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2011-10-31 「丈径」がうまいと思ってもさらに(結の打)
 
「丈径」の直汲は、普通のお酒を呑んでもうまいかどうか判断できないという人でも、
最初の一口からうまいと分かるお酒である。
お酒が判らないという人はうまいお酒を呑んだことがないからなのである。
だから、今呑んでいるお酒をうまいと言っていいのかどうか自信がないということである。

うまいお酒というのは、お酒の予備知識なんかなくても体がうまいと感じるうまさなのである。
それがお酒のうまさなのだと分かれば、その時感じたうまさに合致するお酒なら、
自信をもって言えるようになるはずである。
このお酒はうまい酒だ、と。

その時に感じたうまさに比べて物足りないお酒は、これはうまくないお酒だと判るのである。
はっきりいって、多くのお酒はうまくないお酒である。
とはいえ、うまいお酒が本当にあることは確かである。
そういうお酒の一つが「丈径」の直汲なのである。

一度は呑んでおきたいお酒である。
うまいお酒は必ずしも値段が高いとは限らないから、安くてもうまいお酒を探すのが楽しい。
「丈径」の直汲は確かにうまいけれど実はそれを二杯呑むのはきつい。うま過ぎるからである。
ならば次に呑むお酒は何か。庵主はまたちょっと酸味のうまさが異なるお酒を求めたのである。
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by munojiya | 2011-10-31 02:07 | 酩酊篇 | Trackback | Comments(0)
2011-10-31 経済学の有用性があった
経済学でも、それを予言していたのだという。庵主は初めてその有用性が分かったのである。
ユーロは安全装置がない欠陥通貨なんだよね。
ブレーキがない車みたいなもの。
それは予想していたこと。

こんなに予想があたるのだから、
経済学は偉大だね。
駄菓子本(米欄)
ユーロは原発みたいなものか。
原発は安全装置がない欠陥装置である。それはサヨクが数十年前から予言していたっけ。

馬鹿でも分かることをもっともらしくいうのが経済学のようである。
後付けの解説では役に立たないのである。
競馬で、レースが終わってから勝ち馬を教えてもらってもしょうがないのと同じである。
暢気な商売である。おっと、時間に囚われることのない優雅な商売だと言い換えておこう。

みんな呑まれてしまってから、あのお酒はうまいと教えられてもしょうがないのと同じだ。
庵主は永六輔師の信者だから、師が面白いというものは即見に行くのである。芸事も、その時
に見ておかないとその次がない世界だからである。間に合う情報が有用なのである。
禁を犯して、師が勧める映画を見に行ったら、師も確認のためにその劇場で見ていたのである。

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映画は宮武由衣監督の「JAZZ爺MEN」である。東京での上映回数は少ない。
しかもモーニング上映だけ。庵主は朝っばらから映画を見ないのだが今回はその禁を破った。
師の直観で面白いはずに違いないと見込んでラジオで紹介した映画を、ご本人もこの回でしか
見ることができなかったのである。昼間の映画はいい映画を見てもその後お酒が呑めないから。

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by munojiya | 2011-10-31 01:43 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2011-10-31 三件訂正
これまで書いたことの中に、庵主の記憶違いで嘘を書いたものがある。それの訂正である。
鈴木清順監督の映画「殺しの烙印」の殺し屋、宍戸錠が好んだのはごはんのにおいではなく、
ご飯が炊ける時のにおいだった。炊飯器の蓋をあけてそのにおいを嗅いでいる場面がある。
ほとんど変態である。常人の振る舞いを超えているだけであるが。

戦争は嫌でございます。 親孝行が出来ませんし、なにしろ散らかしますから』という言葉を、
三波春夫が言った言葉だと、永六輔師がラジオで言っていたと書いことがあるが、それは
新内の岡本文弥〈おかもと・ぶんや〉師の言葉だった。庵主の聞き間違いである。
日露戦争の二〇三高地での激戦で戦死した戦士の死体の山はだれが片づけたのだろうか。

その時に露西亜軍を悩ませたのは、戦死した日本兵の腐敗臭だったという。
当時は、遺体を回収してくれる自衛隊はなかったのである。自衛隊も変態みたいなものか。
日本人は朝鮮人のことを「鮮人」とは略さないと書いたことがあるが、当時の新聞の見出しに
その言葉が使われているものがあったのである。よく調べないで嘘を書いてしまった。

言葉を略するときは普通は頭の言葉を残すものだが、朝人では語呂がよくなかったのだろう。
昔、「満洲重工業」という会社があったがその略称は満業だった。
普通なら満洲の満と重工業の重で満重だろうが、それでは饅頭になってしまうからだろう。
「饅頭が恐い、なんて人をたばかって、本当は一体何が恐いんだ」「今度はお酒が恐い」。
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by munojiya | 2011-10-31 01:40 | 番外篇 | Trackback | Comments(0)
2011-10-30 地酒としての「丈径」(士)
地酒という言葉がある。
大手酒造会社のお酒をナショナルブランド(全国銘柄)と呼んだ時の田舎酒のことである。
洗練されていないお酒というニュアンス(含みのある)の言葉だった。
地元だけで細々とやっている蔵元という意味だった。

弱小、無名、低品質のお酒を見下した言葉である。
暗に、そんなお酒がうまいわけがないという傲りを含んでいる言葉である。
誰の傲りか。大手の酒造会社もそうであるが、呑み手の感覚もそうだったのである。
だった、と書くのは、今はかえって地酒にうまいお酒が少なくないからである。

今日〈こんにち〉、うまいお酒は、地酒と呼ばれるお酒の中に数多いのである。
庵主は、地酒がその地元だけでなんとかやっていけるのならそれで十分だと思っている。
そのお酒が呑みたかったら、その地を訪れればいいだけのことである。
東京電力じゃあるまいし、田舎で造ったものを東京に持って来て売ることもないのである。

「丈径」は、原料の米が東出雲産、麹は東出雲産米を使ったその地に根ざしたお酒である。
だからうまい、とは書かない。そういうお酒でたいしてうまくないお酒が少なくないから。
しかし、「丈径」はうまいのである。石原丈径杜氏の技〈わざ〉を味わってみてほしい。
それを口に含んだとき、きっと「あっ、うまい」という言葉が自然に出てくるはずである。

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確かにうまいが一升4千円のお酒となると、地元ではちょっと売るのは難しいのではないか。
田舎にはそれだけの経済力がないのである。そんな高いお酒を呑む馬鹿は少ないというべきか。
だからそういうお酒は東京に持ち込まれるのである。
東京なら、それを平気で呑むバ、、、馬鹿に気前がいい酒呑みが少なくないからである。

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壹、貳、参、肆、伍、陸、漆、捌、玖、拾は、漢数字の大字〈だいじ〉だが、
十一を士と書いたのは庵主の駄洒落である。十と一で士である。
土でも同じだが、土では泥臭いので、士としたのである。
士はサムライだから、その意をとって「侍」とした方がいいか。

十二の駄洒落を探したがみつからないのである。
十に二と書く漢字はない。強引に、王を使おうかと思ったが、いまいち。
二を含んだ字を探すと些があるが、些では、此(四)×二とこじつけても八にしかならないし。
が、有ったのである。十二が。打(ダース)である。今はそれをべイダーとでも読むのかな。

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by munojiya | 2011-10-30 00:37 | 酩酊篇 | Trackback | Comments(0)
2011-10-30 今月の笑い話、失笑篇
今月はこれで大笑いさせてもらったと書いたら、それより可笑しい話が飛び込んで来た。
こういうのは、失笑というべきなのだろう。笑っちゃいけないから、余計可笑しいのである。
野球チームだから失勝の笑い話である。
ファンの皆様には同情を禁じ得ないながらも、どうにも笑いがこらえられない。

情弱の庵主には、そのモゲバーだか、モバゲーなる会社は如何わしいという認識である。
ネットでの評判が悪過ぎるのである。あくどい金儲けをしているらしい。
子供騙しという言葉があるが、喪場ゲー、おっとモバゲーは本当に子供を騙しているらしい。
無料といってバンバンCMで釣ってはドンドン金を吸い上げる仕組で儲けているという。

騙される方が悪いといってしまえばそれまでだが、その商売は日本人の発想にはなじまない。
そのモバゲーが横浜ベイスターズを買うという話が可笑しいのである。
考えられうる限りで最悪の名前』と絶望。『あーあ蔑称はゲイスターズ確定か』と落胆。
ユニフォームはレインボーカラーで、『7回裏まで放送して続きは課金の流れ』と諦念。

10年以上横浜を応援し続けてきたが、もう限界だわ』と、ファンはその悲運を嘆いている。
落ちを考えるのを忘れるほど笑わせてもらったのである。
モゲバーならいかにもボッたくりバーといった感じだが、モバゲーなら、いや、話に聞くと
やっていることはボッたくりバーと大して変わらないようなのである。
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by munojiya | 2011-10-30 00:31 | 笑い話 | Trackback | Comments(0)
2011-10-30 恥ずかしい歴史
元寇のときは先兵にされて、
文禄慶長の役でも先兵にされて、
今度は日米の先兵にされて、
韓国は可哀想
駄菓子本(129番)

もし、歴史が事実の結果であると仮定したら、それは恥ずかしい歴史というしかないだろう。
傍〈はた〉で見ていても同情を禁じ得ないのである。
「可哀相」と。あれっ、引用部分の「可哀想」はどうやって変換したのだろうか。
「かわいそう」が「可哀想」と変換される辞書があるのかもしれないが。

地政学という「学問」が、まともな学問だと仮定したら、韓国の「歴史」を見ると
なるほど一理あるなと納得しちゃうのである。半島は「可哀相」なのである。
いつも大陸と日本の間にはさまれて、“煎餅”にされてしまうのである。
饅頭を食べながらお酒を呑む人は聞いたことがあるが、煎餅で呑む人はいるのだろうか。

羊羹や、花林糖で呑めるという人もいるから、煎餅で呑むという人もいるには違いない。
いざという時にアメリカがどこまでやってくれるかの試金石だな
場合によっては安保破棄して自力で守れるようにしないと・・・
』(210番)
自力で自国を守ろうとしない国の方がもっと恥ずかしいか。列島は「哀れ」なのである。

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軍備とは戦争をするためのものではなく、しないための備えなのであるが、
ナントカに刃物というように、武力を持つと使いたくなってくるから恐いのである。
しかも、「お国のため」という箍のはずれた建前があるものだから、その利権も半端でない。
どんな組織も一長一短であるから、ナントカと軍隊は使いようなのだろうが。使える人が。

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韓国の一般市民「もし中国から攻撃を受けたら、日本に反撃します」』(294番)
ホントにあった言葉か、ネタ(作り話)かは判らないが、いかにもといったところが怖い。
書き込みの番号の294(憎し)番に合わせた作りだろうと思われるが。
日々、反日教育に勤しんでいるナントカ国家を相手にしているのだから日本は大変なのである。

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朝鮮人が味方についたほうが負ける
歴史上、法則の例外は確認されていない。
勝ち       負け
唐 vs 日本 + 百済 (白村江の戦い)

イスラム帝国 vs 唐 + 高句麗人の総大将 (タラス河畔の戦い)
日本 vs 元 + 高麗  (元寇)
明 vs 日本 + 朝鮮  (文禄の役)
日本 vs 明 + 朝鮮  (慶長の役)

清 vs 明 + 朝鮮  (明滅亡)
日本 vs 清 + 朝鮮  (日清戦争)
日本  vs 露 + 朝鮮 (日露戦争)
ソ連  vs 日本 + 朝鮮 (シベリア出兵)

アメリカ vs 日本 + 朝鮮 (大東亜戦争)
ベトナム vs アメリカ + 韓国  (ベトナム戦争)
』 (409番)
民主党は、最近韓国と仲がよすぎるような気もするが、庵主の気のせいなのだろうか。
「民主党+韓国」ならいいが、もし「日本政府+韓国」だったならと不安が過るのである。

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by munojiya | 2011-10-30 00:28 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2011-10-29 「丈径」の直汲も甘さがうまいお酒(拾)
庵主は甘さが感じられないお酒をうまいと感じないのである。
だからといって、そういうお酒が悪い酒だというのではない。
味の好みもあるから、どれが正しいというものではないからである。
しかし、お酒のうまさはやっぱりお酒特有の舌にではなく官能に訴えてくるその甘さにある。

その甘さがあるお酒を一線を超えたお酒と呼ぶ。期待水準を超えているということである。
庵主が「うまい」というお酒である。
日本酒度でいえば超辛口ということになる酒でもその甘さが感じられるお酒があるから、
お酒だけは呑んでみなければ判らないのである。

と、いっておくと、お酒を呑む理由になるから、それは酒呑みの論理である。
まずいお酒でもいちおう口にしてみる理由である。
要するに酒に貪欲のである。
「丈径」の直汲は、酸味の美しさといい、その甘さといい、うますぎるお酒なのである。

甘いお酒はうまいのである。
しかし、その甘さを感じたときが、実はそのお酒のやめどきである。
そういうお酒は二杯目が呑めないから、だから庵主には安上がりにつくお酒なのである。
ではもう一杯呑みたい時はどうするか。またちょっとちがう酸味が味わえる酒を探すのである。
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by munojiya | 2011-10-29 00:18 | 酩酊篇 | Trackback | Comments(0)
2011-10-29 今月の爆笑笑い話
庵主が、爆笑した今月の笑い話はこれである。
たまには自称ジャーナリストとしての矜持を示せ拠所
「自称なにそれ」というのは、他人の仕事〈つかえごと〉を馬鹿にするときの枕詞である。
なんにも仕事をやっていない人を嗤う言葉である。

遊び人なら、それを真剣にやっているのだから、自称なにそれよりもまだ増しなのである。
庵主をいうなら、「自称酒呑み」ということになる。
なぜ「自称」かというと、なんにも仕事をやっていないからである。
では、真面目にお酒を呑んでいるかというと、大して量は呑んでいないのである。

なぜそれで生きていけるのかというと、仕事をしなくても一人で時間潰しができるからである。
今は多くは60歳が定年ということで、仕事を強制的にやめさせられるのである。
仕事がなくなった人はその後の10年、いや20年をどうやって時間潰しをするのか。
一人で遊ぶことができない人は、お酒を呑むがいい。時間が面白いように過ぎていく。

呑む時は、うまいお酒に限るのである。安いお酒だと酔い覚めがよくないからである。
お酒を呑んで体を痛めたのでは生きつづける力にならないではないか。酒はガソリンである。
いまは、ジャーナリスト〈三国人〉を名乗る人たちの見識が見透かされているのである。
読者からハッパを掛けられるようじゃ、羽織ゴロ〈ジャーナリスト〉もおしまいなのである。

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「ジャーナリスト」に付けた漢字ルビの「三国人」は「どっちつかず」と読む。
読者の側に付くのか、金主〈スポンサー〉に付くのか、右顧左眄している様をいう。
戦勝国の利に着くのか、敗戦国の義に着くのかはっきりしないのが「三国人」である。
金に靡くことでは一貫性があるが、核心においては当てにならない人たちのことである。

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by munojiya | 2011-10-29 00:17 | 笑い話 | Trackback | Comments(0)
2011-10-29 「卑しい商売」
分かっている人は分かっていてその商売をやっているのである。それは卑しい商売なのだと。
それは、宗教家、売春婦と並ぶ三大“専業”だろう。誤変換はそのままにしておくが。
何が自由報道協会だ。結局自分たちの好きにしたいだけだろうが。オマエらは記者クラブ
批判をしているが、結局やってること同じじゃねぇか。読売の記者は正しい。

大体だな、俺たちは人に嫌われてナンボだよ。人のプライバシーにも詰め寄る卑しい商売なんだ
から、きれい事言ってんじゃねぇよバカどもが。質問した奴に恫喝するなんて、それこそ言論
統制だよ。記者クラブの談合と何が違うんだよ。言ってみろ。
出処
この記事を読む限りでは、新聞記者というのは仕事をしたら排除される商売のようである。

その商売を、さすがに日本語でいうのは憚られるから、ジャーナリストと呼ぶのである。
英語でもpressという。圧迫する人というわけである。日本語ではそれをゴロと呼ぶ。
自由報道協会は、自分の意見と異なる意見は押しつぶそうとする正統なプレスなのである。
一つ間違うと権力者の走狗となりかねないのである。

というのも、権力者に靡〈なつ〉くと利益が最大限になる商売だからである。
いま、日本のマスコミが「マスゴミ」と呼ばれるのは、その仕組がバレてしまったらである。
原発の読売新聞とか、反日のNHKとかは所詮アメリカの手先だったんじゃないか、と。
静かにお酒を呑んでいると、そういう光景〈もうそう〉が浮かんでくるからいけない。
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by munojiya | 2011-10-29 00:14 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2011-10-28 爆笑ワイン(その赤)
「Rela〈リラ〉」の白に、庵主は嵌まってしまったのである。
その香りの美しさ、その味の甘さのほどよさ、ペットボトルにはいった気取りのなさ、
そして値段が720MLで398円という安さがいい。
凝っている人には信じられないかもしれないが、庵主はワインに千円以上出したくない。

好みの問題だから、好きな人はワインに数万円を投じても全然問題ないのである。
それはそれでまた一つの美しい世界だからである。そういう人もいないと寂しいのである。
文化とは壮大な無駄をいうのである。四合瓶398円のワインでは優れた文化は築けない。
なのに、庵主はその白ワインに嵌まってしまった。それをモダンワインと命名したのである。

モダンという言葉は目新しいものとされているが、実は悪魔っぽいという否定語なのである。
というより、神の呪縛から脱却する精神を謳ったものだから宗教界から指弾されるのである。
新しいものは認められないという陋習に基づいた反発である。さびた精神の発揮である。
じゃ、磨いて綺麗なものが美しいかというと却って安っぽく見えることもあるから難しい。

モダンワイン、すなわち香料で味を整えたワインは、旧来のワインの伝統に縛られない新しい
世界〈ワイン〉の創造なのである。神が醸すワインから人が創るワインの出現である。
伝統の垢がこびりついて権威となってしまった旧来のワインから脱却した新しい価値観である。
「Rela」の赤ワイン庵主には十分納得のいくものだった。庵主はワインはこれで十分。

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で、赤ワインに関しては、やっぱりイエローテイルのカベルネ・ソーヴィニヨンがうまいが。
「Rela」のすごいところは、よくこの値段で、すなわちだれも儲からないような値段で
ワインを造ってしまったという蛮勇にあるのである。生活〈てごろ〉ワインの出現である。
このワインは酒税に対する反逆の精神なのである。その精神につい共感してしまったのである。

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by munojiya | 2011-10-28 00:45 | 酩酊篇 | Trackback | Comments(0)