2017-06-16 写真、というよりデジタル画像の正しい見方
写真は、正しく言うと今どきのデジタル画像は、こういうように観るのだという話である。
まずこの写真を見てほしい。美男美女(←決まり文句)の写真である。
これが嘘写真、おっと嘘画像なのだという。
いわゆるフォトショ(加工された画像の事)なのだという。

私は仕事で画像処理をしております。
タイトル[「最後の画像。コムロの顔ペタッと貼りつけ」]に書かせていただきましたが最後の
画像のコムロの顔。
光の当たり方や顔の鮮明さが 隣の女性と一致しておらずものすごく不自然です。

私の目には、別人男性の顔の上にコムロの顔をペタッと貼りつけたようにしか見えません。
こんな画像を流布させて何を企んでいるんでしょうね。気味が悪いです。』(典拠米)。
別の人の指摘『誰にもわかるのは、女性の左肩に四角形の模様
2重撮りか(プリントされたものを接写か)

KKの左胸の色校正(赤色混じり)とVサインの中の左肩のシャツの色が極端に青くなっている
畢竟、不自然な加工が見受けられます』(同米)。男のVサインの手も貼り付けかもしれない。
今どきの映画のCGとデジタル画像は、見た目が信用できないということである。
今どきのお酒も見た目に反してアル添酒だったりするようなものだ。それを普通酒と呼ぶのか。

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眞子さま 電車デートの写真は捏造です。 多分
佐藤睦さんに似てます。この方かもしれません。
それか、他の人で、電車デート女性の身体に、顔だけ眞子さまの顔を貼り付けた可能性あります。

眞子さまの胸の大きさと違いすぎますし、[観察が細かいことに感心]
電車デートの写真はあちこちに加工の後が見られます。
信用度ゼロ[の偽写真です]』(典拠米)。
デジタル画像の見方が見えてきましたか。

海外のメディアの方が、明け透けで過激ですがまだ信頼できますねぇ。
日本なんか広告主の顔色しか見てないし。宮内庁も何故か訂正を求める動きも無し。
海外メディアは自分たちに関係ないから無視なの。つくづく機能不全の庁だわ。
案の定、ツーショットの写真は合成のようですね。

ご自分の立場を考えたら、異性と二人でいたり写真なんか撮られないように、細心の注意は
なさるはず。本当に、日の[火の]無い所に付け火をする輩だな。』(同前)。
そういうガセ写真を指摘できない日本の写真界の業界人も質が落ちているということである。
写真界もご多分にもれず、カメラはよくなったが、人は劣化しているということである。

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# by munojiya | 2017-06-16 00:04 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2017-06-16 報道しない自由と自由に書く自由
BB[そのブログの主]は独自ルートからキム圭小室が、在日であることを突き止めています。
週刊誌のルートを探ってみたら、彼らも承知でした。
国もトップのほうでは、政治家役人とも知らぬ人はいないそうなの。
なのに、皆黙り込んでる。』(典拠。以下も同じ)。大本営発表の裏面が報道しない自由である。

戦後レジウムのひきずり、GHQの仕掛けた在日による日本毀損勢力に抗えない、というのも
あるでしょうが、週刊誌のほうはもっと実利的理由からみたいで、記事にしたらどこからの圧力
か、あるいは自己規制か知らないけれど、広告主が引き上げちゃうらしいのです。
それは、小和田恒のスイスにおける軟禁状態も同じこと、だとか。

週刊誌は掴んでいるのに書けない。
小和田も、あちらの出自でおまけに創○だし(雅子妃母方は部○)なんだか
日本の戦後病理の凝縮みたいな、出来事ではないかなあ。
なら、国民が精一杯眞子さまの婚約にはダウトを、突きつけなければならないと思うのね。』。

「ダウト」というより「アウト」だろう。
なぜチョウセン人が駄目なのかは欄外のエピソードの通りである。
日本人の感性から見たら「気違い」だからである。在日チョウセン人は身中の毒なのである。
アルコールも酒中の毒である。いやその毒を酒と呼ぶのか。「お酒」と「お避け」は同音なのだ。

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20年ほど前、パチンコ業界の仕事をしていた関係で某設備会社の新商品展示会に行ったこと
があります。当時はパチンコが30兆円産業といわれたイケイケの時代で、パチンコ店の設備
機器を扱う同社の展示会は一流ホテルの大会場で盛大に開かれました。イベントの1つとして
著名人の講演があり、そこに張本勲氏が登壇しました。

最初は同社の発展を讃えるところから始まった講演はそのうち雲行きが怪しくなり、日本人と
日本社会を貶め、いずれ在日同胞が日本を支配する、共にがんばろう、といったアジテーション
に変わりました。』(典拠)。
在日チョウセン人は、ユダヤ人と同様に郷に入っても郷に従わないから嫌われるのである。

昔の話なので張本氏の実際の発言は記憶しておりませんが、次第に熱を帯び大きくなる張本氏
の声とオーバーアクション、そしてそれに呼応するように千人近くの聴衆が興奮し、拍手や賛同
の声が盛んに飛び、最後は咆哮のような歓声に包まれた会場の異様さは、そのとき感じた恐怖と
ともにはっきりと覚えています。まるで民族大会のクライマックスのようでした。

パチンコ業界関係者の出身国構成比は当時3:3:2:1(韓国:中国:北朝鮮:日本&台湾)
と言われていましたが、それを身を持って知る出来事でした。
この時の光景があまりにも異様で強烈だったため、今でも張本氏をテレビで見かけるたび思い
出してしまいます。』(同前)。ネットの情報はマスコミよりも親切なのである。

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# by munojiya | 2017-06-16 00:03 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2017-06-15 在日チョウセン人が半島に帰れない理由
ただ、在日チョウセン人はそれだけの事すらできないから忌避されるのである。
日本に居たいのなら日本の常識を知って日本の国内法を順守し、謙虚になれば誰も文句は
言わない。郷に入れば郷に従えだ。それができていないから嫌われるそれだけのこと』
典拠米)。多くは日本に馴染んでいるのだが、声高の少数がどうしようもないのだ。

在日チョウセン人が半島に帰れない理由は、その身分差別にあるというのである。
在日チョウセン人が祖国に帰ると、日本ではありえないような差別をされるというのである。
そういう穏やかな日本人を怒らせてしまったのだから在日チョウセン人は嫌悪されるのである。
「日本が嫌なら出て行け」と言っても差別でもなんでもないのである。当然の事なのだから。

持てなされたお酒に対して不味いとぐだぐだ言うのなら、好きな酒を自腹で呑めばいいのである。
それを、もっとうまいお酒を出せと文句を言ったら、嫌なら帰ってくれとしか言いようがない。
意に適う旨いお酒が呑みたかったら、自分で求めて呑めばいいのである。
人にたかっておいて、もっと旨いお酒を呑ませろと声高に言えば嫌われるのは必定である。

そして、在日チョウセン人の殆どは日本に密入国した人達なのである。
その存在自体が違法なのだ。追放しようにも本国である筈の南鮮がそれを引き取らないという。
自分を鍛え、修行する過程で、朝鮮民族のしがらみからはなれ、立派な選手になる人と、
やはり、朝鮮民族特有の血が残る人と別れると聞く。[リンクは庵主]』(典拠8:16)。

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# by munojiya | 2017-06-15 00:04 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2017-06-15 物は言いよう「菜食主義者」
庵主ならそれを「偏食気違い」と言いかねないのが「菜食主義者」である。
庵主に言わせるとそれは殆ど気違いにしか見えないからである。
南鮮人同様、関わり合いにはならない方がいい人達である。
もっとも、毒蛇同様、向こうの方から関わってこなければ存在していても全然問題ないのである。

毒蛇は危険だから、あるいは気持ち悪いから皆殺しにしてしまえと叫ぶまでもないのである。
悪はよろしくないから、殲滅してしまえと叫んだら、善悪は一如だから、悪を殺すと善である筈
の自分も滅ぼしてしまうことになりかねない。
悪の正体は、それを表から見たら、善である筈の自分自身だからである。

人間の存在自体が悪なのである。それをいかに表に出さないかという努力が善なのである。
人は他の命を食わないと生きていけない。
菜食主義というのは、動物を食わないから私はいい人でしょうという発想のことである。
その植物だって、人に食われるために存在しているわけではないのである。

「完全菜食主義者」と自称するのなら、速やかに死んでしまえばいいのである。
日本は、その完全菜食主義者が生きていくのにすごくイジワルな国だというのである。
ところで、完全菜食主義者はお酒は呑んでもいいのだろうか。毒は飲んでもいいのか。
不完全菜食主義者は、卵、牛乳、チーズなどは食べてもいいという都合がいい主義らしい。

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日本では、「ベジタリアン」は「アンポンタン」と殆ど同義語なのである。
「アンポンタン」を別の言葉でいえば「気違い」である。
「気違い」には、敵わないという意味と、世間の迷惑という意味があって、
アンポンタンはもちろん後者である。

「ベジタリアン」というのは食わないという自己否定なのだから、真性の気違いなのである。
狂気は、料理でいえば、香辛料みたないものだから、少量なら皿に興趣を添えるのである。
ただし、香辛料はそれ自体は栄養にも満腹感にも役に立たない代物である。
ただ、上手に使うと食が楽しくなるのである。狂気も適量なら生活の彩りにはなるのである。

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# by munojiya | 2017-06-15 00:03 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2017-06-14 この人は今の「不都合な真実2」さん
まだご健在だったようだ。アル・ゴアさんのことである。
「不都合な真実」を引っさげて登場したものの、節電を主張しながら、馬鹿広い邸宅で、冷暖房
完備の自宅ではパソコン数台を電源点けっぱなしにしていることがバレてしまい、その言い分は
気違いの戯言か、誰かの操り人形〈クチパク〉だということが見透かされてしまった人である。

再びの登場だという。
こういうのは、「おめおめと」というのか、「悪びれなく」といったらいいのか、なんとも形容
できない人なのである。日本でいえば鳩山由紀夫さんみたいな人である。
一言でほ言えば、「宇宙人」ということになるのだろう。

その心は、関わり合いにならないほうがいい、である。
この人が言ったら嘘だということが判るという点では有用な人なのである。
絶対予想が当たらない競馬評論家と同じである。
その予想した目は安心して外せるからである。

そういう嘘をばらまくことで儲かる人達がいるのだろう。
大金を掛けて嘘映画を作っても元がとれるほどの財力と利益がある人達なのである。
情弱な庵主には到底太刀打ちできないのである。生暖かく眺めているしかないのである。
お酒は嘘がすぐ判るからいい。不味い、ということでそのお酒は間違っていると判るのである。

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# by munojiya | 2017-06-14 00:03 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2017-06-14 この映画が面白そう「22年目の告白」
藤原竜也という俳優は、狂気の悪役を演じたら他を寄せつけない俳優である。
日本映画が生んだ新悪役像の権化である。
これまでの日本映画の悪役は民衆の感情に根ざした悪役だった。
日本人なら、誰が見てもこいつは許せないという犯人像だったのである。

まだ、日本人なら、その心情を理解する事ができたのである。
しかし、新悪役はそうはいかない。
これまでの日本人には理解できない犯人なのである。
逆に犯人を非難するどころか、逆にもてはやす人が出る始末なのである。

新悪役像のキャラクターは、いうならば、チョウセン人のそれなのである。
日本人には理解できるわけがないのである。そんなみっともない犯人の心情なんか。
だから、映画としては物珍しいものが見れるという好奇心をくすぐるから面白いのである。
過去の日本人を引きずっていないからその違和感は科楽特奏隊に似ているのである。

お酒も過去を継承していない酒は目新しいけれども、やっぱりつまらないのである。
その藤原竜也の新作が「22年目の告白-私が殺人犯です-」だという。出来がよさそうである。
評判はいい。『どんでん返し系の映画好きだから、この映画かなり見応えあった。』(典拠)。
ということは真犯人は藤原竜也ではないという事である。心地よく騙されてみたくなるのである。

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そうそう、まずこれだけは伝えねば。
なんか割とポップに宣伝されていますが、この映画結構精神的に来ます。
終盤みてて苦しくなります。
ですので、軽い気持ちで行くの禁止。ある程度の覚悟を持って見に行ってください。』(典拠)。

裏の裏の裏をかかれ、結局騙され、知らぬ間にのめり込んでしまいました。
確かに、物語前半から飛ばしていて違和感があったが(ネタバレになりそうなので控えます)。
まさに、こんな展開ファンタッスティク。また、予告の使い方が秀逸だと感じた。先入観を植え
付けられるとはこういうことか。

普段、邦画はほとんど見ませんが、この映画はよく考えられた構成で日本らしいといえば日本
らしい映画だと思いました。こんなのコナン君でも解けるかどうか。
アクション厨の自分には新鮮な映画でした。』(典拠)。
予告に騙されてた。気分が良い。』(典拠)。その予告篇である。

仮に 実は真犯人コイツでした〜ってなっても最早驚かない役者陣。』(典拠)。
という手がかりから、役者の顔ぶれを見て「真犯人」を予想すると、大穴は「悪の教典」でも
サイコパスの犯人をやった伊藤英明か。一番怪しくない仲村トオルもちょっと臭うのである。
ならば藤原竜也が犯人の代役を演じる利益は何だったのか。やっぱり観に行かなきゃ。

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# by munojiya | 2017-06-14 00:02 | 余外篇 | Trackback | Comments(0)
2017-06-13 この話の何が悪いのか分かりますか
ネットにはヒキコモリが多いので、年齢に関係なく、脳味噌が小学生で、この話のどこが悪い
のか、理解できないお子ちゃまもいる。場の空気が読めないアスペ。場の空気がまったく読め
ないから、社会に馴染めず、ヒキコモっているのだろう。』(典拠)。
この話というのは、お酒を呑まない人は居酒屋に行ってはいけないという話である。

それのどこが悪いのか分からないという人がいるというのである。客単価を読めというのだ。
とりあえず、酒をまったく飲めない奴と煙草の煙に耐性ない奴は居酒屋に来んな
わざわざ言わせんな
デニーズとかガストでも行ってろ』(同)。居酒屋には家族で来るなという事である。

そんなことは自分の家の炬燵を囲んでやれというわけである。
こないだ近所の居酒屋でタバコ吸ってたら座敷の家族連れの親父からめっちゃ怒られた
店は禁煙じゃないんだけどなぁ』(同)。
庵主は、お酒を呑むと、普段は吸わない煙草をふかしたくなるから、そういう客は困るなぁ。

子連れは基本ダメだろ
女連れでもいやがるところあるくらいなのに』(同)。
居酒屋は男の聖域だという事である。
女子供にお酒を呑ませちゃいけないというのは庵主も同意できる見識なのである。

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立ち飲みで一人1500円
カウンターで一人2500円
テーブルで一人4000円
飯食って飲むならこれくらいだろ

家族4人なら10000円
半額くらいしか払ってない家族[はその振る舞いが間違っている]』(典拠)。
居酒屋の肴は、見た目は同じでもレストランの料理とは違うのだというのである。なるほど。
そして、予算が少ないときは、それに見合ったお店に行けということである。

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# by munojiya | 2017-06-13 01:05 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2017-06-13 「ネットのほうが情報早い&正確」
「故意で圭介」としか変換できないのは「小出恵介」が新人タレントだからである。
その小出恵介が、なんと「フライデー」の歯牙にかかったというのである。
「フライデー」って、「仲間由紀恵×田中哲司」といった有名タレントしか追っかけないという
矜持はなかったのか。はっきりいって小出恵介という雑魚は庵主は名前も顔も知らないのである。

なぜ小出恵介が有名になったかというと、17歳の女の子を襲ったというのである。
どんな顔をしているのかと思って検索したらこんな顔だった。
タレントだけに隠す所がない。顔を売る商売で顔を隠したら商売にならないからである。
その面立ちはやっぱりチョウセン人ということでいいものか、判断に戸惑う顔をしている。

業界の風潮から、この手のタレントはチョウセン人なのだろう。
と思い込んでしまえば、それでこの事件は終わりである。いわゆる平壌運転だからである。
しかし、その被害者とされる17歳の女の子が実は子持ちの19歳だったという。
そうなると、話がちょっと違ってくるのである。心証が変わってくるのである。

この相手でこの報道の仕方[罪のない17歳の少女を襲ったという報道姿勢]はさすがに
ギャップありすぎ。すでに子持ちなのに未成年淫行って』(典拠)。
新聞・マスコミは、今では情報が遅い・不正確・時に嘘というのが定評になっているようだ。
スポンサーからお金を貰って書かれたお酒評よりも当ブログの方がより正確なようなものか。

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# by munojiya | 2017-06-13 01:00 | 時局物 | Trackback | Comments(0)
2017-06-12 それは逆「マスコミのいう親日国」
日本のマスコミは、特ア三国をあたかも親日国であるかのように報道しているのである。
即ち、それ以外のアジア各国が日本を支持しているのに、その現実をしっかり報道しないのだ。
なぜなら、特ア三国だけが、異常なまでに反日を掲げる気違い国家だという事がバレてしまう
からである。日本にたかってくる乞食国家だということがバレてしまうからである。

それでは困るのである。日本のマスコミは。
戦前のマスコミは、大本営発表とか朝日報道と呼ばれる、特定の階層の利益を守る報道だった。
戦後は、GHQなどの戦勝国の利権を守る報道に変節したのである。
自分たちが生き延びるタロである。自分の食い扶持を守るためである。

ジャーナリストにも妻子がいるのである。女房子供を養うためには背に腹は代えられない。
生きていりゃこその主義主張である。おまんまが干上がってしまったらそんなものに価値はない。
お酒は純米酒に限るという主義主張が純米酒原理主義である。
お酒を呑めるからこその主張である。死んでしまったらそんな主張なんかに意味はないのだ。

日本のマスコミの方針は、「世界中で親日国は支那・北朝鮮・韓国の三国だけで、あとの国は
すべて反日国家」 と思わせることなんですよ。したがって、特亜三国が反日国家であることや、
他の国が親日的であることはトップシークレットなのです。[以下欄外]』(典拠米)。
日本人はマスコミに騙されているというのである。マスコミに敢えて漢字を当てたら「善魔」か。

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本文からの続き。
実際、インターネットが普及するまでは、多くの日本人が 「日本は世界中の国から嫌われて
いる。支那や韓国だけが親日国家だ」 と信じていました。』(典拠米)。
日本にタカってくるような国が親日であるわけがないのに、である。

庵主の邪推によると、日本のマスコミは、おそらくはそのおこぼれを貰っているに違いないから
スポンサー様に都合の悪い報道はできないのだろうと「忖度」しているのである。
アメリカの民主党リベラル、及び欧州の日本に植民地から追い出された国々は反日、というの
も事実。リベラルが反日なのは天皇陛下、皇室に対するジェラシー。

フランス革命で王族を処刑した連中の思想的末裔だから。それを読めない、なまじ英語ができる
日本人は卑屈になった。
アメリカでも共和党は親日だが、ずる賢い知識人文化人はリベラル。日本の文化人は食っていく為に魂を白人に売った連中が多い。国際反日網があってその代表機関が国連。

雅子妃は国連の皇室攻撃の尖兵』(典拠米)。
皇室攻撃の盲点は、今の皇后陛下だろう。なぜ、突然、民間から娶ったのか。
それこそがGHQの奸計だったというのが今日の視点になっている。
皇室攻撃の橋頭堡だったのである。「♪ 可愛い顔してラランラン」である。

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チョウセン人こそは、日本人の救いなのである。
こんな具合に、である。日本人の矜持が窮地に陥るとこんなふうに救ってくれるのである。
じゃあ日本人が首切られてるあれはなんなのよ。
第一、イスラム国に好かれてるから何なの。

それが自慢になるとでも。
頭悪過ぎじゃない。』(典拠米)。
イスラムの国は親日であるという論が破綻しそうになったときにチョウセン人が助けてくれる。
後藤さんは在日ではなくない。』(同前米)。救いというより、便利といった方がいいのかも。

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# by munojiya | 2017-06-12 01:14 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2017-06-12 ご尊顔拝見
ご尊顔というのは、立派な人の面立ちのことである。
立派な振る舞いや言説を世に示している人の顔なら拝ませてほしいのである。
余慶にあずかるためである。
ご尊顔という言葉は、同時にそれとは全く逆の意味でも使われるのである。

そういう人の顔もまた「ご尊顔」と呼ぶのである。
ああはなりたくないという思いを改めて心に刻むためである。
ご尊顔を拝見したくなるのはこの人である。
読売新聞社会部長原口隆則さんである。そのご尊顔が見つからないのである。実在しないのかも。

どういう人なのかということはこのサイトに詳しい。
新藤義孝のソープランド利用、麻生太郎が六本木の愛人が経営するクラブで政治資金を使い
まくり。やはり政治資金で購入した巨大なバラの花束も持参。武藤貴也のホモ買春。宮崎謙介の
不倫。読売は進んで報道したのか』(同)。先輩が築いた信用に泥を塗って恬として恥じない人。

日本人的解釈では、原口さんはきっとチョウセン人なのだろう、でチョンである。
「読売新聞」も「朝日新聞」に劣らず汚鮮されているのだろう、と同情するのである。
「読売新聞」もKの法則なのか、最近は購読者がどんどん減っていると耳にしたことがある。
お酒の世界ではKといえば至宝の熊本酵母のことである。世俗の新聞界とは異次元なのである。

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本当のご尊顔というのはこういう人のことをいうのだろう。
ここでその人となりの一端を読むことができる。
今村均大将は、ラバウルでは陸軍7万人の兵を統率して、米軍の攻撃をものともせずに、
敗戦まで持ちこたえ、無事に帰国させた。』(同前)と。

尊敬できる先人がいる国に生まれた事の幸せを感じるのである。
先の特攻隊は、人によっては無駄死にだったと言う人もいるが、それは残念なものの見方である。
そのお蔭で、戦後の日本人は劣等感に苛まされることなく生きてこれたというのである。
徹底抗戦の歴史がない南鮮人は、それを虚偽の歴史で繕っているのだという。不憫な人達なのだ。

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# by munojiya | 2017-06-12 01:09 | 時局物 | Trackback | Comments(0)