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2016-03-28 黒田勝弘記者もボケたという説
舛添要一都知事は、よほど人望がないのだろう。
やること、なすことを、だれも信用していないのである。信頼されていないのである。
都税を濫費して海外旅行をやったかと思えば、今度は南鮮との国際親善と称する醜態である。
国会議員でもないのに、韓国と勝手に約束をしてきたようである。それが本当の税金泥棒。

都内の一等地に南鮮学校の用地を無償で提供するというのである。貸すとしても有償だろう。
今時、都民で韓国を快く思っている人はまずいないのである。実態が知れ渡ったからである。
いるとしたら、名目日本人の在日南鮮人である。
南鮮人の日本に対する振る舞いの狂気は度を過ぎているからである。

舛添都知事も名目日本人で、中身はチョウセン人である。だから余計にいかがわしいのだ。
そういう人を都知事に推した安倍晋三総理も実は同類なのかもしれない。
総理の金主は地元山口のパチンコ屋(勿論在日チョウセン人)だという。
総理はカミさんがソレだから、状況証拠からすると当人もチョウセン人でないとおかしいのだ。

長くソウルで記者をやっている「産経新聞」の黒田勝弘記者が、都知事を支持するという発言
をしたものだから、ついにボケたかとの説が流れているのである。
人甘を含んでいるマッコリの飲み過ぎは脳にくるというものでもないだろうが。
反日国家相手に国際親善はありえいのである。『ちゃんと議会通せよ』(典拠19)。

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黒田記者を心配する声もある。
黒田くんどうした。
色気攻めの罠にはまったか。それとも金を積まれたか。両方か。
』(典拠60)。
案外、マッコリの飲み過ぎとカプサイシン(キムチ)のとりすぎだったりして。

まったく説得力のない文章だね
「お世話になったから」だけじゃ、保育園より優先する理由にならないよ
』(同70)。
逆の意味で、南鮮には十分お世話になっているから、その嫌がらせと同等の御礼をしないと
まずいというのなら、はなから移転先の土地を提供する事すら必要ないという事になる。

×「東京の韓国人学校の移転先」
○「東京の韓国人学校の増設」
事実誤認に基づいて記事を書いてはいけませんよ黒田さん。
』(同前79)。
そうか庵主同様、新聞記事をまともに読めなくなっているのか。老化現象である。

舛添といいこの黒田といい、何か奥歯にモノの挟まった言い方をするな
やはり国民に知られてはいけない密約のようなものがあるんじゃないか
』(同90)。
結論が先にあって、それに無理やり話を持っていこうとして失敗してる。
黒田もナニを言ってるかを理解出来ていないんじゃね
』(同133)。確かに焦点はボケてる。

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黒田記者の記事が正しいとすればこうなるという。
1)>80年に漢江(ハンガン)の南の街はずれに畑地を購入し、 <
2)>新しい学校用地はソウル市が元の学校の土地と交換する形で提供してくれた。<
>元の地域は地価が高騰していたため、差額で最先端の新校舎も建てられた<

1も2も普通の土地売買や土地取引じゃん? 普通の商取引/ビジネスだわな。
韓国政府/ソウル市から「提供」「贈与」されてないよな?
だから、韓国も、問題の都有地を市場価格で購入するなり定借するなりすればいいだけでしょ?
そしたらそのカネで都は別の場所に保育園を立てる。

だったらここまで問題になってないだろ
そもそも、百万歩譲って韓国政府に恩があるとしても、今回その恩の分だけ土地を提供すべき
は「日本政府」だろ。
東京都は韓国政府に何の借りがあるんだよ?
』(同155)。都民には恩はないのである。

仮に恩があったとしても、南鮮人は恩を仇で返すのが民族習慣なので、日本もそれに合わせて
仇で返さないと相手国に失礼になるのではないか。
黒田記者に言わせるならば、「相手国がしてくれた通りに応えないとまずい」ということに
なるから、恩に対して同等の恩で返したら南鮮のメンツを潰すことになるのではないかい。

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by munojiya | 2016-03-28 00:03 | 時局物 | Trackback | Comments(0)
2016-03-27 安倍総理の資質
本来なら、来年(2017年)4月に消費税を現行の8%から10%に上げる事になっている
のだが、しかし、御用経済評論家の頬を札束で叩いて言わせた提案で実施した、5%から8%
の増税は、案の定、景気の落ち込みを引き起こしたために、経済報告は来る月も来る月も、
嘘と詭弁で固めた景気回復報告が続くという惨状が続いている。

なのに、さらに2%の増税をしたなら、経済報告は殆ど中国並のお笑い文書化すると危惧した
ものか、あるいはこの夏にある参院選対策なのか、予定通り増税を実施することに危機感を
感じた安倍総理は、その見送りを決めたようである。
そこで仕組んだのが、お雇い外人経済学者に増税反対を言わせる事だった。

功なり、名のなったガクシャとか政治家は、講演で小遣いを稼ぐのがシノギだから、
お金さえ払えばなんとでも言ってくれるようである。講演料なとの委細は知る由もないが。
財務省の悪巧みを粉砕するにはいいアイデアだったが、しかし、選挙民には評判が悪い。
『欧米のお墨付きがないと判断できないなら政治家辞めろよ。』(典拠米)。

穿った人はこう見ているのである。
選挙に勝ったら即日で倍返しな』(同)。こういうサイトもあるのである。
増税しても大して税収あがらんのやろ?
なんで増税するん?
』(同)。その解答は欄外の通りである。ビールの税率はどうなるのかな。

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増税すると配分できる予算の「枠」が増えるから。実際に税収が上がらなくても「枠」が
大事。足りない分は赤字国債刷り刷り。
』(典拠)。
参議院選挙が終わったら、手のひら返して増税案するよ。
安倍は嘘つきだからな。
』(同前)。

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by munojiya | 2016-03-27 00:04 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2016-03-27 五体不満足の五体とはどの部位をいうのか
この夏(2016年)の参院選に自民党が擁立しようとしていた乙武洋匡さんに不運が襲った。
今度は「五股不倫」がキャッチコピーなのだという。壮健な人なのである。なによりである。
ところで五体とは、どことどこの部位をいうのだろうか。
五穀豊穣の五穀も全部言えないが、庵主は五体を答えられないのである。

手と足で二体。あとは頭と、胴体も一つとして含めるのか。それでも四体で一体足りない。
男なら、もう一体あるともいえるが、それも一体と数えるのだろうかと答に窮するのである。
それでは、女子の場合は四体不満足という言わなければならなくなるから違っているようだ。
手が2本、足が2本、そして頭を加えて五体と数えるものか。

五体を前者の方法で数えると、乙武さんのキャッチフレーズである「五体不満足」というのは
不当表示になってしまうのだ。最後の一体がご健康だったという事が暴露されたからである。
『【大炎上】乙武がクリスマスに妻子を放置して不倫旅行/既婚女性ブチギレ激怒
「このタコ助は絶対に許さない! 絶対に!
」』(典拠米。以下同)。

参院選の自民党有力候補者の乙武洋匡氏、自分の妻や子供を裏切る行為を、平気で行う人は
「偽善者」と呼ぶに相応しいねぇ。頭にも障害あるのでは? 同情の余地無しです。
』。
手足のない気の毒な人なのである。手足に分散する毒がその部分に集中しちゃったのかもね。
委細は聞こえてこないが、飲んでいる酒は同じ誼〈よしみ〉でサントリーの「オールド」かな。

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ネットで不謹慎な質問をして窘〈たしな〉められている人がいた。
不謹慎かとは思いますが……
乙武さんは、どのようにして子作りを行ったのでしょうか……?
』(典拠)。
その回答。

不謹慎って思うなら やめましょうね この質問』(同前)。
情報量は同じなんだからここの皆さんも想像でしか答えられないでしょ?
だったら質問者様もご自身の想像でとどめて、不謹慎と分かっていながらこういう質問する
のはよしましょうよ。
』(同前)。

そういう質問の時は、
「好奇心からですが、
乙武さんは、どのようにして子作りをしたのでしょうか」と訊けばいいのか。
そうすれば、不謹慎な質問だといって、回答者が回答を逃げることができなくなるから。

そんな質問より「不謹慎」なのがこれだろう。あんまり“不謹慎”で吹き出してしまった。
「ラブホ代を割り勘にする男は許せますか」と息巻く女性が質問者である。
その回答が勇ましい。「はいはい、払わせていただきます」とつい答えてしまいそうである。
私なら女にお金をださせるような男の人とはお付き合いしないようにと言うと思います。』。

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by munojiya | 2016-03-27 00:03 | 時局物 | Trackback | Comments(0)
2016-03-27 一番笑えるギャグ
これがそのギャグである。しかし、最後にあるこのコメントが一番可笑しいのである。
『(東南)アジア圏では[志村けんは]結構な知名度があるようでした。
印象的だったのは、このコントに意味を見出そうとする人が多かったことです。
どうもユーモアには風刺が付き物だと考えるようですね。
』(典拠)。 

ギャグを素直に楽しめない人がいるというのが可笑しいのである。
このギャグには裏があるのではないかと詮索せずにはいられない人がいるというのである。
納得できなければ安心して笑えないという人がいるということである。
庵主のようにこれの何が可笑しいのかと暫く考えた後で笑いが込み上げてくる人もいるが。

庵主は、もう何十年もテレビを持っていないので、リアルタイムでそれらを見る事はなかった
が、いまネットで過去の映像を見てみるとドリフターズのコントは可なり面白いのである。
相当色っぽいものまであって、びっくりするのである。ここまでやっていたのかと。
著作権を楯にして、数十年前のTV映像まで削除させる人達がいる。

TVの電波は公共のものを格安で利用しているのだから、営利利用でないアップなら容認する
ぐらいの度量はほしいものである。特にNHKは視聴料を強制的にとっているのだから、放送
されたものはその時点で視聴者の物として還元するべきだろう。守銭奴の略号がNHKなのか。
お酒では醸造アルコールをまぜてお酒として売るギャグがあるが、これは泣けるのである。
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by munojiya | 2016-03-27 00:02 | 笑い話 | Trackback | Comments(0)
2016-03-26 南鮮人は日本に来ないでね
隣国に奇異な国がある。北鮮と南鮮である。両方を含めていうならチョウセンである。
根っからの反日なのに、笑顔を繕って日本にすりよってくるという国である。
ほだされて、お金を支援すると、罵声を返してくるのである。
日本人の古い世代は、学習能力がないので、いつもその笑顔に騙され続けるのである。

日本語では、そういう振る舞いを「恩を仇で返す」という。
そういう人達は軽蔑していいのである。精神衛生の観点からは関わらない事である。
北鮮はまだ自立心があるが、南鮮はダメである。人〈いちにんまえ〉と見てはならない。
「謝罪と補償」を挨拶言葉にして、何度も何度も日本にたかってくるのである。ガキなのだ。

南鮮人の言葉には何の信用もないのである。重みがないのは子供の虚言だからなのだ。
今日の約束は、明日になったら破られることが大だからである。そういう人を嘘吐きという。
契約という概念が通用しない人達なので日本人にとっては信が置けない人達という事である。
見た目は似ているが、美意識が違うので、生理的に合わないのである。

とくにトイレの感覚が日本人と異なるので、日本人には嫌悪感さえ抱く人がいる。
「土人〈きったねぇ〉」というわけである。こればかりは理性は通用しない部分だからだ。、
見た目は似ているので実用上は問題ないのに、アル添酒を軽蔑する人がいる。
それも理屈ではなく、生理的なものなので、アル添酒には近寄らないことしかないのである。

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クソも味噌も一緒という言葉が本当によく似合う』(典拠米98)。酒も、である。
蛇や蜘蛛が気持悪いという人がいる。生理的な嫌悪感だから、言葉で、すなわち理性に訴えて、
それは本当は可愛い動物なんだよといくら説得してもその気持を変えることはまずできない。
気持悪いからといって、それらを皆殺しにする事はできないから、避けて通るしかないのだ。

新幹線や人混みでも韓国人窃盗団(スリ)が大活躍。
90年代までは頻繁に報道されたが、2000年以降は日本のメディアは
それをスルーするようになった。
』(典拠米43)。今時の凶悪スリは南鮮人だというのだ。
半島では南鮮人がクソだが、日本ではメディアが糞なのである。ひょっとして中身は同じか。

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南鮮人の美意識には、だれもが一目置いているようである。
こんな具合に、である。
飛行機、この機体のセンスの無さ』(典拠93)。
それでも、日本の飛行機のと比べたら立派だというのである。

機体に描かれている絵を比べて、ではなく、
その柄(品格)と比べて、である。日本の刺青飛行機には敵う所はないだろが。
日本の飛行機の方が原色ギラギラで笑えるのである。
どうしちゃったの自己主張旺盛な南鮮がこんな地味な機体で、と心配したくなるのである。

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潔癖男子とズボラ女子が増えているというのである。真偽は例によって不明であるが。
その二人が、一緒に暮らせるかということである。
潔癖男子とズボラ女子の組み合わせは、どちらの側も「生理的に無理」という結果に終わり、
ハッピーエンドが訪れない可能性が高い。
』(典拠)。

いうなれば、日本は潔癖男子である。南鮮はズボラ女子である。生理的に合わないというのだ。
両者は離れて暮らすのが一番安静でいられるのである。「友好」は成り立たない二人なのだ。
一時、日本はチョウセン人と暮らしていた事があるが、チョウセン人のズボラ体質を直す事は
できなかったのである。だから、おそらく今後もそれは無理だろう。性格が違い過ぎるから。

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by munojiya | 2016-03-26 00:04 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2016-03-26 物を贈るのは難しい
物を贈る人は善意もしくは好意のつもりなのに、
それを貰った人は迷惑乃至侮辱にしか思えないという事はよくあることなのである。
人に物を贈る時の最低の基準は、それを貰ったら自分は嬉しいかという事だという。
そして、自分にとって最も大切なものを贈るのが本当の贈り物なのだという。

後者の基準では、自分の命を捧げるというのが至高なのだろうが、それはなかなか難しいから、
前者の基準で物を贈るのが常だろう。
児童擁護施設にランドセルを贈る人がいるのだという。
勿論それは善意である。時には匿名でそれをやる人もいるのである。人の迷惑も考えないで、

『[施設の保育士によると]多くの人がランドセルを寄付してくれるが、「施設の子は洋服
なども古着が多く、あまり買ってあげられません。小学校を通して使うランドセルくらいは
本人と一緒に選んで買ってあげたい」
』(同)というのである。。
自分ではいい事だと思ってやっているのに、相手は困惑しているという事はよくあるのである。

庵主にお酒を贈ってくれる人がいる。このご好意は嬉しいのである。しかし、庵主はお酒は
好きだが、量が呑めないのでその後始末に困るのである。物を贈られるのも難しいのである。
因みに貰って一番嬉しい贈り物は四角くて薄いものだが、その贈り方は一番難しいのである。
直接当人に渡すと賄賂と見做される事もあるからである。

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養護施設にもそうだが、災害の被災地でも、使い古しの物資を支援と称して送りつけてくる人
がいるというのである。
そんなボロや、自分では使いたくもないがらくたを、人が受け取って喜ぶかという事である。
悪意が過ぎるというものである。そんなものは善意なんかではなく、嫌がらせである。

その振る舞いは名人かに似ていると思ったらチョウセン人のそれである。
相手の神経を苛立たせるという点ではチョウセン人の嫌がらせの押し売りと瓜二つなのである。
南鮮人からの「従軍慰安婦」や、「東海」や、「戦犯旗」だのといった嫌がらせは、そういう
贈り物なのだと思えばいいのかもしれない。開けずに捨ててしまえばいい物だという事である。

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by munojiya | 2016-03-26 00:03 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2016-03-26 悲しくなるほどおいしい神戸牛
うまいの究極表現は「悲しい」だというのだ。
神戸牛のステーキのうまさをレポートする外国人の映像である
そのうまさを口にした時に自然に心の内に浮かんできた言葉がそれだったというのである。
悲しいまでにおいしかった、というのだ。

英語では、悲しいという言葉に、そういう感情があったのかと感心したのである。
美味しすぎたからって、彼女、泣いてるの?』(同米)。うまいの究極は感動の極致なのか。
至上最高の神戸牛を食べたら……とろけた!
初めての日本への旅、そして神戸に行って、なんと、なんと神戸牛を食べたよ!

神戸牛はアメリカやヨーロッパにはほとんど輸出していないから
その味はみんな知らないでしょ!?
だ・か・ら、どれほど美味しかったか実況中継するね!
』(同)。
『シェフがカットしているところを見ていると、高揚感あるね』(同米)。うまいとは高揚感か。

お酒の場合は、うまいの究極表現は「ありがたい」である。言葉を越えて心に浮かぶ感情だ。
なにも考えることなしに自然に心の内から沸き起こってくる思いがそれなのである。
こんなうまいお酒が呑めることはなんて有り難いことかという思いである。
その時のお酒は、すでに致酔飲料ではなく、日本人の美意識の精華なのである。
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by munojiya | 2016-03-26 00:02 | 余外篇 | Trackback | Comments(0)
2016-03-25 譬え話傑作選「味噌汁がキムチになる」
庵主が、よくできていると思った譬え話を傑作選としてシリーズ化することにした。
非常に分かりやすい譬えだという事である。
つい納得しちゃいそうな譬え話のことである。
譬え話というのは、一見複雑な様相を呈している出来事の核心を付いた構図の事である。

虚飾をまとって本質が曖昧にされている現象の虚飾をはぎ取った姿の事である。
移民は受け入れてはいけないというのである。なぜならというのが譬え話の真骨頂だ。
マスコミの論調は「可哀相な難民は受け入れるのが人道的だ」という愚論である。
気違いの発想である。受け入れた側が難民以上に可哀相になるからである。

また、人口減少を移民拡大でごまかそうという
頭の悪すぎる提言をしているのがいますが、
味噌汁にキムチを入れ続けていけばいずれキムチになります。
』(典拠)。
「いずれキムチになる」という譬えが分かりやすいのである。そんな味噌汁飲みたくない。

ヨーロッパが移民を受け入れることの悲惨な未来を明確に示してくれたのである。
移民に音をあげてしまったのである。賢明なヨーロッパ人は人道を捨てる事を選択したのだ。
お酒に醸造アルコールを混ぜるのは、移民の受け入れなのである。
原料米の不足をアルコールの添加で誤魔化していたのだ。それでもアル添酒を呑みたいですか。

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この譬え話も上手い。
『白い絵具に黒を混ぜると、すぐ黒い色になりますが
黒い絵具に白い絵具を混ぜても、なかなか白っぽくもなりません。皆さんも小学生くらいに
一度は経験されているのではないでしょうか。

マトモな学級に輩が二人以上(複数でないと行動出来ないチキン)居るだけで、そのクラスは
乱れます。不良の溜り場と化したクラスにマトモな人が数人居ても、決して正常化しません。
物体は常に引力により下方へ動くのと同様、人心も現状維持でさえ、しっかりした精神を
保たなければ、堕ちるだけです。(ブログ主さんも、この辺り何度も指摘されてますね)

マトモな国へは、輩ミンジュクがやたら流入(侵略)してくるのに、何故かならず者国家へ
行く人は少ないという……
奇麗なものは何もせず放置すれば必ず汚れるが
汚いものは何もせずに奇麗になる事は絶対ありません。
』(典拠米)。

『今や移民国家のアメリカやオーストラリア、シンガポール、移民に寛大なオランダまで移民
反対の声を国民が上げ始めました。
つまり移民受け入れこそ時代遅れなのです。
』(同前米)。
日本のマスコミは中身がソレのせいか、言うことが時代錯誤なのである。即ち反動的なのだ。

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その事件を、庵主は聞いていないのである。警察はきちんと発表したのか。これか
>川口市で、トルコ国籍の男が日本人女性を集団強姦しましたよね。<
難民申請をすると審査期間中は自由に行動できるとかも大問題だと思います。こういった問題
を解決するために法改正を訴える議員が出てくるようにならないといけません。

そもそも、日本まで来ることが出来て難民なんてのはおかしいわけで、その渡航費用はどこ
から出てくるのか大いに疑問です。そこまでの金を工面できるのであれば自国で十分な暮らし
が出来るはずです。
』(同前米)。
「日本まで来られる難民とはどんな料簡なのか」という指摘が鋭い。プロ難民だという事だ。

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by munojiya | 2016-03-25 00:04 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2016-03-25 異常者の群れ
申し込み数10倍の壁を乗り越えて、東京マラソンで走る人が3万人もいるというのである。
庵主は走らない人だから、傍目で見ているだけである。
過度のスポーツは体に悪いという事から、走る人は異常者だと見る人もいるのである。
まず人間は2本足だということを忘れてはならない

4本足の動物に比べて、走った時の体にかかる衝撃が段違いに大きい
特に脳が激しく揺れるのがよろしくない
散歩がベスト
』(典拠)。
その説が正しいのかどうかは庵主に分かるわけがないが。

わかりきってることだろ
マラソンランナーとかありゃ異常者だ
』(同)。これは庵主にも分かる気がするのである。
そもそも用もないのに走る奴は生物として気が狂ってる。
健康云々以前の問題だ。
』(典拠)。然り、である。

即ち、東京マラソンとは異常者の群れを見て楽しむ行事みたいである。
「東京新聞」は、「頭狂新聞」と書かれる事がある。「アジビラ」と読むようである。
その伝でいえば、東京マラソンは「頭狂都」の看板行事として相応しい催しというわけである。
首都東京は「酒都」でもあると庵主は言う。世界中のうまいお酒が飲める酒飲みの天国だ。

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自衞官も早死にださうで特に飛行機乘り。
腦の血管に負擔が掛かるのが良くない模樣。
』(典拠米)。
相撲取りも早死にする人が多いと聞く。やっぱりスポーツは体に良くないのかもしれない。
それ以前に、肉体を売り物にしているのだから、やっている事は売春婦と同じなのである。

売春婦が悪いといっているのではないので誤解のされないよう。
よく、昔から言われているじゃないですか、足腰が立たなくなったら、寝たきりになったら
長いこと無いよ[庵主校正:ないよ]みたいな、鍛え過ぎるのも危険だけどまったく動かない
のも同じように危険です。程々の所が各々異なるので……
』(同前米)。要するに人それぞれ。

スポーツは健康的に死ぬ手段だという考え方もあるのである。
>生きるな危険 運動は健康に悪い< 
……たしかに、生きるのは健康に悪い。生きてるかぎり老化は止まらず、体中が劣化して
いずれは死ぬ。

運動することで、ぽっくり死ねるならそれにこしたことはない。 痴呆症のまま何年も生きる
のは家族に迷惑だし、かといって自殺や安楽死じゃ残された者にはショック。
だから、最後は過激な運動やって心臓麻痺で死ねか、パラグライダーでもやって事故ればいい
のだが、そのためには少しはトレーニングして筋力つけておかないと。
』(同前米)。

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by munojiya | 2016-03-25 00:03 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2016-03-24 難訓
「戦く」とか、「労る」とか、「論う」という漢字の読み方には多くの人が難渋する筈である。
庵主も、その都度辞書で読み方を確かめるのだが、なぜかすぐに忘れてしまうのである。
そういう難しい、というか覚えられないというか、すぐに忘れる漢字の読み方を難訓という。
ちなみに「難訓」は難訓ではなく、そのまま「なんくん」と読むのである。

「おののく」、「いたわる」、「あげつらう」が読めても、次のは読めるか、である。
これは読めるほうが奇怪〈おか〉しいので、貴兄には読めないことを祈るのである。
「ザパニーズ」の解説サイトにこういう文章があった。
冒頭の「良い」を正しく読めるかということである。「よい」であるわけがないからである。

良い韓国人もいる(それはまあその通りなのだろうが、何故事ある毎にいつまでもそう言い
続けるのか、韓国人の大多数が反日教育を受けていることには言及せずに)
』(典拠)。
「良い」は、「できそこない」と読むのである。
南鮮では反日が人権である。なのに親日なのは「できそこない」の南鮮人だという事なのだ。

韓流スターや南鮮人の笑顔に騙されてはいけない。それはためにする営業笑いである。
南鮮人は基本的に反日で乞日〈たかり〉だからである。まともなのは「良い」の人だけなのだ。
韓国社会では生きていけない人達である。そんな国を支援するのは馬鹿でしかない。
アルコールを混ぜたビールを本ビールという。勿論、悪い意味での「良い」ビールである。
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by munojiya | 2016-03-24 00:03 | 番外篇 | Trackback | Comments(0)