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2014-01-31 詞藻篇 学者の質がここまで劣化しているとは
いつもながら、最初に言っておくが、庵主は詩が分からない。理解できないのである。
いや、理解する以前に、どれが詩なのかが判らないのである。
純米酒も、アル添酒も、普通酒も、経済酒と称する紙パック入りの酒も、見た目はみんな同じ
ようなものなので、区別がつかない心境に似ているのである。

それらの酒を並べられたら、どれが本物のお酒なのか、大方の人はたぶん判らない事だろう。
庵主が、詩みたいな文篇を並べられた時の戸惑いがそれなのである。区別できないのである。
藤原定家(ふじわらのさだいえ)が[第一首に]選んだ御製が、「秋の田のかりほの
庵(いお)の苫(とま)をあらみ、わが衣手(ころもで)は露(つゆ)に濡れつつ」です。

この歌の通解を読むと、多くの本が「秋の田んぼの脇にある仮小屋の屋根を葺いた苫の目が
粗いので、私の衣の袖は露に濡れてしまったよ」と書いています。
』(典拠)。
それは違うだろう(欄外)。庵主でもその通解を書いた人はアホだということは分かるのだ。
そういう本に限って、ナントカ大学の先生が監修したと大きく書いてあるというのである。

勿論、その本を書いたのは何でも書ける器用なライターである。
大学の先生は謝礼を貰って名前を貸しただけである。そして恥をかいただけである。
特攻隊員は強制されていやいや殺されたのだと通解する人がいる。
ああ、そこにも詩心が判らない人がいるのかと、庵主は心強く思うのである。

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詩というのは、後代の人に残す言葉〈おもい〉のことだと思う。
というのが、庵主の仮説である。後世の人が読まなない詩だったら存在価値がないからである。
だから、同時代の人が書いた詩を読んでも意味がない。つまらない。いや、役に立たない。
さあ、現代詩人は、後生に託せる言葉を紡げるのだろうか。

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和歌は、詠み手は一番言いたいことを、あえて書かないとされます。
その一番言いたいことを、むしろ読む側に想像し、連想してもらうことで、意味にハタと
気付いたとき、その読み手にその感動が伝わる。広がる。
それが、名歌と呼ばれる歌の特徴なのです。
』(同)。お酒はその点では判りやすくていい。

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(欄外)
ご尊顔」と書いてあるから、その意味は「貴人の、もしくは立派な人の麗しいお顔のことだ」
と解説するようなものである。この場合の「ご尊顔」とは、嫌味もしくは悪意なのである。
その本意は見れば明白なのだから、それを先のように言ったら嘘になるという事である。

尤も先の「麗しいお顔」という言葉の意味が皮肉であるという事が分かれば、その解説は必ず
しも嘘ではないのである。現実の、美しくない部分はあえてあからさまに語らないという詩心
の原則に立っていうなら、即ち、真情はその言葉の裏面に隠されているとするなら、あながち
間違いとはいえないが、その解説が歌の真意だといったのでは間違っているという事である。

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by munojiya | 2014-01-31 00:04 | 詞藻篇 | Trackback | Comments(0)
2014-01-31 アジアのヒトラー
靖国参拝批判、イスラエル紙でも=東条英機は「アジアのヒトラー」-中国大使
【エルサレム時事】中国の高燕平駐イスラエル大使は、[2014年1月]21日付の英字紙
エルサレム・ポストに寄稿し、靖国神社には「アジアのヒトラー」の東条英機元首相が祭られ
ていると主張し、安倍晋三首相の靖国参拝を批判した。
』(典拠)。

中国は、あの広大な国土を有しながらも、なお領土の拡大を図っているという。
地球は有限であるという現実を理解できないである。
中国に学問はあるのか(注)。あっても理解する能力がないのか。地球は有限だという事実を。
有限の地球で、領土の拡大を画策したら他の国が迷惑するということである。

拡張主義というのは、言葉を換えれば軍国主義なのである。
軍事力なくして相手の国を圧制することはできないからである。目的を達成できない。
拡張主義者を説得することは、話し合いでは解決できない事なのである。
そういう現在の“中国人”が東条英樹元首相をヒトラーに譬えたという。

それって、譬える人が完全に間違っているのである。
「ヒトラー」というのは、民族大量虐殺者に対する譬えだろう。
「アジアのヒトラー」というなら、自国民を数千万人も虐殺した毛沢東にしくはないのである。
高燕平駐イスラエル中国大使の、酔っぱらった戯れ言なのだろう。悪い酒を呑んでいる様だ。

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高燕平大使は、音読みすれば「こう・えんぺい」だが、訓読みしたら「たかびしゃん」かな。
毛沢東主義は、カンボジャにおいては、国民の中核である都市住民やインテリ層を皆殺しに
するという「キリングフィールド」を現実にするのである。その数、数百万人を虐殺する。
「南京大虐殺」の大嘘なんか足元にも及ばないカンボジャ人「大屠殺」を、である。

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(注)
事情通によると、中国人の学問というのは日本人の学問とは目指す所が異なっているという。
中国の学者による国際関係や歴史問題に関する研究は、事実関係より政治目的が優先され、
着手する前に結論が出ているのがほとんどだといわれる。

例えば、中国の指導者が日中戦争中の南京事件の死者が30万人と発言すると、その後、中国
の研究者がいくら研究を進めても違う数字は出せなくなる。先行研究をわざと無視し、都合の
いい史料だけを引用する中国の学術論文は中国国内だけで通用するといわれる。
』(典拠)。
日本人が目指すのは理であるが、支那人が目指すの利なのである。噛み合うわけがないのだ。

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by munojiya | 2014-01-31 00:03 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2014-01-30 卑怯
お酒用語に「本醸造」という言葉がある。
当然、その「本」は「本物」の本だろうと思うのが普通である。
醤油の「本醸造」とか、みりんの「本みりん」もそうである。
ところが、その「本醸造」という言葉は、どれも、かなりいかがわしいのである。

「朝日新聞」とか、「毎日新聞」の「日」も「日本」の日だと思うのが普通である。
すなわち、日いずる国の日、即ち、わが国の事だろうと思ってしまうのである。
しかし、である。それは「本醸造」の「本」同様、本来の意味ではないのである。
「朝日」、「毎日」の「日」は、「反日」の日なのである。

両紙の記者は、狂っているという。とにかく質〈たち〉が悪いのだという。
NHKの籾井勝人〈もみに・かつと〉新会長に噛みついたのだという。狂犬である。
どこの国の新聞記者なのか判らないような事をやってのけるのだという。気違いである。
大人は、それを『サヨクマスゴミ記者は精神病だ』(典拠)と、穏便に表現するのである。

「朝日」の日は「反日」、「毎日」の日は「憎日」か。合わせて「日日」の記者は、
“従軍慰安婦”はどこの軍隊〈げんば〉でも存在することが理解できないようなのである。
庵主は、厳然たる事実を述べている籾井会長の発言の何が問題なのか理解できなかった。
いうなれば、日日記者は天動説の人達なのか。籾井会長は地動説を説いているのである。

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枕詞〈まくらことば〉というのがある。
「マスゴミ」に、枕詞ができたようである。片仮名書きの「サヨク」がそれである。
なるほど、「サヨク」というのは、21世紀になってもなお天動説を主張する人達という
意味合いだったのかと納得したのである。時代に遅れている人達のことなのである。

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こういうやりとりがあったことは、卑劣にもマスゴミは書かない。昔から、大臣の談話でも
「これはオフレコだが」と断ってしゃべることがあった。ところが新聞記者は、それを支那や
韓国にご注進に及び、火をつけてまわって、大臣を失脚させるということを、長年繰り返して
きた。いくら記事にするのが商売とはいえ、卑怯である。
』(同)。

要するに、日日記者は、記事をデッチあげているということなのである。
マスコミは最初は、お金欲しさに中韓になびいているのだと思っていましたが、そのうち、
ほんきになっちゃうのか? それとも、その国の人だからああいう風なのか? どっちかで
しょうね。
』(同米欄)。そういう記事を書けばお金が入ってくるということなのである。

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庵主はその「朝日新聞」の記事を見ていないが、これによると捏造記事を書いているらしい。
野次馬のことを、付和雷同というが、それによると、「マスコミ」も似たようなものらしい。
庵主が、ジャーナリズムを「野次馬」と書く理由である。
新聞やTVが言うことを信じている人達は御愁傷様というわけである。

長い会見のやりとりを、文字にする時は要約するのだから、その要約の仕方が「朝日流」だと
いうことなのだろう。すなわち、それにもあるように「朝鮮反日流」である。
「朝日」が要約するとそういう新聞記事になるという事である。それが好きな人もいるのだ。
こういう流儀を好む人もいるのである。普通の人はまた朝日かと笑って見ているのである。

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マスゴミはただの洗脳機関。
サラリーマンは会社の為に働き、マスゴミは国民の為に役に立つ情報を提供するとずっと
思っていた。しかし、そうではなかった。
ただやりたい放題国民を洗脳していただけ。国民が勝手に信頼していただけ。

信頼できないマスゴミに対して国民の側から反撃する時期にきていると思う。
』(典拠63番)。
ニュースや新聞を見て勉強している人が馬鹿にされる時代が来るとは思わなかったな
(同前64番)。そういう人達を「天声人語族」とでも呼ぶのだろうか。
マスゴミはいい加減に 日本人に相手にされてない事に気付けよ! 』(同前66番)。

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by munojiya | 2014-01-30 00:04 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2014-01-30 トンビがタカをウム
その意味がよく判らない諺〈ことわざ〉がある。
例えば「月夜に釜を抜く」である。本当の意味はこうだ、というのは野坂昭如である。
月夜というのは女の人が月の夜のことなのだという。
それで男はしょうがなく「釜を抜いた」という解釈である。辻褄は合っているのである。

ただし、本当か嘘かは知らないけれど。
「笑う門〈かど〉には福来る」も、八切止夫〈やぎり・とめお〉は本当の意味を解説していた。
それも、やっぱりソッチの意味なのだというのである。
それまた辻褄の合う解釈なのである。なるほど、と感心するのである。

「鳶が鷹を生む」というのもある。
それも、本当の意味はそういうことだったのかと知るのである。
ルックスも頭も悪い自分の子 ルックスと頭の良い他人の子
これなら後者がいいな
』(典拠67番)。

江戸時代の人は、大人だったのである。
トンビがタカを生んでも鷹揚に受けとめていた様である。本当はどうか判らないが。
「黒帯悠々」は「加賀鳶」が生んだ鷹なのだろうか。呑みたくなってくるのである。
その令名を音には聞くが、庵主は呑んだことがないものなので、いっそうに。

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なぜ、喜多嶋舞は不問にされて、大沢樹生が悪役になるのかという疑問を持つ人がいる。
喜多嶋はバックがバーニング(ヤクザそのものとされている芸能事務所の事)だからだという
説もあるが、日下公人先生の話を聞いたら、大沢が殆どアホに見えてくるから可笑しい。
おっとアホじゃなくて小者と書き直しておこう。小人〈しょうじん〉とした方がいいか。

「アホ」は大沢に掛かるのではなく、喜多嶋を難じる男どもの方に掛かるのである。
日本においては。
喜多嶋舞はちっとも悪くはないのである。女の正道を歩いているのである。日本では。
日下先生の話というのはこの映像である。10:44当たりからお聞きあれ。

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by munojiya | 2014-01-30 00:03 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2014-01-29 経験則
経験則というのは、自分のこれまでの経験上、そういう事例が多いという実感の事である。
「サントリーのビールは、限定醸造のそれはうまい」というのは、庵主の経験則である。
料理界(料理を売り物にしている業界)では、「料理人の性格が悪いお店は不味い」という
経験則があるらしい。一般的に、料理は自分で作った方が“うまい”からそれは当たり前か。

でも「創作料理」と名乗るところに当たり無し。』(典拠16番)。
それもまた経験則なのだろう。
他人〈ひと〉の経験則も役に立つのである。
「危うき」を避けることができるからである。

「沖縄料理にうまいものなし」という事をいう人がいないけれど、
あれは、庵主の半径5メートル以内の生活圏におけるローカルな経験則なのだろうか。
「日本酒にうまいものなし」と言っている人がいたら、それはお酒が悪いのではなく、その人
がまともなお酒に出合ったことがない不幸せな人だという事だから、庵主もそれなのだろう。

うまいお酒を呑んでいると、それとは対極的なお酒に出合うのである。
どーやって、こんなお酒を造ったのだろうかと想像もできないひどいお酒に出合うのだ。
じゃ、そういうお酒が駄目なのかというと、そうではないのである。それも面白いからである。
お酒を呑むという事は、この世の現実を、即ち生きている実感を味わうという事なのである。

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ジャパン「これの元になったのは○○国の△△です」
チャイナ「これは我が国発祥アル」
コリアン「これは我が国が起源ニダ」
何故なのか
』(30番)。

いうならば、コウモリアン、略してコリアンは、妄想社会主義者なのだろう。
夢見る民族だということである。夢見る人に現実を説いてもはじまらないのである。
ちなみに韓国人は
日本人にキムチを盗まれるという意味不明な妄想に怯えている
』(33番)。

自分がいつもパクって起源主張してるから盗まれるって発想になるんだよね
心理学の投影だっけ
』(44番)。
ポルトガルのテンプラの原型は小麦粉を水でといて衣つけるまでは一緒なんだけど
フライパンに少量の油で煮る感じだったそうな

だから名前も「フライ」パン
たくさんの油に食材を放り込むのが日本独特の技術らしい
それが世界に広まったとか聞いた
本当か嘘かは知らん
』(85番)。落ちがいい。この言い回しは、いただき、である。

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by munojiya | 2014-01-29 00:04 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2014-01-29 うるわしい噂
なぜ自民党の安倍政権が「首相官邸」に居を構えることが出来ないか?
というと、ミンス党の3年ちょっとの間に首相官邸に得体の知れない左翼やヤクザや土建業者
が入り込んで、官邸に「さ・い・く」細工をしたからだという。そこら中に、「隠しカメラ」
や「盗聴器」や「爆弾」が設置されてしまい、あぶなくて入れないらしい。
』(典拠)。

引用文は、原文では「得たい」とあったのを字数の関係で「得体」に修正してある。
で、それは噂なので、真偽が判らないのである。
今、官邸はそんな危険な状態になっているのか。
住人が代わったら、部屋の「大掃除」をするのが当たり前だから除鮮はしていると思うが。

民主党が、いかにタチの悪い政党だったかということである。
そいつらとグルになっているということで、「マスコミ」の正体がバレてしまったのである。
福山哲郎議氏。顔が今なお中国人のままである。石平氏の顔を比べるとその差は歴然である。
蓮舫議氏も、その言動ももろ中国人で、見ていて哀しくなるほどである。

前原誠司議氏。背乗り〈はいのり〉だという。池田大作さんの子供だという噂もある人だ。
嘘から先に生まれてきた人である。
噂だから、どこまで本当かは判らないが、いずれも在来型の日本人とは異なる日本人である。
アル添酒も在来型の日本酒とは異なる日本酒なので正統な呑み手はつい逡巡してしまうのだ。
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by munojiya | 2014-01-29 00:03 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2014-01-28 三大男というギャグ
三大男というギャグがある。
ギャグだから、本当かどうかは判らないのである。
いかにもそれらしいというところが可笑しいのである。
そういう男を三人見つけてくるギャグである。

これが一番よくできている例である。
「平幹二郎・加藤剛・高橋英樹」である。
訳知りの人はそれに対抗して「中曾根康弘・長嶋(長島だったか)茂雄・瀬川龍三」とくる。
その関係を知っている人はそれを見てクスリと笑うのである。いや、ニヤリと、か。

可笑しさを堪〈こら〉える、といった方がいいのかもしれない。。
流れは、「古賀政男・木下恵介・そしてずっと格下だがジャニー喜多川」と来ているのか。
三大DV男というのもある。
「井上ひさし・井上陽水・そして舛添要一」といったところか。

どれもそのかみさんの“証言”があるから、これはギャグにならないのが可笑しいのである。
かみさんの名前は、それぞれ、西舘好子、石川セリ、片山さつき、である。
その癖〈へき〉がない男は大した物じゃないということになってしまうから可笑しい。
今のところ、三大呑兵衛というのは聞いた事がないのは酒呑みは大した物じゃないからだろう。
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by munojiya | 2014-01-28 00:04 | 笑い話 | Trackback | Comments(0)
2014-01-28 朝鮮人の幸せ
この考察は鋭い。
これはもうどうにもならない
なぜなら、この朝鮮老人達はすでに時間潰しの為にみせにいるのではないからだ
店のオーナーが彼らに出ていけと言ってしまった瞬間からこの店は朝鮮人の標的にされてる

つまり、今現在集まっている理由は嫌がらせのためである
こうなった朝鮮人はすごい
それがいかに自分の生活を圧迫しようと頑固にやめることはない
なぜなら、朝鮮人にとっての幸せとは相手を不幸にすることだからだ
』(典拠25番)。

ニューヨークのマクドナルドにおける現地韓国人老人との“軋轢”である。
朝鮮人の幸せとは何かということである。
コーヒー一杯で一日中席を独占するので、他の客から席がないと苦情が出るのだという。
人の嫌がる事を進んでします』(21番)。マックの悲惨をニヤニヤして見るだけである。

>「出て行ってください」という要求に店の周りを一周回って再び入ってきて同じ席に
座った。「警察がくれば素直に出て行って彼らが去った後にまたくれば良いだけ」と話した<
こういう事をするから嫌われるのに
』(11番)。それが朝鮮人の天性だというのである。
日本なら、居酒屋では、客が混んできたら常連はさっさと席を空けるのがルールである。

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そういう性格をどこかで見た事があると思ったら「ストーカー」がそれなのである。
「韓国」と書いて「きちがい」とルビを振った人がいるらしいが(又聞き)、
それに「ストーカー」と振ったのは庵主である。
案外、的を得ていたようである。(参考までに)

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by munojiya | 2014-01-28 00:03 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2014-01-27 それは逆「愛は金で買えない」
「愛は金で買えない」という言い方がある。
それは、逆である。
愛とは金で買うものなのである。
だから、視点を変えると馬鹿馬鹿しい買物なのである。

出来合いの物を金で買い集めてコレクションと称することがある。
例えば切手蒐集〈しゅうしゅう〉
よく考えたら、大型の切手屋にいけば、垂涎の「見返り美人」も、「月に雁」でも、
何でもそこで売っているのである。そんなもの買ってきても何の価値もないのである。

例えば、フィギュアのコレクション。
集めてている人はそれで楽しんでいるのだから、何もいうことはないが、
そのフィギュアにそそぐ愛情は、はたから見たら、異常にしか見えないのである。
傍から見たら異常に見えるが、当人が異常だというわけではないので、念のため。

うまいお酒を愛する人が、傍から見たらそうだが、当人はは必ずしも異常ではないのと同じ。
愛はお金がないと維持できないということなのである。
いうならば、愛は、車におけるガソリンである。ガス欠になると車は何の役にも立たない。
すなわち、愛を担保するのは必要にして十分なお金だということなのである。

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犬とか猫のペットに愛情を注ぐ人がいる。傍から見たら、言うまでもない。
そのペットに対する愛も、まずは金を出してペットを買ってこないと始まらないのである。
犬、猫を産める人はいないのだから。すなわち、愛は金なのである。
愛は金で買うものなのである。無償の愛はない。あってもそれは無意味だからである。

「愛」を高らかに謳う宗教屋も、御布施という対価を払わないとそれを売ってくれないのだ。
宗教屋がいう「無償の愛」が本当にあるのなら、お金を払わない人にも等しく、只でばらまか
れるものなのである。水と空気は只である。本物の神様は、その対価を取らないのである。
今生きている事が愛されているということなのである。それが神様の愛。ね、無意味でしょ。

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by munojiya | 2014-01-27 00:04 | 酒の肴 | Trackback | Comments(0)
2014-01-27 田母神節
こんどの都知事選で、「マスコミ」が色物候補にしているのが「田母神としお」候補である。
庵主が見ているネット界では、田母神候補を支持する人が多い。
ネットでアンケートを取ると、田母神支持がダントツに多いという結果が出るという。
「マスコミ」のアンケートは、なぜかそうならないのだが、どっちが正しいのか判らない。

なお、細川・舛添・宇都宮の三候補は、「3馬鹿」と呼ぶらしい。
冷静に考えれば投票できる人は一人しかいないが、選挙は熱気だからそれがてぎなくなるのだ。
選挙ポスターを見ると、「細川護煕」「ますぞえ要一」「宇都宮けんじ」「田母神としお」
となっている(ルビ省略)。「ドクター中松」とか「マック赤坂」のDQNネームは論外。

庵主は、「田母神としお」と見ると、「田母神と死を」と読みかけてしまう。
その田母神候補の演説が面白いのだという。
田母神のトークは、各所で「田母神節」と呼ばれる。またユーモアが好きで、パーティなど
のスピーチでも1、2回は必ず笑わせることを信条としている
』(典拠米欄)のだという。

で、その人が下した田母神節に対する評価は『こういう人間は信用できない』(同)である。
しかし、演説が下手な政治家の方が信用できないのである。腹の内が判らないからである。
小泉純一郎は悪人だが、その演説には酔えるのである。それが政治家というものである。
酔えないお酒を出されても、庵主には満足できない。もっとうまいお酒が呑みたくなるのだ。

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田母神節で、庵主が笑っちゃったのが、麻生元総理だけは「河野談話」を踏襲しなかった、と
いうギャグである。
「河野談話」というのは、宮沢総理時に河野洋平官房長官が韓国に騙されて書かされた談話の
事である。爾来、日本はそれをネタに韓国からたかられ続けることになっている。

それ以降、村山総理以下の反日総理はその嘘談話を無批判に踏襲する事になる。
尤も、それだけ、韓国からの総理に対する圧力〈みかえり〉が強〈おいし〉かったのだろう。
しかし、最近になってその文書の内容がデタラメきわまるものだったと判明している。
河野洋平はその甘い汁にずっぽり浸ってしまい身動きできなくなっているようである。

しかし、村山以降の総理の中でただ一人、わが麻生総理(といってもカトリック教徒だが)
だけは、その文書の内容をけっして踏襲しなかった、と田母神俊雄は力説するのである。
麻生太郎はそれを踏襲〈とうしゅう〉しなかった。踏襲〈ふしゅう〉したのである、と言って
笑わせるのである。

当時、麻生総理は漢字が読めないということで「マスコミ」の鴨にされていた頃の事である。
踏襲を「ふしゅう」と読んでいたのである。田母神さんが好きな人はそれをユーモアという。
一方、嫌う人は『政治家というのは「実直」であるのが一番。つまらないダジャレを飛ばし
たり
(中略)[する]必要はまるでない。』と一蹴するのである。さて、どっちが正しいのか。

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それは不毛な論争だというのである。
鈴木善幸首相時代の宮沢喜一官房長官、外務省の小和田条約局長、日本新党細川護煕首相、
社会党の村山富市首相、菅直人・鳩山由紀夫の民主党両首相などの致命的な外交発言は国益を
損ねた大失策であり、万死に値するというほかありません。

その他、宮沢内閣の河野洋平官房長官による慰安婦関連談話でも重大な歴史認識ミスを惹起
したことが、今にも続く不毛な議論の火種となりました。
』(
典拠)。
日本は中韓からの不毛な「歴史認識」を相手にしているのである。日本の歴史認識とは歴史的
事実に基づくそれをいうが、中韓のそれは妄想に基づく気違いの屁理屈だからである。

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by munojiya | 2014-01-27 00:03 | 世話物 | Trackback | Comments(0)