券で渡すものなのである。
「粋〈すい〉」とは、「薄い」の「すい」である。粋とはまた痩せ我慢のことである。
薄い方がいいのである。痩せているということが粋の核心である。貧乏人の美意識なのだから。
ただしアルコール度数の薄いお酒は逆である。そういうのは不粋〈ケチ〉な酒というのである。
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by munojiya | 2011-06-30 00:39 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2011-06-29 人生に大切な三つのキ
結婚式の挨拶の定番に三つの袋というのがある。
人生には三つの大切にしなければならない袋があるというのである。
「給料袋」と「堪忍袋」と「お袋」だったか。
いまどき給料袋で給料を貰っている人は少ないだろうから、古き良き昭和の挨拶である。

三つの坂があるという挨拶もあった。
「上り坂」と「下り坂」と「まさかのサカ」である。
三つ目は、「まっサカさまのサカ」だったかもしれない。一寸先は闇という意味である。
酒呑みなら「酒屋の酒」を思い浮かべる。うまい酒、まずい酒、どうでもいい酒の三つである。

ビールのコマーシャルである。
人生には、大切にしなければならない三つのキがあるという。
元気と勇気とジョッキだという。
で、それがサントリーだったか、キリンだったか、サッポロだったか思い出せないのである。

メーカー名はともかく、「そうだビールを飲もう」という気持は喚起されるのである。
うまいビールが飲みたくなるのである。またジョッキのビールはうまそうに見えるのである。
ジョッキで飲むときは、濃密な味のエールではちょっとキツイのである。それもうまいけど。
日本のピルスナーはまさにジョッキのためのビールである。夏はそれがうまいのである。

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人生の幸せはキリンのキにあるというのが落ちだったりして。でもキリンのCMだったか。
気の抜けたビールはおいしくないように、
お酒もまた気合がこもっていない酒はうまくないのである。
酒に大切なのは、ただ一つ「キ」の一文字である。キの有無が美味い不味いの分水嶺である。

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by munojiya | 2011-06-29 00:31 | 酩酊篇 | Trackback | Comments(0)
2011-06-29 「普通、二重国籍ってスパイだろ」
開明的な地球市民派の日本人には理解できないだろうが、
庵主は古い日本人だから、国籍が大好きなのである。
才能のある人は国籍なんかなくても、どこでも活躍できるかもしれないが、
庵主のような凡才にとっては日本国籍だけが唯一の取り柄だからである。

他の優秀な日本人に依存して、その日本人に列しているということだけが誇りなのである。
アイデンティティというのはそういう誇りのことをいうのではないのか。
自分が誇りだと思う拠所のことである。家柄だったり、国家だったり、天与の才能だったり。
誇りを失った人間は弱いものだということである。

普通、二重国籍ってスパイだろう拠所(19番)というのが可笑しい。
いかがわしく見えるのである。どっちの味方なのか判らないから落ち着かないのである。
同性愛が嫌われるのは、男なのか女なのか判らないという不安をいだかせるからである。
べつに危害があるわけでないから、そんなものとは関わり合いにならなければいいのである。

本醸造酒と呼ばれているお酒がある。それが二重国籍である。
純米酒(正統)の流れと見るべきか、リキュールとするべきなのか判らない酒なのである。
本来ならリキュールなのに、それをお酒と強弁するのである。それがいかがわしいのである。
そんなものとは関わり合いにならなければいいのだが、それが跋扈しているのが現実である。
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by munojiya | 2011-06-29 00:29 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2011-06-29 小沢昭一の小沢昭一的こころ
ラジオ番組の「小沢昭一の小沢昭一的こころ」である。主役はいつも宮坂さんである。
サラリーマンの宮坂さんが、何年か振りに恋をしたという。
相手は芸事のお師匠さんである。
三十そこそこのいい女だという。

気を引くために師匠の誕生日にプレゼントを贈ろうとしたという。
薔薇の花を百本贈ることにした。
師匠の住まいと誕生日を何とか調べてその日を待ったのである。
その日、奮発して百本の薔薇を師匠の住まいに届けさせたのである。

携帯に電話が掛かってきたという。
あこがれの師匠からの電話にちがないと思うと胸がドキドキしたという。
が、電話は上司の部長からの喜色に満ちた声だったというのだ。
「いやー、宮坂君ありがとう」

「今日が自分の誕生日だということを自分でもすっかり忘れていたよ。
私が、同棲していることがよく分かったね。
この事は、みんなには内緒だよ」
宮坂と聞くと、いつも庵主は「真澄」の宮坂醸造を思い浮かべるのである。病膏肓である。

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庵主のワープロの辞書は「こうもう」と打って変換すると「膏肓」と出る。
「膏肓」は「こうこう」と読むのに。「きじゃく」と打ったら「脆弱」と出る様なものだ。
意味を酌み取って正しい漢字に変換してくれるのである。結果は正しいのである。
それを親切というべきか、やっぱり誤変換というべきなのか。

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by munojiya | 2011-06-29 00:23 | 番外篇 | Trackback | Comments(0)
2011-06-28 「青煌/純米吟醸・雄町/つるばら酵母」
花酵母で造ったお酒がある。
東京農大の中田久保教授の指導によるものらしい。
ビールに桜酵母というのがある。桜っぽいかと思って期待したら普通のビールである。
が、花酵母のお酒は味がエグイのである。とくに初期のそれは香水を思わせるものがあった。

香りが出過ぎるのでそれでは呑めないということから、造り手もいろいろ工夫したのだろう。
最近の花酵母のお酒はそれほど匂いのきつさが感じられなくなってきた。
香りとは書いたものの、正しくはそのエグイ味わいと合わせたときの泥臭さのことである。
譬えでいえば、化粧がケバイ女の子を思い浮かべてもらえばいい。

はじめは、おっと目がいくが、すぐにそのエグさが鼻につくようになる。2杯目はいらない。
譬えを変えて舞台化粧といい直しておく。遠目には美しく見えるが近くで見ると気持ち悪い。
その花酵母のお酒も最近ようやく呑めるようになってきたのである。
その一つが山梨県の「青煌〈せいこう〉」の「純米吟醸・雄町/つるばら酵母」である。

雄町〈おまち〉という酒造好適米で造った純米吟醸酒(精米歩合50%)である。
つるばら酵母で醸したという。
呑んでみると、酸味もきちんと出ていて悪くはない。呑んでみる価値はあるお酒である。
ただ四合瓶で1680円だったから、その値段は庵主にはちょっと贅沢なお酒だったのである。
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by munojiya | 2011-06-28 00:23 | 酩酊篇 | Trackback | Comments(0)
2011-06-28 友里節
マニアックな話なので、友里征耶〈ともさと・ゆうや〉といっても知らない人が多いだろう。
かっこよく言えば、グルメ評論家である。グルメの評論家である。グルメではない。
グルメは莫迦だが、グルメを語るのは知的かつ勇気を要する行為だからである。
恐いもの知らずというべきかもしれない。業界の嫌われ者である。

というのも、本当のことを言うから、食い物業界の天敵とされているのである。
庵主が笑ったのは、「沖縄料理にうまいものがない」という指摘である。
なんだ、みんなそう思っていたのかと安堵したものである。
そんな真実〈こと〉を書かれたら、沖縄料理で食っている人たちが困ってしまうではないか。

「大手酒造メーカーが造っているお酒はうまくもなんともない」と教えるようなものである。
友里征耶がすごいのは、“一流”レストランを相手に歯に衣〈きぬ〉着せぬ発言を、
自腹を切ってやっていることである。食べ手の味方である。高〈まず)いものは高いという。
対象になったレストランにとっては余計なお世話なのである。嫌われる理由である。

その嫌味芸を庵主は友里節と呼んでいる。恰好の酒の肴である。読む分には面白いのである。
和食にワインを勧める飲食店業界も問題ですが、出汁や酢飯に合わせてワインをありがたく
飲んでいる客にも問題があります。』『日本人なのに日本酒が体質に合わない人が、はたして
どのくらいいるのでしょうか。
』(友里「グルメの嘘」92頁)。正論なのである。

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寿司屋にウイスキーを売りつけた洋酒メーカーがあるが、友里氏はそれを嗤うから嫌われる。

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by munojiya | 2011-06-28 00:21 | 酒の肴 | Trackback | Comments(0)
2011-05-28 笑い話 東京大学は気違い病院
普段の生活をしているとなかなか気違いに会うことはない。
多くは、家族がそれを恥と思って人前にさらさないからである。
また、周囲もそれを嫌うので隔離するからである。
気違いが好きだという人はまずいないと思われるからそれが正常なのである。

どんな人がそれなのかというと、東京大学のこの人がその実例らしい。
映像なのでクリックすると音と狂気が出るのでご注意。別例ではこういう先生もいるとか。
「東京大学」というのは気違い病院の名称なのか。漫画等ではよく頭狂大学と書かれるが。
そこの「教授」というのは、「狂授」の書き換え言葉だったのか。

それが分かると、なるほど東大にはおかしな「教授」が多い理由が理解できるのである。
正しくは、紙一重を養っている病院なのだろう、アカデミーというのは。
アカデミーというとなんとなく権威を感じるが、そしてなんとなく立派なものに聞こえるが、
世間離れした変わった人が集まっている所というのがその本義なのかもしれない。

お酒も、気違いの供給源になっている。
いちおう「アル中患者」という敬称がある。敬称といっても敬は敬遠の敬である。
関わり合いになりたくない人ということである。傍迷惑な強度の酔っぱらいのことである。
東大には、素面で狂っている人がいるから凄〈こわ〉いのである。

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東大に限らないけれど、こういう先生もいるという。東大と書いて「ガセ」とでも読もうか。
「学者」というのは、「くちぱく」と読むのが正しいのかもしれない。
誰かの利益になることを「教授」という“権威”をまとって代弁する職業のことである。
少なくとも原子力“学者”が役に立たないことは今回実証されてしまったのである。

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by munojiya | 2011-06-28 00:13 | 笑い話 | Trackback | Comments(0)
2011-06-27 元気の源は上手い芸人と旨いお酒
横浜に、「芸人三昧〈げいにんざんまい〉」という至福の生き方をしている人たちがいる。
自分たちが見たい芸人を呼んできて、自分たちが楽しむために公演をやっている。
テレビに出るような芸人ではなく、今のテレビでは見ることができない、また演〈や〉れない芸
を見るのが目的だから、その出演者は一般にはあまり名前が知られていない芸人が多い。

しかし、芸を見ることが好きな人には壺に嵌まる芸人ばかりだから、その面白さが判る人には
やみつきになってしまうのである。麻薬のようなあやしさがある会である。お酒に似ている。
庵主が時々案内しているのはその会の公演のことである。
旨いお酒同様に、上手い芸のお勧めである。見たあとに呑むお酒が亦美味いのである。

お酒もそうである。
大手酒造メーカーのお酒が日本酒だと思っている人が多いが、それとはちょっと異なる
日本酒の世界があるということである。
どっちのお酒がうまいかというと、いうまでもなく、後者のほうである。

うまいお酒が好きな人は大手のお酒を振り向きもしない。もっとうまいお酒が呑みたいから。
一般にはあまり酒銘が知られていないお酒にうまいお酒があるということである。
6月25日の公演は楠美津香〈くすのき・みつか〉だった。その名を知る人は少ないだろう。
その後で又うまいお酒を呑んだ。最後は「横濱ビール」のアルトで酔いを切ったのである。

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苦みの効いたエールは、庵主の場合には酔い醒ましになることを最近知ったのである。

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by munojiya | 2011-06-27 00:38 | 酩酊篇 | Trackback | Comments(0)