2018-01-06 めっちゃ良い映画だという「無印映画」
ネットをうろついていたら「めっちゃ良い映画」というサイトがあった。
サイトというかシリーズといった方がいいのか。
どうやら、チャイナ十八番〈おはこ〉の無法地帯映画のようである。そのシリーズなのだ。
字幕が支那語なのである。「シナ」の漢字は史那語とした方がいいのかな。品語と書くか。

故に、著作権法の知識がある人は見ない方がいいみたいである。
庵主のように無知な怖いもの知らずなら平気で見ることができるのである。
手が込んでいることに、その映画のタイトルがカットされているのである。
タイトルが残っているものもあったが、肝心のエンドロールは出てこない。

「ReLIFE」は最後のオチの寸前で切れてしまうというニクい編集がされているのである。
1本目はこれである。「まひるの流星」である。主役の女の子の名前が分からないのである。
綺麗な画を撮るカメラマンの名前も分からない。タイトルから検索すれば出てくるのだろうが。
2本目は漫画原作の農大の話で、コメントから「銀の匙」だと知った。ヒロインが可愛い。

3本目が「ReLIFE」である。いずれも、庵主に取っ手は、こんな映画が作られていたのか
という無名の映画だが、お正月休みにのんびり見るには拾い物の映画だった。
ネットで確認したら「ひるなかの流星」だった。主役の永野芽郁の名前が庵主には読めない。
読めない芸名ってどうなの、である。酒銘の「獺祭」とか「灑」が読めますか、である。

[PR]
# by munojiya | 2018-01-06 00:04 | 余外篇 | Trackback | Comments(0)
2018-01-05 幽霊の正体見たり枯れ尾花
「幽霊の正体見たり枯れ尾花」(※尾花=ススキの穂。)
このことわざの意味は、次のどちら?
(1)目立たないものでも、思いがけない真実を知っていることがあるものだ。
(2)こわいこわいと思っていると、なんでもないものまでこわく思えるものだ。』(典拠)。

そんなのがテスト問題になるのかという自明の事だが、それが判らないという人もいるのだろう。
「太陽は東から昇って西に沈みます。この現象の正しい認識は、次のどちら?
(1)地球の回りを太陽がまわっている。
(2)太陽の回りを地球がまわっている。」というのなら、庵主は思案しちゃうのである。

「お酒にはアルコールを混ぜたものがあります。アルコールを混ぜる理由は。次のどちら?
(1)酒質や味わいを良くするため。すなわち呑み手を喜ばせるため。
(2)増量して税収をふやすため。すなわち呑み手を騙して馬鹿にするため。」というのはどうか。
正解がそのどちらでもないというタチの悪い問題だというところがニクいのである。

「幽霊〈ジャーナリスト〉の正体見たり枯れ尾花〈なかみなし〉」である。
青木理という「ジャーナリスト」がいる。その立脚点を問われて答えられなかったという。
要するに、当人には中身がなんにもなかったというのである。
呑み手もその“ジャーナリスト”に似ているのだ。不味いとは言うが旨いお酒を提案できない。

-----

このやりとりを見ていると、青木理とか、その室井なんとか(名前を調べる気力なし。どうでも
いいので)は、ひょっとして、「安倍晋三アンチ」を装っているが、本当は安倍晋三の強力な
応援団なのではないか、と邪推したくなるのである。
すなわち、青木理のスポンサーは実は安倍晋三だということである。

室井って討論番組にでる能力ないでしょう、あつかましいおばちゃん、青木は批判だけの男。
典拠米)とTVの視聴者から見透かされている人が出演しているのはヤラセなのではないのか。
だれでも答が分かる問題で懸賞の応募を促す広告テクニックがある。
利口な人は、個人情報を只で吸い上げるつもりだろうと警戒してそんなものに応募はしないが。

しかし、馬鹿でも分かる問題でも、それが分かると優越感にひたれるのである。
自分は利口だという思いが湧いてくる。馬鹿にされているとはわかっていても、である。
TVを見て「青木理は馬鹿だ」と思ったときが罠なのである。
そんな答はだれもがすぐ分かることだからである。青木理は良く言えばそれを演じているのだ。

そういう人が安倍総理を貶しているという事は、その反対が正しいに違いないと推論させられる
事になる。すなわち、安倍総理のやっている事は正しいという結論に導く奸計なのではないか。
TVは視聴者のために番組を作っているのではないという事である。金主のために番組を作って
いるのだ。出演者は金主の意向によって選ばれた役者達なのである。中身はない人達なのだ。

-----

室井さんの名前が分かった。佑月さんである。お顔立ちは美しいのにねぇ。場違いの人らしい。
番組観てなかったからこの動画だけではわからないのでしょうが、
それでも室井さんの意味不明さと田原さんの威嚇めいた割り込みをブロックした小松アナは
素晴らしい

というのはわかります。
長谷川さんの冷静沈着なコメントも説得力あり、一方青木さんの無責任さも感じる動画です。
典拠6:59)。庵主が見たら、小松アナの耳は立派な朝鮮耳をしているのである。
室井は邪魔。からっぽのくせに話に割り込んで会話の腰を折るだけ。』(同前7:20)。

室井佑月はいい加減誠司を語る番組に出さないでほしい。』(同前7:25)。
室井が出ていたら、その番組はヤラセ番組だという目印にはなるのである。
小松アナは骨のある人です。
田原は老害そのもの。

青木は口だけの無責任なことばり言う
室井は頓珍漢で変な感覚で物言う。』(同前7:31)とTVを見たら人柄が一目瞭然らしい。
青木・室井、クソとカス奈良へでもねぇ。
田原はクソカスの後見人か? 時間です。』(同8:46)と画面で見れば分かるものらしい。

[PR]
# by munojiya | 2018-01-05 00:04 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2018-01-04 「うるぶ」の東宮
今、東宮〈とうぐう〉(皇太子家のこと)が大変らしい。
来年(2019年)5月に予定されている、現天皇退位と新天皇即位を前にして、東宮は次代の
天皇としては心もとない状態だからである。
まずその妃殿下が、公務に出ると体調がおかしくなる奇病を抱えているのである。

また、お二人の娘さんは一説に発達障害児だといわれている。心労の絶えない子供なのである。
そして、当人は、ネット伝説では知的障害児だとまで言われているちゃらんぽらんだからだ。
この写真を見たら馬鹿だという事は一目瞭然なのである。否、国辱物だろう。人前に出すな。
「親の顔が見たい」と言いたい処だが、見るまでもなくよく知っているので苦笑するのである。

「るるぶ」という雑誌がある。旅の雑誌である。いや、放蕩生活の指南雑誌だったかも。
「るるぶ」というのは、「見る食べる遊ぶ」だったか。「嫐る、いたぶる、弄ぶ」ではない。
東宮は「うるぶ」だという。うるぶであっても心労が絶えないのか苦労が髪に出ているという。
30分限界説のシッコ袋をぶら下げて80歳超えの陛下と同じ事も出来ない

そんな徳仁[殿下]を幾ら活字で煽ったとこで国民は「食う寝る遊ぶの東宮一家、陛下は働いて
おられるぞ」これに同意しとるわい』(典拠27:58)。さらに祭祀に耐えないご病気らしい。
皇太子殿下はお酒がお好きだということで、結婚式の時のお酒は「黒龍」の「石田屋」だった。
「梅の宿」が好きだという話も聞いたことがある。殿下にふさわしいお酒はなんだろうか。

[PR]
# by munojiya | 2018-01-04 00:04 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2018-01-04 「読むのは恥だが役に立つ」
ほんとうにポーランドだったかにそんな諺があるのかどうかは、庵主は知らない。
「逃げるは恥だが役に立つ」という諺のことである。
半径5メートルの庵暮らしに外国の情報は入ってこないからである。
日本には「逃げるが勝ち」という諺があるから、それかと思えば世界共通なのだろうとは思う。

字数で見れば「逃げるは恥だが役に立つ」は11文字、「逃げるが勝ち」は6文字だから、
日本語の圧勝である。いや、「逃げ恥」で通じるから、3文字には負けるか。
TVドラマの「逃げ恥」は去年(2017年)のヒットドラマだったという。
「半沢直樹」のヒットは一昨年だったか、もう庵主の記憶には朧〈おぼろ〉なのである。

過去とはもう過ぎ去った事、覚えていてもしょうがない事だからである。
「思い出」とはそういう過去にこだわる事である。思い出をきれいさっぱり捨てて身軽に生きる
事を「断捨離」と呼んでその教祖様がこの人である。カルトでないことを祈るのである。

思えば、お酒を呑むという事は断捨離の修行なのだ。昔の旨いお酒は、今は呑むことができない。
お酒には、「旨いお酒から早く呑まれてなくなってしまう」という法則があるからである。
過去にこだわらずその執着から離れて今旨いお酒を見つけるのが生きるということなのである。
あっ、掲題のネタはこれだった。「愛情というのは搾取の事だ」と喝破していたというのである。

-----

みくり(新垣結衣)は家事労働を「仕事」として引き受け平匡に雇用されてきたのに、お互い
が恋愛関係になった途端、平匡は家事を無償労働として提案した。つまり愛情で結ばれた関係で
あるならば見返りなど求めず家族のために尽くすのは女性として当たり前、という社会で“常識”
とされている価値観を、みくりは愛情を盾にした「搾取」だと批判したのだ。』(典拠)。

「平匡」は「ひらまさ」と読む。時に南鮮の「平昌冬季五輪が本当に開催できるのか」という
失敗すればいいのにねという期待が高まっているときに出てきた名前である。
「平昌」を、日本人の少なからずは、庵主もそうだが、漢字を日本語読みして、「ひらまさ」
と読んでしまうのである。「平昌」の朝鮮語読みを知っている人が何人いるか、である。

漢字は日本読みしていいのである。そうでないと「習近平」が読めなくなるからである。
「平匡」という名前を聞くたびに、庵主は「平昌」が脳裏に浮かんでくるものだから、それは
恒例の「平昌冬季五輪」の応援ステマかとも思っていたものだが、そうではないようである。
で、「愛」という搾取の手段なのだという真実を突いたドラマが「逃げ恥」だったというのだ。

宗教のいう「愛」が「御布施」であるのと同様、20世紀の嘘を「逃げ恥」は穿ったというのだ。
女がその「愛」に対価を求めるようになった画期的なドラマだったというのである。そうなると、
庵主のような多くの貧乏な男どもはますます女から遠ざかっていくのである。男の女離れである。
只で男の心を癒してくれるお酒でも呑むしかなくなってしまうのである。今夜もまた旨いお酒を。

[PR]
# by munojiya | 2018-01-04 00:03 | Trackback | Comments(0)
2018-01-03 東宮家始末
このざまである。人の口に戸は立てられないという事である。
天皇の定義は、神道における祭祀王である。神道を拒否し、創価を肯定する者共に、天皇皇后
の資質なし。八百万の神々もお怒りであろう。
日本の為に、次代は秋篠宮殿下に譲位されよ。』(同米)。

宮内庁は今、創価学会と言われている東宮派と秋篠宮派が抗争しているらしいのである。
「愛子さま」(マスコミ表記による)があれなら、「久人さま」(同)もまたそれだというのだ。
おっとっと、庵主のワープロは「ひさひとさま」を変換できないのである。
キラキラネームの起源は皇室だというのが庵主のギャグだが、「悠仁」も庵主には読めない。

ワープロの辞書に載っていないのなら、すぐそれを登録すればすむことではないか、と思われる
かもしれないが、登録しても無駄なのである。その読み方をすぐ忘れてしまうからである。
そういうときは、「獺祭」の読み方をすぐ忘れてしまうなら「うまい」とか、「越乃寒梅」の
「灑」読み方が覚えられないときは「きれい」とかの連想できる言葉で登録すればいいのだ。

すぐ読み方を忘れてしまう「悠仁」はその読み方を例えば「かわいい」とか「かしこい」と登録
しておけばいいのか。「悠仁」がますますキラキラネーム化してしまうけれど。
その「かしこいさま」が「愛子さま」に負けずに不登校なのだというのである。それから先は
あらぬ連想はしない方がいいみたいである。新春早々、情報戦争に巻き込まれそうだから。

-----

親にとってはむごい言葉なのだろうな。
健常児なのかな???[ここは原文どおり]』(典拠3:25)。
引用文は原文を変えてはいけないとされているが、普段は「?」と「!」は「。」に直している。
その「?」が三つも重なっていると「凶器」になるのである。

「ね、ねっ、ねぇーみんなそう思うでしょう」と。それを聞いた親はいたたまれなくなるのである。
周りの人はそれを聞いても「なるほど」と内心でニヤッと頷いていればいいけれど、そう言われた
親は地獄に落とされた気持になるのだろう。それを言った人を呪いたくなる筈である。
その「?」は、「お前は不幸を産んだ悪魔だ」と後ろ指さされているようなものだからである。

「35歳を超えたら女は子宮が腐る」と発言した女の子が炎上したことがある。
「炎上」というのは便利な言葉である。「子宮」でなく、「羊水」だったか。
男は黙っていたが、女からの、子供を産んだことがない女からの感情的な言葉が集中したのだ。
その言葉は「35歳過ぎた女はもう女じゃない」と言っているからなのだろう。

「女」にしがみついている女性が足元を崩されたので狼狽したのだろう。
そのことに恐怖を覚えた女の激しい反論の言葉が発言した若い女の子に降り注いだのである。
発言した女の子も、冷めている子なら、「女って、大変ね」と受け流していた事だろう。
愛子内親王は母親37歳の出産児、悠仁親王は同39歳の時の子供である。なるほど。

[PR]
# by munojiya | 2018-01-03 00:04 | 世話物 | Trackback | Comments(0)
2018-01-03 TDCのこの出来も最高
この出来も最高だぜ
babymetalの再現だ〜』(典拠米)。
何回観ても見飽きない。』(同米)。
しかも、どんどん進化していくのである。

できることなら、このチームは、ばらしたくないなぁ。
スケジュールもキチキチの中で、ここまでメンバー変更・構成変更・演技時間の延長があり
ながらも、完成度を見せつけるアカネさん、登美丘のメンバー、凄いぞ!!』(同米)。
いつもは、引用文の「!!」は「。」に書き直すのだが、ここはそのままにしておく。   

アカネさんの涙、こっちももらい泣きしそうになった。』(同米)
アカネさんとはこの振り付けをした、登美丘高校のOGでTDCのコーチである。
映像は、こちらにリンクさせていただく。画質はこれがいいみたい。ただし最後が切れている。
これって著作権大丈夫何でしょうか?』(典拠米)。その懸念が的中したようである。予備

世の中、知らない方が幸せな事って多いのである。
JASRAC(著作権)なんか、知らない方がずっと楽しめるのである。
「このお酒、ひょっとして醸造アルコールを混ぜたお酒じゃないのか」などと、不信と不安を
抱えてお酒を呑んでもちっとも楽しくないように。TDCの制服ダンス。知らずに見てね。

[PR]
# by munojiya | 2018-01-03 00:03 | 余外篇 | Trackback | Comments(0)
2018-01-02 たけしのヨイショトーク
正月3か日は世間もお休みだが、正しく言えば、その間に働いている人以外はであるが、新聞も、
TVも、そしてネットもお節料理みたいな予め作られていたネタが穴埋めで流されている。
この記事なんかもそれだろう。
たけし、安倍首相のトークを絶賛「テレビをわかってる」「頭がいい」』(典拠)。

ビートたけしのヨイショも「頭がいい」、そして「テレビ(の事情)をわかってる」のである。
そのバラエティ(低予算)番組とは、低視聴率に喘いでいるあの不治テレビの番組なのだから。
そこに安倍晋三首相が緊急出演したというのである。そういう局しかお呼びがかからないのかも。
今じゃ、だれも見ていないと言われているTV局の番組に、である。

いうなれば、「不治テレビ」は「朝日新聞」なのである。
〈ながめ〉ている人は、それを馬鹿にするネタをさがすために見ているのである。
馬鹿な子ほど可愛いという親心で見ているのである。日本人がチョウセン人を見る目もそれかな。
良く言えばNHKの、朝の連続テレビ小説みたいなものなのである。

時計代わりにテレビをかけているだけで、だれも中身のことなんか気にしていないのである。
気にして観ている人によると、そのセリフには反日精神旺盛なものが折り込まれていて公共放送
フジテレビだというのである。NHKも、もっとまともなお酒を呑んだ方がいいようである。
いいお酒を呑むためのお小遣いはこうしていくらでも入ってくるのだから。あ年収1780万か。

-----

韓流大好き女子たちは「フジ韓流押し」&「デモ行進」をどう思っているか』(典拠)。
フジテレビ前で数千人規模での韓流やめろデモ』(同前)に参加した人たちは不治テレビが
嫌いな人達である。逆に、それが好きな人達の考え方はこうなのだという。
それらの意見は、みんな在日チョウセン人だったりして。ご意見だから、どうでもいいのだが。

ネットには、「凶悪事件の犯人はみんなチョウセン人だ」という信仰がある。
犯人がソレだと分かったら、マスコミはピタッと報道をやめるというのである。犯人が日本人の
ときはねちねちと報道を垂れ流すというのである。
だから、その信仰に基づくと、この犯人ソレなのだということになるのである。

チャイナ人が、いまでも平気で人肉を喰らうことはよく知られれている。
最近でも箍〈たが〉が外れた文化大革命のときには、大いに喰ったという話が伝わってきている。
チョウセン人もそれに劣らず、人肉を食う性質がいまでもちゃんと残っているというのである。
だからその死体が出てこないのは、骨しか見つからないのはそれだからだ、というのである。

どこまでが事実なのかは、庵主には知る由もないが、信仰に拠れば辻褄は合っているのである。
その犯人はやっぱりソレだったという事である。マスコミが真実を報じないのだから、ね。
「日本は逆にそれを刺激に受け取って負けないようにやればいいのに。悪いところばかり批判
するのはちょっと違うかなあと思います。」』(典拠)。犯罪も非難できなくなったらねぇ。

[PR]
# by munojiya | 2018-01-02 13:28 | 時局物 | Trackback | Comments(0)
2018-01-02 血で汚された神社に初詣する馬鹿もいる
世の中には常識というものがある。
しかし、それでも行く人はいるのである。
その丑三つ時の状況はこうだったという。

本殿のすぐ前に、お守りや御札を授ける授与所が設けられているが、買う客はまばら。どんな
お守りがあるのか見てみると、「厄除守」や「合格守」、必勝を祈願した「勝守」や交通安全の
お守りなどいろいろあるが、家内安全のお守りはなかった。あの“惨劇”があったから授与を
自粛しているのかとも思いきや、取材すると元から取り扱いがないという。』(同前)。

富岡八幡宮にはもともと「家内安全」のお守りはなかったというのである。
先見の明があったというべきか、お守りがあればあんな事にならなかったのにと思うかは別れる
ところである。もともとそれがない神社だったのだというクールな見方もできない事もないが。
が、商売上手で「家内安全」という御札はあるというのである。

参詣者は、亡くなった女宮司の供養で来てくれたと思えばいいのかもしれない。
どんな悲惨な死に方をした人にも手を合わせて上げるというのが日本人なのだから。
墓を暴く中韓人とは違うという事である。手を合わせることで幸せになれるのが日本人なのだ。
今年も、手を合わせて有り難くおいしいお酒を頂戴するのである。お酒が旨いから幸せなのだ。

[PR]
# by munojiya | 2018-01-02 13:06 | 時局物 | Trackback | Comments(0)
2018-01-02 どうやらご病気の体〈てい〉の東宮夫妻
ネットにこういう動画があった。
文章を紙に印刷すれば一瞥して大意が読み取れるのに、読むのに十数分を強いるというタチの
悪いメディアではあるが、それも文明の進化なのだろう。はっきり言って劣化なのである。
物事は一長一短なのである。

庵主は、老化(断じて劣化ではない。自然現象としての老化である)で、目が弱くなってきた。
左右の眼の視力に極端な差が出てきたのである。
左目の老化が右目より早く進み、そういう目で文字を読むのがつらくなってきたのである。
小さい文字はもう読めない。

と、そのときに、パソコンは、文字の大きさを自由に拡大できる機能があるのである。
小さい文字はそれで大きくして読んでいる。
紙に印刷された文字、例えば今どきの新聞の昔に比べて格段に大きくなっている活字の文字すら
庵主の目に優しくないのである。

だから、信者が競って只で入れてくれる「聖教新聞」も“宝”の持ち腐れになっているのだ。
今どきのような厳寒の早朝に新聞を配達してくれる人が気の毒に思えてならないのである。
渡世の義理で「新聞なんか読まない」と言えないのがつらい。「NHKは見ない」と言えるのに。
テレビがないからであるが。「まずい酒も呑まん」と言えるのだ。体がそれを受け付けないから。

-----

で、肝心の本題であるが、本文の動画を読んで、「たしかに皇太子妃はおかしい」と思わない人
はまずいないだろうと思われる。
ウルトラマンじゃあるまいし、人前に10分と出てこられないというプリンセスがいるか、と
いうことである。滅多に人前に出さないから「お秘女〈ひめ〉さま」なのかもしれないが。

宮内庁〈だいほんえい〉発表では、「ご体調」がよくないからだという事ではあるが、公務は
サボリまくっているのに、おっとっと、公務の予定は極力空白にされているのに、しかし、静養
と称して遊びに行くときは、時には数千万円も掛けて外国にまでご健康そのもので制限時間なく
出かけていくというのである。「ご体調」が悪いなら東宮でじっとしていればいいものを。


で、スポンサーに気を使うマスコミと違ってそうでないブロガーは冷静に指摘するのである。
「雅子さま」(マスコミの標準用語)はご体調が悪いのではなく、精神病なのではないか、と。
人は物ではないけれど、そういう娘を皇室に送り出した親〈メーカー〉は製造者責任ということ
で、この間の長きに渡る祭祀の欠礼を詫びて、涙を拭ってでもそれを引き取るべきところだろう。

別の正常な物との交換でもいいが、もう在庫がないのならそれもできない相談なのである。
皇太子殿下の方も実は祭祀には耐えない病気持ちで「30分限界説」が流れているのである。
「かつらに善人なし」という揶揄があるが、それも患っているらしい。
その娘さんも「知的障害児」だというのがネットの定説である。東宮家は満身創痍なのである。

[PR]
# by munojiya | 2018-01-02 00:03 | Trackback | Comments(0)
2018-01-01 それを「ネット伝説」という
謹賀新年

こういうのは「ネット伝説」とでも呼べばいいのだろうか。
ネット界での「常識」のことである。
ネット界では、山口県は一括りに朝鮮部落だというのである。
あいつらは異種だというわけである。

ちなみに、今の内閣総理大臣も“山口県”である。
「山口県」という言葉は暗にソレの代名詞としても使われることがあるのである。
長州は、薩摩と並んで明治維新を断行した二大主役の一人である。恨みを込めて薩長と呼ぶ。
なるほど、それを「維新」と呼ぶのはソレが主役だったからなのか。

今、「維新」を名乗るのは大阪維新であるが、その正体はいうまでもないのである。
ありゃ、日本人じゃないよ、というわけである。事実というより皮肉といった方がいいか。
明治維新の原動力となったのは松下村塾の吉田松陰だといわれている。
ご一新の登場人物の多くがその影響を受けたとされているのである。

吉田松陰の肖像画がある(上から13枚目の写真、というか、コラだからデジタル画像)。
その肖像が、見事に朝鮮耳なのである。ご面相もチョウセン人の相をしているのである。
「クソ」は時にチョウセン人の愛称として使われる。この場合の「糞」は本来は賛称なのに、
そのサイトの「糞コラ」は「糞」以前の代物で、「ヘタ」と読んだ方がいいみたいである。

-----

松下村塾は「まつした・そんじゅく」ではなく、「しょうかそんじゅく」と読む。
ならば「松下政経塾」も「しょうかせいけいじゅく」というと、それは「まつした」である。
一期生野田佳彦(後に総理大臣)、二期生が松原仁、三期生が松沢成文といった面々である。
松下幸之助の耳も見てみたくなってくるのである。

「朝鮮耳」というネット伝説がある。こういう耳たぶがない耳はチョウセン人だというのである。
人相学業界では、耳たぶがふっくらしている耳相を福耳と呼んでいる。
でも、松井秀樹とか、浅田真央とか、松本人志って日本人だったっけ。
松下幸之助の耳は、耳たぶがとがっている「変形朝鮮耳」とでも呼べばいいのかもしれない。

新規事業に意欲的だったから、その耳相は挑戦意欲旺盛な「挑戦耳」だとしておこう。
血液型性格判断法は、科学的根拠はないとされている。
それは「ネット伝説」なのである。巷間膾炙されている悪い「冗談」のことである。
同様に福耳も『人相術的な視点での話で、科学的な根拠は(おそらく)ない。』(典拠)という。

松下整形塾は、7期生で山井和則、8期生で前原誠司というソウソウたる逸材を排出している。
ソウソウを片仮名にしたのは他意はない。漢字が想い浮かばなかったからである。
前原誠司はネット伝説では池田大作の子供だとされているのである。
つい耳を見てみたくなる。前原氏の耳(6枚目)と池田さんの耳である。ネット伝説である。

[PR]
# by munojiya | 2018-01-01 15:02 | 世話物 | Trackback | Comments(0)