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2015-09-30 新聞というビジネスモデル
「ビジネスモデル」という言葉がある。こういうように使われている。
利益を産み出す方法のことである。
正確に言えば、1回限りではなく、継続的に利益を産み続ける手法のことをいう。
製薬会社のビジネスモデルはこうである、と言われている。

その薬を服〈の〉んだら、病気が治ってしまう薬を作ったのでは駄目なのである。
原因を根治させては継続的な儲けにつながらないからである。
そこで、その薬を服み続けなければならない薬を開発するというのがビジネスモデルである。
いうなれば、とんでもない発想だが、英語のビジネスとはそういうものらしい。

日本で商売といったら、誠意の一文字、いや安倍晋三になってしまった、その一語しかないが、
ビジネスと言った時には客から毟り取るという意味のようである。
客の利益のためにやるのが「商売」、自分の利益のためにやるのが「ビジネス」なのだろう。
酒造りはビジネスではなく、商売なのだ。それを家業と呼んでいる蔵元もある。信用第一だ。

新聞のビジネスモデルはこうだという。
新聞記者はどこかの企業の不始末を見つけると、新聞に載せる前に企業におっとり出向いて
「こんなスキャンダルみつけたんやけど……」と強請に行く。企業側が参って、巨額の広告を
打つから3勘弁してちょうだい、と屈する。
』(典拠)。なるほど、賢〈みにく〉いビジネスである。

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一方、TVのビジネスモデルもリンク先の青雲和尚が教えてくれる。
委細は、リンク先に書かれている。日本人からしたら、惨状というしかないのである。
「おもしろくなければ、テレビじゃない」はフジテレビの惹句だったが、それに倣えば、
「ザイニチでなければテレビじゃない」というのである。チョウセン人が金主なのである。

そして今、庵主の記憶がいかにいい加減なものであるかという事を実感したのである。
フジテレビのキャッチフレーズは「おもしろくなければ、テレビじゃない」ではなくて、
楽しくなければテレビじゃない」だったようだ。
それも既に過去形というのはフジテレビが進化したのだろう。中身は劣化したのである。

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by munojiya | 2015-09-30 00:04 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2015-09-30 一升瓶定量の法則
思いつきである。
江戸時代の日本は、「権力+金力=一定」という仕組になっていたと聞いたことがある。
即ち、権力を持った人には経済力をもたせず、金持ちには権力を与えなかったというのだ。
そういう方法で社会の均衡をはかっていたというのである。

他方、西洋やシナでは、権力者が全金力を手に収めるという構造のために、人民は悲惨な思い
をすることになったというのである。人民とは搾取される人の事をいったのである。
という説は日本ヨイショ本のネタなのかもしれないが、貧乏大名と富豪の商人のことを思うと、
なるほどなぁと納得させられちゃうのである。

庵主は、それを「一升瓶定量の法則」と名づけたのである。
一升瓶に入る量は常に一定である。アル添量を増やせば、純米酒の量は減るのである。
すなわち劣化するのである。二者は反比例するのである。
アル添は薄く使えば化粧、厚く使えばベタ塗りの白顔といった所か。地が見えなくなる。

進歩と劣化も、実はその合計が常に一定になるようになっているのではないだろうか、という
のが庵主の思いつきである。その思いつきが間違っていることは書いていてすぐ気付いた。
いいたかったのは、進化が進めば並行して劣化も同様に肥大するという事だったからである。
この場合は、進歩と劣化は「表裏一体の法則」と呼べばいいのか。同時に大きくなるのだから。
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by munojiya | 2015-09-30 00:03 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2015-09-30 マジック
これは凄い。
赤いハンカチが消えてしまうのである。
しかも、タネも仕掛けもない状態にしても、そうなるのだから摩訶不思議である。
他愛ないタネの手品ではあるが、なるほど、こういう見せ方があるのかと感心したのである。

メッチャ面白いマジック! 日本の芸人もパクッてやってみる?』(コメント欄から)
男心をくすぐる手品だというのである。
超不思議な大がかりなイリュージョンというのはよくあるが、こんな小さなタネでやる
色っぽい手品というのは希有である。確かに面白いのである。これをショーというのか。

シナ人か韓国人ならすぐやるよ!』(同)。バクリとすぐバレるからみっともないが。
庵主は手品が好きなので、タネはすぐ分かったが、その演出〈みせかた〉は見事である。
タネを上手に隠した「その仕種」に全然不自然さがないのがグッドアイデアなのである。
その色っぽい手品というのはこれなんだが、リンク先が何なので、躊躇っちゃうのである。

タネを演じただけならすぐに終わってしまう手品を、こうして時間持ちのいいショーに仕立て
たアイデアが凄いのである。手品を始めると、タネを演じるだけで満足してしまう人が多い。
タネは手品の手段であって目的ではないのだ。庵主もそうだから人のことは言えないが。
お酒も、酔っぱらうだけで満足してしまう人が多いのだ。味わってこそナンボだというのに。

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おっとっと、その手品を観ることができるリンクを張り忘れるところだった。
表からの視点でいえば、赤いハンカチが何処に消えるのか、裏からの視点なら何処に隠すのか、
絶対分からない。「その仕種」が本当に上手にタネをカモフラージュしているからである。
何なので、リンク先は小さい字で張っておく。大人の時間〈ショー〉なので子供は見ないように。

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by munojiya | 2015-09-30 00:02 | 余外篇 | Trackback | Comments(0)
2015-09-29 ポリフェノール神話の成立と崩壊
ワイン神話というのがある。
ワインにはポリフェノールが含まれているから健康にいいというものである。
仮にそれが有効成分だったとしても、アルコールをがぶ飲みする方がずっと有害なのである。
健康のために命を捨てるようなものである。

それ以前に、そのポリフェノールというのは何なのか、庵主は分からないのである。
知っている人いますか。
日本酒にはチリトテチンが含まれているから健康にいい、と聞かされているようなものだ。
チリトテチンの意味が分からない人にはそれは健康にいい有り難い成分なのだろう。

私の体はワインでできていると豪語していた女優の川島なお美が癌でなくなった。享年54。
かくて、ポリフェノール神話は崩壊したのである。ワインを飲んで早く死ぬのも選択肢である。
川島なお美なんだが、「ワタシの身体にはワインが流れている」とまで言うほどのワイン
好きで、しかも芸能人なので、高いワインばかり飲んでいた。

チェルノブイリの原発事故で、ヨーロッパのワインは幅広く放射能汚染されたんだが、
特に、ドイツやフランスのワインは影響が大きくて、イタリアやスペインはまだマシなんだが、
安いので、バブルの日本では見向きもされなかった。かくして、白人が飲まない放射能まみれ
のワインをガブ飲みしてたんだから、肝臓も傷めるわ。
』(典拠)。お酒は毒ですからね。
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by munojiya | 2015-09-29 00:05 | 酩酊篇 | Trackback | Comments(0)
2015-09-29 BM・ソニス・IDZ
だれもがそれを初めて観たとき、「何だこれは」と困惑するのだという。
BMである。BMがなんであるかはここでは書かない。書くまでもない。ただ、BMである。
ソニスフィアフェスティバルである。なぜかその年は中止にならなかった2014年である。
現場にいた感の鋭い人は、その時に、たった今、何かが変わったことに気付いていたようだ。

感の鈍い庵主でも、その映像を見て、「何だこの熱気は」と思ったのである。その映像
真っ昼間からメタルで酔っている人達の光景だった。見ているうちに気が変わるのが分かる。
BMを見て、ただの下手物だと評価した人もいたのである。こんなものはメタルじゃないと。
しかし、その思いを持続させることは困難だったのである。

今、BMの周りに渦巻いてる熱気の渦に近寄ると、否応なしに巻き込まれてしまうからである。
なぜなら、そのコンサートに参加することが楽しくてたまらないというのである。身も心もだ。
こんなものは邪道だという信念はともかく、現場に行くと、それとは別の気が渦巻いている。
その渦には抗えなくなるのだ。それがアメージングであることを認めざるを得なくなるという。

BMの出現は、酔っぱらうだけの楽しみだった三増酒の世界に、突然、その味わいに酔える
うまい吟醸酒が誕生したようなものなのだ。それは邪道であってもうまいのである。
お酒は純米酒でなくてはならないという信念と、吟醸酒もうまいという現実は全然違和感なく
両立するものなのである。庵主は、BMでやっとメタルの吟醸酒に巡り合えたのだ。

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宗教という信念だけの精神世界がある。
お約束事で成り立っている世界なので、常識では理解でない世界である。
幸い、庵主は、常識程度の知識しかないので宗教にかぶなくてすんでいるのである。
「時間の無駄」という言葉があるが、宗教こそがそれの最たるものなのである。

というのも、宗教とは時間を無駄にするための知恵なのだから、それは当たり前の事である。
多くの凡人は、自分の時間を持て余しているのである。
何もしないとろくな事を考えなくなるから、それを避けるために宗教という時間潰しがある。
読書がいい、いい映画を観れといってもそれらは時間をドブに捨てるようなものである。

本を読みすぎて利口になった人はまずいない。映画を見すぎて立派になった人も同様である。
宗教にハマって人の役に立った人もまずいないのである。宗教とは自分のためにやるもの故に、
ハマればハマるほど、人様に役立てる時間がなくなってしまうからである。
メタルも実は何をやったらいいか判らないで生きてる人達の時間潰しなのである。

一に騒音、二に嬌声、三に狂騒と、言うなれば麻薬の代替品なのである。
麻薬は確実に身を滅ぼすが、メタルなら、お酒同様に醒めるから回復性のある麻薬なのである。
どんな事でも長く同じ事をやっている飽きる。宗教なら信者が離れていく。それを引き止める
のが救世主である。BMはメタルの救世主として登場したのである。

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オマケ映像左の映像はBABYMETALをよく知らない編集者が、
一般的なロックバンドを撮るカット割りで「こんなもんか?」と編集した感じがします。
三姫と神バンドと観客を繋ぐタイミングが良くなくて、
ダンスの見せ場を逃してます。対して、右はさすがオフィシャル!
』(同前米)。

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by munojiya | 2015-09-29 00:04 | 余外篇 | Trackback | Comments(0)
2015-09-28 「本当の理由」
「真実」とか、「本当の理由」という言葉は誘惑的である。
それを知ると自分が偉くなったように思うのである。
学問を志す人は「真理」にそれを感じるのだろう。
そんなものは、知っても知らなくても、生きる分には何の関係もないのだが。

専門家というのは、一つの分野の「真実」なり「真理」を会得しているのかもしれないが、
なんてことはない、それ以外の無数の分野に関しては、全然無知なのである。
それでも生きていけることを思えば、真理とか真実なんかどうでもいいという事なのである。
庵主は、いつもうまいお酒を呑んでいるが、そういうお酒を知らなくても何の不幸でもない。

単に、運が悪いだけの事なのである。
あきらめてもらうよりない。
そういう人達はうまいお酒を求めないから、お蔭様で、庵主はいつでもより取り見取りで
うまいお酒を味わうことができるのである。奪い合いのない世界だからである。

庵主が、いつもうまいお酒が呑める本当の理由は、酒徳を磨いたからなのである。
酒徳はどうやって磨くのか。簡単なことである。お酒を感謝して呑めばいいのである。
いま「ユニクロ」が売れない本当の理由』(典拠)というのもあるが、そんなことも
知っても、知らなくてもどうでもいいことなのである。
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by munojiya | 2015-09-28 00:05 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2015-09-28 コケた映画「進撃の巨人」(「本篇」篇)
例えば、「ジェラシック・パーク」なら、生きている恐竜を見ることができる映画だという
事で、それならまだ見たことがないので、観にいってみようということになる。
しかし、「進撃の巨人」には庵主の好奇心を揺すぶるものが伝わって来ないのである。
どういう映画なのか、さっぱり見当がつかない。観るきっかけがない映画なのである。

どういう映画なのかというのは、巨人が人類を襲うというのはどういう寓話なのかが、
さっぱり分からないということである。その巨人とは何を意味しているのか。
巨人というのは、人類〈じぶん〉の中にある悪が肥大化したもので、人はどうやってそれを
克服して良く生きなければならないのかを示唆する映画である、という惹句が欲しいのだ。

たとえば「ガールズ・ステップ」は、『ほとんど誰も観ていないと言っていい』(典拠)映画
というのが売りである。庵主などは、そう聞くと、逆に見たくもないのに観てみたくなる。
最底辺の映画というのはどんなものなのか、と。
で、不入りの「進撃の巨人」にもちゃんと仕掛けはあるのだという論考がこれである

庵主は、普段はうまいお酒しか呑まないが、否〈いな〉、そういうお酒でないと呑めない体質
なのだが、しかし、好奇心が疼いて、最底辺のお酒も味わってみたくなる事があるのである。
例えば、「糖質0」を謳っているお酒とか、一合で税込み100円というお酒とか、「米だけ
の酒」と書かれている不可解なお酒などである。期待通りに不味いのが可笑しいのである。

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ちなみに、「ガールズ・ステップ」は映画の公式サイトの作りもひどいのである。
そんな期待な、おっとっと危殆な、また誤変換、希代な映画はどこでやっているのかと思って
サイトを訪れたが、やっている劇場の案内以前に予告編もどこにあるのか分からない作りに
なっている。なんと、縦スクロールして一番下に、地味にそれが置かれているのである。

予告編とか公開劇場は、それがすぐに分かるように、トップに持ってくるのが当たり前である。
なのに、このサイトは、そうはさせないぞという強い意志にもとづいて作られているのだ。
すなわち、こんな映画は見に来るなという、サイトの製作者の無言のメッセージが伝わって
くるサイトなのである。逆に言えば、それはそれで親切な公式サイトなのではあるが。

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by munojiya | 2015-09-28 00:03 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2015-09-27 因果関係の人
川島なおみ、だったか、川島直美だったか、川島ナオミだったか、記憶が定かでないが、
そのカワシマナオミが癌で亡くなったという。2015年9月24日逝去。
54年の人生だったという。
華やかで、よかったんじゃない。ワインもいっぱい楽しんだようだから能く生きたのだろう。

しかし、話はそれで終わらないのである。
川島なお美が死んだんだが、311直後に、避難所行って「食べて応援」やっていたという
ので、これで食べて応援でガンになった芸能人、何人目だ? というような話が盛り上がって
いるんだが、ところでスーパーで福島産の野菜って、見ませんね。

あってもどうら売れないから、だろうが。産地表示の要らない業務用として使われている
のか。
』(典拠)。
「食べて応援」と『胆管がん』(典拠)の間に因果関係があるのかどうか、庵主には判らない
が、一部の人はそこに因果関係を感じているようである。庵主の直観は鈍いのである。

夏目雅子が若くして癌死したが、あれは、中国が核実験をした地である新疆ウイグル自治区で
TV番組の「西遊記」の撮影をしたので放射能に冒されたのが原因だという説がある
ならば共演していた西田敏行や堺正章がピンピンしているのは、放射能を浴びてきたからだと
いう事になるものかは庵主にはこれまた判らないのだ。因果関係は人によって逆になるのか。

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ネットなら、夏目雅子の死は「Kの法則」ということになるのだろう。
「Kの法則」は、ネットでは最悪の結果を招く絶対不可避の因果関係とされているのである。
夏目雅子の夫は伊集院静で、現在は日本に帰化しているが、帰化する前は韓国人だった。
そこに因果関係を感じますか。人の死に関しては、因はなべて生まれたきた事なのである。

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by munojiya | 2015-09-27 00:04 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2015-09-27 それは逆「韓国文化推奨マーク」
最近のニュースによると、『2015年9月23日、韓国・SBSテレビによると、キムチや
陶磁器、韓服など、韓国固有の文化商品を海外に広めるため、韓国政府が共通の認証マークを
導入することを決めた。
』(典拠)という。
マークを付けて、韓国製品であることを広く世界にアピールしようというのである。

これがそのマークである。
韓国製品推奨マークなのである。
が、しかし、世の中にはそれを逆用する人もいるのである。
マークはが出来ることはいいことだ

避けることが出来るのだから
』(典拠39)。
食べちゃいけないマーク』(同129)。
つまり、このマークが付いた商品を買わなければ良いわけだな?』(同82)。
そのマークを見ると、大きなバッテンマークだから、目印としてはよくできているのである。

これまでは、小さな文字で書かれている「韓国製」とか「原産国:中国」という表示を一々
確かめてから避けていたが、これからは韓国産に関しては一目でそれが判るようになるわけだ。
そのマークを制定する際のキャッチフレーズが『「日本に奪われたマッコリを守ろう」』(同)
だという。はぁ、である。事情はこうらしい。欄外に委細。

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>「日本に奪われたマッコリを、われわれが守らねば」<
たしか
特許とられた→在日朝鮮人がとってました
でしたよね?

とググってみたら6年前か
朝鮮人にとっては5年が永遠にも等しいらしいし そりゃ覚えてませんわ
マッコリ、日本で既に商標登録 、韓国ネチズン怒りの声 → 商標登録したのは在日韓国人
だった
』(典拠34)。自爆〈いいがかり〉オチだったのである。

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by munojiya | 2015-09-27 00:03 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2015-09-27 コケた映画「進撃の巨人」(「予告篇」篇)
マンガではベストセラーとなっている「進撃の巨人」を映画化したという。
その映画がどうやらコケたというのである。
製作者の期待に反して思ったように客が入っていないというのである。
たとえば庵主の場合、「進撃の巨人」がどういう話なのかよく分からないのである。

庵主のような「年寄り」にも分かるようなキャッチフレーズが伝わってこないからである。
「年寄り」というのは老齢化によって、想像力の躍動感が減退している人のことである。
「巨人が出て来て人類〈ひと〉を食う話」だと聞いてもそれからは想像が膨らまないのである。
「人を食った話」はいくらでも知っているからである。

子供(若い人)には初めてでも、大人(年寄り)なら当たり前の事がたくさんある。
それを庵主は「個人にとっては初めての出来事でも、人類にとっては既知の出来事」という。
例えば、初めて人殺しをするハメになった個人はそれは罪悪の極みなのだろうが、人類には
人を殺した人はゴマンと、いや何千万人といる既知の、どうってことない事の一つなのだ。

そんなに、心配することはないということである。歴史を刻んだと思えばいい事である。
いま生きているのが運命(他律的なこと)なら、人を殺すのも運命(どうしようもない)で、
二つは等価なのである。心に負担を残す運命を、庵主は「陰気臭い」と呼んでいるのである。
まずはうまいお酒を呑んで心を落ち着けて、である。おっと、映画の話がコケてしまった。
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by munojiya | 2015-09-27 00:02 | 世話物 | Trackback | Comments(0)