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2014-02-28 プリンはアルコール性の食べ物だったのか
「ノンアルコールビール」という業界用語があった。
当時、その「ノンアルコールビール」には微量ながらもアルコールが含まれていたのである。
見落とすような小さな文字で「アルコール分0.5%未満」などと書かれていたものである。
ただし、アルコール分が1%未満の飲料は酒税が掛からないので、酒ではなかったのである。

しかし、アルコールが含まれているビール似の飲料を「ノンアルール」と呼ぶのは、無知な、
おっと、常識的な一般人が読むと、全くアルコールが含まれていないという誤解を与える
表示だということで、今は「ビールテイスト飲料」と呼ぶようになった。
正しく言えば、「微アルコール入りビール風味炭酸飲料」だろう。酒とは呼ばないのである。

そこまできちんと書いて初めて「表示」といえるのである。そうでないのは嘘表示である。
「ビールテイスト飲料」では、アルコールが入っているのか、香料だけ作ったものなのかが、
判らないからである。当時のビールテイスト飲料には微量のアルコールが入っていたのだ。
現在の国産の「ビールテイスト飲料」はアルコールを全く含まれていない物が多くなった。

とはいえ、輸入物のそれには、依然として1%未満のアルコールが含まれている物がある。
国産のそれが無アルコールなので、輸入物もそうだと思って飲んだら、それには微量の
アルコールが含まれていて酔っぱらってしまうということがなきにしもあらずなのである。
で、とあるプリンを見たら、『アルコール度数0.2%未満』だったのである。

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そのプリンとは、メイトーの「とろけるなめらかプリン」(1個99円)である。
ということは、プリンとは「ノンアルールプリン」と言うべき代物だったのか。
しかし、他のプリンには、「アルコール含有」という表示を見ないので、メイトーはプリンで
どうやってアルコールを造りだしたのだろうか。隠し味に「洋酒」が使われていたのである。

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by munojiya | 2014-02-28 00:10 | 酩酊篇 | Trackback | Comments(0)
2014-02-28 「セレブ」は虚飾、本当の金持ちは
何と呼ぶか。「大人」でいいか。読み方は「おとな」と区別して「だいじん」かな。
「大人」の意味である「①子供でないこと」、「②分別のある人」に加えて、
「③お金の遣い方が綺麗な人」とすればいいのである。
③は勿論、資産家であることが前提である。

お金の使い方が「上手な」人は、やりくりのうまい主婦でもいるが、それが「綺麗な」人は、
すなわち大人〈だいじん〉は金持ちに限るというわけである。
人前に出てくることが好きなお金持ちというのは「セレブ」と呼ぶ。
無理に訳せば「虚飾」だが、イメージ言葉なので「セレブ」のままでいいのだろう。

本当の大人は人前には出てこないで、綺麗なお金の使い方をしているのである。
きちんと伝統を守っている人のことである。そういう伝統は目に見えないのである。
もっとも、目に見えないのだから、実在しない可能性もあるが、そう信じたいのである。
というのも、本当にいいお酒を呑んでいる人は人前で喧伝しないからである。

人前に出てこないで、一人静かにうまいお酒を呑んでいるのである。
そういう人達は実在するから、大人もちゃんと存在しているはずである。
そういうところに日本の深さを感じるのである。そこに至った境地を「ありがたい」という。
それを感じることができるようになったら、いっぱしの日本人ということなのだろう。

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食い物を粗末にする人を阿呆〈アホ〉という。
食わなきゃ生き続けられないのに、その肝腎なことを蔑〈ないがし〉ろにするのだから。
その事に気がつかないことを馬鹿という。
自分が生きている立脚点(寄って立つところ)に気付かないのだから。

で、渦の中に入ってしまうと自分の立ち位置がどうなっているのか判らなくなるのである。
それを確かめる鏡が、自分の目に映る他人の姿なのである。それが自分の姿なのである。
自分が利口になったら、利口な人にしか目がいかなくなるから。うまいお酒を知ったら、目が、
うまいお酒にしかいかなくなるのである。お酒に自分の姿が投影されているという事である。

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by munojiya | 2014-02-28 00:04 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2014-02-28 「ウリジナル」という言葉を知っていますか
「ウリジナル」という言葉がある。
「広辞苑」に載っているかどうかは、庵主には判らない。
手元に「広辞苑」はないし、あんな分厚くて扱いにくい本を繙く気もしないからである。
載ってなかったら「偏朝」かな。一徹に載せないとかだったら、間違いなく偏朝だろう。

戦後の岩波文化人とか、朝日文化人というのは、GHQからお金をもらって日本人懐柔政策
(WGIP)に協力した人たちという括りでいいのだろうか。
いま読み返したら、ろくなことを書いていないからである。読み返す価値もないか。
日本人としての良心が感じられないのである。読んでも精神が高揚しないのである。

それも、戦後の窮状下を生き抜くためのインテリのシノギだったのだろうから、庵主はなにも
非難はしないのである。
インテリにも、養わなければならない女房子供がいるからである。
従業員を食わせる経営者はブラックであっても偉い。庵主にはできないことなので敬意する。

同様に、女房子供を養う男も偉い、というのが庵主のスタンスだからである。。
「ウリジナル」の意味はこの記事が教えてくれる。
韓国は「ウリジナル」作りに懸命なようである。全世界を敵にまわして。
「ウリジナル」な、うまい酒があれば庵主の見る目も変わるのだが。そこまでの人達である。

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「偏朝」とは、朝鮮贔屓のこと。韓国寄りの記事や報道のこと。
贔屓の引き倒しで、実態を糊塗する偏った内容のことをいう。
さほど褒めるまでのない美点を過大に褒めたり、不都合なことを故意に隠蔽する態度をいう。
読者に間違ったイメージを与えるプロパガンダのことである。

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by munojiya | 2014-02-28 00:03 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2014-02-27 本醸造、本みりん、ほんだし
「本醸造」と呼ばれているお酒がある。
「本醸造」とあったら、誰でも、「本醸造」の「本」は「本物」の「本」だと思う筈である。
ところが、実際はそうではないという事はいつも庵主が書いている通りである。
「本醸造」という言葉を思いついた人を褒めるべきなのだろう。

それは「大人のユーモア」なのである。
「大人のおもちゃ」という場合の「大人」という意味で、である。
庵主は、それを「知恵者」と呼んでいるのである。
悪事をやっているのだが、憎めない人の事である。

庵主は、冗談で、「本醸造」の「本」というのは「日本」の「本」だと言うのである。
お酒の事を「ポン酒」と呼ぶ人がいるからである。
中韓では、日本料理の事を「日式料理」と呼んでいる。「本式料理」とは呼ばない。
だから、「ポン酒」も本来ならば「日酒」と呼ぶ所を、語呂の関係なのだろう。

昔、満洲重工業という会社があったが、それも満業と呼んでいた。満重では語呂が一寸何で。
だから「本みりん」の「本」も、意味する所は贋物、おっと新製法の事だと庵主は思うのだ。
庵主が、ビール類の「新ジャンル」を「本ビール」と呼ぶのはそういう意味で、である。
知恵者が考え出した言葉に、「ほんだし」というのもあったのである。感心するしかない。

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マイナビニュース会員の女性400人に訊いたという。
Q.得意料理は何ですか?
1位 カレー 30.8%
2位 肉じゃが 22.5%

3位 みそ汁 20.8%
4位 野菜炒め 18.8%
5位 しょうが焼き 16.2%
』(典拠1番)。
『[野菜炒めとしょうが焼きは]料理とはいえないレベル 目玉焼きと変わらん』(3番)。


どれも誰が作ってもそれなりに作れるものばかり』(25番)。
味噌汁[が誰でもそれなりに作れるって]
[とんでもない]出汁が一番難しいのに?
どうせかつお風味のほんだし使ってんだろ
』(71番)。

その「ほんだし」というのは、味の素の「ほんだし」の事をいっているのだろう。
「ほんだし」を、頭の中で「本出汁」と思ってはいけないのである。
それは、「ほんだし」という商品名なのだから。
ね、知恵者の考えることにはかなわないでしょう。誰だって本物の出汁だと思うのである。

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肉野菜炒めの作り方の動画である。
下ごしらえを除いて、まさに3分間クッキング。
必然性があってのこの火力、家庭で作って同じ料理になるわけないな』(120番)。
自宅で造る密造酒(←本当に造っちゃいけないよ)と、天下御免酒の違いと同じである。

プロが造ったお酒の美しさには敵わないのである。
しかし、自分で造ったお酒の方が可愛いように、料理も自分で造った方がうまいのだ。
どっちがいいかという問題ではなく、時と場合で使い分けるという事である。
プロは、チャーハンをホント1分で作るという動画がこれである

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by munojiya | 2014-02-27 00:10 | 酩酊篇 | Trackback | Comments(0)
2014-02-27 それは逆「能力給は能力を評価する」
能力給というのは、能力に応じて給料を払う合理的な考え方だと経営者は言っている。
しかし、『能力給は、給料を上げないためのシステム』(典拠)なのだという。
能力給は、表向きは「能力のある社員の給料を上げる」というものだ。しかし、企業の本音
や目的はまったく違うところにある。

能力給の本当の目的とは何か。それは「社員の能力に疑問符を付けて給料を上げない」「能力
にケチをつけて給料を下げる」ことだ。
会社は能力給システムを取り入れることによって、合法的に社員の給料を「上げない」ことが
可能になった。
』(同)。言っている事とやっている事の方向が逆なのである。

世の中には、おかしな方向を目指す人がいるということである。
お酒を造るということは、現在のものよりうまいものを造ろうとする熱意のことだと思うのが
当たり前だろうと、庵主は思うのだが、即ち、お酒の造り手の気持はうまいお酒を造ろうと
努力しているものだと思っているのである。

しかし、お酒の造り手は、皆が皆そういう気持で造っている訳ではないという事である。
安い酒や劣悪な酒を臆面もなく、平気で造る人もいるということである。
本ビール造りなどはそれだろう。見掛けはよくなっているが、中身は劣化しているのである。
それを見て、人類は進化していると見るか、劣化していると見るかは別れるところである。
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by munojiya | 2014-02-27 00:04 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2014-02-27 森本毅郎は、腑に落ちない人
近頃都に流行るもの、である。
公共図書館にある「アンネの日記」を破いたり、千切ったりすることが流行っているという。
今時、すなわち21世紀になって、「アンネの日記」なんか読む人がいるのかと思うが、
図書館にはまだ並んでいるらしい。

ラジオのニュース番組で、森本毅郎が「アンネの日記毀損事件は腑に落ちない」という。
日本人は半ユダヤの気風なんかないのになぜ突然そんな事が起こるのかというのである。
識者によると、それはユダヤ人の自作自演だと見るのだという。
総聯が、自分に都合が悪くなるとチマチョゴリ切り裂き事件をでっちあげるようなものである。

庵主は、単純だから、本が売れなくなった出版社が買い直しを当てにしてやっているのだろう
と邪推するのである。本を良書と悪書に分けることがあるが、あれは毒書である。
それより、腑に落ちないのがSWCのコメントが早過ぎるということだという。
事件発生より、コメントの方が先に用意されていたのではないか。

イギリスの放送局が、911の時にまだビルが崩壊する前に、過去形でそれを放送するという
チョンボをやったことかあるが、それを思い出すのである。
庵主の聞き間違いかもしれないが、SWCを海外の「偏見団体」と呼んだのには笑っちゃった。  
腑に落ちないものといえば、まずいお酒もそうである。喉に支えて入っていかないからである。
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by munojiya | 2014-02-27 00:03 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2014-02-26 伏線は回収する
「伏線」という言葉がある。
映画のストーリーなどで、後から起こる事をその前にさりげなく示唆しておくことである。
ミステリーなら、最後に明かされる犯人を、あらかじめ匂わせておくことである。
ただし、鼻の悪い人はその匂いを感じないことがある。

香りは、もう忘れ去っていた過去の記憶を、一瞬にして蘇〈よみがえ〉させるという。
伏線とは、過去に起こった出来事を、後になってから一瞬にして思い出させる、ストーリー上
の匂いのことである。
いま起こっている出来事を照射していた、過去に逆上った光源が伏線である。

今起こっている出来事は、過去において既に決まっていた事だとする宿命論の事である。
作者が読者を喜ばせるためにばらまいておくサービズ精神みたいなものである。
もっと露骨に言えば、読者を手玉に取るための作者の優越感と支配欲のことである。
犬が電柱にオシッコをかけるようなものである。そのオシッコを拭き取ることを回収という。

持犬が電柱にひっかけたオシッコに水やアルコールを吹き掛けて匂いを消すことが回収である。
回収もれの伏線があると臭いニオイが残って気になるのである。
伏線は回収するものなのである。伏線はきちんと回収して一人前というわけである。
呑むには耐えないまずいお酒はオシッコの臭い消しに使えばいいのか。庵主に犬はいないけど。

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「ジャッジ!」は、広告の国際コンクールの無意味な権威の実態を笑いとばした映画だが、
その伝で、「モンド・セレクション」のそれを見てみたいものである。
「ジャッジ!」には、トヨタとエースコックが実名で出てくるが、果たして、その金賞を
振りかざしている酒造業界の中に実名を出す勇気のある蔵元はいないか。いないだろうけど。

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by munojiya | 2014-02-26 00:04 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2014-02-26 庵主が聴いているTBSというラジオ
NHKとフジテレビといえば、二大親韓放送局である。
日本のTV局なのに、なぜか韓国寄りの番組を平気で垂れ流しているのである。
総白痴化の日本人視聴者も、その二つにはさすがに「頭おかしいのじゃないか」と気付いて
嫌悪感を示すようになった。NHKには聴視料の不払いで、フジには見ないという行為で。

NHKに金を払っても、日本人を馬鹿にする番組しか作らないのである。
そんなものに金を払う日本人がいるとしたら馬鹿〈おひとよし〉としかいいようがない。
いうなれば、呑んでも酔っぱらえないお酒に金を払うようなものである。
そういうお金の遣い方を、「金をドブに捨てる」というのだったか。

フジテレビは、そんなものを見ないというのが日本人の常識になりつつある。
今はその二局に引けをとっているが、元祖親韓局と言われているのがTBSである。
同じTBSでもラジオはTVよりはまだマシだというが、しかし、この体たらくである※
そのコメント欄で、その嘘がすっかり暴かれているのである。

その番組のプロデューサーは、そこで話されてる内容が嘘だということは判っている筈である。
ただ、上からの指示でそれが嘘だということは百も承知で流しているのか、あるいは確信的に
やっているのかは庵主には判らないが、どっちにしても視聴者騙しであることには違いない。
そんな話に相槌を打っている荒川強啓アナも曲者〈やくしゃ〉なのである。

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荒川強啓〈あらかわ・きょうけい〉アナは雇われアナウンサーである。
雇われアナに言論の自由はない。自分で物事を判断して発言したら首になるからである。
局が書いたシナリオを、いかにも本当らしく読むことで食っているからである。
その事さえ知っていれば、TBSラジオを笑って聴いていられるのである。

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※リンク先の概要
2013年の韓国の日本人観光客が2割減となって、韓国の観光地が悲鳴を上げているという。
それでも年間253万人も韓国を訪れる日本人がいるのである。
ラジオではそれを円安が理由だといって誤魔化しているのである。アホか、である。

[韓国に]行ってるのは、在日と帰化人です。それ程成りすましは多いのです。それと
コメンテーター
[毎日新聞社〈へんたいしんぶんしゃ〉の近藤勝重]おかしくね? 日本は
侵略なんかしてねーよ。
』(同米欄)。
あとは、その米欄に書き込まれている通りである。

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by munojiya | 2014-02-26 00:03 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2014-02-25 冥土 淫 邪蛮
「クラブ」に「倶楽部」という漢字を当てた人がいる。座布団級の技である。
「カタログ」に「型録」と当てた人もいる。これはねじり伏せたという感じがする。
「ロマン」に「浪漫」と当てた人には破天荒な才能を感じるのである。
庵主がやると「冥土 淫 邪蛮」になる。

英語じゃないから、語間をあけるまでもないか。
「冥土淫邪蛮」である。
「メイド イン ジャパン」のことである。
日本製、すなわち、日本文化のことである。製品というのは、人に夢を与えるものをいう。

「冥土」というのは、人間の浪漫の産物だろう。架空の夢のことである。
そこにいけば人は世の一切の苦悩から解放されるという。すなわち死ぬという事である。
「淫」は、淫らなという意味である。あってはならないものという意味である。
でも、あると楽しいというものである。

「邪蛮」は、「ジャパン」の当て字である。
「日本〈にっぽん〉」は国称、「邪蛮」は「日本人〈にほんじん〉」の自称である。
「冥土淫邪蛮」を手にしたら、自分はもっと豊かになれるという夢を与えるのである。
「冥土淫邪蛮」は世界中に、夢を振りまいているのである。

庵主はまた、「ブログ」を「愚録」とやっちゃうのである。
読み方は「ぐろぐ」になるが、ブログの意味としては間違っていない筈である。
「愚録」の「愚」は「大愚」の「愚」ということにしておこう。裏返しの知ということに。
お酒用語の「ヤコマン」は、もともとが日本語だから漢字をあてるまでもないのである。
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by munojiya | 2014-02-25 06:51 | 酒の肴 | Trackback | Comments(0)
2014-02-25 今週の笑い話「大虐殺の生き証人」
日本のように確固たる歴史、といっても、言い伝えられている“史実”の半分以上は嘘だろう
と庵主は思っているが、そういう真摯な歴史がある実存国家に対して、歴史の改竄が著しくて
その殆ど全部が嘘で固められている国を捏造国家という。砂上の楼閣ともいうのである。
中華人民共和国とか、大韓民国とか、朝鮮民主主義人民共和国などが捏造国家の実例である。

「特ア」というのは、どれもがそれなのである。逆か、それゆえに特アと呼ぶのか。
すなわち、建国の理由がみんな嘘なのである。嘘に酔ってないと立ちゆかない国なのである。
自ら確立した国ではなく、どれもみんな人から与えられたものだから、そのまま語ったのでは
カッコ悪いということで、たまたま間近にあった日本を敵国とする虚構の国家なのである。

その成り立ちが嘘、そして、やっていることが嘘である。加えてその人間性が嘘つきである。
日本人は「萌え」のように嘘はロマンとして見ているが、支那人は「南京大虐殺」のように
嘘を現実として見ているのである。小中華と呼ばれる韓国には「従軍慰安婦」という大嘘が
あるが、その大嘘〈おおわらい〉を今度は逆に支那人が真似したのだというのである。

ありもしなかった大嘘の「南京大虐殺」に生き証人が出てきたというのである。
支那人の大チョンボである。虐殺された筈の「生き証人」って、自家撞着なのである。
殺されたという住民はちゃんと生きていたことを証明することになっちゃうじゃないか。
思えば、「本醸造」というのもロマンなのである。そう思って呑めば楽しめるのである。

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南京大虐殺はない
証拠が無いからおばはんが出てくる
あたしが証人だとね
わかりやすい

確かな資料がないんだよね
虐殺の写真と言われているもの
通州事件の写真だったりする
』(同上)。
中韓の「大嘘」を、「おいえげい」と読むか、「きげき」と読むかは別れる所だろう。

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by munojiya | 2014-02-25 06:13 | 笑い話 | Trackback | Comments(0)