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2012-10-31 お酒ブログにおける倫理の問題
アメリカでは、それを仮に先進国と仮定すると、先進国においては、ブログで商品紹介をする
ときは『インターネットを利用する広告宣伝活動について、商品を推奨する人と広告主との間
に、金銭授受があるかどうかなどを開示する義務を設けている
』(典拠)という。
ステマ(ステルスマーケティング=卑怯広告)を嫌ってのことである。

昨今、「ステマ」という言葉が盛んに使われている。消費者に宣伝だと気づかれないように
PRする手法「ステルスマーケティング」の略だ。この女優の例のような「やらせブログ」も
まさにステマの一種で、今やビッグ・ビジネスになっている。
』(同上)という。
閲読数が多い有名女優などのブログが広告ビジネスの対象になっているというのである。

日本では、有名ブログが紹介する商品に関して広告主と金銭授受があるかどうかは今のところ
開示義務はない。『かたや日本では“倫理”の問題に過ぎない。』(同上)のである。
ブログを書いている暇や文章をかくような趣味がないと思われる有名人がやっている(書いて
いる、ではない)ブログの商品ネタの多くは広告だと思ったほうがいいのかもしれない。

庵主のブログに関しては倫理以前の問題である。無名ブロガーなので、そんなところに広告料
を払う馬鹿はいないのである。
したがって、庵主が勧める、もしくは気に入っている、あるいは口に合わないお酒の銘柄は、
どれも庵主の経験的事実であって広告料と引き替えに書いているものではないのでご信頼を。

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ただし、一銘柄だけ、金銭〈りえき〉の授受〈やりとり〉があるお酒がある。
「獺祭」である。毎年、参加会費4000円の新酒の会に招待してもらっているのである。
だから、それは読めない酒銘の一例として挙げる時や、他のお酒と比較するために取り上げる
事はあるが、それを敢えて「うまい」とは書かないのである。うまいと言う人も少なくないが。

「獺祭〈だっさい〉」は、「うまい」お酒というよりは、「きれい」なお酒なのである。
庵主は、それを呑める工芸品だと思っている。無理や無駄のない巧みな仕上げである。
極上のお酒を称して、「日本酒は芸術品だ」という言い方があるが、それで言うなら「獺祭」
は工芸品、否、巧芸品なのである。その「磨き二割三分」は一度は呑んでおきたいお酒である。

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by munojiya | 2012-10-31 00:03 | 酩酊篇 | Trackback | Comments(0)
2012-10-31 うまいとまずいはうまいのうち
「うまい」に対して「まずい」はその反対語とされているが、
実は、「まずい」というのは、うまさの程度をいっているということでは、「うまい」のうち
なのである。「うまい」と「まずい」は「うまい・まずい」(味がある)なのである。
「うまい・まずい」の反対語は「うまくもなんともない」といったところである。

可もなければ不可もない味わいのことである。心に残らない味わいのことである。
欠点もないけれど、褒めるところもないという味のことである。
心に滲みることなく忘れていく味わいがそれである。そういうお酒を呑んだ時はむなしい。
味の記憶が残らずに、酔いだけが残るからである。得るところがないからである。

「右翼」と「左翼」は反対語というか、対立概念とされているが、
右翼と左翼は実は同義語なのだという。
その反対語は何というのか。
あと、右翼と左翼に分けるのは良くないよ

右翼
左翼
[庵主補注:正しい右翼と左翼は自主独立派のことをいう。その意味では同義である]
売国奴(従米売国奴、中韓売国奴、ユダ金売国奴……)
の三択な
』(典拠米欄)。日本の左翼が狂っているのはその売国奴と被っているからだという。

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「好き」と「嫌い」も反対語ではないというのである。
「好き」と「嫌い」は関心度の高低を表すもので、その反対語は「無関心」なのだという。
お酒もまったくそのとおりで、お酒に興味がない人にはそれがうまかろうとまずかろうと
どうでもいいことなのである。その評価はお酒の世界という小さな世界での出来事である。

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by munojiya | 2012-10-31 00:02 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2012-10-31 番外篇 今月の誤植(2012年10月)
羅老号発射が1段ロケットと発射台連結部位の異常で無期限延期になったが、韓国はロシア
側との契約上、原因糾明や解決方案摸索に制約を受けているからだ。
26日、韓国航空宇宙研究院などによれば、韓国は羅老号3次発射延期の直接的契機になった
1段ロケットと発射台連結の部分の異常現象を糾明することに主導的に参加できない。


今月のお笑い誤植の出処は例によって新駄菓子本である。
新駄菓子本は、庵主にとっては笑い話のネタもとなのである。笑い話の宝庫である。
「糾明」は「究明」の間違いだろうと思ったが、よく考えたら、「糾明」が正しいのかもしれ
ないと自信が揺らぐのである。解決方案模索とは純国産ではないことを隠蔽することだろう。

韓国人にしてみれば、韓国の初めての宇宙発射体である羅老号(KSL-1)の発射がうまく
いかないのはロシアの陰謀だろうから、その原因を「糾明」したくなる気持も分かるのである。
韓国人の心情では、「究明」(原因は俺にある)ではなく「糾明」(お前が悪い)でなく
てはならないのである。『自分で修理すらできない韓国の自称「国産ロケット」っ』(70番)。

北朝鮮は、それを「人工衛星」と呼ぶが、韓国ではそれを「宇宙発射体」と呼ぶらしい。
所変われば品変わる。「売春婦」を韓国では「性奴隷」と呼ぶのもそれなのだろう。
今はただ打ち上げるのが目的だから「宇宙発射体」で、ちゃんとその用が成すようになったら
「ロケット」と呼ぶのだろうか。韓国語では「お酒」は、今はなんと呼んでいるのだろうか。

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純国産ニダとか言ってホルホルしてなかったっけ』(5番)。
これは韓国国内から打ち上げるだけで、韓国が打ち上げるわけではないような……
これはロケット開発ではなく、ただのロケット購入のような気が……
』(16番)。
落ちは毎度ながら『だめだコリア』(29番)。

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曰く韓国航空宇宙研究院
曰く航宇研発射体推進機関室
曰く通信衛星宇宙産業研究会
何なの?肩書きばっかり作っちゃって。
』(114番)。日本の原子力機関も似ているけど。

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by munojiya | 2012-10-31 00:01 | 番外篇 | Trackback | Comments(0)
2012-10-30 お酒に関するさらなる疑問
山廃〈やまはい〉の説明に至っては何度聞いても、今でも意味が分からないのである。
昔からやっていた山卸を廃止した造りだというから、手抜き醸造法だと理解していいものか。
あるいは、昔は本当はやらなくてもいい山卸〈やまおろし〉という作業をやっていたけれど、
それはやらなくてもいいことだということが後年になって分かったということなのか。

それとも酒造りが進歩して山卸をしなくてもいい醸造法が開発されということなのか。
庵主にはさっぱり分からないのである。山廃とはいったい何なのかということが。
山卸とは、生モト[モトは酉元]造りにおいて、酒母を櫂状の棒ですりつぶす作業である。
その意味が分からなくてもいいのである。それがうまいお酒ならば。

しかし、山廃と謳っているお酒を呑んでもどれが山廃なのか、庵主にはとんと判らないのだ。
これが山廃だ、これは山廃ではない、という判断ができないのである。
ただ、ラベルに山廃造りと書かれているのを読んで、これが山廃かと思うだけである。
最近のお酒はどんどん化粧が上手になっているから、地の顔が判らなくなっているのである。

地味な顔の山廃よりも、ぱっと見て華やかなお酒の方に心が惹かれるから、庵主は、山廃と
聞いても心が動くことがない。山廃はうまいかというとそういうこともないからである。
最初の疑問に戻るが、しなくてもちゃんとお酒ができるのに、昔はなぜ苦労して山卸をやって
いたのか、やっぱり理解できないのである。だから山廃といわれても御利益がないのである。

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山廃については、この説明が分かりやすい。生モト系山卸廃止モトなのである。
山廃とは、それが速醸モトではなくて生モトだということを言いたいだけなのである。
手が掛かった造りをしているからうまいお酒になる筈だという主張をしているだけであって
それによって造られたお酒がうまいかどうかはまた別の話なのである。

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by munojiya | 2012-10-30 01:54 | 酩酊篇 | Trackback | Comments(0)
2012-10-30 笑い話 今月の大笑い
変態先進国日本の名声を高める事件が起こった。
【▼引用開始】
「救いようが無い」という言葉の実例を、こんなにハッキリと見たのは生まれて初めてです。
【▲引用終了】
引用元
それを中国人が言ったのである。

日本の変態が、「救いようがない」という高次元に突入した瞬間に出合ったのである。
善とか悪とかを評価できるのは、あくまでも、まだ「救いようがある」世界での話である。
それを超越してしまったら、善悪などという観点は吹っ飛んでしまうのである。
大袈裟に言えば神の領域である。神聖にして不可侵である。凡人には笑うしかないのである。

なにが起こったのか。
二次元と三次元の美しい結びつきが見えた……
3Dシアターなんてもう時代遅れなのかもしれない。
』(同上)。二+三で五次元の世界か。
日本人のクール(変態)には際限がないようである。国境を超越してしまうのである。

お酒の世界でも、うまいまずいを論じることができる次元のお酒とは別に、
その次元を超越してしまったお酒の世界がある。
うまいのは言うまでもなく当たり前というお酒のことである。庵主でも呑めるお酒である。
そういうお酒を今度から「クールなお酒」とでも呼ぼうかと思う今日この頃である。

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露出を追い求めるのではなく、あえて衣類で隠すことにより全く別の効果が画面に出現する
なんて……これは日本という国にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな飛躍だ。

エロの本質は、見せることではなく、隠すことだというわけである。
飛躍してみたい人はこちらで。エロは超越すると笑いに転化するのである。

こういうアイデアは日本でしか出てこないよな。
アホなネタだから悔しくないはずなのに、なぜか、悔しい。
』。
これは才能だよなぁ。凄まじいセンスを感じる。ディスプレイの前にしか居場所のない人間
の心を救ってくれる、世界を救ってくれるセンスだわ。
』。クールは世界を癒すのである。

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この記事みて初めて知った
本当にバカだな
』(32番)。
発想に嫉妬
いい意味と悪い意味両方の意味でバカや……
』(33番)。

>「救いようが無い」という言葉の実例を、こんなにハッキリと見たのは生まれて初めて
です。<
本人達は幸せそうだけどね
宗教に救いを求めてる人もこんな感じか。
』(34番)。それを傍から見れば、以下省略。

元スレみてきた
すげぇ笑ったわ
』(56番)。
声を出して笑った
でもこういうことする発想は嫌いじゃない
』(89番)。

最近の映画館では、スクリーンを隠す幕〈スカート〉がなくなってしまったのである。
あれはどうしてやめちゃったのか、庵主は事情を聞いていないのである。
スクリーンとは隠すものだろう。それが見たい一心で庵主は映画館に通ったのである。
それをおおっぴらに見せてしまっては、その淫靡性が損なわれて白けてしまうのである。

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by munojiya | 2012-10-30 00:02 | 笑い話 | Trackback | Comments(0)
2012-10-30 それは逆 セクシーランジェリー
セクシーランジェリーだという。
まずはその写真を見なくちゃ。 ●念のための魚拓
セクシーランジェリーとあるが、そのランジェリーがセクシーなのではないのである。
逆である。セクシーなのはそのランジェリーではなくて、着ている女の子の方なのである。

同じランジェリーを肥満体の女が着ている情景を想像してみてほしい。
逆にそのランジェリーを貧乳の女が着けている姿を思い浮かべてほしい。
いずれの場合も、ランジェリーがセクシーなのではないということが分かるはずである。
すなわち、そのランジェリーは身につける女性〈ひと〉を選ぶということである。

まずいお酒なのに、それをさもうまそうに呑む呑み手がいるのである。
その呑み手はそのまずい酒をしっかり楽しんでいるのである。
しかし、並みの呑み手にそんな器用な真似は期待できない。
そういうお酒は呑む人を選ぶ酒なのである。

呑み手がセクシーでないと駄目なお酒である。
しかし、本当にうまいお酒は呑み手を選ばないのである。だれが呑んでもうまいのである。
女がそうであるように、呑み手も実はセクシーに見られたいと思っているのである。
美しい女体が女のうぬぼれであるように、それを美しく呑める器量は男の矜恃だからである。

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庵主にはこっち(映像。音にご注意)の、一本の紐のほうが、よりセクシーに感じるけれど。

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by munojiya | 2012-10-30 00:01 | 余外篇 | Trackback | Comments(0)
2012-10-29 疑問は膨らむのである
一本の造りからできる「荒走り」と「中汲」と「責め」の割合はどのくらいなのか。
たとえば、荒走り10%、中汲80%、責め10%といった感じなのか。
「中汲」と謳っていないお酒は、荒走りと中汲と責めを混ぜた物なのか。
荒走りと、中汲と、責めはどういう状態で区別するのか。

荒走りとはうすにごりのお酒のことだとしたら、おりがらみと荒走りは違うのか同じなのか。
濾過する前の荒走りにはおりがからんでいると思うがそれをおりがらみと呼んでいいのか。
荒走りと責めの酒は、中汲と比べると品質が劣ると見ていいのか。
ならば、同じタンクのお酒であっても荒走りと責めのお酒は安く売っているのか。

荒走りも中汲も責めも値段が変わらないのなら、同じお金を出して中汲より味が劣る荒走りや
責めを買う人はいないと思われるが、「荒走り」と謳っているお酒はよく見るものの「責め」
のお酒というのはどうしているのか。
名称がある以上そうやって搾ったお酒があるはずなのに、それはどのように売られているのか。

庵主にはさっぱり分からないのである。
昔のお酒は誰が造ったのか分からないお酒を呑まされていたのである。
今は造り手の名前が分かるようになったが、しかし、その造り方までは素人は知ることができ
ないのである。荒走りだの中汲だの責めだのと言われてもその実態が分からないからである。
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by munojiya | 2012-10-29 00:03 | 酩酊篇 | Trackback | Comments(0)
2012-10-29 大阪のB、東京のB
B級グルメという言葉がある。
その場合のBは、Aよりランクが下という意味ではないのである。
三流劇画の三流が、二流の下という意味ではないのと同じである。
正統に与〈くみ〉しない俗流もしくは異端だね、といった褒〈なぐさめ〉め言葉なのである。

B級グルメのBはBAKANIUMAIのBといったところか。
ビールの世界にはエールという言葉がある。Aール、Bールという序列かと思ったが、
そうではなかった。B玉のBではなかったのである。
ビールはエール(上面醗酵酵母醸造)とラガー(下面醗酵酵母醸造)を合わせた総称である。

大阪でBといえばこれである。
『[日本維新の会は]Bだからってのも支持率下げた原因か』(典拠100番)。
一方、東京でBといえばこれである。
進むBのテレビ局支配』(典拠)。

所変われば品変わるというが、所が変わればBの意味するところも変わるのである。
反物にB反〈びーたん〉というのがあったが、あれは一級品に対する二級品というより、
それまで高値で売っていた反物を傷物と称してバーゲンセールをするための口実なのだろう。
例えば号ン百万円で売っている平山郁夫画伯の絵を安く売る時の言い訳みたいなものである。

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平山郁夫画伯に対する大人の回答〈かいしゃく〉。『私はむしろあれだけ政治的な、事務的な、
幹部的な仕事をこなしながら、あれだけ労力のかかる絵を描いていた事に驚きました。
個人的に好きか嫌いかでいえば、正直好きではありませんが、長年の経験と知識から来る
良い絵だと思います。
』(典拠)。いい酒ではあるが正直好きでないという例もそれと同じ。

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>そりゃあせっかく自民党が韓国優遇システムを作り上げてきたのに民主党がそれを壊そう
としたんだから日本人が怒るのは当然<
えっ?チョンと在日が怒るんだろ
あと日教組の教職員と公務員か

TV局の電波利用税は1000倍ぐらいにしなきゃダメだな
それも送信出力に累進課税で
』(典拠米欄)。
送信出力に累進課税せよというのが可笑しい。
今は21世紀。TVも大人になったのだからそれ相応の負担をしなさいということである。

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by munojiya | 2012-10-29 00:02 | Trackback | Comments(0)
2012-10-29 見てはいけない映像
こういう映像があった。クリックすると音声が出るのでご注意。
日本人なら、一番見たくない映像だろうと思われる。
その映像を見たときの気分はその記事のタイトルに集約されているのである。
いろいろ問題があるようである。

送迎マイクロバスから降りたはいいが、バスの出口の前に立ちはだかって動かず、
後から降りる人たちを妨害、ノルウェー王子に注意されてやっとぼんやりと、脇に移動。
残りの乗客が後から降りて来ることにすら思いが至らない。

親の顔が見、っとっと。国歌演奏のときに帽子を脱がなかった五輪選手がいたっけ。

この国民にして、この、オットット。人との距離も車間距離も適切な距離を置けるのが大人。
カーペットをカップルで歩いているところに、びたーっとくっついて 開けるべき空間を
空けず、報道カメラの構図にも迷惑。他は全部 空けているのに、皇太子だけべったり
よそのカップルに寄り添っている異様さ。
』。お酒も上手に距離をとらないと体を壊す。

これが一番いただけない。堅気の人は写真機〈ぶしつけき〉を振り回してはいけないのである。
ベアトリクス女王陛下の眼前にカメラを突き出してバシャバシャ撮って、非礼にも迷惑にも
気がつかぬ。かたわらの老紳士から注意を受けたふう(音声がないので、不確か)だけど、
わけがわからぬふうで、きょとん。
』。動物に餌を、貴人に写真機を与えてはいけない。
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by munojiya | 2012-10-29 00:01 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2012-10-28 例えばこの説明が分からないのである
山田錦と玉栄50%精米の純米吟醸の中垂れです。
「中垂(なかだれ) とか「中汲(なかぐみ)」というのは、搾って出てくるお酒のうち、
最初に出てくるうすにごりの部分(あらばしり)と、最後に圧力をかけて搾る部分(責め)を
省いて、最もきれいな部分だけを別にして瓶詰めされたものです。
』(典拠)。

市販されているお酒は、うまいまずいは別として、安心して呑める酒だから、庵主はそれを
どうやって造っていようが気にしないが、一般的に真っ当な造り方をしているお酒の方が
うまいのである。では真っ当な造りというのはどいうお酒の造り方なのかということになるが
変な造り方をしていないお酒のことだとしか言いようがないのである。

お酒を自分で造ることがないものだから、その造り方の説明を聞いても庵主のような素人には
理解できないことが多い。極端な例が、モンドセレクション金賞のお酒である。
そのモンドセレクションって一体何物なのかが分からないのである。
冒頭の説明も、それがおいしいお酒なのだということは分かるがその意味が分からない。

何が分からないのかというと、まず、あらばしりと責めの部分のお酒はどうするのかという
ことである。その部分は捨ててしまうのか。もし普通は捨ててしまうものなら、お酒はすべて
中汲みの酒なのだから、ことさら「中汲」と謳う必要がないことになるので、そのあらばしり
と責めのお酒の行方が気になってしまうのである。疑問はさらに膨らむのである。

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素人=お酒を造らない人。もしくは酒造免許を持っていないので造れない人のこと。

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by munojiya | 2012-10-28 00:03 | 酩酊篇 | Trackback | Comments(0)